生まれは獣でも
〈統率 : 集団を率いる際に構成する全メンバーの士気、精神力、状態異常耐性向上 (パッシブ)〉
ログハウスにいたボスオークが持っていたスキルだ。何気にレアっぽい。
というか、〈指揮〉もそうだったが、魔物のほうがレアなスキルを持ってるってどうなんだろうな? そういうゲームバランスなんだろうか。
結局、俺が村に帰り着けたのは、日がかなり高くなってからだった。
ログハウスの周りにいたオーク共は早々に片付いた。ただ、森の各地に散っていたオークの小グループが後から後から戻ってきて、そのたびに捻り潰すということを繰り返したせいで随分と時間をくった。
行ったり来たりを繰り返したおかげか、〈瞬脚〉のランクが2に上がっていた。
今まではダンジョンのような平坦な場所でしか使っていなかったので気づけなかったのだが、このスキル実は地形や障害物の影響をモロに受ける。ルート上に転がっている物は蹴とばすし、半端な高さの柵とかがあると粉砕する。もちろん、俺の体で……。死ぬほど痛かったので、ルート確認はとても大切だと骨身に染みた。
途中の速度は大変なことになっているので、すれ違いざまに攻撃を当てることができれば強烈なダメージを与えることができる。狩りの中でそのことに気づいて、オークであれこれと試していたからランクが上がったのだろう。
ただ、不思議なことに目標地点についたときは、速度はゼロになる。慣性の法則仕事しろ。
てか、上手く使えば、どんだけ高い所から飛び降りても死なねえじゃん。失敗したら肉塊だけど……。
ちなみに、ランクが上がったことで、飛距離(?)が伸びた。速度は身体能力依存のようで、上がらなかった。
途中の高速と、到着時の速度ゼロという特性を上手く使えば、かなり面白い戦い方ができそうだ。オラちょっと、わくわくしてきたぞ。
結局、総数で五十匹ほどのオークを狩った。
いっぺんに相手をせずにすんだのは、運が良かったと思える。のこのこ帰ってきた数匹を瞬殺していけば狩り残しは発生しないからだ。満月の光を受けた人狼であれば、オーク程度ならどれだけ数がいたところで恐るるに足らずなのだが、散り散りに森に逃げられると面倒なことになったはずだ。
それと、ログハウスの脇で、鋳潰された銀貨を見つけた。
銀の槍は、元々銀貨だったのだ。
竈の横には木炭が積まれており、ふいごまであった。その火力を使って鋳造したのだろう。
というか、あのボスオーク、あれでかなり頭が良かったようだ。統率がとれ、頭脳に優れたボスに率いられた五十匹のオーク。正直、かなり危なかったと思う。放っておいたら、村どころか、町が落とされる可能性すらある。
早めに潰せて良かった、というべきだろう。
ちなみに、毛玉はほぼ寝ていた。
途中、腹が減ったのか、ウェストポーチから飛び出してオークの生肉をかじっていた。あっという間に血まみれになって、綺麗な白い毛を取り戻すのに往生した。お湯で体を拭かれるのが気に入ったようで、尻尾を振りながらじっとしていた。いい身分だよな……。
おかげで俺はクタクタになったが、怪我を負うこともなく好きなだけ暴れることができたので狩りの充足感はある。
とはいえ、村にもどる脚が鈍かったのは否定できない。村長からの依頼を達成できなかったからだ。
村の入り口で待っていたミーシャと共に、村長宅を訪れる。
「すまない。あなたの息子さんを助けることができなかった」
俺が頭を下げると、村長は沈痛な表情で頷いた。
「……尽力に感謝いたします。息子の遺体も無事に回収できました。的確な指示をいただけたおかげでしょう」
「中年の男女と、若い女性の遺体もあったはずだが」
「はい。そちらも回収し、埋葬の準備をすすめております……」
ミーシャを見ると、無言で頷き返してくれた。
この子には、面倒なことを押し付けてしまった。あとで、美味しいものでも奢ってあげよう。むしろ、酒のほうがいいか。
俺はウェストポーチに入ったまま、ずっと寝こけていた白い毛玉を取り出す。
目を覚ました毛玉は、「飯か?」と言わんばかりに俺の指をガジガジやりはじめた。そんなに俺の指が好きか。
毛玉を胸の前に抱え上げ、村長に見せる。
「こいつは、あんたの孫だ」
