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待ってます

 時計の針が六時を差した瞬間、俺はノートPCをバーンと閉じる。


「お先でーす!」

「え、先輩、もう帰るんですか!?」

「おう、今日はやることがあるからな」

「……大丈夫……じゃないですよね?」


 業務がひっ迫しているのは知っている。かといって、今日一日残業したところで、焼け石に水であるとも理解している。


「無駄な足掻きはしないことにした」

「うわ、開き直った……んじゃ私も帰っていいですかね?」

「おう、帰れ帰れ」


 会社を定時に上がった。

 一言で言うなら、クソ喰らえだ。

 かれこれ十年ちょっと働いているが、定時退社とか一年目以降なかったかもしれない。

 あれ、なんか泣けてきた。


 女子高生には、居てもいいし、出て行ってもいいと伝えて出社した。

 ぶっちゃけ、盗まれて困るものは部屋にない。

 普段使ってるノートPCはいつも会社に持ってきているので、あの家で最も高価なものとなると安売りで買ったタブレットぐらいだ。青と赤の携帯ゲーム機のほうが高いかな?

 テレビ受像機は中古で買ったよく知らないメーカーのものだから、大きさの割に金にならないと思う。あ、洗濯機は高いかな。持っていけるとは思えんけど。


 ひとまず、晩飯をどうするかだな。

 あの女子高生に必要なのは、タンパク質と脂肪だろう。

 となると、トンカツか。と思ったが、あれだけやせ細っている女子高生にトンカツはヘビーかもしれない。もう少し胃腸に優しいものにするか。寒くなってきたし、鶏のシチューとかいいかもしれないな。

 そこまで考えて、はたと気づいた。


「居なかったらどうすんだ?」


 一応、居てもいいと言ったときに、彼女は「待ってます」と言っていたから、居るとは思うんだよなあ。とはいえ、過度な期待は禁物だ。

 居なかったとしても、それは仕方がないことだ。彼女にもいろいろと事情があるのは間違いない。

 学校にいけるようなら行ったほうがいい。俺は彼女の親でも保護者でもない。通りすがりのただのオッサンでしかないのだ。人からオッサンと呼ばれると鉄拳制裁待ったなしだが、自分で言うぶんには問題ない。ぶっちゃけ、女子高生から見たら、29歳のリーマンなんかオッサン以外の何者でもないよな。


 ひとまず駅近くのスーパーに寄って、一通りの買い物を済ませる。

 仮に女子高生が居なかったとしても、無駄にはならない程度の食料品だ。シチューなら大量に作って、鍋ごと冷蔵庫に放り込めばいい。

 自炊にはそこそこ自信がある。特に趣味のない俺が唯一好きで続けていたものだ。もっとも、ここ最近は部下ができて、仕事が加速度的にやばくなったので、料理をする気力が早々に枯渇してしまったのだが。


 そこそこ重い荷物を手に、慣れ親しんだ住処に帰ってきた。

 部屋の灯がついていた。

 得も言われぬうれしみが胸中に満ちる。

 もしかしたら、「お帰りなさい」と言ってもらえるかもしれない。

 昨日から、人生初が多いよな。嬉しい初が続くと生きる気力が湧き上がるね。

 我ながら現金だなあと思わなくもない。


「ただいまー」

「よう、おかえり」


 玄関のドアを開けて中に入った俺を出迎えたのは、想像していたのより数オクターブ低い声だった。

 ニキビ跡の酷い顔をした、金髪プリンで長身の若者が立っていた。

 誰だよ!? 「おかえり」を言って欲しいのは、お前じゃない!

 というか、俺、入る部屋間違えたか?

 回れ右しようとして、部屋の中に突っ立っていた女子高生が目に入った。

 どうやら部屋は間違えていないようだ。


 女子高生はうつむいたままで表情は見えない。

 震える彼女の手にはスマホ。

 そして、彼女の横には痩せて縦にヒョロ長い男。ヒョロ長は何故かニヤニヤしていた。

 俺の正面に立っているニキビ跡は、俺に顔を近づけ、こう言った。


「妹が、いろいろとお世話になった……いや、お世話したほうかな? くへへっ、いい歳したオッサンが、女子高生を家にお持ち帰りとか、タイホじゃね?」


 あっ…(察し)。

 ハニートラップ?

