湖上にて
パーティ結成をしてすぐに俺たちは地底湖へと繰り出した。
当然だが、歩いては渡れないので、ダニエル所有の船でだ。
地下三層の攻略には、船が必須だ。これが、このダンジョンを不人気にしている理由の一つでもある。なんせ、ここでしか使いようがない装備品だからだ。なのに、三層を超えてしまえば無用の長物と化す。資金力のないパーティなら回れ右するしかない。
船体は大きなものではない。前後が対称な細長いバイキング船の子分みたいな形をした船だ。横幅は大人が二人並んで座れるぐらいしかない。ただ、左右に梁で繋がれたサンマみたいな形をした浮子がくっついており、船の形式としては三胴船になるだろう。何が何でも転覆しないぞ、という気概を感じる。
当然、地底湖なので風はほぼない。ということは、マストも帆もない。
ぶっちゃけ、ただの手漕ぎボートです。
そして、オールは二本。ということは、漕ぎ手は一人、もしくは二人。
「ま、そりゃそうだよな……」
当然のように、漕ぎ手は俺。
ダニエルは船主に立ち、水先案内人。
ディアーネは船尾に立ち、後方警戒。
ミーシャは俺との体格差が激しすぎて漕ぎ手は無理と判断され……ただの重りだ。
「ご主人様……? 何か言いました?」
「何も言ってないぞ……」
まさか、エスパー!?
最近、ミーシャの勘が鋭くなっているような気がする。
ミーシャの追求を避けるべく、俺はダニエルに訊く。
「本当に、このまま真ん中を突っ切るのか?」
「そうだよ。安全なのは沿岸に沿って進むことだけど、時間がかかりすぎるんだ。水深の浅い場所に出る魔物は弱いし、陸側から襲われることはないから囲まれる心配もないんだけどね……」
「最短距離を進んだ方が、戦闘回数そのものは減らせるってことか」
「ご名答。今回はムキムキで体力底なしの漕ぎ手がいるからね」
そう言って、ダニエルは良い顔で笑った。
いつもはディアーネが漕ぎ手をやっているらしく、ダニエルは全周の警戒と指示出しに露払いと目も回らんばかりの忙しさだったそうだ。だが、今回はディアーネと役割が二分できる上に、ディアーネの体力を気にする必要もない。まさに、肩の荷がおりて清々しいといった感じだ。
その分、俺が地中海のガレー船に繋がれた奴隷の気分なんだが。
「波も風もない静かな湖面を4キロほど漕ぐだけだからね。すぐだよ、すぐ」
ルフリンダンジョン地下三層は、中間地点に安全地帯が存在する。
地底湖の奥行きは約7キロで、瓢箪形にくびれた中央の部分にあるそうだ。一層と二層にもあった階段部屋と同じような、転移魔法陣があり魔物が入ってこない場所なのだという。
ダニエルとディアーネは既にその魔法陣は開いており、俺とミーシャを中間地点まで案内するために、この船を三層の入り口まで回航してくれていた。
「止まらなきゃ、そりゃすぐだろうよ……」
「僕もディアーネも純粋に戦闘に集中できるし、僕はここの魔物と相性がいいんだ。大丈夫だよ」
水上戦闘なんかやったこともなければ、どんな魔物が出てくるのかすら知らない。正直、不安はある。が、自信満々なダニエルを見る限り、そう酷いことにはなるまいと腹をくくることにした。
「そろそろ本気出して漕いでもらおうかな?」
「了解……」
最初こそうまく漕げなかったが、ダニエルにコツを教えてもらいながら進むうちにだんだんとスピードが乗ってきた。
後ろ向きに座って上体を前傾させ、腕を前に突き出してオールを前方に。オールを水に入れて後ろに反り返りつつ腕を引き寄せて体を起こす。これの繰り返しだ。オールはあまり深く入れないほうが良いみたいだ。
あれこれと自分なりに修正しつつ回転数を上げていくと、みるみるスピードが上がってきた。
「アハハハ、速い速い!」
ディアーネが長い銀髪のポニーテールを風に泳がせながら、無邪気な笑みを浮かべている。
そういや、いつも漕ぎ手だったから船尾に立つのは初めてなんだな。
漕ぎ手は後ろ向きなので、船尾に立つディアーネしか見えない。良い顔を見せてくれるディアーネをもっと楽しませてやろうと、オールの回転数を上げる。
「すごーい、今までで一番速いかもー! ん……兄ちゃん、後ろからノコギリ来てる!!」
ディアーネが後ろを見ながらそんなことを言った。
俺も後ろを見ると、水面上に背びれのようなものが見えた。さらに背びれの前にも、湖面を切り裂くギザギザの板状のモノが見えている。水底からの光を受けて、黒い流線形のシルエットが浮かびあがっていた。
なるほど、ノコギリってあれか。そもそも鋸鮫って、鋸状の鼻先は横向きだよな。まあ、地球の魚とは別物なんだろうけど。
ノコギリと呼ばれた魚の大きさは、背びれと鋸のサイズ感から逆算すると6メートルは超えているだろう。
てか、あれに追突されたら、間違いなく船に大穴が開く。
〈生命探知〉でノコギリを見ると、かなり盛大に生命の炎が見えた。ちなみに、湖上に出てからは〈生命探知〉は切っている。この湖、生命に溢れていて目がチカチカするのだ。
「俺のボートについてこれるか!?」
俺は追いつかせまいと、さらにオールをぶん回す。
目指せ一万一千回転!
