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獣のニオイ

 いつものギルド併設の酒場で、俺たちはサガット&ソニアのペアとテーブルを囲んでいた。


「アニキも姉さんも姿が見えなかったんで、てっきりもっと実入りの良いダンジョンがある街に移ったのかと思ってたっすよ!」

「うん……」


 サガットが上機嫌でエールをあおり、ソニアが頷いている。

 いつものようにソニアは無表情だ。あまり感情を顔に出す子じゃないので、何を考えているのかいまいち分からない。ただ、以前感じた獣のニオイ……俺やアルバと同系統のニオイは相変わらずまとっている。

 やはり、この子は人狼だと思う。


「ちょっと遠くの依頼を受けただけだ。二人とも元気だったか?」


 サガットとソニアが揃って頷いた。


「はい! アニキに助けられてから、あんまり無茶をしないようにしてます」

「外の仕事、増やした……」


 サガットたちはダンジョン攻略のペースを落とし、木こりの護衛や深淵の森の魔物討伐を多めに受けるようにしたそうだ。危険度が低そうな盗賊の討伐も受けているらしい。

 だからだろうか、サガットからは人の血のニオイがする。

 ダニエルやディアーネがまとっているものと同じ、死んだ人間の血のニオイだ。そういえば、地下二層で助けたときから漂っていたと思う。アンデッド臭とあまり変わらないので、気にもしていなかったが。

 ミーシャが濃いめの酒をチビチビやりながら、うんうんと頷いている。


「そうですね。経験を積む意味でも、お金を稼ぐ意味でも、外の仕事のほうが効率はいいと思います」

「ダンジョンは実入りが少ないからなあ」


 俺がダンジョンに潜っているのは「見てみたい」し「楽しそう」だからだ。

 階層主が貯め込んでいた財宝で巨万の富を得た。強敵をなぎ倒したことで領主お抱えの騎士となった。そういった冒険者が語る「夢」を俺は求めてない。

 あくまで俺自身の好奇心を満たすためだ。冒険者の常識からはズレていると言えるだろう。

 宝箱からまれに遺物(アーティファクト)が出るそうだが、そういうお楽しみはまた別口だ。


 あと、最近気づいたのが、レアなスキルを持っているのはボスっぽい魔物なんじゃないかということだ。ゴブリンウォーチーフしかり、オークの進化個体しかり。なので、ダンジョンのボスを撃破していけば、順当にスキルを増やせるのではと思っている。

 富や名声はとくに欲しくはないが、自分自身がどこまで強くなれるのか……そこにはちょっと興味がある。いい歳こいて、最強厨です。ゲームでもメインストーリーそっちのけで、自己強化に励んでいたしなあ。

 せっかく、脳筋系のユニークスキルをもらえたのだから、極めてみたい欲はあるのだ。


「アニキは、ダンジョンの攻略を進めるんすか?」

「そのつもりだが」


 俺の返答に、サガットが目を輝かす。


「あの、だったら……」

「行けるところまでは、俺とミーシャの二人でやるつもりだ。仮にパーティを組むとしても、最低限地下三層まで自力で踏破できる人間とだな」


 サガットの言わんとすることは予想がつく。

 俺たちと一緒にダンジョンを踏破したいのだろう。なので、あえて切って捨てる。そもそも俺自身が知られたくない爆弾を抱えているのだ。


「……そうっすか……そうっすよね」


 サガットは目に見えて落胆している。


「サガットは自分の実力を理解してない……スキル無しでダンジョンに挑むのは無謀」


 ソニアが表情を変えずに無慈悲なセリフを吐いた。

 言われたサガットは「うぐっ」っと漏らして俯いた。

 やはりサガットはスキルを持っていないようだ。地下二層で助けたときも、それっぽい気配をまるで感じなかったしな。


「頑張ってスキル生やしな。そうしたら、考えんでもない」


 俺の言葉に、サガットはバッと顔を上げた。


「! はい、頑張ります!」


 サガットは顔を輝かせ、エールをあおる。

 俺もたいがい甘いなあ。いやむしろ、残酷なことを言ったか?