 いや、この場合、美人局かな。俺は重要機密とか持ってないしな。

 乾いた笑いが漏れた。



    ○



 五十万払った。


 このことが会社にでもばらされた日にゃ首が飛ぶ上に、間違いなく逮捕だろう。

 やったやってないはこの際問題にならない。

 女子高生を部屋に連れ込んだという事実だけで、俺が何をどう否定しようが無駄な足掻きだろう。あの女子高生が正直に話すとも思えないしな。起訴されて間違いなく社会的に死ぬ。そもそも、俺は腕っぷしはともかく、強面の連中に強く出られるほどの胆力はない。


 とりあえず、迷惑料と手切れ金として現ナマで払ってやった。お互いに今後一切関わらない、という覚書をかわして終わったつもりになった。だがまあ、そんな甘い奴らじゃなかったようで。

 しばらくして、ニキビ跡とヒョロ長が家にやってきた。


「このことがバレて社会的に死ぬのはあんたのほうだろ」


 と、再び強請ってきたのだ。

 遊ぶ金が尽きたのだろう。


 ――詰んだな。


 ケツの毛までむしるつもりだな、こいつら。

 そう思った俺は「出るとこ出ようか?」と言ってやった。ニキビ跡は、慌てたように「あんた、死ぬぞ」と脅してきた。今更である。


「一緒に死のうぜ?」


 そう言って、良い笑顔を向けてやると、ニキビ跡は引き攣った笑みを浮かべて固まった。ガタイがいいわりに、精神力はそうでもないようだ。

 警察署に向かうべく、ニキビ跡を押しのけて家から出た。外には何故かバットを持ったヒョロ長が待っていた。

 構うものか。俺は――不意に後頭部に強い衝撃を受けた。一瞬、視界が白く染まる。

 スローモーションのように、地面がまっすぐ迫ってくる。手を出そうとしたが、体がまったく反応を示さない。


 ――なんだこれ?


「おい、バカか!」

「いや、こいつ、警察、いこうとしたんだろ? 詰められたらヤバイって」

「やっちまったら、金せびれねえだろうが。ちったあ頭使えよ!」


 ニキビ跡とヒョロ長が言い合っていた。

 なるほど、ヒョロ長が、俺の頭をホームランしたのか。無茶しやがるな。

 しかし、体がまったく動かない。俺の視界は地面を目一杯映してはいるから、地面にチューしているはずなのだが、冷たさも臭さも何も感じない。


 これ、アカンやつや……。

 おいこら、ふざけんなよ!

 俺の人生、これで終わりか?

 せっかくクソ親から解放されて、いろんな人に迷惑かけながらもなんとか学校卒業して、そこそこブラックだけどまっとうな会社に勤めてたんだぞ。

 それがこんなチンピラ未満の若造にいいようにボコられて終わりとか、ありえねえわ。

 俺が何をした? どうして俺がこんな目にあわないといけない?

 弱いからか。俺が搾取される弱者だから、ただ喰われて泣き寝入りするしかないのか。


 俺にもっと力があれば。こんなチンピラ風情、蹴散らせる力があれば。

 おいこら、出てこいよ! 神さまってのがいるなら、俺に力を寄越せ! この際だから、悪魔でもいい!

 力が欲しいか? って、言いながら、俺の目の前に現れてみろよ!

 コンマ1秒で魂をささげてやるから。速攻で目の前の二人をぶっ殺してやるから。

 お願いです、神さま、助けてください。


 まあ、当然ながら、そんな都合よく神さま出てきませんよね。

 なんか、虚しくなってきた。

 結局、俺はこんなクソみたいな奴に金をむしられて終わりってことかよ。

 俺も褒められた人間じゃねえけどさ、あんまりじゃねえか。俺に親切にしてくれた人たちの想いとかさあ、どうしてくれんだよ。俺が死んじまったら、無駄だったてことになっちまうじゃねえか。

 ふざけんじゃねえ!

 こんな目に遭うために、こんなクズ共を潤すために、今日まで生きてきたんじゃない!


 どうしようもない無念を胸中で炸裂させたが、叫びを上げたい俺の口はピクリとも動かなかった。

 ニキビ跡とか、ヒョロ長は論外で地獄に落ちろだが、あの女子高生にもしてやられたわ。

 いやまあ、冷静に考えれば、俺がバカだったと思うよ。

 いい歳こいて、女子高生を家に連れ込むとか、アウトでしたとも。法律的にも、脇の甘さ的にもね。

 それでも、同類だったあの子を助けてやりたいって思っちまったんだよ。


 うん、やっぱ俺がバカだったわ。

 半端な親切でいい気になるぐらいなら、拾ったあの日にもっと踏み込んで、ちゃんと助けてやればよかったんだ。児相に電話するなり、家出人として警察に預けるぐらいしてもよかったのだ。

 ああ、でもあの子が作ってくれた味噌汁と卵焼きは美味かったなあ。


 ――もっと、食いたかった。



    ○



「力が欲しいか?」


 唐突にそんな声が聞こえてきた。

 おせえよ!


