ゴブリンのくせに生意気だ
ほぼ無傷のゴブリンの集団に、半包囲されてしまった。
正直、なめていた。
所詮はゴブリン、と侮っていたのは事実だ。
「ゴブリンのくせに連携とか……」
「どうします?」
「ミーシャ、『岩戸』で頼む」
俺がそう言うと、ミーシャはかすかに悲しげな眼をした。
「はい……足手まといで申し訳ありません……」
「二人しかいないから、しょうがないさ。いずれ追いついてもらうつもりだから。期待してるよ」
「はい……!」
今のままでも、勝てはする。
俺の被弾を無視して、ミーシャをかばいつつゴリ押しすればいいだけだ。ただ、それだと、ミーシャに流れ弾が当たる可能性がある。
それが嫌なのだ。我ながら過保護だなあと思いはする。
当たり前だが、ミーシャは再生能力を持っていない。治癒魔法の使い手がいれば、経験を積む意味でも多少の負傷は許容できる。
だが、今の俺たちに即時回復が可能な手段はない。
定番の治癒ポーションは存在するし、一応持ってはいる。だが、このポーション、効きがかなり遅いのだ。飲んでもかけても効果は出るのだが、浅い切り傷ですら消えるまで五分ほどかかるという、のんびりさんな仕様だ。深い傷を受ければ、さらに時間がかかってしまう。
冒険者の死因のトップが失血死だというのも頷ける。
「じゃ、いくよ」
「ご武運を」
ミーシャにうなずき返し、俺はゴブリンウォーチーフに突っ込む。
「転狼!」
心臓が大きく跳ねて、体中の筋肉が膨らんで漆黒の剛毛が体を覆い尽くす。
「オォォッ!」
だが、服が破けることはなかった。
今着ている服は、ミーシャ謹製の転狼対応服なのだ。
膨らむ筋肉と剛毛のせいで、2サイズほど大きくなければ世紀末救世主状態になるのだが、この服は急激な体の膨張に耐えられるようになっている。
仕組みとしては単純だ。強い力がかかると外れる金具で詰めているだけだ。その分、頑丈さが求められるのでキャンバス生地を使っている。着心地はあまり良くないが、マッパになるよりはマシだ。
あとは、裁縫用のゴムで伸縮性を持たせている。この世界、驚いたことに加硫ゴムが流通している。オカトモという名前のゴムメーカーが市場を独占しているのだ。召喚勇者のやらかしに違いない。
金具のフックが一気に外れて服が膨らむが、破けるような音はしなかった。
さすが恩寵付き裁縫ランク2だ。
ただ、服が破けなくなったのはいいのだが、転狼するたびに襲ってくる飢餓感はどうにもならない。
ハラペコすぎて腹が立ってくる。破壊衝動が増すのは、ハラペコのせいかもしれないと最近は思っている。
怒りを燃料に〈瞬脚〉で一気に加速、ゴブリンウォーチーフに迫る。
「グルアァッ! 死ねぇ!!」
雑魚共は急激な加速に、まったく反応できていない。
ゴブリンウォーチーフはさすがにボスだ。いきなり人狼が襲ってきたにもかかわらず、咆哮をあげて俺を迎えうった。
上段からの袈裟斬りをゴブリンウォーチーフが繰り出してきたが、俺は右に避けるふりをして、左側に踏み込む。
ディアーネとの格闘訓練のおかげで体重移動が自然に行えるようになった。訓練はやはり大事だ。
袈裟斬りを避けた俺は、ゴブリンウォーチーフの右脇腹目掛けて斧を振り下ろそうとしたが、それよりも早く相手は両手剣を横薙ぎに振るってきた。
金属同士がぶつかる甲高い轟音とオレンジ色の火花がほとばしった。
一合、二合と打ち合い、鋼鉄の得物同士がぶつかる激しい音が鳴り響く。
ゴブリンウォーチーフはかなりの剛力だ。体のキレも良い。魔物にしておくのは惜しいと思えるほどの技量を持っている。
ゴブリンのくせに生意気だ。
力押しでは時間がかかりそうだと思った俺は、ダニエル直伝の人の悪いフェイントを入れる。
左腕で横薙ぎの斬撃を放つ。そして、ギリギリのところで外す。
体が流れたところに、好機と見たゴブリンウォーチーフが必殺の打ち下ろしをしてきた。
ふふふ、計画通り。
体を流した状態で力を溜めていた左腕を振り上げる。
ガキン!
