ルフリンダンジョン
「爆ぜる橙、怒れる赤、身を焦がす抱擁を与えよ――『炎弾』! ……からの、硬き玄、厚き蘇芳、拒絶する屏を立てよ――『防壁』!!」
薄暗いダンジョンの回廊の先に、ミーシャの掌から放たれた巨大な火の玉が飛んでいった。
すぐに、空気を揺るがす轟音と複数の悲鳴が聞こえてきたが、目の前に赤黒い岩の壁がせりあがり、炎の熱気と共に遮られた。
しばらくの間、岩壁を打楽器にした断末魔の合唱団が歌声を響かせていたが、それも静かになる。
ミーシャの詠唱は、俺に潜む古き血が左腕をうずかせるのだが、この世界では統一された呪文なるものはないそうだ。
国や文化圏、教育者の経歴によって千差万別であり、我流の呪文なんてものが普通らしい。もし蘇生の魔法があるのなら、「囁き、詠唱、祈り、念じろ!」と呪文を唱える召喚勇者が居るに違いない。
そもそも、魔法の発動に詠唱は必須ではないらしく、脳内でイメージさえすれば誰でも無詠唱で撃てるという。とはいえ、はっきりと口に出して詠唱したほうが魔法の発動率や安定度が高く、よほどのことでなければ無詠唱はやらないという。
ちなみに、ドワーフは「色」をモチーフにした呪文体系を伝統的に採用しているそうだ。
「ミーシャ、もういいんじゃないか」
俺が後ろに振り向きそう言うと、ミーシャは頷く。
「はい」
と言って、手をパンと叩くと目の前の岩壁が崩れ落ちる。
「やっぱり、地下は土魔法の出がいいです」
焼肉の匂いが溢れてきた。
もっとも、焼けた肉は、ゴブリンとコボルドの合いびき肉なのだが……。
「うん、相変わらずミーシャの魔法は強烈だな」
ナパーム弾を喰らって、前後を壁で塞がれてこんがりとか、嫌すぎる死に方だなあと他人事のように思った。
火魔法 II
土魔法 II
裁縫 II
料理 I
これが今のミーシャのスキルだ。
奴隷の主人はスキルを見ることができると知ったのは、つい最近のことだ。ステータスウィンドウにいつのまにか「配下」という項目が追加されていたのだ。
ミーシャが持つ魔法二種類は、王女時代からすでに持っていたそうだ。父親が〈火魔法〉、母親が〈土魔法〉のスキルを持っていたのだという。
〈火魔法〉はダニエルとの訓練のおかげでランク2に上がっていたが、〈土魔法〉はダンジョンに潜り始めて一週間でランクが上がった。
〈裁縫〉スキルは、子供のころから手慰みに端切れをちくちくしていたら、勝手に生えたのだという。〈料理〉スキルは、宿の老婦人に教わりはじめてすぐに生えたそうだ。
スキル生えすぎだろと思うが、これはミーシャが持つ特殊な恩寵のおかげだろう。
〈創造神に愛されし者 : 作成スキルが開花しやすい。作成品の質が高くなる〉
――というものだ。
召喚勇者かよ、と言いたくなるほどだ。
種族特性は「剛力」と「頑健」、「器用」。これらはスキルではないので、俺ですら奪うことができない。いや、奪わんけども。
そのかわり、「鈍足」というマイナスな種族特性も持つ。ぶっちゃけ、とろくさい。あと何故だかよくこける。
若干の弱点があるとはいえ、かなりの高性能キャラだ。ドワーフで血筋がいいって、なんかズルいなって思ったよ。
ちなみに、俺は魔法を使えない。
保有魔力はゼロだ。子供用の魔灯すら点かないのだから、あったとしても限りなくゼロだろう。
ステータスウィンドウを見ても、能力値は分からない。スキルの名前とランクしか表示されないのだ。レベルや職業の記載もない。そもそもレベルという概念がないそうだし。
ちなみに、ステータスウィンドウは召喚勇者だけが持つ特殊スキルらしい。当然だが、見えるのは俺だけだ。俺がステータスウィンドウを出せると知ったミーシャは「きゃー!」と黄色い声を上げた。