「気にくわないものを壊してみたいと思わないか?」


 そうだな。前はそうでもなかったが、今なら木っ端ミジンコにしてやりたいと思う。


「破壊の衝動に身を任せてみるのも、楽しいと思わないか?」


 楽しいだろうな。

 そんで、最後は俺もバラバラになって後腐れなしだ。


「その心意気や良し。汝は我が使徒にふさわしい」


 男とも女ともつかぬ声と問答を繰り返していた俺は、ふと我に返った。

 最初に思ったのは、夢。

 だが、夢ってのはもっとふわふわした感じがするものだ。

 ここまではっきりと声を認識するのも珍しい。


 いや、ちょっと待て。俺はどうなった?

 ヒョロ長に頭をホームランされて、ぶっ倒れて……。


「死んだ」


 あー、やっぱ駄目だったかあ。


「死んだんかい!」


 そう叫んだ瞬間、硬い床の上に立った。

 ヨレヨレスーツに、くたびれた革靴。

 いつもの俺だった。


「……死んだんだよな?」


 目の前、というか視界全部が真っ黒だ。

 なのに、自分の体と手足はよく見える。

 足元も黒一色なのだが、硬い床の上に立っている気がする。不思議な感覚だ。

 これが死後の世界ってやつなのか?

 だとすると、頭の中に聞こえる声は神様仏様、それとも閻魔様か。


「破壊の神である」


 なんでだよ!? 死んだ魂を扱うような神様だったか?

 破壊の神って、そもそもどんな神様だっけかな。


 俺がそう思った瞬間、目の前に雑多なスクラップを無造作に繋ぎ合わせたような鉄の玉座が浮かびあがった。

 鉄の玉座には、大柄な女性が座っている。

 艶のある漆黒の肌に、燃え上がる炎のような鮮やかな赤の髪。シャープな輪郭を持った顔。吊り気味で切れ長の目に橙色の瞳。筋肉質で均整の取れた肢体を惜しげもなく晒し、黄金の装飾品で最低限の秘所を覆っただけの装い。

 体全体からは、うっすらと濃紅のオーラが湧き上がっていた。


「本来なら、魂は次の転生先に送り込まれリサイクルされる。ただ、今は汝の魂をリサイクル寸前で留め置いている状態だ。汝の魂が、力と破壊を求めていたのでな。我の網にかかったというわけだ」


 その声は、さっきまでの男女の判別がつかないものではなかった。

 低くハスキーな声ではありながらも、深みのある女性のものだった。


「ともあれ、よくぞ我が召喚に応えてくれた、オガミ・ジン」

「はあ……」


 力は求めたけども、破壊って求めたっけかな。ニキビ跡とヒョロ長をぶっ殺してやりたいとは思ったが。

 さらっと俺の本名を言っていたが、神さまなら先刻ご承知か。

 そんなどうでもいいことを考えながらも、俺は目の前の超自然的な存在に目を奪われていた。

 めちゃ綺麗なうえに、存在感が半端ない。なるほど、これが神さまか。納得だ。


 呆けた俺の視線に気づいたのか、神さまは首を傾げてパチンと指を鳴らした。

 神さまの目の前に、巨大な鏡が突然現れた。


「うん? これが、汝の神か……」


 そう言いながら、顔を左右に振ってみたり、手をくるくる回してみたり、自分の胸を持ち上げてみたり。様々なポーズをとっては、自分の姿をしげしげと眺めていた。


「悪くない。いや、むしろとても良い。気に入った。次からこれにしよう」


 などと意味不明の供述を繰り返しており。

 まるで、自分の体を初めて見たかのような反応だった。


「神さま、自分の姿を見たことなかったんですか?」

「コレは初めて見るな。我の姿は、見る者が形作るものなのだ」


 そう言われてピンときた。

 なるほど、俺が破壊の神と聞いて漠然と想像した姿を再現したということか。漫画かゲームで見たことのある破壊の女神を思い出したからだろう。神さまにしてみれば、人間の頭の中を覗く程度のことは造作もないだろうし。


「形代などかりそめのものでしかないが、美しいものはやはり良いものだ」

「神さまの感性って、人間に近いんですね」

「当然だ。そもそも汝たちは我々の写しなのだから」


 神さまは玉座で、長い脚を組んだ。

 やばい、目のやり場に困る。

 必要最低限をぎりぎりクリアしている程度の装束で、それは破壊力がありすぎだ。さすが破壊の神。


「汝の敬意を感じるが、妙な気配も交じっているな?」


 勘弁してください、神さま。

 背中に冷たい汗を感じる。いや死んでるから汗なんかかかないけども。


「まあいい、本題に入ろう。汝には選択肢が二つある。すべてを忘れて輪廻の輪に還るか、記憶を持ったまま我の使徒として異世界に再誕するか、だ」


 俺はコンマ一秒の早業で答えた。


「使徒やります!」



お読みいただき、ありがとうございます。

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