夜行猟団
ルフリンダンジョンの入り口は、石造りの小屋だ。大きなアーチが口を開いており、扉とかはない。いきなり地下に通じる階段が続いている。
そんな大味な入り口の左右には、直径3メートルほどの魔法陣が石の床に彫られており、よく分からない象形文字がほんのりと光っている。光の色は右が赤で左が青だ。赤の魔法陣は、ダンジョンの奥から転移して出てくる出口だ。青の魔法陣は、既にクリアした階層まで飛ばしてくれる入り口となる。
青の魔法陣で転移して階段を降りると、目の前に青緑に光る湖面が広がった。
ディアーネが砂浜で背徳的な姿をさらした三日後、俺たちは地下三層の入り口に集まっていた。
この二日ほど、ダニエルの助言に従い水上戦闘に備えて準備を整えた。
俺は水に落ちても浮くようにライフジャケット――空気入りのゴムチューブを縫い込んだミーシャ謹製のベストを着こんでいる。この世界、加硫ゴムが大量生産されており、馬車の車輪はチューブ入りのゴムタイヤだ。冒険者相手の道具屋なんかには売っていないが、馬具関連の店にいけば様々な種類のタイヤとチューブが売っていた。ちなみに、タイヤメーカーの名前はウッドブリッジだそうだ。召喚勇者の木橋さんが創業したんですね、分かります。
メインウェポンの戦斧は手から離れても沈まないよう腰裏から細い麻のロープで繋いでいる。使い慣れた戦斧ではあるが刃幅がかなり狭くなっている。コヴァルズヤが渋々研ぎ直してくれたものだ。刃は鈍くなっているし、バランスが崩れているので気をつけろ、と忠告を受けている。当然ではあるが、新しい黒鋼の武器は間に合わなかった。
ダニエルが俺のライフジャケットをしげしげと見つめながら、
「へえ、そのベストはなかなか良さそうだね」
「ミーシャのお手製だ。きっちり体に合ってるから、水の中に入ってもベストだけ浮かび上がることもないぞ」
「ご主人様がいろいろと助言をくれたおかげですよ。わたしだけだと、この形に至れませんでしたから」
「……これ、港町で売れば一財産できそうね」
ディアーネが俺のライフジャケットをぺたぺた触りながらそんなことを言う。
ライフジャケットは一般化していないようだ。かつての海洋冒険王も、救命具にまでは知識チートを発揮しなかったようだ。
とはいえ、作成に創造神の加護がつくミーシャだからこそ、この完成度の高さを誇っているとも言えるので、大量生産できるかどうか怪しいところだ。スキル持ちのミーシャですら、これ一着作るのにまる一日使っているのだ。てか、一日で作れてしまうのが、スキルの凄さというべきか。
「ダニエルは、そのままでいいのか?」
いつもの金属製の胸甲を装備しているダニエルは、とりたてて浮袋をつけるようなことはしていなかった。
「僕の胸当ては、内側にゴムの風船を入れてあるんだ。大丈夫だよ」
「私も同じようなものよ」
言われてみれば、普段より胸甲が前後にせり出しているように見える。
ディアーネの胸部装甲もかなり分厚くなっていた。ディアーネは基本的に防具を身に着けない。鋼鉄製のガントレットとグリーブを装備してはいるが、あれらは「武器」だ。防御力皆無に見える体にピッタリとした服を着ているだけなのだが……形は良いが大きさは控え目な可愛いミカンちゃんが、今日に限って妖艶なメロンさんに化けていた。大盛りもいいところだ。
「……なんか文句あんの?」
俺の視線に気づいたディアーネが、鋭い目を向けてきた。
胸元から挑発を受けていた視線を無理やり逸らす。
「いいえ、何も……てか、さすが、三層の常連だな、装備もそつがないな」
「何度も敗北しているからね……少しでも勝てる要素を積み上げた結果さ」
そう言って、ダニエルは自嘲気味の笑みを浮かべた。
「ミーシャは、なんかカワイイわね」
「……時間がなかったので、これぐらいしかできませんでした」
ミーシャは両腕の上腕にミニサイズのゴムの浮き輪を通していた。
幼児用の浮袋というか、アームリングと呼ばれるものだ。脇を閉じるときに邪魔にならないよう、内側は潰されている。これも、俺の記憶を元に作ったものだ。知識チートと言えなくもないか?
