毛玉
本日は二話投稿しております。
未読の方は、前話からお読みいただきますよう。
「……同族、ナノ……?」
狼の唸りが混じったような、妙なイントネーションの声だった。
狼状態でも喋れるのかと軽く驚いたが、そもそも俺だって喋っていた。
もっとも、それ以上に驚いたのは、人狼の声が女性のものだったことだ。
「微妙に違うんだが、まあ、人狼だな」
「ソウ……オ願い、あの子ヲ……ドウか…………」
「あの子?」
絞り出すように、それだけを言って人狼の琥珀色の瞳から光が消えた。と同時に、人狼の体から盛大に紫色の煙が吹き出した。そして、みるみるこげ茶色の毛皮が消えていき、あとに残ったのは人間の女性だった。
どうやら、人狼という生き物は、死ぬと人間に戻るようだ。
血まみれで横たわる女性の姿を見て、俺はようやく気づけた。
「そういうことか……狼保護活動家なんかじゃなかったんだな」
既視感があったわけだ。
女性にしてはしっかりとした体つき。こげ茶色の髪と琥珀色の瞳。この人狼は、先日村長の息子と抱き合っていた女の人だったのだ。
俺はそっと光の消えた琥珀色の瞳を隠すようにまぶたを閉じてやる。
振り返れば、村長の息子は体を丸めて木の根元で冷たくなっていた。
「はぁ……」
溜息が漏れ、俺は頭をかき回す。
どうにもやり切れない気分だ。
俺の視線の先、何かを抱きかかえるように体を丸めていた村長の息子の懐から、何か白いモノがもぞもぞと這い出してきた。
それは、白い毛玉だった。
毛玉はコロコロと転がり、地面に伸びて「アン」と鳴いた。
「あの子って、こいつのことか?」
白い毛玉は子犬だった。子犬とはいえ、小型犬ほどのサイズではあるが。
子犬から漂ってくるニオイは、先ほど息を引き取った女性の人狼と同じだ。間違いなく親子だろう。ということは、この白い毛玉は犬ではなく狼……でもなくて、人狼だな。
そして、村長の息子が命をかけて守っていた存在。
「……家族を守りたかったのか?」
村長の息子に尋ねてはみたが、当然のように返事はない。
過激な狼保護活動家で鼻持ちならない若者だと思っていたが、案外まっとうな人間だったようだ。少なくとも、俺の親とは雲泥の差がある。
毛玉は、物言わぬ母親の顔をペロペロと舐めている。
不思議そうに首を傾げながら、太く短い前足でたしたしと母親の頬を叩いているが、母親は反応を返すことができない。
死を理解できないのだろう。
そのうち、目を閉じたままの母親に不安になったのか、キュンキュンと鳴き始めた。
いたたまれなくなった俺は、しゃがんで手を伸ばした。
「すまんな、お前のかーちゃん、助けてやれなかった……」
同族のニオイが分かるのか、毛玉は何の警戒も抱かず寄ってきた。
「人狼って生まれたときは狼なのか。しかし、まいったな……どうするよ」
逃げたハイオークを追わないといけないが、こいつを置いていくわけにもいかない。
小さな尻尾をピコピコと振りながら俺の指をガジガジと噛んでくる毛玉は、俺の問いに答えてはくれなかった。
○
『そうですか……残念です。村長と自警団長にお伝えして、回収の準備をすすめます』
脳内にミーシャの溜息交じりの言葉が響く。
ミーシャには森であった事のあらましを語り、翌日に村の男衆の手を借りて死体の回収をするよう伝えた。
人狼らしき亡骸が三つ。そして、村長の息子。
逃げたハイオーク以外は、すべて始末した。回収にきた村人が襲われることはないだろう。
〈指揮〉スキルのおかげで、方向や距離はある程度把握できているので、おおまかな位置を知らせることができた。
てか、このスキル、すごく役に立つ。
通信機能もさることながら、メンバーがどこに居るのか視界にオーバーレイ表示されるのだ。見え方としては、俯瞰のマップ表示に近い。表示のオンオフや拡縮は念じるだけでできる。とはいえ、地形や高低差なんかは分からない。白紙の地図といった感じだ。それでも、機能としては十分だ。
「オークはあらかた始末した。襲撃の心配はないと思う。面倒をかけるが、頼む。俺はやり残しを片付ける」
『はい、お気をつけて……』
