ランクアップ!
久しぶりに来た神殿は、誰もいなかった。
教会の奥にあるこの場所は、八柱の神々が祀られている場所だ。
我が神である破壊の神の像の前で祈りを捧げる。
(神さま、おかげさまでまたスキルが増えました。これからもっと脳筋で邁進します)
すぐに脳内に我が神のハスキーな声が聞こえてきた。
こころなしか、声が弾んでいるような気がする。
(よくやった、我が使徒よ! 汝のおかげで、停滞した現状が動き出すかもしれん)
神さまがここまで喜ぶようなことやったっけかな。
(オークの群れを蹴散らしはしましたけど、アレですか?)
(うむ。アレが呼び水となったのは確かだ。確率は高くはなかったのだが、よくぞこの状況を引き出した。褒めてつかわす)
随分とご機嫌なご様子。
(ありがたき幸せ?)
(事態が確定すれば、かなりのマイルが加算されるはずだ。楽しみにしておくがよい)
(はあ……何が起こるんでしょう?)
神さまが笑った気配がする。
(なに、すぐ分かる……今後の働きにも期待しておるぞ、我が使徒よ!)
言うだけ言って、神さまの気配が消えた。
なんか、前もこんなことあったよなあ。
で、すぐに思い出した俺は、急ぎ足で衛兵詰め所に向かった。
やはりというか、当然というか、エディオスは渋い顔をしていた。
前と同じじゃねえか。
「やっぱ、何かあったのか?」
「やっぱってなんだよ……お前がそういうこと聞いてくるときって、いっつも面倒臭いことになってんだよなあ」
エディオスが机に突っ伏しながらそんなことを言う。
「俺のせいにすんなよ……いや、俺のせいか?」
「ほらな! やっぱ、お前のせいじゃねえか! お前がなんかやると、だいたい俺に流れ矢が刺さるんだよなあ!」
「あーはいはい、俺のせい、俺のせい。で、何があった?」
机の天板に顎を載せたエディオスが心底嫌そうに言った。
「戦争になるかも……」
「は……?」
破壊の神が大喜び――って、そういうことか。
「……確実なのか?」
「今の段階で、半々。ナポサ村の調査によっちゃ、ほぼ確定になる」
「マジかよ……」
「隣の領地の村がオークに蹂躙されて、うちの領民に被害が出たって侯爵さまに報告したらよ、『でかした!』だぞ? 侯爵さまがヤル気すぎて困る……西に出張ったのに、何もなかったからヤル気が有り余ってんだろうなあ……」
なんで村がオークにやられたら戦争になるのか意味が分からなかった。が、エディオスの説明を受けて納得せざるを得なかった。
曰く、「深淵の森の浸食から領地を守り、魔物から領民を守るからこそ、貴族は貴族たりえるのだ。領地が魔物に蹂躙されるなど、言語道断。管理能力の無さを証明するものである。よって、我らが侯爵は領民の安寧を保つ必要性から、隣接地域の治安を回復し、深淵の森の脅威を取り除くために軍を起こすものである!」――だそうだ。
深淵の森の拡大を食い止めるのは領主の義務らしいので、戦争を起こす大義名分としてはこれ以上ない説得力がある。
お隣さんが深淵の森に呑まれたら、次はこっちだもんな。
実際、過去に起こった大戦も、深淵の森に呑まれそうな領域を巡っての争いだったらしい。
「つっても、すぐに出陣ってことにはならんけどな。これから実情調査だろ。軍を起こすにしても、兵隊集めて終わりじゃねえから、最短でも半年。季節が悪けりゃ一年だ」
「そうか……」
俺が神妙な顔で頷くと、エディオスは苦笑いを浮かべた。
「真面目な話をするとだ、お前のせいじゃないからな。お隣の状況がお前が見た通りのザマなら、遠からず侯爵さまが手を出してたはずだ」
「さすがの俺でも、戦争には突っ込まねえって」
「冒険者だもんな。義務はないからな……」
「ん、もしかして、エディオスは出陣の可能性アリ?」
どんよりとした顔でエディオスが頷く。
「アリだ……軍務経験のある指揮官の数が足りてなさすぎるんだよ……狼の群れのリーダーでもいいから手伝って欲しいレベルだ」
本で読んだことがあるなあ。
兵隊は揃えるだけならすぐ揃うが、指揮官だけはどうにもならないって。