「ジン、手を止めてくれるかな」
「あ、はい……」
オールを止めた俺の横をダニエルがするりと抜けて、船尾に立った。
漕ぐのをやめたので、船は惰性でゆっくりと進むだけだ。
このままだと、ノコギリにカマを掘られると思うのだが?
俺がそう思ったのとほぼ同時に、ダニエルの手から白い魔法がほとばしった。
霧のような魔法は、ノコギリと呼ばれた謎の魚ではなく、船のすぐ後ろの水面に吸い込まれた。途端、水面がパキパキと音を立てて凍結していく。あっという間に、巨大な氷塊が船のすぐ後ろにできあがり、ぷかりと浮かび上がった。
船にカマを掘る気満々だったノコギリは、突然現れた氷塊に正面から激突した。
硬いものと柔らかいものが、ごちゃ混ぜになって壁に叩き付けられたような何とも言い難い音が響いた。
水に浮かぶ氷塊が少しだけ持ち上がったように見えたが、それだけだった。
青緑の光の中、黒い影がゆらゆらと沈んでいく様が見えた。
「じゃ、行こうか」
ダニエルはそれだけ言うと、さっさと船主へと戻った。
「……相性がいいって、そういうことか」
「すごいですね……」
俺とミーシャはただ目を丸くすることしかできなかった。
そこから先も、ダニエルの独壇場だった。
水から上がってきた半魚人っぽい魔物は、船に手をかけて身体を晒した瞬間、氷像になってそのまま流されていった。
水中から触手を伸ばしてきたタコっぽい魔物は、凍結された触手をかたっぱしからディアーネに踏み折られて泣きながら湖に戻った。
水を噴出しながら空を飛ぶクラゲっぽい魔物は、噴出口を凍結されて自らの内圧で破裂した。
いや、氷魔法えげつないな!
出てくる魔物が例外なく水をまとっているせいで、あっという間に凍ってしまい、戦闘が成立しない。
「わたし、何もしていないんですけども……」
「私もー、アハハハ!」
女子二人はただのお客さんだった。
もっとも、二人が何かをする前に片が付いていたので、責められることではない。
俺は機械のように漕いでただけだし。
「ジンのおかげで僕も楽をさせてもらってるよ」
「俺、漕いでるだけなんだが?」
「これだけ速いと、絡んでくる魔物がかなり減るんだ」
「なるほど……」
障害物の一切が無く、最短距離での4キロなので驚くほど早く中間地点に到着した。
ダニエルの言った通り、すぐだった。体感時間で三十分経ってない。
「いやあ、優秀な漕ぎ手がいると早いもんだねえ」
中間地点と呼ばれる場所は、絶壁の波打ち際に口を開いた洞窟だった。
入り口は半径5メートルほどの半円で、入り口から奥にいくにしたがって水深が浅くなっていた。
緩やかな傾斜の砂浜に船を乗り上げて上陸。
洞窟の奥は、入り口よりもさらに広い。天井の高い大きな空洞が広がっていた。火を焚いても問題ないほどだ。
洞窟の一番奥に、赤と青、二つの魔法陣があった。
確認のために、一度青い魔法陣でダンジョンの入り口に戻り、すぐに戻ってきた。問題なく、入り口から直接この中間地点に出ることができた。
「さて、ここから先の湖はボス部屋となってる。出てくるのは、階層主だけなんだ」
装備を整えながら、ダニエルがそう言った。
「ボスだけ? 他の雑魚は出てこないのか?」
「出ない。ここから先、直径3キロの湖すべてが階層主の縄張りなんだ」
今のところ、地下三層の階層主を倒したパーティは一つしかないそうだ。
十年ほど前、王都からやってきた魔銀級冒険者を筆頭とするベテランパーティが地底湖に魅せられ、多大な犠牲を払いつつも物量でゴリ押して階層主を撃破した。しかし、そのパーティも地下四層に足を踏み入れただけで、ルフリンからは撤退している。理由は、経済的疲弊によるパーティ解散の危機が訪れたとかなんとか。やはり、金の切れ目が縁の切れ目か……世知辛いが、どうしようもない。冒険心だけでは人は生きていけないのだ。
「僕たちは、何度も煮え湯を飲まされててね……」
ダニエルたちは、ここの階層主に足かけ二年ほども挑戦しているのだという。
最初の一回目は、ルフリンの地底湖漁師と共同で挑んだのだが、死者こそ出なかったもののあっという間に壊滅して、這う這うの体で撤退したそうだ。それ以降、漁師たちは「食える魚のほうがいい」とボスに挑むことを諦めてしまった。
それでも兄妹は何度も挑戦を続けて、ある程度の戦法を確立するに至ったが、やはり二人では限界があった。戦力不足はいかんともしがたかったのだ。何度か王都に出向いて冒険者を募りはしたが、過去に召喚勇者が敗北した歴史がある上に誰もが経験のない水上戦闘ということで、ただの一人も集まらなかった。
いよいよもって、地元へ帰り、保護した「夜の住人」の手を借りるしかないかと思い始めた頃、ルフリンに一人の「カード無し」が現れたのだ。そいつは怪しげだが異様に強く、いくつもの逸話を短期間で轟かせたのだ。
「かなり早い段階で目をつけられてたんだな……」
「自業自得と言うべきかな。そもそも、君の方から接触してきたんだからね」
「そういやそうか」
俺はふっと笑って、兄妹と出会った日を思い出した。
あの日から何度も助けられ、訓練をつけてもらってもいた。
なるべくしてなった、と言うべきか。
「それじゃあ、僕たちが二年もかけて練り上げた階層主の攻略法を教えてあげるよ……」
ダニエルは自嘲気味の笑みを浮かべながら、そう言った。
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