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守りたかったもの

「冒険者さま、息子を……息子を見ませんでしたか!?」


 村に帰りつくなり、村長が血相を変えてやってきた。顔色がかなり悪い。

 村長の息子って、自警団副団長で狼保護活動家の若者だよな。


「いや、見なかったが。どういうことだ?」


 村長は顔色をますます悪くした。

 そこへ頭皮を汗で光らせた自警団の団長が慌ててやってきた。


「村長! やっぱ、村を出てるぞ! 門番が森に入るあいつを見たってよ」


 俺と村長は顔を見合わせる。

 オーク討伐の準備のために、朝から俺たちが森に入ると言っておいたはずなのだが。


「やはり、息子は一人で森に……」

「なんで、このタイミングで森に入るんだよ……?」


 村長は明らかに狼狽している。


「……いやまさか……申し訳ありません、冒険者さま。息子を助けていただけないでしょうか? 追加で報酬をお支払いいたします。後で事情もすべてお話しします。ですから、どうか、お願いいたします」


 村長が地面に額をぶつけるほどに腰を折った。


「了解した。ミーシャ、すぐに出る」

「はい!」


 俺は準備もそこそこに、再び森へと入っていく。

 今回は、俺一人だ。


『ご主人様。翌日の日が昇るまで外に出ないよう、村長と団長に通達をお願いしました』


 脳内にミーシャの声が聞こえてきた。

 これは以前、ゴブリンウォーチーフから入手した〈指揮〉スキルによるものだ。パーティメンバーや配下との遠距離通話が可能になる。

 通話可能距離は、パーティリーダーを中心に半径3キロといったところだ。日本で手に入る小電力トランシーバーよりはましだが、携帯電話のように遠距離通話はできない。

 だが、この世界の常識から考えると、とんでもない能力だと思う。

 通話のほかに、メンバーの位置や状態も把握することができる。

 ダニエルやエディオスに聞いた限りでは、このスキルの存在すら知らなかった。かなりのレアスキルなのだろう。


「よし。ひとまず、村長の息子を探す。進展があれば連絡する。それまでは、村長宅で待機だ」

『はい。ご武運を』


 遠距離通話の唯一の弱点は、こっちから話すときは口に出さないといけないことだ。

 聞くだけなら音は漏れないのだが、隠密行動にはあまり向いていないと思う。


「……急ぐか」


 やれやれだ。

 楽な仕事で、極上のハムにありつけると思ったのに。ままならんものだ。

 愚痴を心中で呟いて、森の奥に向かって走る。

 オークに気取られるかもしれないが、今は一分でも惜しい。

 タイムリミットは、日が落ちて満月が顔を出すまでだ。強制転狼の呪いが発動してしまうと、人助けなどおぼつかない。

 可能なら、村長の息子を見つけ出して無理やりにでも引っ張って村に連れ帰る。それが無理そうなら、縛り上げて木の上のほうにでもくくりつけておく。

 ひとまずの行動指針を決め、森を駆ける。

 村長の息子のニオイはすぐに感じ取れた。

 よほど慌てていたのか、そこかしこの藪に村長の息子のニオイが無造作についていた。


「オォォォーン」


 不意に森の奥から狼の遠吠えが聞こえてきた。

 俺は瞬間的に理解した。

 込められた意志は「逃げろ」だ。そして、苦し気な声。

 奥で狼とオークがやりあっているようだ。しかも、狼が劣勢。オークの集団相手では無理からぬことだとは思う。ただ、狼がいるということは、そこに村長の息子がいる確率も高い。