かすかな苦味が口に広がる。
依頼を受けたにもかかわらず、村長の息子を救うことができなかった。
死体を回収するという重苦しい場に居なくてすむ、という安堵。そんな現場をミーシャに押し付けてしまったという後ろめたさ。
そんな相反する想いを苦味と共に飲み込んで、暗くなりはじめた森の中を走る。
逃げたハイオークは確実に始末しなければならない。
なにより、もうすぐ満月の夜がやってきてしまう。人が居る場所に近づくわけにはいかないのだ。
ハイオークのニオイを辿りながら走る俺の腹の辺りから、「アン!」という楽し気な声が聞こえた。
声というか、鳴き声だ。
言うまでもなく、白い毛玉だ。
今は俺のウェストポーチに収まっている。
「こら、顔を出すな」
そう言いながら、前に回したウェストポーチの蓋を閉めようとするも、なんとしても阻止すると気概を見せる毛玉の頭に邪魔をされた。
小さいながらも反抗的な毛玉だ。
村長の息子と人狼の女性の子であろう、子犬にしか見えない人狼の子供。
生まれてからさほど日は経っていないのだろう。大きさこそ俺の掌よりも大きいが、耳は頭の上でふにゃりと垂れている。
そんな小さな存在が、蓋を閉めようとする俺の指をガジガジと噛んでくる。本気で噛んでいないのは明白なのだが、牙が小さいが故に妙に肌に食い込むのでそこそこ痛い。
なかなか強情な中身で困る。本来の中身であるポーション類は、仕方がないので置いてきた。ミーシャに回収してもらわないと大赤字だ。
さすがに、こいつをあの場に置いてくることはできなかった。村に帰れと言ったところで、通じるわけもなく。俺の懐に収めるしかなかったのだ。
ハイオークは確実に追跡できている。
よほど慌てていたのだろう。濃厚なニオイが木々に染みついていた。あちこちの木にぶつかりながら進んだのだ。
ただ、逃げ足に迷いがない。
ひたすらに北東方向に進んでいる。
「……巣でもあるのか?」
距離はかなり縮めたと思う。
ニオイがかなりはっきりとしてきたからだ。
そろそろ、〈生命探知〉にかかりそうな気はするのだが……。
意外なことに、〈生命探知〉の探知距離はあまり長くない。300メートルほどしか探知できないのだ。
それ以上遠くなると生命の炎が見えない。対象を目視できていたとしても、生命の炎が見えないのだ。
間に障害物があると、もっと短くなる。森のような植物が生い茂っているような場所はさらに短い。
ちらりと西の空を見ると、もう日はほとんど沈んでいる。東の空は既に藍色に染まっていた。
森の中はほぼ闇だ。
恩寵のおかげで夜目は効くのでさほど問題はないが、ハイオークに追いつく前に満月の呪いが始まってしまいそうだ。
といっても、あまり問題はないと思う。
どうせ暴れるだけだ。懐の毛玉を潰さないように気を付けるぐらいだ。
しばらく進むと、濃厚なオークのニオイが鼻をつく。
一匹や二匹じゃない。かなりの数だ。様々なニオイが、ごちゃまぜになって漂ってきた。
オークの生活臭みたいなものか。
「やっぱ、巣か」
さらに進むと、さらにニオイが濃くなった。
そして、あまり嗅ぎたくないニオイも混じっていた。
人の血のニオイだ。
嫌な予感を抱きつつも茂みを抜けると、森の景色が一変した。
木々が伐採され、森にぽっかりと開いた空き地のような場所が現れた。
空き地の中心には、大きなログハウス。
伐採された木が隣に山と積まれていることから、木こり小屋だと思われる。
その周りには、丸太を乱雑に積み上げたバリケードが築かれていた。
そして、ログハウスの軒に吊られた人間らしきモノ。かつて人間であったと思われる身体の形状で、かろうじて判別できる程に傷んでいた。
「チッ……」
舌打ちが漏れた。
ナポサ村では、村人がさらわれたとは聞いていないので、別の村の住人だろう。
ここは、既に隣国。ナポサ村のすぐ東は、別の国の領地だ。お隣さんの領主は怠惰で、深淵の森の伐採をサボり気味だと聞いた。そのツケがこれだ。
深淵の森から湧き出たオークに浸食されていたのだ。領主の負債を払わされた領民はたまったものではないだろう。
