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大事なことなので

「ようこそ、我が家へ。ひとまずは、そこで寛いでてよ」


 ダニエルはそう言って、奥へと引っ込んだ。

 俺はミーシャと並んでソファに腰掛ける。

 対面には、ディアーネが座った。


 ここはダニエル兄妹が借りているアパートだ。

 古いながらも清潔に保たれており、生活感はあるものの綺麗に片付いていた。


「ここに人が来るのは初めてかも」


 そう言ったディアーネは心なしか嬉しそうだった。


 サガットたちとは、ダンジョンの入り口で別れた。

 二人は、悩まし気な顔をして終始無言だった。

 俺とミーシャは、ダニエルに「大事な話がある」と誘われてここに来たのだ。

 今の状況は、俺も腑に落ちないことが多々ある。

 話してくれるというのなら、ぜひ聞かせてもらいたいところだ。そもそも、二人から逃げ切れるとも思えないしな。

 ディアーネが俺の顔を見て、ふっと笑った。


「あの二人は本部に連絡しないわよ」

「なんでそう言い切れる? 変身するとこを見られたぞ」

「あそこまでがっつり見られてると、報告を受けた本部から上役が派遣されるぐらいはするかもだけどね」

「それなら……」

「兄ちゃんがうまく言いくるめたじゃない。本来なら確実な証拠がないとダメなの。人狼なら銀による火傷。吸血鬼なら日光による火傷。そういった物証がないと、本隊は派遣されないって決まりがあるの」


 ダニエルがティーセットを持って戻ってきた。


「その決まりを思い出してもらっただけだよ。昔はね、斥候の証言だけでよかったんだけどね……さ、どうぞ」


 芳しい紅茶の香りが漂ってきた。かなりいい茶葉なのだろう。


「美味しいです」


 一口飲んだミーシャが目を丸くしていた。


「そう言ってもらえると、僕もひと安心だね」

「客に出すのは、初めてってことか」

「そうだよ」


 俺も一口飲んだが、確かに美味い。

 芳醇な香りが鼻腔を抜けていき、微かな酸味と甘みが口中に広がった。

 ダニエルは俺の向かいに座り、


「さっきの話の続きだけど……昔、それで大きな問題が起こったんだ。間違えたんだよ。しかも相手が悪かった。人狼と断じて殺したのは、貴族だった。実際に人狼だったのは、その貴族おかかえの御者でね。紛らわしいことに、その貴族は街に出て、御者と同じ格好で酒場に出入りしていたんだ」

「……お忍びで遊んでたんだな」

「そう。その結果、銀騎士団は廃団一歩手前まで追い詰められた。その後、厳格なルールが決められて、今に至るというわけさ」

「それはそうか。間違えて殺されたほうにはなんの咎もないもんな」

「だからね、あの二人は『人狼を見つけた』とは言えないんだ。怪しげな男を監視してます、ぐらいだね」


 と言って、ダニエルは笑った。

 ディアーネは再び「怪しげ、怪しげ」と言ってコロコロと笑っている。子供か。


「……まあ、二人が無事でいられるなら、結果オーライだ」


 ソニアを助けることができたと言い張ることはできる。

 ルフリンに血の雨が降ることも防げた、としておこう。

 そうでも思わないと、やってられん。

 まんまとはめられた、俺の独り相撲だったわけだが……。


「それで……新人二人から怪しげな男を連れ去った先輩銀騎士さんは、俺をどうするつもりなんだ?」


 ダニエルがふっと笑った。


「僕たちは、銀騎士じゃないよ」

「おい……」

「僕とディアーネは、銀騎士じゃない」

「おいぃぃぃっ!?」


 大事なことなので、二回言いましたじゃねえよ!


「ちょっと待ってください。銀騎士に詳しすぎますし、サガットくんが言ってた聖句っていうのも唱えてましたよね!?」


 さすがにミーシャも納得できないようだ。

 俺も納得どころの騒ぎじゃない。

 ディアーネが笑いながら、


「アハハ、聖句を唱えたのは、あの子たちに勘違いしてもらうためよ」


 ダニエルは澄まし顔で予想外のことをほざいた。


「銀騎士に詳しいのは、僕たちの父親が銀騎士だからだよ」

「え……」

「それに僕たちは銀騎士だなんて、言ってないし」


 そういえば、あの二人の前で、ダニエルたちは自分たちが銀騎士だなんて一言も……。


「あ、汚ねぇ! ていうか、アリなのかよ……」

「ナシだよ。ばれたらたぶん、銀騎士団に消される」


 ダニエルはそう言って肩をすくめた。


「でもまあ、たぶん大丈夫。あの二人は疑いすら持ってなさそうだし。それに僕たちの父親は、有名な銀騎士でね。しかも、作戦行動中行方不明のままだ。いざとなれば、その名を出せばいい。銀騎士団は、万年人手不足だ。何か理由があって単独行動しているであろう一騎士を追いかけるほどの余裕はないんだ」