「魔法というものは、内なる魔力であるオドによって通り道を開き、神よりもたらされる外なる魔力であるマナを解放することで、はじめて行使できる力なのです。なので、神の力をお借りできないケダモノは魔法を使えません。ただ、深淵の森で長く暮らした魔物やダンジョンに出現する人型の魔物はマナを直接行使することができるらしいですけど」
ミーシャがドヤ顔で解説してくれた。
ケダモノですみません……。
要するに内魔力で水道の蛇口を開いて、神さまパワーである水――外魔力をドバっと出すってことなんだろうな。あくまで主体は水であるマナのほう。人がやるのは、蛇口をひねるだけだ。
エネルギー保存則をまるっきり無視している魔法なんてもののカラクリを考えるのは無駄なので、「そういうもん」と思考停止することにした。
ゴブリン五匹とコボルド三匹の黒焦げ死体を蹴り飛ばしながら、回廊を進む。
こいつらは戦利品がゴミしかないので気兼ねなく丸焼きにできる。団体さんがやってくると、いつもミーシャの魔法でこんがりだ。
ゴミとはいえ、コボルドの投げ槍は穂先が純度の高い青銅製で、数を集めるとそこそこの金にはなる。懐がお寒い鉄級の駆け出しには大事な収入源だが、今の俺は懐に不安はないので時間を優先している。
ルフリンダンジョンの地下一層は、オーソドックスな石壁の迷路だ。
理由は不明だが、天井がほんのりと明るく、照明を持っていなくとも回廊を進むぐらいなら苦労しない。ただ、やたら広くて、行き止まりも多い。
とはいえ、攻略され尽くされており、地下一層の地図はギルドで無料配布しているぐらいだ。
出てくる魔物はこん棒を持ったゴブリンと、投げ槍を持ったコボルド程度なので、よほど油断しない限りはかすり傷一つ負うことはない。
つっても俺基準なので、鉄級冒険者はふつーに死ぬ。ということは、ミーシャもふつーに怪我する。ドワーフなので簡単には死なないらしいが、傷一つつけたくない。我がパーティに、治癒魔法の使い手はいないのだ。
なので警戒だけは怠らない。
回廊の角から踊り出てきたゴブリンが二匹。待ち伏せのつもりだったのだろう。
俺は両手に持った戦斧を構える。
今俺が使っている斧は、夜盗のアジトでヤクプの銀の剣を叩き折った鋼鉄の戦斧だ。軍用の装備だけあって、鋼の質が良い。ヤクプが手入れをしていたのであろう、錆の一つも浮いていなかった。幅広の片刃で、背はハンマーのような突起。柄の先端は刺突用の小槍がついている。斬撃、打撃、刺突とすべてに対応できるなかなかの装備だ。問題は、全金属製でかなり重いこと。
片手で振れたのは、俺とミーシャ、ディアーネぐらいだ。
ダニエルもエディオスも持っただけで腕かプルプルしていた。男性陣の筋肉が少ない……。
「ニオイでバレバレだっての」
両手を軽く振ると、ゴブリンの首が二つ宙に舞った。
ダンジョンの内部は無風に近い。
風はあるといえばあるのだが、壁と床の接合部分からそよそよと風が吹きあがっているのだ。どういう仕組みで風が出ているのか皆目見当がつかないが、まあ不思議のダンジョンだしな、で考えることをやめた。
おかげで、ニオイでの警戒がやりやすい。ある程度近づけば、強烈に臭いこいつらの居場所は手に取るように分かる。
死んでいれば血のニオイが混じるし、そもそもダンジョンで死んだ生き物は、ほんの数時間で消えてしまうのだ。それは、人間、魔物かかわりなくだ。
人間が死ぬと、装備も痕跡も残さず、マイ神様カードだけがその場に残る。
そう、今まさにゴブリンの死体のそばに転がっている、銀色の鉄片のように。
「……はぁ。またか」
俺は溜息を洩らしながら、床に転がっていた二枚のマイ神様カードを拾い上げる。
俺たちがこのダンジョンに潜りはじめて二週間が経ったが、拾ったカードの数はこれで四枚目だ。
そのたびにミロに届けている。いつも沈痛な表情を浮かべるミロを見るのが辛い作業ではあるが、届けないわけにはいかない。