打ち下ろしは、俺の振るった戦斧に弾かれた。
まさか片手で弾き返されるとは思っていなかったのだろう、ゴブリンウォーチーフは驚愕の表情を浮かべた。
腹の底から、獣の嗤いが漏れる。
「クハッ!」
破壊衝動のおもむくまま、右手の戦斧を縦に振るう。
ゴブリンウォーチーフは必死に後退るが、間に合うわけがない。
戦斧に胸から下を縦に両断されたゴブリンウォーチーフが内臓をぶちまけて床の染みになった。
後はもう、消化試合だ。
〈指揮 I : 集団を率いる際に、全メンバーの状態を把握し、指示を出せる〉
ゴブリンウォーチーフの血は不味かったが、なかなか変わったスキルを持っていた。
ちょっと効果のほどが分かりにくいので、要検証だろう。
ていうか、ゴブリンのくせに連携が良かったのはこれのせいか。
入り口の方から漂ってくる「良い匂い」に、思わず飛びかかりそうになったが、慌てて転狼を解除する。
転狼すると副作用として理性をもっていくので、気軽に使いにくい。ソロだと気にならなかったが、今後のことを考えると理性を保つ訓練をしなくては。
「危ねぇ……ミーシャ、もういいぞ」
一度深呼吸して、ミーシャに声をかける。
健康になって肉付きが良くなったミーシャは、ことのほか美味しそうな匂いがするので気が抜けない。
入り口の前に屹立していた岩の壁が崩壊して、中からミーシャが出てくる。
これが「岩戸」だ。
俺が転狼して一気にカタをつける間、岩壁で自身の周りを囲って耐えるという作戦だ。まかり間違って、理性を飛ばした俺が襲い掛かってもしばらくは凌げるという側面もある。幸いにして、岩壁を殴りつけたことはまだない。
当然、岩壁に四方を囲まれたミーシャは何もできない。
もう少し改良して、覗き穴と魔法を打てるように手を出せる穴を開けてもいいかもしれない。トーチカかな?
「大丈夫……でしたね」
「ああ。問題ないぞ」
ミーシャがホッとして、笑みを浮かべた。
「あ……靴は駄目ですね。改良の余地ありですか……うーん」
言われて足を見る。
靴のつま先に大穴が開いていた。
転狼すると、足もでっかくなるので突き破ったのだろう。
一応、靴にも転狼に対応できるよう外れる金具が仕込まれていたが、急激な膨張に耐えられなかったようだ。
転狼を解除したことでダボダボになった服の金具を留め直していると、背後でポンという音が鳴った。
見ると、ゴブリンウォーチーフの死体の上に宝箱が沸いていた。
「おっ!? ついに出ましたわー!」
宝箱――ダンジョンに眠るロマンの一つだ。
余裕のヨッチャンな地下一層を何度も回っていた理由だ。十回以上ホブゴブリンの頭をかち割ってきたが、宝箱が出たのは初めてだ。
まれにしか出ないと聞いてはいたが、その分、中から出てくるお宝は有用な物が多いのだという。地下一層とはいえ、お値打ち品が出れば、城壁の内側の家を買ってもお釣りが出るほどだそうだ。
死体の上に乗ってる宝箱というのも何やら不気味ではあるが、構わず開ける。
中から出てきたのは、シンプルなペンダントだった。
青銅の鎖と台座。ルーン文字のようなヘンテコな形に形成された琥珀がはまった質素な物だ。
「……高そうな物には見えないな」
「でも、ダンジョン産で、しかもレアポップボスの戦利品ですから」
「帰ったら鑑定してもらうか」
ダンジョンの宝箱から出たアイテムは、鑑定が必須だ。