「へ……?」
ミーシャはポカンとしている。
俺の言った言葉の意味が理解できない、そんな顔だ。
そりゃそうだよなあ……。
だが、村長は違った。
驚いて目を大きく見開き、じっと毛玉を見ていた。
子犬を孫だと言われても、首を傾げることすらしない。
「説明、してくれるよな?」
俺の言葉に、村長はしばし目を瞑り、どこか諦めの様子を見せて頷いた。
「…………もちろんです。その前に、お詫びをしなければなりません」
「詫び、とは?」
「今回の依頼内容についてです。実は……あえて詳細を伏せざるをえなかったのです……」
村長によれば、早い段階でオークが国境付近の森に住み着いたようだとは掴んでいたそうだ。
群れの規模は分からないものの、当初は散発的にやってくるオーク共は撃退できていた。このまま数を減らしていけば、遠からずいなくなるだろう。そう思っていた。
だが、オークの数は減るどころか、徒党を組んでやってくるようになった。
オークの群れは、かなり大きいのかもしれない。もしかしたら、隣の領地は大変なことになっているのかもしれない。間に深い森があるので、隣の領地とはほとんど交流がなかったことも災いした。
情報が足らないが、このまま手をこまねいていては、オークの群れに村が飲み込まれてしまう恐れがある。そう判断した村長は、領主にオークの討伐を嘆願した。
その後の流れは、俺の知るものと同じだった。
村長の説明に、俺は首を傾げた。
「……? 撃退できていた? 自警団長は、そんなそぶりすら見せてなかったが……演技をしていたようには見えなかったな」
朴訥そうに見えた自警団長だが、あれが演技だったとすると稀代の詐欺師か俳優になれるだろう。
ミーシャもしきりに頷いている。
村長は沈痛な表情で視線を下げた。
「……村の者には、知らせていませんでしたので」
「じゃあ、誰がオークを撃退して……」
俺は自分の言葉の途中で気づいた。
村の者ではないが、オークを撃退できる力を持った者。
「死んでいた人狼か?」
村長はゆっくりと頷いた。
オーク共が銀の槍なんていう人狼特効の武器を持っていた理由が分かった。
俺たちがこの村に来る前から、オークと人狼はやりあっていたのだ。
「彼とは古い友人でした……住まいこそ村の中にはありませんが、幼いころから一緒に森に入って遊ぶような仲でした」
軽く驚いた。
「人狼と知っていて、付き合っていたのか?」
「いいえ……村と森の境目にひっそりと暮らす一家が人狼であると知っているのは、村長だけなのです」
「子供のころは知らなかったと?」
「ええ。そもそも、この辺りの森は、古くから彼らの縄張りなのです。ここに村ができて百年。当時の村長はここに住まう人狼と約束をしたのです。お互いに干渉しないこと。森の恵みを分け合い、村の農産物や人の道具を与える代わりに村を外敵から守ること……そんな緩やかな契約です」
俺はその話を聞いて唸った。
「……人を傷つけることはなかったのか?」
「ただの一度も。彼らはあまり村に近づきませんし、村人は昔から村長に言い含められていましたので。村ができる前から森を守ってきた一族なので、尊重するようにと」
ルフリンの街で聞かされた人狼のイメージとあまりに違う。血に飢えたケダモノなどではない。話の通じる別の種でしかない。
俺の表情を見て、村長が渋い顔をした。
「外の街で、人狼がどう扱われているかは存じています。酷く恐れられ嫌われていることも……ですが、人狼は基本的に人は襲いません。人の恐ろしさをよく理解しているからです。一人殺せば、百人が報復にやってくる。そういう種族だと知っているのです」
「では何故、町で暴れるんだ?」
「それは…………復讐です」
その言葉に、俺もミーシャも目を見張る。
村長は、どこか遠くを見る目をして言った。
「愛の深さ故なのです……人狼の口伝によれば、かつて人を愛してしまった狼がいたのです。そして、神に願った。人と共に暮らし、子を成して共に死にたいと。豊穣の神がその願いを聞き入れてくださった。たとえ、生まれは獣でも人として死ねるよう……二千年前のことだそうです」
その言葉は、すとんと腑に落ちた。
「なるほどな。生まれたときは狼の姿……」
