おまえもか
ボス部屋の奥にある階段部屋は、どの階層も同じような造りのようだ。
ただ、地下一層と違う点がある。魔法陣の数だ。
ダンジョンの入り口に戻る青い魔法陣と、入り口から直接ここに来るための赤い魔法陣だ。一度でも魔法陣で入り口に戻ると、クリアした階層がマイ神様カードに記録されるそうだ。
「そういや、転移スキルってないの?」
俺の問いに、ダニエルは首を横に振った。
「こういった固定の転移門しか存在しないはずだよ」
「へぇ、そうなのか……過去の召喚勇者も持ってなかったのかね?」
「スキルでは聞いたことがないね。もし、過去の召喚勇者が使っていたのなら、さすがに記録が残ってると思うし」
ちょっと意外だった。異世界モノの定番なのにな。
そういや、最初に恩寵を選ぶとき、スキルリストに転移スキルはなかったな。
神さま的に都合が悪いことでもあるのか、もしくはまだ誰も引いていないのだろうか。
だだっ広い階段部屋には、先客はいなかった。
まあ、ルフリンダンジョンの地下二層はそもそも人が少ないしな。
ちなみに、階段部屋からボス部屋には戻れない。二重扉の小部屋を挟んで一方通行になっているのだ。
「たまに、三層に降りる地底湖漁師の冒険者パーティと会うぐらいだね」
いやもう字面がオカシイ。
地底湖で漁師。その正体はルフリン冒険者ギルドに登録した地下二層を突破できる実力を持った冒険者。漁師なの? 冒険者なの? 冒険とは?
「すぐに三層に降りますか?」
ミーシャの問いに、俺は首を横に振る。
「休憩しよう。ハラペコすぎて、腹が立ってきた。弁当も持ってきてるしな」
「ふふっ、ご主人様は食いしん坊ですね」
「スキル使いまくると、腹の減りが激しいんだよなあ」
俺は背負っていた背嚢を降ろし、本日のランチを取り出す。
「アンタが食事を用意してくれるって言ったから、私ら何も持ってきてないけど……いいの?」
ディアーネが期待に目を輝かせて俺の手元を覗いてくる。
そういやこの子は結構食いしん坊だったな。
そんなディアーネに紙包みを渡す。
「ほいよ、美味いでも不味いでも、遠慮なく意見を言ってくれ。まだまだ改良の余地はあると思ってるからな」
「え……うん……!」
油紙に包まれた20センチほどの細長い塊を興味深げに見つめるディアーネ。
ちなみに、油紙は普通に手に入る。紙が当たり前のように使われているし、万年筆が流通しているぐらいだからあるだろうなと思っていたが、雑貨屋に普通に売っていた。懐かしい亜麻仁油の香りに、かすかな郷愁を抱いてしまった。
「なんか、すんごいシンプルね……」
ディアーネは油紙をはがして出てきた質素な見た目のパンに、素直すぎる感想を漏らした。
さもありなん。
半分に切られたバゲットの間から、ペロンと赤い舌を出す生ハム――以上。
「まあ、食ってみなよ」
料理の名前としては、ボカディージョだ。
形のある具材としては、ナポサ村でもらった生ハムとトマトだ。
ドングリで育った豚の生ハムということで、スペイン風にしてみた。
ニンニクの旨味を溶かしこんだオリーブオイルを、半分に切ったバゲットの上下にたっぷりと塗り込む。生ハムを原木から大きめに薄くスライス。トマトの薄切りをハムでまるっと包み、黒胡椒を少々ふってバゲットで挟む。トマトをハムで包むのはトマトの水気をパンに移さないためだ。
極上のハムの味わいを損なわないよう、味付けは最低限におさえた。
豪快にかぶりついたディアーネが、
「…………! うんまぁ!! マジ、美味しい! なにこれ!!」
一口目を飲み込んで、目をまんまるにして叫んだ。
思わず笑いがこぼれ出る。
自分の作った料理で、他人から「美味い」の言葉を聞けたのは、生まれて初めての経験だ。やっつけオムライスの感想はついぞ聞けなかったしな。
「だろ? マジでこのハム美味ぇんだ」
俺も同じものにかぶりつく。
いろいろとバリエーションを作っては試食をしてみたが、生ハムの旨さを堪能するならこのスタイルがベストだったのだ。
ディアーネの隣では、ダニエルが無心でバゲットにかじりついていた。
そういやこの兄妹、健啖家だったな。
「トマトの酸味がハムの旨味とあわさって、とてもおいしいれふ」
ミーシャもモギュモギュ頬張っていた。
小柄でカワイイ見た目のせいで、ドワーフという異次元胃袋を持った存在だということを忘れがちになる。放っておくと「丸々」になってしまうので、厳重な監視下におかねばならない。
てか、このパーティ、食いしん坊しかいないな?
