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なすべきは

 ルフリンダンジョンの地下一層は、あまり人がいない。

 金にならない、というのが一番だろう。ベテランは、エントランスにある転送ゲートでさくっと三層に行くか、ボス部屋に直行するのでなおさらだ。特にボス部屋に行くルートとなんら関係のない、行き止まりの部屋など誰も来ない。

 俺とミーシャはそんな部屋の入り口で、サガットとソニアの背を見つめていた。


「本当に、全部もらっていいんすか?」


 サガットが地面に転がるコボルドの投げ槍を拾いながら言った。


「ああ、持ってけ持ってけ。俺らには必要ないからな」


 20メートル四方の大部屋の床には、元ゴブリンや元コボルドの肉塊が大量に転がっていた。

 合計十匹ほどいたが、そのほとんどをサガットとソニアが始末した。

 俺たちは入り口の前に陣取り、二人の隙をつこうとした狡猾な個体をプチプチと潰した程度だ。


「あざまっす!」

「ありがとう……」


 ソニアも無表情ながら頭を下げてきた。

 二人は転がっている槍の穂先だけを回収している。

 駆け出しにとっては、コボルドの投げ槍は結構な収入になるからな。


「二人ともいい動きでちょっと驚いた」

「そうですね、とても地下二層で死にかけていた子とは思えませんね」


 俺とミーシャが称賛すると、サガットはまんざらでもなさそうに鼻の下をこすった。


「それなりに場数は積んだつもりなんで、地下一層ぐらいなら、もう余裕っすね!」

「すぐ調子にのる……さっき、何匹か危ない動きしてるのいた」


 ソニアがサガットに突っ込む。


「ふぐっ……って、マジで?」


 サガットの脇腹にソニアの手刀が刺さっていた。


「ジンさんと、お姉さんが始末してくれた……気づいてないのが、もう駄目」

「……スミマセン、調子のりました」


 思わず笑いがこぼれる。

 なんだかんだで、この二人は良いコンビだ。


 たまたま、ダンジョンの入り口でサガット&ソニアのペアと出くわし、どうせならと地下一層の探索を手伝うことにした。ついでに、二人の実力を見たいと言って奥まったこの部屋までやってきたのだ……というのは嘘だ。