 俺は戦斧を両手に持ち、遠吠えが発せられた場所へと向かう。

 人の手の入った明るい里山から様相が変わり、暗く深い森へと変わってくる。

 辺りが薄暗くなり、かぎ慣れた獣のニオイとオークのニオイが漂ってきた。それと、血のニオイ。


「……あんまりいい状況じゃないな」


 このままオークの群れとかちあえば、満月が昇る前にオーク共を殲滅してしまうことになるだろう。とはいえ、村長の息子を見殺しにする気はない。

 父親である村長は、たぶん酷く悲しむはずだ。ミーシャも悲しむだろう。

 夕日の中で村長の息子を抱擁していた女性の姿が頭をよぎる。好きな相手に死なれるのは、相当に堪えるはずだ。


「まったく、狼より惚れた女のほうを大事にしろっての」


 誰に言うでもなく、悪態を吐いて森を駆ける。

 むせかえるような血のニオイを漂わせる森の空気を突っ切って、藪を抜ける。


 そこにあったのは、黒い染みを地面に広げて横たわる複数のオークの死体。

 そして、折り重なるようにして倒れている中年の男性と女性。人間(・・)の死体だった。

 動いているものは一つもなかった。


「……え!? 人、なのか……なんでだ??」


 目にした光景に頭がついてこない。

 こんな場所で「人間」が死んでいる理由が想像できなかった。

 村からかなり離れた深い森の中だ。人が気軽に入るような場所じゃない。しかも、死んでいる二人の恰好はずいぶんと軽装だ。木こりにも見えない。

 何度も目を瞬かせるも、目の前の現実に変化はない。


 森に入ってから常にかけている〈生命探知〉はまったく反応を示さないことから、この場の全員が死んでいることは明らかだ。

 オーク共の死体は三つ。どの死体も血まみれだ。首筋に酷い裂傷があるか、胴体に複数の深い切り傷。

 そして、事切れている男性と女性の体には、槍で突かれたような黒い穴がいくつも開いている。その黒い穴からは、薄く煙が立ち昇っていた。

 あの紫色をした煙には見覚えがある。

 まさか、と思った。

 近づいて煙のニオイをかいで確信した。


「人狼、だったのか……」


 銀に焼かれた人狼の肉のニオイだ。

 間違えるわけがない。かつて俺を苦しめ、死の淵まで追いやったニオイだ。

 この中年の男女は人狼だったのだ。

 先ほどの「逃げろ」と遠吠えを上げたのは、この人たちだ。

 ならば、その相手がいる。人狼の生き残りがいるはずだ。そして、ハイオークも。

 あのハイオークが持っていた短槍はここに落ちていない。

 間違いなく、あの槍の穂先は銀だ。でなければ、オークごときに人狼が後れを取るわけがない。


「……仇は取ってやる」


 二人の死体に両手を合わせ、黙祷をささげる。

 胸中にふつふつと怒りが湧き上がってきた。

 人の姿の死体を見たからか。同族が殺されたからなのか。俺自身にもよく分からない怒りだった。


 覚えていたハイオークのニオイを頼りにさらに森を進む。

 日はかなり傾き、木立の上方をほぼ真横の光が照らしていた。

 かすかに感じる村長の息子のニオイが、不安を増幅させる。


「保護して森から出るってのは、無理だな……」


 しばらく進んだところで、再び血のニオイが漂ってきた。

 だが、狼のうなりも、人の声も聞こえない。ただオークたちの笑い声のような音が聞こえてくるだけだった。

 血のニオイの出どころは、かなり近い。

 藪の向こうに〈生命探知〉による生命の炎の揺らめきが見える。数は四つ。

 俺は両手の戦斧を握りしめ、さらに加速する。

 背の高い藪を突っ切ると、目の前にオークの背が見えた。

 そいつは、のんびりとこちらに顔を向ける。

 仲間が戻ってきたとでも思っているのだろう。警戒の色はなかった。


 俺は間抜け面をさらすオークに向け、戦斧を横に薙いだ。

 剛毛に覆われたオークは、剣による斬撃が通りにくい。一点に威力を集中する刺突か、骨肉をもろとも粉砕する打撃が効果的だ。

 だが、クソ重い軍用の戦斧に、俺の力が加われば別だ。

 斬るというより、叩き切る。


 ズパンッ!