俺の指をビーフジャーキーか何かと勘違いしている毛玉を見る。
つぶらな瞳が俺を見返してきた。
毛玉の瞳は、左右で色が違っている。右目は秋空のような澄んだ青。左目は母親譲りの金色に見える琥珀色だ。
「てか、お前、白一色じゃないんだな」
体毛はよく見れば白一色ではない。かすかに銀ともグレーとも言える微妙に色合いの違う毛が混じっている。鼻も黒いので、アルビノではない白変種だと思われる。
俺の言葉が理解できなかったのだろう。毛玉は首を傾げ、再び俺の指をかじる作業へと戻った。
「そして、死を迎えるときは人の姿、か……」
オークの死体とともに倒れ伏していた中年の男女。死を迎えると人に戻った女性。
悲し気に目を伏せた村長が頷く。
「……本来は温厚で情が深い種族なのです。ただ、その情の故に、愛する者を奪われた恨みもまた激しいものになる。必ずしも獣の激情に呑まれるわけではないのですが、彼らの魂の本質は狼なのです」
なんともやるせない気持ちになる。
愛する者を奪われ、人に復讐をする人狼。理由も分からず人狼の報復に巻き込まれ、人狼に恨みを募らせる人。負のスパイラル、恨みの拡大再生産だ。
「オークのことを言わなかったのは、人狼のことを外の人間に知られたくなかったからだな?」
「はい……」
村長の気持ちは十分理解できる。古い友人である人狼を守りたかったのだ。
そして、俺に無理をしなくていいと言った理由も分かった。大量のオークがいるという事実が、中央に伝わればよかったのだ。領主の兵がオークを駆逐している間、人狼は潜んでいればいい。
俺は毛玉を抱え上げて視線を合わせる。
小さな尻尾をピコピコ振りながら、つぶらな青と琥珀色の瞳で俺をまっすぐ見つめてくる。
こいつが人を食い殺す凶悪な獣になるとはまったく想像できない。
毛玉の顎下をコチョコチョやると、嬉しそうに目を細めた。
「てか、父親が人間だから、ハーフの人狼なのか。そんなにマッチョにならないかもな」
「ハーフ、とはなんです?」
ミーシャが首を傾げながら訊いてきた。
「え、いや、人間と人狼のあいのこだろ?」
「???」
「種族的なものを半分ずつ引き継ぐんじゃないの……?」
何を言っているのかさっぱり分からない、という目をしてくるミーシャ。向かいに座る村長も、頭の上に「?」マークを一ダースほど浮かべている。
もしかして、この世界って地球とルールが違うのか?
「種族は、母親に依存しますよ? ドワーフの母親から生まれた子は、父親が誰であれドワーフです。形質やスキルを受け継ぐことはありますが、種族は変わりません。ですから、その子も母親が人狼なら、人狼です」
「……そういうもんなのか」
ミーシャと村長がそろって頷く。
どうやらこの世界、ハーフエルフとかいないようだ。
村長が俺の掌の上でひたすら指をかじっている毛玉を見て、頭を下げた。
「冒険者さま、どうかこのことは内密にしていただけないでしょうか。もちろん、追加の報酬もお支払いいたします。ですので、なにとぞ……」
「誰にも言う気はないよ。それに俺もワケアリでね」
俺が苦笑いを浮かべると、村長は驚いた顔をする。
「ありがとうございます!」
「それに……母親から、こいつを頼むと言われたしな……」
毛玉の頭を撫でると、今度は撫でた方の指にかじりついてきた。
目を見張る村長。
「人狼から、託されたと……?」
俺が何も言わず微笑を浮かべると、村長は何かを感じ取ったようでゆっくりと頷いた。
「ところで、冒険者さま、オークの件なのですが。群れの規模はいかほどのものでしたか……?」
村長が真剣な顔で訊いてきた。
随分と脱線したが、村長にしてみればもっとも知りたい情報だろう。
「ああ、数は五十ほどだった。朝まで粘ったから、たぶん討ち漏らしはないと思う」
驚きに目を見開き、すぐに渋面をつくる村長。
「なんと、五十も……よくぞご無事で。ん? 討ち漏らしとは、どういう意味でしょうか?」
「皆殺しにしたからな」
「は……?」
村長はキョトンとしていた。
○
「悲しい結果になってしまいましたけど、お孫さんが無事でよかったです」
俺の肩の上で、ミーシャが振り向きながらそんなことを言った。