「ねえ……おかわり、してもいい?」
あっという間に食い尽くしたディアーネが、恥ずかしそうに視線を逸らせながらおねだりしてきた。
「ないよ」
「はぁっ!? マジで言ってんの? あれっぽっちでお腹いっぱいになんかなんないでしょ!」
「えっ!?」
ディアーネに逆ギレされた。
何故かミーシャも愕然としていた。
「だから、ないって。最低限の量しかもってきてないんだ。てかさ、ダンジョンアタックするのに、お腹ポンポコリンじゃ、危ないだろ」
そもそも、20センチ超えのバゲットにたっぷりのハムとトマトが挟まれていたのだ。それを「あれっぽっち」と言うのは少々問題だと思う。
「う……」
「…………」
俺の正論にディアーネは怯み、ミーシャは「わたしは満足してますけども」と澄まし顔で顔を逸らした。視界の隅では、表情を無にして音もなく後退るダニエルの姿。だがしかし、その手は何かを求めるように掌を上に向けたままだった。ダニエル、おまえもか。
「そんなに気に入ったんなら、今度ご馳走するよ。今日のところは我慢してくれ」
俺がそう言うと、ディアーネはぱあっと表情を明るくした。ついでにミーシャも。
「そ、そう。別に無理強いしてるわけじゃないけど。アンタが食べさせたいってんなら、ご馳走になってあげるわ」
腕を組んでそっぽを向くディアーネ。
実にディアーネらしい返答だった。
○
ルフリンダンジョン地下三層は地底湖だ。
そう聞いてはいた。聞いてはいたが、自らの想像力の貧困さを自覚させられた。
地底なのに、水平線らしきものが見える。
五十年ほど前、初めてここを訪れた召喚勇者のパーティが測量を行い、正確な地形図を作ったそうだ。
奥行7キロ、幅4キロ。瓢箪のような中央がくびれた形をした淡水湖だ。上から見ると、数字の「8」に似た形をしている。波打ち際に立つと、水平線までの距離は4キロ半だから、本当に水平線が見えているのだ。
深さは最も深い場所で、200メートル以上。「以上」というのは水深を測るために持ち込んだロープが足らなくなったので、200メートルで打ち切られたのだ。水面から天井までは約50メートル。水底から天井まで繋がった、鍾乳石のような柱があちこちに生えている。
もっとも、ここまで調べ上げた召喚勇者のパーティは、階層主に一度挑んだだけで撤退しており、階層をクリアしていない。当の召喚勇者がカナヅチであることが発覚したためらしい。
そして、この階層は灯りを必要としない。
湖全体が発光しているのだ。
水が光っているわけではない。湖底にびっしりと生えた水草が、青緑色の光を発しているのだ。
「すげえなあ」
「とても、綺麗で幻想的ですね……」
初めて見た俺とミーシャは、波打ち際で感嘆の言葉を漏らす。
低く緩やかな波が、白い砂を撫でていた。
砂地には光る水草は生えていないが、周りの光を受けてほんのりと明るかった。
「沖に出てみるかい?」
ダニエルの問いに、俺は首を横に振る。
「いや、今日はここまでにしておこう。水上で戦う準備ができていないからな」
「もっともだね。二日ほど準備にあてて、三日後にアタックといこうか」
時刻はまだ昼ぐらいだろうか。ダンジョンの中に居ると時間感覚が狂いがちになる。そういや、ゼンマイ式の懐中時計が売ってるらしい。ダンジョンを出たら買っとこう。
ふと頭上を見上げると、真っ黒な天井に星の煌めきのような光点が見える。
