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名前、なんてえの?

 村を出た翌日、宿場町で一泊した後に駅馬車に乗った。

 ただ、いざ出発しようとしたとき、馬が暴れて出発ができないというトラブルがあった。

 気性は穏やかで、魔物が目の前に現れでもしないかぎり暴れることなどない馬なんですけどねえ――とは、御者の弁だ。

 ひとまず換えの馬を繋ぎ直すのに少々時間がかかるということで、荷物を客車の天井にくくりつけて軽く朝食を摂りにいった。

 もっとも、トラブルといってもそれぐらいで特に大きな遅れもなく、駅馬車は出発した。


 ワドワ連合王国は大陸中央の大平原に位置した内陸国家だ。海みたいな幅の大河が国土の中央を斜めに流れ、湖が点在する平坦な土地が続く。ミーシャに聞いてびっくりしたものだが、この国の一番高い山は二百メートルしかないそうだ。もはや丘だ。

 そんな国を南北に貫く中央街道から見る景色は、日本に居たのでは決してお目にかかれないものだった。東西南北、三百六十度、見渡す限りの大平原だ。地平線の向こうに霞む山すら見えない。ひたすら草原が続き、染みのように広がる小さな森と湖があるだけだった。

 最初こそ、初めて見る景色に心躍らせたものだが、さすがに帰りともなるといいかげん飽きる。何もないにも程があるからだ。言うまでもなく、寝て過ごした。

 結局、何事もなく、来た時と同じように二日かけてルフリンに戻ってきた。獣や魔物、盗賊とのエンカウントすらなかった。


「おう、お帰り!」

「ただいまー」


 顔なじみの衛兵に軽く手を上げ、マイ神様カードをチラ見せしてルフリンの門をくぐる。

 駅馬車で一緒に着いた乗客は、門前で足止め喰らっている者もいれば、俺と同じように顔パスの者もいる。一見さんだけはチェックを厳重にしているようだった。

 一カ月ほど前、近場で人狼が出たらしいからね。しょうがないね。


 ルフリンの街は、いつもと変わらず活気に溢れていた。

 ほんの十日ほど離れただけなのだが、数か月ぶりに戻ってきた気分だ。

 久しぶりに嗅いだルフリンの匂い。

 からっとしているが、どことなく水の匂いが混じっている。南風には深淵の森の濃いマナの香りが混ざり、ここが辺境なのだと感じさせてくれる。

 クエストで訪れたナポサ村は、深淵の森そのものは大きな湖の向こう岸だったので、ほとんどマナの香りはしなかった。逆に普通の森の青臭ささが気になったものだ。


 俺はミーシャと共に冒険者ギルドの分厚い扉を押し開く。


「あら、お帰りなさい。意外と早かったのね」


 いつものカウンターにミロがいた。


「ただいまっと。微妙に苦労したんだが……まあ、依頼自体はきっちりこなせたよ」

「あなたが苦労するって、よっぽどだと思うんだけども……お疲れ様でした」

「ありがとう。そのことでちょっと相談があるんだが、支部長とエディオスを呼んでくれないか」


 ミロが怪訝な顔をした。


「オークの討伐だけじゃすまなかったのね?」


 あの村の人狼のことを話す気はないが、オークが根城にしていた木こり小屋の状態は放置していい問題ではないと思ったのだ。


「ああ。もしかしたら、外交問題になる」

「……すぐに準備するわ」


 さすがベテラン、話が早くて助かる。

 ミロが厳しい表情で立ち上がったが、ふと思い出したように振り向いた。


「そうそう、依頼を処理しないとね。オークって何匹ぐらいいたの?」

「五十匹ぐらいかな」

「へ……? マジで!?」

「マジで」


 ミロは一瞬動きを止めたが、すぐに再起動した。

 さすがベテラン、立ち直りも早い。


「……討伐証明部位は、持ってきてるわよね?」

「もちろんだ」

「まあ、オークなんて安いもんだから五十匹やっても、金貨十枚にしかならないんだけどね」


 一匹、銀貨二枚か……命の危険を冒して四千円ほど。