 誰にも見られない、聞かれない場所で二人と対峙したかったのだ。


「二人は、ルフリンを離れるつもりはないのか?」


 俺の唐突な問いに、二人はキョトンとした顔をした。


「え、まあ……まだ二人で地下一層のボスを討伐できてねえっすから」

「……うん」


 俺の問いの真意には気づいていないのか、あるいは、あえて白を切っているか……。

 俺は二人を見据え、真剣な表情で言った。


「はっきり言おう。ルフリンの街には銀騎士がいる。すぐに離れたほうがいい」


 二人はビクリと体を揺らし、しばし硬直した。


「え……? それって…………」

「……うそ……まさか」


 動揺を押し込んだ二人は、ちらっと視線を交わし合った。

 サガットはぎゅっとソニアの手を握り、俺を見返してきた。


「アニキ……その銀騎士って、誰なんです?」


 どこか探るような目。俺の言葉の向こう側を見透かさんとする強い意志を感じる。

 俺は首を横に振る。


「それは言えない。少なくとも君ら二人でなんとかなるような相手じゃない」


 サガットは一瞬だけ怪訝な顔をした。


「……前も銀騎士のことを言ってましたよね。アニキは……なんで、俺たちにそんなことを言うんすか?」


 俺は自身の鼻を指さしながら、


「俺は、鼻が利くんだ。ソニアからは、人狼のニオイがするんだ……ソニアは人狼なんだろう?」


 サガットがさっとソニアの前に回り、背に庇う。

 その目は、今まで見たことのない強い光をたたえていた。


「マジで言ってます? 間違いでした、じゃあすまない発言っすよ……」

「俺は人狼と縁があってな。人狼は世間で言われているような、ただの凶暴なケダモノじゃあないって知ったんだ。だから、助けたいんだよ」


 俺をじっと見据えていたサガットが首を横に振った。


「……信じられません」


 予想通りの返答だった。

 そりゃ、いきなり信じろと言われても無理か。

 ルフリンにおいて人狼と知られることは、死と直結だもんな。

 俺は腹をくくった。


「これでもか?」


 服の留め金が弾け飛び、黒の剛毛が体を覆いつくす。バキバキと音を立てて口が前に突き出し、鋭い牙が伸びる。三角に尖った耳が、頭上から天井へと向いた。

 人狼の姿を見せるのは尚早ではないかと思いはするが、ディアーネの反応が妙に気になったのだ。

 グズグズしていては、手遅れになるかもしれない――そう感じたのだ。


「……信じる気になったか?」


 俺の金色の瞳を向けられたサガットは驚愕に目を見開き、ついでに口も開いていた。


「う、嘘だ……」


 サガットの後ろにいたソニアも、大きく目を開いてガタガタと震えていた。


「人、狼……? ア、アアアアァァァ!」


 突然、ソニアが俺に飛びかかってきた。

 腰裏から短剣を引き抜き、白く輝く刃を俺の胸に向けて突き出してきた。


「なっ!?」


 いきなりのことで面食らったが、さすがに転狼した状態で真正面から攻撃を喰らうほど抜けてはいない。

 軽く体を捻り、避ける。

 ソニアの持つ武器は、祝福された銀の短剣だ。

 傷を負うのは、非常に不味い。

 回避に専念して何度か突きや斬撃を躱し続けるも、ソニアは狂ったように短剣を振りかざしてくる。


「殺す、殺すぅ! 人狼はぁ、殺すっ!! パパとママをっ、弟を……返せっ、返せェェ!」


 その目は限界まで開かれ、とめどなく涙を流しながらも、狂気の色を宿していた。


「待て、ソニア! 何でだ……」


 何が何だか、分からない。

 だが、このままソニアに銀の短剣を振り回させるのも不味い。かといって、ソニアをぶちのめすわけにもいかない。

 俺はすぐさま転狼を解除する。


「転狼、解除!」


 銀の毒を受ける以上に、転狼による馬鹿力と爪がソニアを傷つけてしまうかもしれないからだ。

 黒の剛毛は空気に溶けるように消え、顔はいつもの冴えない人のものに戻る。


「は、え? 人に戻った!? 嘘だろ……」


 サガットが頓狂な声を上げ、呆然としていた。

 俺は突きをかわし、手首を掴んでソニアの背中に腕をまわす。そのままがっちりと決めて、体ごと抱え込んだ。


「落ち着け、ソニア!」


 彼女の首筋からは、人狼のニオイが漂ってくる。

 彼女は人狼で間違いはないはずだ。

 なのに、人狼は殺すだの、家族を返せとはいったい……。


「ソニア、聞けっ。俺は君の仇じゃない。敵じゃないんだ!」

「いやあ゛あぁぁ、殺す、殺す、殺す! 人狼は殺すぅ!」


 完全に錯乱している。

 ソニアはいつもの無表情がウソのように鬼の形相を浮かべ、憎悪に燃えた瞳を向けてきた。

 そのときだった――。


「灰は灰に」

「塵は塵に」


 背後から聞きなれた男女の声が聞こえてきた。


「「人に仇なす夜の住人を、聖なる銀の輝きをもちて、土にかえさん」」


 振り返ると、銀色の髪をした男女が立っていた。

 今だけは絶対に会いたくない二人――ダニエルとディアーネだった。


「なんじらは獣にすぎないことを、気づくがいい」

「なんじらは吹き去れば帰らぬ風であることを、思い出すがいい」


 どこかで聞いたことがあるような言葉を吐きながら、ダニエルとディアーネはゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。