まさか地底湖で星空が見えるわけはないだろう。
気になった俺は、狼ヘッドを深く被り天井を見上げる。どんな暗闇も見通す狼の目が、天井の様子を明らかにしてくれた。
「コウモリか」
星の煌めきに見えたのは、巨大なコウモリの目だったのだ。
湖の光を反射した大きな双眸が、青緑に輝いていた。
夜に光る猫の目と同じ、輝板を持っているのだろう。暗い洞窟に住むコウモリの類は、光を頼りにせず超音波で周囲を認識するため、えてして目が退化しがちだ。だが、一部のコウモリは視力と嗅覚を発達させ、光と匂いで食物を探しだす。ここのコウモリも、常に光る湖に適応したのだろう。
「え? 見えるの?」
ディアーネが興味を引かれたように寄ってきた。
俺は狼ヘッドを指でトントンしながら、
「こいつのおかげでな。この被り物は、猫目の効果つきなんだよ」
「マジで!? ちょっと私にも見せてよ」
と言って、ディアーネが俺の頭に手を伸ばす。
「あっ!」
油断していた。顎紐を締めていない。
ミーシャでは手を伸ばしても届かない俺の頭上だが、長身なディアーネなら余裕で届いてしまう。
ディアーネが俺の頭から狼ヘッドを奪い取り、自らの頭に載せた。流れるような所作で、返事をする間も、止める暇もなかった。なまじ体の切れが良いだけに、無駄に素早い。
「……!? ディアーネ、だめぇっ!!」
気づいたミーシャが叫ぶが時すでに遅し。
ディアーネの小顔に合わせて、狼ヘッドがシュッと縮んだ。
「わあっ、すごい! こんなに見えっ……かひゅっ……」
白い砂浜の上に、ディアーネがくずおれた。
「えぷっ……ぅぐ、ぅぅ……」
限界まで見開かれた釣りがちの目から涙が迸り、筋の通った彫刻作品のような鼻からは出てはいけないものが垂れていた。そして、口からはキラキラが漏れ出て、白い砂に染み込んでいる。浅いながらも呼吸はできているようで、喉にキラキラを詰まらせてはいないようだ。
起き上がる力すら出せないのか、指が砂浜に食い込むばかりで、体をビクンビクンと揺らしては砂を握りしめていた。
青緑の光に照らされた白い砂浜に横たわる、いろいろと出ちゃってる美少女。
それはたいそう幻想的で、背徳的でもあった。
「ジン、ディアーネに何が!?」
普段は飄々としているダニエルが血相を変えている。
「魔力枯渇の症状です。大丈夫です、心配はいりません」
ミーシャが冷静に答えた。
その答えに、いくぶんの安心を得たのか、ダニエルは肩の力を抜いた。
「え……そうなのかい? でも、どうして急に?」
「えーと、俺の被り物を取られちまってな。アレ、魔力を大量に吸うから、俺以外がかぶると、ああなるんだ……」
「魔力を吸う被り物……?」
ダニエルは気づいたようだ。妹が被っている狼の頭に。
「……なるほど。いつもの勝手をやらかしたわけだ。うん、少しは薬になればいいね」
一転して、やれやれと肩をすくめたダニエルは苦笑いを浮かべた。
妹の心配をするが、無条件に甘くはない。そんな兄ちゃんだった。
なんだかんだで、この妹ちゃんは体が先に動いてしまう子なのだろう。兄ちゃんの苦労が忍ばれる。
ディアーネはダニエルの言葉が聞こえているのかいないのか、「ふぐっ、ふぐっ」と鼻から息を漏らすのが精いっぱいの様子だった。
そのとき、俺の鼻がかすかな刺激臭をキャッチした。それは横たわるディアーネから漂っており、胃酸の混じったキラキラとは違う特徴的なニオイで、ちょっとばかり酸性に寄ってそうな液体の……。