「相変わらずの安さ爆発だな……てか、討伐報奨金ってどこから出てるんだ?」

「もちろん領主よ。名目は害獣駆除とか、治安維持とか。もっとも、ギルドが二割ほど手数料貰ってるけどね……秘密よ?」


 と言ったミロは、てへぺろっとした。


「うんまあ、しょうがないよな……」


 ギルドが慈善事業ではないと分かってはいるが、さすがに苦笑いが漏れる。

 神さま管轄の機関とはいえ、働いてる人の給料とか施設に金がかかるもんな。

 俺は頷きつつ背負っていた特大の背嚢(はいのう)の口を開け、手を突っ込む。


 ガブッ。


 何やら、指先から微妙な痛さが伝わってくる。

 この痛みは、最近とくと味わったものだ。


「…………」


 手を引き抜くと、指先に白い毛玉がくっついていた。

 小さな尻尾をピコピコ振りながら、釣られた魚よろしく俺の指にぶら下がっていた。

 ミーシャがギョッとした顔で俺を見上げてくる。

 そっと手を背嚢の中に戻す。


「ちょっと数が多いんで、解体場の方にもってくわ」


 俺が何食わぬ顔でそう言うと、ミロの目が半眼になっていた。


「いやいやいや、今の何? 子犬に見えたけど、どういうこと??」


 しっかり見られていた。


「あー、知り合いのとこの子だな……俺の鞄に忍び込んでたみたいだな~」

「なんで……?」

「こっちが聞きたいわ!」


 俺の困惑を他所に、毛玉は背嚢の中で俺の指をかじっていた。


「いったい、いつの間に……村を出るときは、村長が抱えてましたよね……?」


 ミーシャが困惑顔でそんな呟きを洩らした。

 確かに、村を出るときは村長が抱えていた。宿場町までの道中で俺の背中の背嚢に入ることなど不可能だ。だとすれば、宿場町で一泊している間に追いついたと見るべきだろう。

 なら、いつ入った?

 背嚢はずっと部屋に置いてあった。いや、馬が暴れて代わりの馬を繋ぎ直すまでの間、客車の天井にくくりつけて……。もしかして、馬が暴れたのは、こいつのせいか。毛玉とはいえ、れっきとした人狼だ。馬がこいつに怯えたのかもしれない。

 やっべ、知らず人様に迷惑かけてたわ。俺のせいじゃないけど。いやむしろ、俺を追ってきたから、俺のせいか。


「どうしようかね……?」

「……どうしましょう」


 俺もミーシャも途方に暮れるしかなかった。



    ○



「進化個体に率いられたオークが、人里に近い場所に根城を作っていた、だと?」


 厳しい表情で腕を組むのは冒険者ギルド・ルフリン支部の支部長だ。

 荒事大好き冒険者ギルドの長なのに、ひょろっとしていて色も白い。茶髪眼鏡のインテリ風イケメンだ。腕なんて俺の手首ぐらいの太さしかない。

 ただ、伝統的に支部長というポストは、事務処理能力に長けた人物が就くそうだ。

 脳みそ筋肉な冒険者上がりを支部長にすると、いろいろとデリケートな問題を「グー」で解決してしまい問題が多発した……という過去があるらしい。


「しかも、人の死体が複数あった」


 俺がそう言うと、支部長は唸る。


「……昨日今日の話じゃないな。ギルドにはそんな話はまったく入ってなかったが……エディオス、そっちは?」

「俺も初耳だな。少なくとも、ここの領地でオークに村が襲われたという報告はない。強いて言うなら、お前が出向いた村ぐらいだ。その村にしても、襲われてはいなかったんだろ?」


 呼ばれて早々、物騒な話を聞かされたエディオスも渋い顔だ。


「襲撃されてはいないが、被害は出てるぞ。ナポサ村の村長によれば、根城にされていた木こり小屋は隣の領地のものだそうだ」


 村は襲撃されてはいない。だが、村長の息子と人狼の一家は命を落としているのだ。

 支部長が溜息をついた。


「だから外交問題か……まったく、面倒なことだ。っと、ジンを責めているわけではないからな。むしろ、きっちり話を通してくれて助かったよ。その進化個体は倒したんだよな?」