まず、能力が外から見ただけでは分からない。しかも、ごくまれに呪われる品があるからだ。そういった品物を扱う店は、たいがいが鑑定スキル持ちがいる。というか、鑑定スキルなしで、ダンジョン産のアイテムを扱う店など成り立たない。当然のように、ギルドにも鑑定持ちはいる。
「さてさて、こいつはどうかな?」
次なるお宝は、宝箱の横に転がっていた両手剣。ゴブリンウォーチーフが持っていた物だ。黒光りする表面には錆の一つも浮かんでいない。
分厚く長い剣だけあって、かなり重い。俺がかなり重いと感じるということは、実際は滅茶苦茶重いということだ。片手で持てはするが振り回すのは少々苦しい。柄がかなり長いのでやはり両手持ちが基本なのだろう。
刃をあらためてみると、欠けはまったくなかった。逆に俺の戦斧は見事に刃が欠けているのにだ。人斬り包丁の剣と違って、斧の刃はかなり分厚く欠けにくい。軍用だけあって質の良い鋼を使っているはずなのだが、この両手剣のほうが質が上ということか。もしくは、素材が違うのか。
「……この剣はお持ち帰りだな」
「重そうですね?」
大きさの割にかなり重いので、鉄の比重を超えてそうな気がする。
とはいえ、人間一人に比べれば軽いものだ。
「ミーシャのほうが重いかな」
「あ、当たり前じゃないですかぁ! 言い方が良くないですっ、猛省を求めます!」
すごくぷりぷりしたミーシャが可愛かったので、頭を撫でておく。
「ごめんごめん。でも、ただの鋼とは思えない重さなんだよなぁ」
「貴重な素材が含まれてるかもしれませんね。鍛冶屋で見てもらいましょう」
「いいね、鍛冶屋!」
鍛冶屋は大好きだ。
日本でやっていたゲームでも、鍛冶スキルは必ず上げていたぐらいだ。
そして、床に転がっていたもう一つの気になるモノを手に取る。
ゴブリンウォーチーフの被りもの。狼の兜というか、狼の頭付きの毛皮といった感じのものだ。下顎から胸のあたりまでを切り取って、頭から被れるようにしている。俺が被ると、ちょうど両肩を隠せるぐらいの大きさがある。
帽子というのもなんか違う気がするので、狼ヘッドと呼ぶことにする。
サイズ的にはちょっと小さいと感じたが、面白そうなのでそのまま頭に載せてみた。
「がおー」
「……鑑定していないものを身に着けるなんて、危ないですよご主人様」
「はい…………」
素でミーシャにお小言をもらってしまった。
ただ、不思議なことに、サイズが合わないと思ったのだが、頭に載せた瞬間ピッタリの大きさに広がったのだ。マジックアイテムというやつかもしれない。
ミーシャが呪いを心配していたが、何も感じることはなかったし、普通に外せもした。
呪われた装備は、解呪しない限り外せないらしいので、呪われているモノではないのだろう。
「特に呪いとかないようだけどなあ」
もっとも、問題はないのだが、利点も感じられない。
特に頑丈そうにも見えないし、手触りもゴワゴワした毛皮だ。防御力は低そうだ。むしろ、俺の黒の剛毛のほうがアーマークラスが高いだろう。雨具として使えなくもないが、普通のフード付きのマントのほうが使い勝手はいいと思う。
ぶっちゃけ、防寒着以外の用途を思いつけない。
ふと思い立って、狼の鼻先を掴んで下げる。
狼の目と自分の目の高さが同じになるように、深く被ってみた。前から見ると、まんま人狼に見えるだろう。
「おっ、前が見えるのか」
被り物の狼の目を通して外が見えた。
というか、視界が一気に広がった。まるで自分の目で見るように、違和感なく見える。眼球の動きすら追随している。しかも、視野角が若干広い。広角レンズ気味になったのだ。