 空気が爆ぜたような音が森に木霊して、オークの首がすっ飛んでいった。首は木立に当たり、赤い染みを幹に広げる。

 オークの体が横に倒れ、眼前の景色が目に飛び込んでくる。

 立っているのは、三匹。

 地面に広がるこげ茶色の毛皮を踏みつけている大柄なハイオーク。

 手前には、取り巻きであろうただのオークが二匹。

 三匹とも、驚いた様子でこちらに顔を向けた。


 反撃の体勢を取られる前にたたみかける。

 一気に踏み込み、手前のオークに戦斧を振るう。

 一匹の心臓を戦斧の尖った穂先で貫き、もう一匹の頭を戦斧の背で砕く。

 すぐに俺を敵と認識したハイオークが、銀色に輝く穂先の付いた槍を繰り出してきた。

 上位種だけあって、力強く鋭い一撃だ。

 戦斧の腹で受け、穂先をそらす。

 すぐに反撃をしようとしたが、槍の戻しが速い。

 二撃、三撃と躱しはしたが、なかなか反撃に移れない。

 銀の傷は厄介だ。できれば、かすり傷一つ負いたくない。

 ハイオークの槍は、武器と名乗るのもおこがましいほどに歪な造形をしていた。銀の棒を潰して、先を尖らせた程度のものでしかない。だが、そんな人を殺せるのかすら怪しい得物でも、人狼にとっては脅威なのだ。

 早々に頭をかち割るつもりでいたが、軌道修正を計る。


「おっと……」


 バランスを崩して、体を開いてしまった。

 それを見たハイオークは、すかさず渾身の突きを放ってきた。顔に笑みすら浮かべて。


「単純で助かるよ」


 こんなあからさまなフェイントにかかってくれると楽でいい。

 ディアーネなら、隙を突くとみせかけて俺の反撃を誘い、それにカウンターを合わせるぐらいやってのける。

 ハイオークの突きを軽く横に避け、戦斧をすくい上げるように槍を払う。


 パキーン!


 狙い違わず、銀の穂先は柄と泣き別れて明後日の方向へすっ飛んでいった。

 脳天をかち割るべくさらに踏み込むと、ハイオークは尻餅をつくように後退り、ほんの一秒前まで槍だった只の棒切れを俺に投げつけてきた。

 狙ったわけではないのだろうが、一瞬視界を塞がれる。

 軽く左手の戦斧で弾き飛ばしたのだが、かち割ろうとしたハイオークの頭は随分と遠くに行っていた。


 ハイオークは地面を転がり、そのまま背を向けて逃げ出していた。まさに脱兎のごとくだ。

 すぐに追撃して、背後から心臓を一突きしてやろうと思ったが、見覚えのある人物が視界に入ったことで足を止めざるをえなかった。


「……なんで、こんなとこまで来てんだ」


 少し離れた場所に、村長の息子が倒れていた。

 何かを大事に抱えこむかのように体を丸め、木の根元に横たわっていたのだ。

 生きているのなら、ひとまず保護しなければならい。

 俺はすぐさま村長の息子に駆け寄るが、声をかけるまでもなかった。

 〈生命探知〉による生命の炎はまったく見えない。息すらしていなかったからだ。

 首筋に手を当ててはみたが、やはり脈はない。

 木の根元には、黒い染み。村長の息子の後頭部からは、おびただしい出血。

 鈍器で殴られたか、それとも木に頭を強打したか。


「村長になんて言えばいいんだよ……」


 間に合わなかった悔しさ。

 オークの暴虐に対する怒り。

 そして、疑問。


「そこまでして狼を保護したかったのか? いや……もしかして……」


 さきほど見た人狼らしき二人の死体の姿が脳裏をよぎる。

 そのとき、不意に獣の唸り声が聞こえた。

 振り向けば、ハイオークが踏みつけていたこげ茶色の毛皮がかすかに動いていた。

 体のあちこちから薄い紫色の煙を立ち昇らせ、もぞもぞと身じろぎをしている。


 ――人狼だ。


 動きたいが、体が言うことをきかない。そんなもどかしさを感じる動きだ。

 唸り声からは、さまざまな感情が読み取れた。

 怒り、悔しさ、そして悲しみ。


 俺は地面に横たわる人狼に近づいて、顔を覗き込んだ。

 襲われるとは思わなかった。仮に襲われたとしても、なんとでもなる。

 それぐらい、その人狼は弱っていた。というよりも、瀕死だ。生命の炎はほとんど見えない。初見でただの毛皮と見間違うほどだ。

 人狼と目が合った。

 琥珀色(アンバー)の瞳だ。その色に既視感があった。

 どこで見たっけな……。

 鼻を鳴らした人狼が、かすかに目を見開く。


「……同族、ナノ……?」


お読みいただき、ありがとうございます。

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