 俺は無言で頷く。

 エディオスは思案顔だ。


「しっかし、隣の領地とはいえ放っておいていい話じゃねえよなあ……実際、うちの領民が被害受けちまってるしな。こりゃ、侯爵さま案件だなあ」

「そうなるな。侯爵は西の国境だったよな?」


 支部長の言葉に、エディオスは肩をすくめた。


「すぐ戻ってくると思うぞ。ヤル気満々で行ったはいいが、相手が早々に引いて肩透かしを食らったらしいからな……」

「そうか。侯爵が戻ったらセッティングしてくれ。冒険者ギルドとしては協力をするにやぶさかではないが、依頼は出してもらうぞ」

「もちろんだ。お前にも手伝ってもらうが、問題はないな?」


 と、エディオスが俺を見て言う。


「分かってるさ」


 この流れは、ナポサ村の村長も望んでいたことだ。

 毛玉のこともあるし、村長にはもう一度会う必要があると思っていた。


「ところでよ……」


 と、エディオスが俺の腹の辺りを見た。


「その犬、何なの?」


 俺のウェストポーチから顔だけ出して寝こけている白い毛玉を見て、エディオスは首を傾げた。


「ナポサ村の村長んとこの子でな……俺の鞄に忍び込んでたんだよ。この場所がお気に入りらしくてな」


 エディオスはゲラゲラと笑った。


「お前、本当にいろんなもん拾ってくるよな!」

「……うるさいわ」


 否定できないのが、余計に悔しい。



    ○



 ひとまず一仕事終えた。

 ナポサ村の懸念事項はギルドと当局に伝わったはずだし、受けたクエストの達成報告は完了した。

 オークとはいえ五十匹も討伐したので、かなりの臨時収入となった。

 ミロは呆れていたが、ビールが山ほど飲めるな。というか、金はぶっちゃけ余ってる。


 いつもの宿に帰って、老夫婦に白い毛玉を紹介した。

 白くて丸くて可愛らしい子犬の姿に、二人とも目尻が下がりっぱなしだった。

 実は人狼なんですけどね……とは言えなかった。

 ひとまずは俺の部屋で預かることは了承してもらえた。

 とはいえ、客商売なので食堂などの共用部には連れてこないこと、朝晩の散歩は俺の責任において行うこと、その二点は守って欲しいと言われた。

 その程度でいいんなら、お安い御用である。老夫婦にはいろいろと融通を利かせてもらって感謝しかない。


「村長さん、心配してますよねえ……」


 俺の部屋で白い毛玉と戯れながら、ミーシャがそんなことを言った。

 どっちも小さくてカワイイ。

 大変結構。

 ワインをくゆらせながら、ただじっと愛でていたい気分だ。

 目元が緩みっぱなしの俺を見たミーシャは、困ったような顔をした。


「ご主人様……あの……」


 ハッと我に返る。


「ん!? ああ、領主案件になったからな。調査隊を送るそうだ。その先触れをナポサ村に出すってんで、手紙をしたためたよ」

「そうでしたか。村長さん、気が気じゃないでしょうね……」

「一応、孫だしなあ」


 どう見ても、犬っころだけど。


「この子……そういえば、名前はなんていうんですか?」


 ミーシャが俺に顔を向ける。

 毛玉も動きを止めて、俺を見上げてきた。

 つぶらな四つの瞳が俺を見つめる。

 再び目元が緩んできた。


「……きゃわわ」

「ご主人様……」


 ミーシャの呆れ声が聞こえて我に返る。

 どうやら俺は、カワイイに弱いようだ。


「聞いてないな。そもそも村長も知らないはずだぞ。名前、なんてえの?」


 と毛玉に訊くも「わふ」と返事をされた。

 いくらなんでも、名前が「ワフ」なわけはない。


「……毛玉で」

「あんまりです。でも、名前がないのも不便ですし……」

「じゃあ……白いから、シロ」


 俺は名づけセンスの無さを遺憾なく発揮した。


「白……? アル、アルバ? ああ、なるほど。いい名前ですね」


 何やら勝手に現地語翻訳されたようだ。


「純粋で穢れなく、どんな色にでもなれる無限の可能性……うん、良い名前です」

「そ、そうだな……」


 すごい拡大解釈されたが、シロよりは百倍マシだと思う。


「というわけで、お前は毛玉改め、アルバだ!」


 俺が白い毛玉――アルバの頭を撫でようと手を伸ばすと指を(かじ)られた。

 愛情表現が痛い。


お読みいただき、ありがとうございます。

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