地下一層で命を落とすような冒険者は、鉄級のそれも駆け出しぐらいだ。ということは、例外なく若い。当然、親も健在だ。冒険者ギルドのカウンターで泣き崩れる親の姿を見るたびに、ミーシャはいつも貰い泣きしていたが、俺はどうにも落ち着かない気持ちになった。
ふつーは子を失った親って、悲しむんだよな。
いやまあ、親との記憶はろくでもないものしかない俺でも分かるよ。中学校でこっそり飼ってたニワトリが猫にやられた日はかなり落ち込んだし。
二枚のカードをポッケに入れた俺は、さらに回廊を進む。
突き当りには大きな観音開きの鉄の扉。この扉の先には階層主が居る。
通称、ボス部屋だ。
鉄の扉は閉ざされており、部屋の中は見えない。さいわい、今日は先客がいないようだった。中で戦っている人がいると、扉の合わせ目に赤い錠前がぶら下がっているのだ。当然、中に入ることはできない。中の人かボスが死ぬまで、赤い錠前は消えないのだ。
ちなみに、ボスが殺されると24時間リポップしない。ボスが不在の間は鉄の扉は開け放たれたままなので、閉じているということはボスが在宅ということだ。
異例のことではあるが、とある理由から駆け出しパーティでの階層主への挑戦はギルドから禁止されている。駆け出しでなくとも、鉄級パーティだと最低でも四人が必要だと言われている。
「準備は?」
「問題ありません」
短いやり取りで、俺は鉄の扉を押し開ける。
別に初めてというわけでもない。慣れたものだ。この二週間、三日に二回はこの扉をくぐっている。
俺たちが部屋に入ると、背後で鉄の扉が閉じた。
広い部屋の中央に大柄な一匹と小柄な四匹。ルフリンダンジョン地下一層の階層主は通常なら緑色をしたホブゴブリンだ。
しかし、今回のボスは色が違った。緑ではなく、ほとんど黒に近い濃い灰色だ。しかも、かなり大きい。あと、三角に尖った耳が頭上から天井に向いて生えている。そして、目が金色に輝いていた。
まるで狼のような……。
「あれ? なんか違くない? てか、人狼!?」
「……レアポップのボスかも。よく見てください、あれ被り物です」
言われてみれば、頭が妙にでかい。
狼の顔の下に、ゴブリンの黒い顔が見える。狼の下顎を取っ払った毛皮を頭から被っているのだ。
「あー、ほんとだ。目が四つあるわ。ゴブリンチーフかな? 初めて見たな」
ゴブリンチーフ。
ごくまれにホブゴブリンの代わりに湧く階層主だ。長いこと統計を取ったギルドによれば、ポップ率は十分の一。駆け出しパーティが階層主に挑むことが禁止されている理由だ。たとえ確率が低くとも、圧倒的な強さを誇るレアポップのボスに当たってしまえば、駆け出しでは蹂躙されてしまう。
「いえ……ギルドの記録によれば、ゴブリンチーフの体色は緑で、武器はメイスです」
「んんん?」
俺はそこまでギルドの記録を見ていなかったが、そんな記述があったのか。さすがミーシャ、俺の穴をいい具合に塞いでくれる。俺が穴だらけなのも問題なんだが。
ただ、目の前のボスは黒っぽいし、手に持っている武器は分厚く長い両手剣だ。
「もしかしたら……ゴブリンウォーチーフかもしれません」
「随分ご大層な名前だな」
「過去、一度だけ現れたことがあるそうです。出現条件は不明です」
「レアポップのレアポップってことか。特殊な攻撃とかあるの?」
「特記事項はありませんでしたけど、ほぼ間違いなくスキル持ちだろうと……気を付けましょう」
それはいいことを聞いた。
とても美味そうに見えないボスではあるが、スキルが得られるというのであれば、血なんかいくらでも舐めてやる。
「お見合いしててもしょうがないな。とりあえず、いつもの感じで」
「はい!」
ミーシャが俺の後ろに隠れると、俺はボスに向かって駆け出す。
ゴブリンどもが身構えた。
