相棒
「ふざけんじゃねえ!」
俺の八つ当たりを受けた陶器のゴブレットが掌の中で粉々に粉砕された。
幸いにして中身は飲み干した後だったので、テーブルの上に破片と粉が落ちるだけですんだ。
「あ……お怪我は?」
ミーシャの声で我に返り、掌からこぼれる陶器の粉で冷静さを取り戻した。
「かすり傷すらないよ。でも、やっちったな……弁償しないと……」
「どうせなら、新しいのをプレゼントしましょうよ。お婆ちゃん、喜びますよ」
「そうだな、そうしよう」
俺とミーシャは、宿の部屋で向かい合っていた。
ミーシャの過去を聞くためだ。
昔語りをする前に、ミーシャは俺にお願いをした――「お前の過去を俺に話せ、と命令してください」と。
どうしてそんなことを言ったのかというと、奴隷には〈隷属の呪い〉というものがかかっているからだ。
第一に主人の生命の保全、第二に命令の遂行。そして、第三が奴隷自身の保全。上位項目に矛盾しない限り、奴隷は自らの判断で行動を起こすことが許されている――と、どっかで聞いたような三箇条だ。
ただ、呪いと言っても体が痺れるとか痛みが走るとか身体的なものではなく、精神に作用するものだ。命令に逆らうことに相当な嫌悪感をもよおし、主人から離れると不安になり、なるべく傍に居たいと切望する。「呪い」という割にはあまり強制力は強くない。酷い虐待を受けた際に、奴隷自身が当局に駆け込めるぐらいには緩めてあるのだそうだ。当然だが、主人は奴隷を保全する義務を負っている。
「すまん……辛いことを話させてしまったな」
俺の声に、ミーシャは儚げな笑みを浮かべた。
「……ですが、おかげですべてを吐き出すことができました」
「後悔しているか?」
「もちろんです……わたしの浅はかな行いのせいで国が滅びたのですから。死ななくていい人が死んでしまいました。許されざる罪です」
「そうじゃない。俺に、過去を語ってしまったことだ」
ミーシャは泣きそうな顔をして、
「後悔はありません……自分のやったことですから。でも、とても怖いんです」
「怖い? 何が?」
上目遣いですがるような目を向けてくるミーシャ。
「捨てません?」
俺はミーシャの恐怖の理由を理解した。
「……捨てねえよ」
むしろ、手放せなくなった。
こんな悲惨な子を放逐するとか、ケダモノ以下だ。
「わたしのような裏切りの悪女が、お傍に侍ることを許してくださいますか?」
俺はミーシャの手を取って握る。
言い聞かせるように、ミーシャの目を見すえ、
「ミーシャ、お前は悪女じゃない。いいか、悪女なんかじゃないぞ」
「でも……わたしのせいで……」
「いいか、悪女はそんな後悔をしない。罪を贖おうなどと思わない。むしろ、他人のせいにするんだ。だからこそ、悪女と呼ばれる。今の話に、ミーシャを悪女たらしめる要素はただの一つもない」
俺の言葉に、ミーシャは何かを感じ取ったようだ。
「わたしは……わたしがもっと考えていれば……」
「違う。お前は確かに世間知らずの子供だったが、ただ利用されただけだ。そもそもが最初から仕組まれていた、壮大な謀略なんだ――お前は、被害者だ」
「被害者……」
頭の悪い子じゃない。己の状況を過去から冷静に判断していけば、自分がただの駒だったと理解できるはずだ。
ミーシャのやったことは、平時なら詐欺師に騙された世間知らずのお姫様、という程度の事件にしかならない。むしろ、ミーシャは兄と名乗る男を疑っていた。だが裏切り者の近衛騎士団長が「真」と言ってしまった。団長を疑う理由なんか、当時のミーシャにはなかったはずだ。
ミシャリヤ・アム・ドーヴァは男に入れ込んだあげく、父王を弑して男を王位につけようと目論んだが、近衛騎士団の活躍により阻止されてしまった――そういうシナリオが本人のあずかり知らぬところで書かれていたのだ。
よく考えられた「本」だと思う。現王を排除しつつ、唯一の継承権を持つ人を謀叛人に仕立て上げ、実行犯は死人に口なし。王の落胤というのもたぶん出まかせだ。同じ目の色の役者を引っ張ってきたのだろう。
それに彼女が何を言っても無駄だったろう。なんせ、彼女を見守っていた近衛騎士団こそが、脚本家なのだからどうにもならない。しかも悪いことに、本人が兄と名乗る男に騙されて隠し通路を開いてしまったのは事実なのだ。
「お前を躍らせた悪い奴が、お前を悪女に仕立て上げた。世間がどう言おうが、俺はお前を悪女と呼ぶことはない、絶対にだ」
ミーシャの目から涙が溢れた。
「ありがとう、ありがとうございます……」
「ミーシャ、騎士団長が吐いたセリフは、呪いだ。本来なら罪のないお前に、贖罪の気持ちを植え付けるためのものだ。詐欺師の言葉だ、忘れろ。贖罪など必要ないんだ。お前は同胞を追悼するだけでいい」