「てか、エディオスって軍人なのか?」
「俺はルフリン衛兵隊の隊長って役職をもらっちゃいるが、侯爵さまの子分だからなあ……これでも一応の軍務経験はあるし」
「そういや、ルフリンに来る前はどこぞの男爵家で私兵やってたんだっけ」
「ああ。なんで、遠征軍の臨時の部隊長あたりに引っ張られそうだ」
「ご愁傷さま」
「あああ、やっぱお前のせいだ! てか、調査隊にはお前さんも入ってもらうからな!」
八つ当たり気味に言われた。
ただ、今すぐ戦争だーってわけではないらしく、さしあたっては忘れていてもよさそうだった。
何か動きがあれば、嫌でも耳に入るだろう。
○
ナポサ村から帰還して一週間が経った。
俺たちはいつものようにダニエルたちに訓練をつけてもらっている。
人狼がらみで特に動きはないし、俺の行動が監視されているような雰囲気もない。銀騎士が派遣されそうだという噂すら聞かない。
ダニエル兄妹との関係も相変わらずだ。
このまましばらくルフリンで過ごした後に、旅に出るぐらいがいいだろうなと考えている。
自然にお別れできるなら、そのほうがいい。近々、戦争が起こるかもしれないしな。それを機にルフリンを離れるのも違和感はないだろう。
まあ、もっとも、目下の課題はソニアのことなんだが……。
風に乗って、無邪気なディアーネの笑い声が聞こえてきた。
今は訓練の合間の休憩中だ。ミーシャとディアーネが並んで座っていた。
「ワフン!」
アルバが目を覚ましたようだ。
今日は宿の老夫婦が出かけるということで、ここに連れてきていた。
訓練スペースの脇に置いてあった俺のウェストバッグから這い出して、体をブルブルと振っている。
保護した夜から比べると、明らかに体が大きくなっていた。
ウェストポーチにすっぽり収まる大きさだったのに、気が付けばパンパンに膨らんだ上に蓋を閉めるためにギウギウと押し込まないといけないほどに育ったのだ。
さすがにもう無理だと思ってウェストポーチから出そうとしたのだが、頑強な抵抗にあってしまい往生した。
入れないウェストポーチに頭だけ突っ込んで寝ている姿を見て、ミーシャが抜本的な改革を断行した。
薬瓶が数本入る程度だったウェストポーチを、肉塊がまるっと入るウェストバッグに進化させたのだ。
それをアルバはたいそう気に入ったようだ。今では夜寝るときに、俺のベッドに引きずり上げ、その中で丸くなって寝ている。ライナスの毛布ってやつかな。
そのぶん俺の就寝スペースが浸食されているのだが、まあ許容範囲内だ。
「よーし、よしよしよし」
尻尾をブンブン振りながら俺の膝に飛びついてきたアルバをわしゃわしゃと撫でくる。
小さく細かった尻尾は随分と大きくなり、ふっさふさに育っている。
「ちょっと、その犬なによ?」
ディアーネが驚いたような声をあげて近寄ってきた。隣にはミーシャもいる。
アルバがディアーネをじっと見上げる。
ディアーネもアルバをじっと見下ろす。
突如、アルバはごろんと横たわり、ディアーネに腹を見せた。
「わ~、カワイイ!」
ディアーネは腰を落とし、きらっきらの笑顔をしてアルバの腹をさすった。
年相応の無邪気な笑顔を初めて見た気がする。いつも何故かツンツンしてるからなあ。
アルバはクンクンと鳴きながら、ヘソ天で尻尾を振っていた。
どうやら、逆らってはいけない相手だと本能で察知したようだ。
上機嫌でアルバの腹をゴシゴシしながらディアーネが訊いてきた。
「この子、どうしたの?」
「ちょっとワケあって、預かってるんだ」
「へえ、名前は?」
「アルバ」
「ふうん……ん? この子、狼じゃないの?」
軽く驚いた。
俺ですら犬と狼の区別などつかない。
「そうだが、分かるのか?」
「分かるわよ。犬とはぜんぜん違うもの。特に肩と顎と目」
言いながら、ディアーネはアルバのあちこちをもぎゅもぎゅと掴んだ。
アルバはそれが気持ちよいらしく、はふはふ言っていた。
俺はそう言われてアルバをじっと見てはみたが、どう違うのか皆目見当がつかない。
「なるほど……分からん」