そして、暗がりが良く見えた。なんと暗視効果付きだったのだ。
俺は恩寵のおかげで夜目が効くが、まったく光の当たらない真の暗闇を見通すことはできない。しかし、この狼の目を通すとダンジョンの闇を見通すことができた。しかも、色が分かる。現代日本にある暗視装置の類は光増幅や赤外線域可視化で暗視効果を得るのだが、色はほぼ分からないのだ。
「こいつは、すごいな……」
狼の顔でキョロキョロする俺に興味を持ったのか、ミーシャが裾を引いてきた。
「どんな効果がついてるんですか?」
ミーシャを見ると、いつものように美味しそうな血色の良い象牙色の肌が見える。色も明るさも普段通りで、違和感は感じない。強いて言うなら、陰影のつきかたが、いつも目にしているものと違うぐらいか。赤外線を増幅するタイプの暗視装置は、暖かいものを見ると白く飛びがちなのだが、それがない。
どんなテクノロジーなのか興味が尽きないが、魔法のある世界だしな……。
「暗闇を見通せるんだ」
「えっ! 猫目の効果付きなんですか!? すごいですね……猫目の魔道具は高いんですよ」
暗視装置の類は普通に存在するようだ。
しかし、猫目とな。
「そういや、猫の獣人っているの?」
「いますよ。いますけど、北大陸にはあまりいませんね。南大陸――深淵の森の南側には獣人の国があるらしいですけど」
「ほう……」
深淵の森で分断された南側か。
ケモミミパラダイスとか、行ってみてえ。
「南大陸って、普通に行けるの?」
「行けますけど……大陸の西か東の端まで行かないと、深淵の森を超えられません。ワドワ連合王国は北大陸の中央に位置してますから、かなり距離があります」
ミーシャによれば、この世界が球体であり、太陽の周りを巡る天体であるという事実は周知なのだそうだ。そして、大陸は一つしか存在しないことも分かっている。
その名を「アスエレーブ大陸」という。
それらの事実を、自らが世界一周することで示した冒険王がいたという。
冒険王は海を渡るために様々な画期的発明をし、天文学や造船、航海技術の発展に目覚ましい功績を残した。そして冒険王は、発明した技術と持ち帰った財宝や作物の富で沿岸部に都市国家を築き、そこの王となった。
今まで聞いたなかで一番の召喚勇者のやらかしだ。どんだけ「ひらめき」してんだよ。テクノロジーブーストしすぎだ。
いつのまにかミーシャの語りが地理から英雄叙事詩に変わってきたあたりで、話をぶった切る。
「ミーシャもこれ被ってみるか?」
「え……? うーん……」
「カワイイと思うなあ」
「そ、そうですかぁ? えへへ……」
チョロすぎるミーシャに狼ヘッドをかぽっと被せる。
小顔のミーシャに合わせて、しゅっと狼ヘッドが縮んだ。
「おお、カワイイな!」
「でへへへ……もっと言ってくださ……ぅ……」
頬を朱に染めていたミーシャの顔が一瞬で青くなり、次いで真っ白になった。
「おふっ……」
ふらついたと思ったら、いきなり嘔吐して――倒れた。
完全にハイライトの消えたガラス玉からは涙が溢れ、小ぶりながらも形の良い鼻からは鼻水を垂らし、薄く開いた口からは「キラキラ」が漏れていた。
体はビクビクと震え、そのたびに口から「ひゅ、ひゅっ」と空気が漏れる音が鳴る。
床に倒れ伏した体全体から、背徳的なナニカを発散していた。
「ミーシャァァァ!」
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