 生えるか分からないスキルを条件にしてしまったのだから。


「……ところでよ、銀騎士団って知ってるか?」

「ぶほっ!?」


 俺の言葉に、木のジョッキを口に付けていたサガットが盛大に吹いた。

 顔がエールまみれだ。


「………………」


 ソニアは蝋人形のように完全静止している。


「なんすか、いきなり……知ってますよ、知ってますけど……」


 と言って、サガットはソニアをちらっと見た。

 ソニアはサガットの視線を受けて、ゆっくりと動きだす。


「うん、知ってる……」

「銀騎士団が、どうかしたんすか?」


 サガットは何気ない風を装っているが、頬がピクピクしていた。


「一カ月ほど前、人狼が出たってのは知ってるか?」

「ああ……そうみたいっすねえ。俺らがここに来る前の話ですよね」


 ソニアも無言でコクコクと頷いている。


「銀騎士団がルフリンに斥候を放つかもしれないって聞いたんだが、それっぽい奴を見なかったかな?」


 俺の言葉に、サガットとソニアはギョッとした。

 いつも無表情のソニアが目をむくのを初めて見た。

 二人はぎこちない動きで視線を交わしあった。


「……さ、さあ? 俺らは見てないっすけど……銀騎士に用でもあるんですか?」

「用はないが、ちょっと興味があってね」

「そうっすか……」


 なんともいえない沈黙が漂う。

 サガットとソニアは明らかにそわついている。

 そのとき、俺の腹の辺りから「ぷしゅん」という音が聞こえた。


「え……?」


 サガットが不思議そうに俺の方を見た。


「ああ、こいつがクシャミをしたんだよ」


 ウェストポーチから、毛玉……じゃない、アルバを取り出して見せる。

 寝こけていたのか、動きが緩慢だ。

 くあーっと大口を開けて欠伸をした。


「カワイイ……」


 ソニアがボソッと呟いた。

 ソニアの表情を盗み見るが、特に感情の動きは見られなかった。


「……こいつは、訳あって預かっているんだが……ソニア、抱いてみるか?」


 俺がそう言うと、珍しく笑顔を浮かべてソニアが頷いた。

 そのままアルバを手渡すと、笑みを浮かべたまま撫で始めた。

 アルバは大人しく撫でられているが、何やら落ち着きがない。しきりにソニアをクンクンやって、尻尾を振ったり止めたり。首を傾げたり。母親や俺以外の人狼のニオイに戸惑っているのかもしれないな。


「カワイイっすねえ! って、痛ぇ!」


 サガットが伸ばした手を、アルバは何の躊躇もなくガブリとやった。そして、ぺっとすぐに口を離した。明らかに嫌そうな顔をしている。お気に召さなかったようだ。


「…………」

「どうかしました?」


 俺が無言でソニアを見ていると、ミーシャが声をかけてきた。

 というか、すでに空になったグラスが二つほど並んでいる。いつのまに飲んだんだ。油断ならないにもほどがある。


「あ、いや、アルバがそっけない態度を見せたのは初めてだなって」

「そういえばそうですね。お爺ちゃんもお婆ちゃんも、すぐになついてましたもんね」


 アルバを撫でながらソニアが呟く。


「……動物は人を見抜けるから」

「ひでぇ……」


 サガットがしょげていた。

 ミーシャとソニアがウフフと笑い合っているが、俺は少しばかり戸惑っていた。

 ソニアはアルバが人狼の子だと気づいていないのか。それとも、気づいた上で素知らぬ顔をしているのか。

 普段から表情の変化の少ない子だけに、判断に苦しむ。



    ○



 サガットたちと別れた俺とミーシャは、宿に向かって歩いていた。

 日はすっかり暮れて、宵のひそやかなざわめきが街に満ちている。


「ご主人様は、ソニアを助けたいんですよね?」

「気づいてたか」

「はい。ソニアから人狼のニオイがするって言ってましたし、今日もわざわざ銀騎士のことを言ってましたから」


 察しの良い子で助かるわ。


「人狼は、皆が言うほど悪い奴じゃないって分かったしな」


 俺のウェストポーチから顔だけ出して寝こけているアルバの頭を軽く撫でる。

 人狼は話が通じる異種族でしかない。あえて対立する必要などないのだ。

 かくいう俺も人狼サイドの人間だしな。

 それに、ソニアが銀騎士に狩られてしまうと、ソニアの肉親が復讐の鬼と化してルフリンにやってくるかもしれない。

 死なせたくないし、ルフリンに血の雨が降るのも防ぎたい。


「ソニアには、ルフリンから離れて欲しいんだがなあ……銀騎士が話し合いに応じるとも思えんし」


 ダニエルとディアーネの顔が脳裏をよぎる。

 彼らは間違いなく良い奴だ。だが、銀騎士の任務となれば、一切の妥協をしそうにない。


「危機感を持ってくれたらいいんですけど」

「まあ、二人が消えてくれればそれでよし。ぐずぐずしてるようなら、この街には銀騎士が居るから逃げろ、って言うしかないな」

「……そうですね」


 ミーシャがなんとも言い難い顔をした。

 彼女の懸念も分かる。ソニアたちは、俺の言葉を素直に信じる根拠が薄いのだ。

 俺とアルバが人狼であると気づいているのか、いないのか。そこも判断がつかない。もしかしたら、ソニアは鼻が良くないのかもしれない。

 手っ取り早いのは、俺が目の前で転狼して見せることだろうが……。

 あまり俺の秘密を知る人間を増やしたくない、というのも本音だ。


お読みいただき、ありがとうございます。

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