ナポサ村は、既に遠景の一部になっている。
これから半日歩いて駅馬車の停まる宿場町だ。
「そうだな……むしろ、村がオークに呑まれる前に手を打てて良かったよ」
「はい。進化個体に率いられた魔物の群れに滅ぼされた町は、歴史の中に何度も出てきますから。でも、あの子、可愛かったですね」
と言って、ミーシャはふふっと笑った。
村の出口で村長に抱えられ、出ていく俺たちをキョトンと見ていた白い毛玉が思い出される。
たぶんあれは俺たちが村を出て、もう戻ってこないということを理解していない。
まあ、キュンキュン泣かれるよりマシだと思うことにする。
「子犬にしか見えんからな。てか、いつ人間になるんだ?」
「さあ……? 人狼のことはほとんど分かっていませんから。わたしも村長のお話には衝撃を受けました」
「豊穣の神、か……」
この世界、神さまが普通に願いを叶えちゃうんだなあ。
まあ、俺の神さまも、妙にフランクだし。
「ミーシャは、人狼に対する忌避感とかないのか?」
なにがおかしいのか、ミーシャはクスクス笑いはじめた。
俺の頭をポフポフしながら、
「ご主人様が、それを言いますか?」
「……そりゃ良かった」
ある意味、失礼な問いだったな。
そもそも、人狼が怖いだの嫌いだのの感情があれば、奴隷から解放すると言った時点で俺の元から去ったはずだしな。
「しかし、随分と荷物が増えちまったなあ……」
「珍しいですよね。魔物討伐依頼なんて、ほとんど手ぶらで帰るのが普通なのに」
いつもなら、討伐証明部位をちょいと袋に入れて終わりだ。
ゴブリンにせよ、オークにせよ、戦利品などまったく期待できない。棒きれだの錆びた斧だの持って帰る気すらおきないからな。
だが、今回は数が多すぎた。
オークの討伐部位は鼻の先っちょだ。厚切りハム程度の大きさでしかないが、さすがに五十個もあると、手提げ袋がパンパンになる。しかも、ニオイが漏れないように革袋を二重にしているので余計にかさばる。
今回はさらに、でかいハムの塊をもらった。
ナポサ村特製の三年熟成の上物だ。村でも祝いの席にしか出さない極上品だそうだ。それを、原木と呼ばれる骨付きの状態でもらえたのだ。
ぶっちゃけ、デカい。重さで10キロほどだが、水分がほどよく抜けて身がしまっているので、余裕で人を撲殺できる硬さと大きさだ。
「ふふっ、なんだかとても楽しそうですね。そんなにハムが好きなんですか?」
「森の恵みだけで育った豚のハムなんて、そうそうお目にかかれないだろ。領主に献上する分もあるしな」
「残りは村の中で消費されてしまって、市場には出てこないでしょうね」
「そうそう。早く帰って、ビールと一緒にやりてえなあ……」
思わず涎が出そうになったが、ぐっとこらえる。
不意にミーシャが俺の頭を両腕で抱えてきた。
大きなマシュマロさんが押し付けられて、違う意味で涎が垂れそうになる。
「ご主人様、わたしもビールを飲んでみたいです」
ミーシャが耳元でぼそっと言った。
その言葉で、頭が急に冷えた。
「……え」
底の抜けた樽のようなドワーフをあの小さな店に連れていっても大丈夫なのか?
もしかしたら、俺のラガーをすべて飲み干されてしまうのではないか?
いいしれぬ不安が俺を襲った。
「前向きに検討させていただきます」
さらにミーシャは俺の頭をぎうぎうと締め付けてくる。
「そういう誤魔化しは聞こえません。ディアーネさんといつも飲んでるんですよね?」
何故だか、ミーシャの言葉には冷たい響きがあった。
いつも俺一人で飲みに行ってるから、ご立腹なのか。
わたしもお酒好きなのに、ご主人様さまだけズルい……ってことなんだろうなあ。
「よしわかった。だが一つ約束してほしい」
「なんでしょう?」
「ビールは、一日三杯までにしてくれ。他の酒ならいい」
俺がとりうる最大限の譲歩だ。
「え……? はい、それぐらいなら?」
ミーシャは首を傾げているが、ひとまず俺のエリクサーは守られた。
あの店のラガーを枯渇させるわけにはいかんのだ。
許せ、ミーシャ。
お読みいただき、ありがとうございます。
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