「この子、三カ月は……経ってないかな? 耳は立ってないけど、乳歯は生えそろってるし……色んな物を噛んでない?」
「すごいな、そこまで分かるのか。いっつも俺の指を齧ってるぞ」
「アハハハ、噛み応えありそうだもんねえ!」
何故だかディアーネは上機嫌だ。
もしかしたら、過去に犬を飼っていたのかもしれない。
「てか、狼飼ってるって、何者なのよ?」
「ナポサ村の村長のとこの子なんだよ。ちょっと依頼がらみで、いろいろとあってな」
「ふうん……それが何でここに居るワケ?」
「勝手についてきたんだよ。俺の鞄の中にこっそり入っててな」
ディアーネはケタケタと笑い、
「アンタ、ほんとに子供拾ってくるのねえ。誘拐魔なの?」
と言って、ディアーネと一緒になってアルバをこちょこちょやってるミーシャを見た。
「人聞きの悪い! そもそも、ミーシャは子供じゃないだろ」
「そうかなあ? てか、アンタ、ダンジョンから二人も拾ってきたじゃない」
サガットとソニアのことだろう。
「……そういやそうだな」
ディアーネは呆れ顔をした。
「アンタが忘れてどうすんのよ……ダンジョンで駆け出し二人助けたって、ギルドの連中が感心してたわよ」
「そうか……」
「まあ、あの二人も頑張ってはいるみたいだけど……ちょっと危なっかしいわね。いろいろと……」
そう言ったディアーネは、ちらっと厳しい表情を浮かべた。
その表情に、俺の心がざわついた。
「ディアーネは……サガットとソニアに会ったことがあるのか?」
「何度かすれ違ったぐらいよ。ランクが違いすぎて、狩場は被らないしね。特に絡む理由もないし……」
ディアーネはふっと視線を逸らした。なんでもない、といった風を装っているが俺は逆にそこに引っかかりを覚えた。
そんなディアーネがまっすぐ俺を見つめてきた。
「……あまりあの二人に肩入れしないほうがいいわよ」
「なんでだよ?」
視線を下げたディアーネが呟くように、
「アンタのためでもあるのよ。失ったときに、傷が深くなる……実力のない駆け出しなんて一つミスれば簡単に死んでしまうもの」
と言って儚げな笑みを浮かべた。
「それに、あれこれちょっかい出すのは、子供のためにならないしね」
ディアーネの言うことは分からんでもない。
一般論として、冒険者はすぐ死ぬ。深く関わってなければ、心に傷を負うこともない。
だが、ディアーネの言い様は妙に引っかかる。嫌な予感が胸中に満ちてきた。
「……子供って言うけどさ、あの二人はあれで成人、16歳だぞ。ディアーネとそう年齢は変わらないだろ?」
俺はつとめて陽気な声を出す。
あまり、俺がソニアたちを気にしていると感じさせないほうが良いと思ったからだ。
ディアーネが驚いた顔をして、
「え!? ……そ、そうかもね」
と言って、すぐに顔を逸らした。
「ぶふっ!」
俺のすぐ後ろで、誰かが吹きだす音が聞こえた。
振り向くと、ダニエルが立っていた。
音もなく、俺の背後に立つな。
ダニエルはニヨニヨとおっさん臭い笑みを浮かべながら、俺の横に立って肩をポンと叩いた。
「ジン、ディアーネはサガット君たちより、ずっと年…………」
そのとき、視界の隅で何かが動いた。いや、視界から消えた。
訓練場の地面が盛大にえぐれ、土くれが宙を舞っていた。
ドゴーン!
次の瞬間、なにかが爆発したような音が鳴り、俺の横に立っていたはずのダニエルが俺に向かって飛んできた。
ダニエルの背後に、ディアーネの姿が見える。
般若の形相をしたディアーネが、渾身のドロップキックをダニエルにかましていたのだ。
当然、すぐ横にいた俺がよけられるはずもなく……。
俺とディアーネの間にアルバがいたからわざわざ横に回り込んだのだろう。
だが、何故、俺を巻き込む?
「解せぬ……」
俺はダニエルといっしょくたになって、訓練場の地面を転がり壁に激突した。
『〈強靭外皮〉がランクアップ! 強靭外皮 III になりました』
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