視界の先で、追っていたハイオークの背が見えた。
その背を追って、さらに近づくと〈生命探知〉に一気に反応が出た。
バリケードの後ろに、いくつもの生命の炎が見える。さらに、ログハウスの中に複数。全部で三十ほどか。
ログハウスの中に、頭一つ抜けた生命の炎が見えた。たぶん、この群れのボスだろう。あのハイオークは中ボスだったわけだ。むしろ、あの場で始末しなくてよかったというべきか。こうして、本丸まで逃げてくれたのだから。
「……丁度いいっちゃあ、丁度いいな」
俺の言葉に、ウェストポーチの横から顔を出した毛玉が期待に目を輝かせて見上げてきた。何か楽しいことが始まりそうだと嗅ぎ取ったのだろう。
日は完全に沈んだ。明るい満月は、その丸い体のほとんどを夜空にさらしつつある。
ウェストポーチのベルトを少しゆるめた。
追っていたハイオークが慌てたように駆けこむと、周りからオーク共が寄ってきて何事かをガウガウと言っていた。
ハイオークが振り向く。周りのオーク共も振り向いた。
俺を見つけたハイオークは、あからさまに驚いて半歩後退った。追跡されていたことに気づいてなかったようだ。間抜けめ。
周りのオーク共は怪訝な顔をしつつも、獲物がノコノコやってきたと言わんばかりに嗜虐的な眼の色をしていた。
自分たちが狩られることなど、微塵も思っていない。そんな眼だ。
不意に笑いが湧き出た。
「ふはっ、獲物はお前らだぞ!」
丸い月が夜空に白い裸体をすべてさらすと同時に、俺の血が沸騰した。
メキメキと音を立て、骨格が作り替えられて筋肉が盛り上がる。黒い剛毛が、くまなく体を覆った。服を締めていた金具が弾け飛び、体に合わせて服がふくらむ。
すさまじい破壊衝動と飢えが押し寄せ、身体に収まりきらない渇望が口からほとばしった。
「アオオオオォォォーンッ!!」
俺の遠吠えに和して、腹からご機嫌な遠吠えが聞こえた。
「ぁぉ~♪」
楽しい狩りの時間の始まりだと毛玉も本能で理解したのだ。
「クハハ!」
背伸びした感のある毛玉の遠吠えに、妙に楽しい気分になった。
満月の夜は飢餓感に突き動かされるだけだったが、今夜は小さな相棒がいる。
悪友と二人で夜中に悪さをした遠い日の記憶が、ちらりと脳裏をかすめた。
胸いっぱいに、満月の夜の空気を吸う。
そこらじゅうから、オークの獣臭が押し寄せてきた。
「弱き者のニオイがする!」
〈瞬脚〉を発動。瞬きをするよりも速く、ハイオークとの距離をゼロにする。
「とりあえず……お前は、死んどけ!」
ハイオークが状況を理解する前に、戦斧で首を刎ねた。
人狼の膂力が加わった鋼鉄の刃にかかれば、オークの首などナスビのヘタと大差ない。
「……仇は討ったぞ、小僧」
俺の呟きに、腹から「ワフン!」という返事が聞こえた。
刎ねたハイオークの首が地面に落ちるより前に、左右の戦斧を振るって周りにいたオーク共を肉片に変えた。
「相手にならん!」
近くで狼の遠吠えが聞こえたからか、ログハウスからのっそりと大柄なオークが出てきた。
そいつは、身を屈めて扉をくぐり、ひょっこりと顔を出して辺りをうかがっている。
ハイオークよりもさらに大きい。そいつは、月光を受けて輝く穂先をした槍を持っていた。
生命の炎の大きさは、今まで見たオーク共の中で最も大きい。
こいつがこの群れのボスだ。
「〈瞬脚〉!」
銀の武器を振り回される前に、一気にケリをつける。
巨大なオークは、いきなり目の前に現れた真っ黒いケダモノに目を見開いた。
次いで、腰のウェストポーチから顔を出し「ワウ!」と吠える毛玉に目をやった。
真っ黒いケダモノの腹から生える白い毛玉。
ボスオークは、「なんだこれ?」みたいな顔をして首を傾げる。
そして、そのまま首が落ちた。
その夜、満月に照らされた森を黒い竜巻が吹き荒れたが、そのことを語ることができる者は誰一人としていなかった。
小さな毛玉がその一部始終を両の目に収めてはいたが、語る言葉を持ち合わせてはいなかったのだ。
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