 ディアーネが頷いて、


「……って、お父ちゃんが言ってた」


 銀騎士団の知識は、父親から授けられたってことか。

 プロの人外ハンターに教育を受けたのだから、人狼に詳しいのも頷ける。


「……なんで銀騎士の真似事なんてしてるんだ?」

「銀騎士の上前をはねるためさ」


 上前をはねるって、ピンはねするとか、かすめ取るとかそういう意味だよな。


「何を、奪おうってんだ?」

「人外と呼ばれる、夜の住人たち。そんな日の光の下を歩くことを許されない、虐げられし人たちを保護するのが目的なんだ」


 ちょっと予想外だった。

 この兄妹、銀騎士のフリをしながらも、銀騎士とは真逆のことをやっていたのだ。


「驚いたな……それって、銀騎士とまっこう対立することじゃ?」

「そうだよ。銀騎士は、ただ人狼である、ただ吸血鬼であるっていうだけで殺してしまう。慎ましく暮らせるだけで満足しているような素朴で純真な人たちなのにね……それは許されざる暴挙だよ」


 慎ましく暮らす素朴で純真な人、か……。

 ナポサ村の人狼はまさにそんな一家だったのだろう。むしろ、村の守り神ですらあったのだ。そんな実態を知ったからこそ、俺もソニアを助けようと思い至ったのだから。

 だが、銀騎士団は、それを認めないのだ。


「銀騎士団と戦ってるのか……?」


 俺の言葉に、ダニエルは首を横に振った。


「僕たちの故郷は銀騎士団以上に人手不足なんだ。純粋な軍事組織である彼らと戦うなんて、不可能なことだよ」

「だから、上前をはねる(・・・・・・)んだな……」

「そう。戦うことなく、そこに居たと気づかれる前に、保護してしまうのさ」


 様々なことが腑に落ちた。人外に対する前のめりな姿勢しかり。かつてエディオスが、「――あの兄妹、ルフリンの街は長いんだが、吸血鬼や人狼の噂を聞くと真っ先に動くんだよ」という言葉を吐いていた。狩るためではなく、保護するために奔走していたのだ。

 まさか、人外保護活動家だったとは。


「しかし意外だな。二人は育ちが良さそうに見えたから、てっきり貴族の出かと思ってたよ」


 俺がそう言うと、ダニエルは苦笑いを浮かべ、ディアーネはなんとも言い難い顔をした。


「生まれはまあ、悪くないよ……ただ、僕たちもね、ほの昏い世界の住人なんだ」


 俺は驚いて、ダニエルとディアーネをかわるがわる見つめた。

 ディアーネは目を逸らした。それは、拒絶――知られたくない、という意思表示。

 俺としても、あまり追求する気はない。二人が俺と同じ側だと知れただけでも十分だ。

 俺は「そうか」とだけ言って頷き、居住まいをただす。


「で……俺って、保護対象なのか?」

「最初はそう思っていたんだけどね……」

「ああ、そうか。召喚勇者は、夜の住人じゃあないもんな」

「そうなるね」

「てか、信じるのか? 俺が召喚勇者だって」


 ディアーネが目を釣り上げた。


「アンタ、まさか嘘でしたーとか言わないわよね?」

「嘘じゃないよ。ただ、証拠を見せろと言われても困るんだよなあ……」


 ふっと笑ったダニエルが、


「十分見せてもらってるよ」

「そうよねえ、美味しそうな私の手の誘惑に負けないし」


 ディアーネが悪戯っぽい笑みを浮かべ、俺の目の前で手をひらひらとする。

 細く長いしなやかな指に、目を奪われる。


「え、そこ? いやたしかに、美味そうだとは思ったけどさ……って、痛い」


 ミーシャにつねられた。

 小さく可愛い紅葉のような手が、俺の太ももの肉をギウギウしていた。

 ミーシャの手も柔らかくて美味そうではある。言わんけど。

 たぶん、俺のセクハラまがいの発言を咎めたのだろう。


「アハハ、それだけじゃないけど。バカみたいに頑丈だし、スキルをポンポン生やすし」

「……まあ、お前のおかげではあるが」


 〈強靭外皮〉のランクが上がったのも、〈格闘術〉が生えたのも、ディアーネのおかげだ。

 おかげさまで、と言うには少々抵抗があるのだが、事実ではある。


「スキルが生えるのは……ユニークスキルのおかげだ」


 ダニエルが頷いた。


「なるほど、そういう理由だったんだ。そもそも、君はあまりに普通じゃないんだよ。スキル持ち三人を一人で倒し、獣に自在に変身して、その上で理性を保っている。そんな存在は聞いたことがない」