「ジン、銀騎士を言葉で引かすのは無理だよ……」


 ダニエルが無表情でそんなことを言った。

 間違いなく、俺が転狼したところを見られた。

 ソニアをかかえたまま、俺はじりじりと後退る。

 ミーシャも慌てた様子で俺の腕にかじりつき、一緒になって後退る。


「聖句を……まさか、アニキの言った銀騎士って……ダニエルさん!?」


 サガットが落ち着きなく顔を小さく左右に振りながら呟いた。完全に、状況についてこれていない。

 錯乱していたソニアも、ダニエルたちの言葉で動きを止めていた。


 正直、俺もどうするべきか判断がつかない。

 説得は望み薄だ。そもそも、先ほどのダニエルの言葉は、対話を拒否するものだ。

 切り抜けるだけなら、ダニエルとディアーネを無力化して、ルフリンの街からオサラバするのが手っ取り早い。

 だがしかし……本気の二人と戦って勝てるかといえば、ぶっちゃけ無理だ。間違いなく、銀の武器を持っているだろうし。

 俺も強くなったとはいえ、今の俺を鍛えてくれたのが目の前の二人なのだ。

 ぎりぎり勝機があるとすれば、俺の勇者スキル――〈スキルイーター〉で二人のスキルを奪えば、あるいは……。

 いや駄目だ。冒険者でもある二人からスキルを奪うことは、死の宣告に等しい。なにより、俺は二人を友人だと思っている。友人を奈落の底に突き落としてまで、生き延びようとは思わない。

 しかし、二人に被害を与えず、切り抜けられる方法などあるのか。


 ――すべてをかなぐり捨てて、俺一人でも逃げ延びるか。


 一瞬浮かんだ悪魔の囁きを、俺はすぐさま振り払う。

 冗談じゃない。それこそ、人生二周目をやっている意味がなくなる。

 巻き込んでしまったサガットたち二人を見捨てるだけではすまない。崖っ縁をフラフラしていたミーシャの手を握っておきながら、自分かわいさに奈落に投げ捨てるに等しい。

 贖いようのない「裏切り」だ。禁忌を破ることにもなる。神さまの信用すら失って、異世界で負け犬の人生を送ることになるだろう。

 じゃあどうする?

 勝てない。逃げられない。

 そもそも、俺はどうしたいんだ?


 ――俺は、目の前で無慈悲に狩られそうな命を救いたい。


 そうだ……二人に勝つのは無理でも、ソニアたちを逃がすだけならできるんじゃないか。どうせ一回死んだ身だ。今の人生はオマケみたいなものだ。誰かを助けるために命を張るのも悪くない。

 半ば諦観の境地に至った俺は、ふと自動販売機の横で拾った女子高生を思い出した。


 ――あの子を救うために、命をかけてもよかったんじゃないか?


 あの子が本当に求めていたのは、手を握って一緒に逃げてくれる存在だったんじゃないのか。俺はそれを理解できる過去を持っていたはずなのに。金を払って終わりにしようとした俺のなんと浅はかなことよ。

 今更だ。本当に、今更だ。

 ただまあ、今の気持ちに至れただけでも、善しとするか。それだけでも我が神には感謝だ。

 今ここで、俺がなすべきは――時間を稼ぐ。ソニアたちを逃がすために。


 俺は覚悟を決め、動きを止めたソニアをミーシャに預け、一歩を踏み出す。

 ダニエルは俺の視線を受けて、ふっと笑った。

 その笑顔は、どこか聞き分けのない子供を叱る親のような顔だった。


「拾った子供を逃がすために、命をかけるのかい?」


 見透かされている。

 だが、俺の取りうる手段は限られているのだ。


「そうだな。そういう気分になった」

「ちょっと、優しいが過ぎるねえ……」


 いつもの調子でダニエルが言うと、ディアーネは腕を組んで「ふんす」と鼻息を洩らした。


「ほんっと、バカ!」


 と言いつつも、その目は笑っていた。


 俺は二人の雰囲気に違和感を抱いた。

 油断は見えない。余裕、というべきか。それにしても、これから戦いをしようという感じではない。

 俺は何かを見過ごしているのか?

 それとも……。


「ジン、君はとんでもない勘違いをしているよ」

「……何をだ?」


 ダニエルは視線をサガットとソニアに向け、


「君が助けようとしている二人こそが、銀騎士なんだよ」


 ダニエルが何と言ったのか、しばし理解ができなかった。


「は…………?」


お読みいただき、ありがとうございます。

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