数秒走ったところで、俺は姿勢を低くする。
瞬間、俺の頭の上を特大の火球が飛んでいき、ゴブリンウォーチーフに直撃した。
ミーシャが放った火の魔法だ。
魔法というやつは、発動するまでに時間が必要だ。
精神を集中し、魔法の属性を決め、内魔力によって放出する外魔力の量を調整する。そして、どう放つかをイメージして初めて発動するのだ。
呪文はイメージを明瞭にするための定形であり、きっかけであるとミーシャは言っていた。
なので、きっちりと脳内イメージができれば、無詠唱でも魔法は発動する。とはいえ、どのようなプロセスを経たとしても時間だけはかかってしまうのだ。振り向きざまに指パッチンで発動する魔法などない。
それ故に、魔法使いが動きを止め、なにがしかの呪文を口にしはじめたということは、間違いなく魔法が飛んでくるということだ。
魔物ですら、魔法の予備動作に気づき反応していた。前衛のゴブリンの陰に隠れるコボルドを見て、ようやく気づけたという体たらくだったが、その気づきは大きかった。
それからの俺は、自分の大きな体を使って、ミーシャの詠唱を隠すようになった。
効果はてきめんだった。ごくまれにミーシャが放つ火球が避けられるということがあったのだが、それがなくなったのだ。
相対している者から見れば、俺の頭から前振り無しに魔法が飛んでくるようなものだ。
ゴブリンウォーチーフに命中した火球が爆ぜて、衝撃波と熱風をまき散らす。
半分炎の熱風が俺の顔を焼いた。
滅茶苦茶、熱い。
それでも、〈強靭外皮〉のかかった俺の面の皮は火傷をすることはない。
そのまま熱風を突っ切って、戦斧をゴブリンウォーチーフの頭に打ち下ろす。
いつもなら、これでホブゴブリンの頭をかち割って終わっていた。
ガインッ!
重い金属音が鳴って、オレンジ色の火花が散った。
ゴブリンウォーチーフが、両手剣で俺の一撃を受け止めたのだ。
すかさず左手の戦斧を横に薙ぐが、後退ったゴブリンウォーチーフに避けられた。
「ありゃ……」
ちょっと強いぐらいかと思っていたが、かなり強い。
「ご主人様!」
ミーシャが叫ぶ。
見ると、大盾を構えたゴブリン二匹の後ろから、弓を持ったゴブリンと杖を持ったゴブリンが無傷で顔を出した。
俺はミーシャをかばうように、バックステップをして状況を確認する。
ミーシャの火球で仕留めたゴブリンはゼロ。
直撃を食らったゴブリンウォーチーフは、手足こそ少し焦げてはいるが、顔や胴体の中心に焼けた痕はない。両手剣でうまく弱点を守ったのだろう。
大盾を持ったゴブリンは、盾こそ焦げてはいるが、身体に火傷はなさそうだ。
盾を構えたゴブリンがじりじりと間合いを詰めてくる。その後ろから、弓と魔法をタイミングを変えて撃ってきた。
射線上にミーシャがいるので、矢は斧で弾く。
水の魔法は斧の腹で受けることができるが、避ける。水をかぶるのはかなり厄介なのだ。服が水を吸えば重くなる。風に当たれば体が冷える。目に入れば視界が歪む。踏めば滑る。戦闘という極限状態での「水」は息を潜めて機をうかがう時限爆弾のようなものだ。
避けた瞬間、ゴブリンウォーチーフが踏み込んできて、強烈な斬撃が打ち下ろされる。
見えてはいるのだが、体勢が悪い。反撃は不可だ。
戦斧を振るって跳ね返し、その反動で姿勢を戻す。
ほぼ全力で弾いたのだが、死ぬほど重い一撃だった。回避や防御をミスったら、一撃で手足をもがれそうなほどの威力だ。
レアポップのレアポップボスなだけのことはある。
体制を立て直し、反撃をしようと戦斧を構えなおしたときには、すでにゴブリンウォーチーフは二歩後退していた。
そうしてまた、振出しに戻るのだ。
盾を前にしたゴブリンがじりじりと前進してきた。
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