「あー……ミーシャ。ディアーネの介抱を頼むわ」
背嚢から大きめのタオルを取りだし、魔力回復ポーションと共にミーシャに手渡した。
俺はダニエルの肩を押して、砂浜の上を歩きだす。
十五分ほどお散歩してこよう。
○
ハイライトのない目をしたディアーネが、砂浜にぼんやりと座っていた。
「じゃあ、帰ろうか。ディアーネを頼めるかな?」
「ああ……半分俺のせいみたいなもんだからな」
ダニエルに頷き、俺はディアーネの目の前で背を向けてしゃがみこむ。
「ほら、背中を貸してやる。おいで」
「うん……」
のろのろとディアーネがハイライトのない目をしたまま、俺の背中に体を預けてきた。
半分ぐらい無意識の行動なのだろう。戸惑いも反発もなかった。らしくないといえば、らしくない。それぐらいショックを受けてしまったのだろう。
しっかりと膝裏を抱えこみ立ち上がる。
白い砂浜をゆっくり歩き出すと、ディアーネの重みと柔らかさが背中にじんわりと伝わってきた。
「……意外と重いな」
ぼそっと呟いた俺の言葉に、背中のディアーネがビクリと揺れた。
「殺す……」
ディアーネの長い腕が俺の首にまとわりつく。
じわじわと腕に力が入るも、息が詰まるほどではない。
「お、しゃべれるぐらいには回復したか」
「アンタは殺す……口封じしないと、私生きていけない……」
「ゲロ吐いたの見たぐらいで、殺されてたまるか」
「………………」
ディアーネはもごもごと口の中で何かを言ったが、
「……それだけじゃない」
理解できる言葉はそれだけだった。
「他に何があるんだよ?」
「え……? 私、その、臭く……なかった?」
「ん、ゲロ臭かったな」
「死ね!」
ギュッと首がしまった。
「それだけ……?」
「なんだ? 他のニオイでもさせてたのか?」
「やっぱ、死ね! 殺す!」
ますます首がしまる。
そろそろ息ができなく……。
「大丈夫ですよ、ディアーネ」
鬼気迫る顔で俺の首をしめるディアーネの背を、ミーシャが優しくさすった。
ミーシャの目を見て、ディアーネは何かを理解したようだった。
「ミーシャ、ありがとう……」
息ができるようになった。
「だいぶ元気になったな。もう歩けるだろ」
俺がそう言うと、ディアーネはギュッと腕に力を入れた。
完全に息ができなくなった。
「イヤ……てか、無理、無理だからっ! あー、気持ち悪くてフラフラするわー」
「ディアーネ、今回だけですよ? あまり調子に乗ると、わたしが口を滑らせてしまうかも……」
ミーシャが半眼でディアーネを見上げていた。
その目を見たディアーネがさっと顔を逸らし、
「……魔法陣まででいいから。お願い」
腕の力を緩めて、呟くようにそんなことを言った。
とりあえずは、窒息死の心配はなくなった。
引き上げるにはちょっと早いが、地下二層のボスを倒せたので自分的には満足だ。戦利品もあることだし。
地上に出たら、水上戦闘の準備をしないとな。まあ、そのへんは経験者のダニエルに聞けばいいだろう。ただ、武器はなんとかしないといけない。使い勝手の良い戦斧だが、いくらなんでも酷使しすぎた。
ゴブリンウォーチーフ、オーク五十匹、巨大スケルトン……。
むしろ良くもったと言うべきかもしれない。
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