「そうなのか……」

「その反応からして、この世界の住人じゃないと言っているようなものだよ」

「ご主人様は、もう少し自覚を持ったほうがいいと思います。迂闊に能力の片鱗を見せすぎなんですっ」


 何故かぷりぷりしているミーシャにお小言をもらった。


「はい、気を付けます……」


 くつくつと笑ったダニエルが、


「君は人狼と思しき子供を助けようとした。それだけで、僕は君がこちら(・・・)側の人間であると確信できた。だから秘密を打ち明けたんだ。保護対象ではないけれど、僕たちの側に居て欲しいんだが……どうかな?」


 そう言って、真剣な眼差しを向けてきた。

 俺の答えはとっくに出ている。


「水くさいな……友達だろ?」


 俺はそう言い、右手を差し出す。

 ダニエルは屈託のない少年のような笑みを浮かべた。

 あのダニエルが悪そうな笑みじゃない。初めて見た笑顔だ。


「これからもよろしくね、ジン」

「こちらこそだ」


 ダニエルが俺の右手を握り返す。

 その手はひんやりとしていながらも、確かな血の躍動を感じた。

 少々掌の上で転がされた気がしないでもないが、結果オーライだ。

 ダニエルにしても、危ない橋を渡っているのだ。

 余人には知られるわけにはいかない秘密の共有。その上で、同じ側に立っているという安心感。

 異世界に来て、初めて真の友人が出来たと実感することができた。


「ん……」


 ディアーネが右手を差し出してきた。

 顔は横を向いたまま。心なしか、頬が赤い。

 正面から握手するのが、恥ずかしいのだろう。

 まあ、この子はこの子で初心なところがあるからなあ。

 俺の悪戯心がチラッと顔を出した。


「なんだ? 齧っていいのか?」

「っ……! 死ね、死んじゃえバカ!!」


 右手がグーになって飛んできた。

 とはいえ、予想通りなので両手で受け止めて、そのまま拳を解きほぐす。

 しっかりと右手を握ってやった。


「よろしくな、ディアーネ」

「はぅ……っく! よろしくしてあげるわ!」


 ディアーネは顔を真っ赤にしながらも、俺の目を見てはっきりと言った。

 ありゃ、ちょっと怒らせたかな。

 まあ、いつも俺がボコボコにされてるだけなので、たまには仕返ししてもいいだろう。

 俺が手を離すと、ダニエルと握手をしていたミーシャがディアーネに手を差し出した。


「わたしからも、お願いしますね、ディアーネさん」

「……こいつのオマケなんだから、アンタもこっち側よ。さん付けなんかしなくていいわよ、ミーシャ」


 二人の視線が交差した。妙に目力が強い。

 ミーシャとディアーネが「ガッ」と手を握った。

 握った手からミチミチと音が鳴る。


「うふふふふ」

「アハハハ」


 お互い腕に血管を浮かび上がらせて、手を握り合っていた。

 仲が良いな、この二人。


 俺は、ダニエルとディアーネに顔を向け頭を下げた。


「まずは礼を言わせてくれ。助かったよ、ありがとう」

「どういたしまして。一つ忠告するとしたら、もう少し情報を集めて慎重に行動したほうがいいと思うよ」

「……耳が痛いよ」


 ソニアを人狼と断じたのは、ニオイだけだった。裏を取るなんてやっていない。さらに、早々に目の前で転狼してしまった。


「だいたいさあ、夜の住人が祝福された銀の武器なんて持つワケないじゃん」


 ディアーネの言葉も耳に痛すぎる。

 ミーシャもしょんぼりしていた。


「はい、まったくもってそのとおりでございます……」

「わたしも迂闊でした。気づいて然るべきだったのに……」


 本当に、この二人には世話になりっぱなしだ。

 今回は銀騎士の斥候にまんまと釣られた俺を救ってくれた。


「しかし……助けられてばかりだな」


 もし、あの場でソニアが錯乱せず、ダニエルたちが現れていなければ、斥候の報告を受けた銀騎士の本隊がルフリンにやってきたことだろう。俺を、狩るために……。

 ダニエルが悪そうな笑みを浮かべた。


「心苦しいかい?」


 ディアーネも悪そうな笑みを浮かべた。


「恩に感じてるよねェ?」


 この兄妹、やっぱよく似てるわ……。本当にそっくりだ。

 嫌な予感しかしないのだが。


「そりゃ、もちろん……」


 そっくり兄妹がニヤァっと笑った。


「じゃあ、パーティを組もうか」

「一緒にダンジョン攻略しよっ! 攻略が終わるまで、解散はなしね!」

「お、おう……」


 絡めとられた感が半端ないが、まあいいか……。

 ミーシャは半眼でむっすぅとしていた。


お読みいただき、ありがとうございます。

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