「まあでも、自前の大きな浮袋あるし、大丈夫じゃない?」
「ひゃっ! ちょっと、ディアーネ!」
ディアーネがミーシャの胸からぶら下がる「自前の浮袋」をツンツンしている。その視線はどこか羨ましさがにじんでいるような気がするのだが、気のせいだろうか。
「ああ、そうだ、出発する前に、パーティを組みなおしたいんだがいいかな?」
俺がそう言うと、ダニエルとディアーネは首を傾げた。
「どうしてかな?」
「パーティで効果があるスキルを二つほど持っているんだ。〈指揮〉と〈統率〉っていうんだがな」
「え……なにそれ……」
俺は二つのスキルの効果をかいつまんで説明した。
〈指揮 I : 集団を率いる際に、全メンバーの状態を把握し、指示を出せる〉
〈統率 : 集団を率いる際に、構成する全メンバーの士気、精神力、状態異常耐性向上〉
どちらも、パーティを組む上で有益な効果がある。
ただ、「集団を率いる際」という但し書きがあるので、リーダーでないと効果がでないのだろう。
あと今更気づいたのだが、〈指揮〉にはランクがある。パーティを組んで経験を積めば、〈指揮〉のランクは上がるのかもしれない。
ダニエルは腕を組んで唸り、ディアーネは目を丸くしている。
「……そんなスキルがあったとはね。確かに、君がリーダーをやったほうがいいね」
「ちょっと待ってよ、アンタどれだけスキル持ってるの?」
俺は自分の持つすべてのスキルを明かした。この二人にいまさら隠し事をしてもしょうがないと思ったからだ。
ただ、〈スキルイーター〉については「敵からスキルを奪えるスキル」とだけ伝えた。血をすすればスキルを奪える、という能力は相手の生死や敵味方など関係ないのだ。味方からスキルを奪う気など毛頭ないのだが、二人に気味悪がられるかもしれないと不安になったからだ。
「スキルを奪える……? それが君のユニークスキルなんだね?」
「そうだ。神さまから貰ったスキルだ。狼に変身する力も神さまから貰った恩寵なんだけどな」
「召喚勇者の話って、どれも盛りすぎだろって思ってたんだけどさ……マジでデタラメなのね……」
「そうみたいだな。この世界の常識を知れば知るほど、チートだなあって思うよ」
「チート、って何よ?」
ディアーネが首を傾げると、ミーシャがクスクス笑いながら人差し指をピッと立てた。
「イカサマっぽいってことです。デタラメな能力を差して言うことが多いです。召喚勇者の語録によく出てきますよ」
「アハハハハ、イカサマかぁ、確かにね! このイカサマ野郎♪」
ディアーネのツボに入ったらしい。とても楽しそうだ。
「代わりと言っちゃなんだが、魔力はゼロだからな?」
「は? ないの? これっぽちも??」
「そうだぞ。魔灯が点かない」
俺の言葉に、ダニエルとディアーネがギョッとした。
「ありえるのかい……?」
「うわっ、そんな人いるんだ!? 初めて聞いた!」
「本当なんです。道具屋さんで、魔灯を買おうとしたんですけど、子供用のものすら点きませんでしたから」
ミーシャの補足に、兄妹は俺をまじまじと見つめてくる。
その視線は、そこはかとない憐れみを感じる。
「けどよ、そのおかげで、こいつを被っても平気なんだぜ」
と言って、俺は狼ヘッドを深く被る。
水平線の向こうの暗がりが良く見えた。
「アンタ……アンタが平気だからって、そんなもん被ってるから! 私はっ!!」
何故かディアーネが憤慨しだした。ついでに足を蹴られた。
完全な八つ当たりである。
「ですよねっ! そんな呪いのアイテムは燃やしたほうがいいです!」
「ミーシャ、お前もか……」
ミーシャもディアーネに乗っかってきた。
そんなに駄目か、狼ヘッド。すごく便利なのに……。
ダニエルが上機嫌で笑いながら俺の肩を叩いた。
「ははっ、君のことはよく分かったよ。よく明かしてくれたね。信頼の証だと受け止めておくよ」
「そう言ってもらえると、ゲロった甲斐があるってもんだ」
「ゲロって言うな!」
ディアーネにまた足を蹴られた。
どうやら、ゲロは禁句になったらしい。
ひとしきり皆で笑った後に、俺をリーダーとしてパーティを再編成した。
パーティを組むコマンドなんて出てこないので、どうやるのかと思っていたが、口頭でいいらしい。まず俺がリーダとしてパーティ結成を宣言。参加メンバーに是非を問い、相手が受諾すればそれだけで加入できるようだ。
メンバーが加入するたびに、マイ神様カードがほんのりと光った。
この状態で、カードリーダーに刺せば、誰とパーティを組んでいるのか分かるという。
あと、俺しか見られないが、ステータスウィンドウに「パーティ」の項目が追加されていた。
ついでに〈指揮〉スキルによる遠距離通話のテストもしておいた。
「……なかなかすごいスキルだね、この〈指揮〉というのは」
「だろ。こいつにはかなり助けられたんだ」
「ところで、パーティ名はどうするんだい?」
ダニエルにそう言われて、ちょっと困った。俺のネーミングセンスは壊滅的だと自覚がある。まさか「あああ」とかありえないだろうし。
「どうしようね……何かいいのある? てか、二人のときは、何て名前だったんだ?」
「銀の拳、だよ。もっとも、これは僕たちの父親の二つ名なんだけどね」
「なるほどな。二人にはピッタリだな」
パーティメンバーを眺める。
ミーシャ、ダニエル、ディアーネ。そして、俺。
共通しているのは、「全員、只の人間じゃない」ってところか。兄妹も「ほの昏い世界の住人」と言っていたぐらいだし。やっていることは、銀騎士の上前をはねるっていう日の光の下で大手を振ってやれることではない。
夜の住人の集まり……。人知れず、こっそり……。
「そうだな……夜行猟団、ってのはどうかな?」
「うん、いいね」
「私らにピッタリじゃん?」
「いいと思います」
意外なことに、誰からもダメ出しされなかった。
「んじゃ、夜行猟団の初仕事といこうか!」
これが、俺の――俺たちのパーティ、夜行猟団の始まりの一歩だった。
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