騎士団長は、ミーシャに罪をなすりつけることで、後の支配をやりやすくする腹積もりがあったのだろう。
民からすれば、死んだ人間が裏切ったのだと言われても、どうせお前らが殺したんだろうと疑う。だから、ミーシャに「生きろ」と言ったのだ。生きて、罪を認めさせる必要があったのだ。
合理的だとは思う。思うが、あまりに人の心がない。
やりくちが、かつて勤めていた会社のクソ部長にそっくりだ。そいつは巧みに言葉を使い、自分の責任を回避しつつ、部下に「自分の責任」と思い込ませる手練れだった。思い出すだに腹が立つ。
とりあえず、俺の『絶対殺すリスト』に、近衛騎士団長が書き込まれた。
「……それで、国はどうなったんだ?」
「あまり詳しくは分かりません。奴隷に落ちてからは、ほとんど情報が入りませんでしたから。表向きは落胤を僭称する賊に襲撃され、近衛騎士団が制圧したものの、王は暗殺されたということになっています。ドーヴァ工匠国という名は既になく、ドーヴァ共和国と名を変えています」
「共和国……? 騎士団長が王になったんじゃないのか?」
近衛騎士団長が王様になったのなら、共和国なんて名前にならないはずだが。
ミーシャはなんとも悲し気な眼をして苦笑いを浮かべた。
「実は……政変のどさくさで、近衛騎士団長は暗殺されています」
「マジかよ……」
書き込んで早々に、『絶対殺すリスト』から名前が消えた。
「賢王を守りきれなかった騎士団長の政権に反対する民衆が立ち上がって政変したとされていますが、実態は帝国の植民地と言われています……」
「帝国か……」
ルフリンの街が属するワドワ連合王国の西に位置する大国だ。名をゲルン帝国という。
たぶんだが、近衛騎士団長も帝国に踊らされていたのだろう。そして、用が済んだとばかりに始末された。悪党の最後としては相応しいものではあるが、なんともモヤモヤする。
結局のところ、ミーシャを酷いめにあわせたのは帝国ということになるのか。
ただ、帝国は遠すぎる。距離的にも、人脈的にも。首謀者をグーパンしてやりたいところだが、誰の指示によるものかすら想像もつかない。
ひとまずは、心にピン留めしておくぐらいしかできないな。
「わたしはもう、ドーヴァの姫ではありません。ですから……」
心配そうな目をしたミーシャが俺を見つめてくる。
無茶をしてほしくない、そんな顔だった。
ミーシャの頭をクシャクシャとかき回す。
「帝国をどうこうしようとは思ってないよ。もし首謀者に会ったら一発ぶん殴るつもりだがな」
「はい……わたしは、ご主人様に買われて幸せです……」
そう言ったミーシャは、ふと何かに気づいたような顔をした。
「そういえば、ご主人様はどうして私を買い取ってくださったんですか? 同情、ですか……?」
「それは――」
ぶっちゃけてしまえば、可哀想だと思ったからだ。自動販売機の横に座り込む女子高生と姿がダブったせいでもある。
今にして思えば、あの子は無理やり美人局みたいなことをやらされていたのだろう。あのオドオドした気弱な雰囲気から、積極的に男を騙せるような性質ではないと思える。そして、あの痣だらけの体。俺とあの子は似た者同士でもあったのだ。俺は男だから体を売るような真似をさせられることはなかったが……。
あの子のことを思い出すと胸が軋む。
ただ、俺には表だって「可哀想だから引き取った」とは言えない理由がある。呪いとは別に、俺の持つ制限のせいだ。
というか、既に召喚勇者だと明かしているのだから、この制限も教えておいたほうがいいな。
「なあミーシャは、禁忌って知ってるか?」
「禁忌、ですか? 聞いたことはあります。でも、伝説上のお話ですけど……」
「俺は禁忌を二つ持っているんだ」
――禁忌。
俺もミーシャと似たようなものだ。ファンタジー系のゲームで知ったぐらいだ。
有名なのは魔槍を振るう半神の英雄だろう。
効果はまさに、かの英雄と同じ。
何かを「やらない」と神に誓うことで、恩恵を得るというものだ。
制約が厳しいほど得られる恩恵は大きいが、破滅のリスクが高くなるのも伝説と同じだ。
俺の受ける「呪い」がことのほかキツイということで、少しでも生存率が上がるように我が神から勧められたのだ。
「まず一つ目は『裏切らない』。効果は、信用を得やすくなる」
「それは、約束を破らないということですか?」
「簡単に言うと、そうだ。ただ、ギルドの依頼みたいな失敗することも織り込み済みのような契約なら、失敗しても禁忌違反とはならない」
「その判断はどのように……?」
「契約の神さまが判断する。禁忌を破りそうなときは、それとなく分かるらしい……」
「らしい……って……」
「神さまのやることだから、大丈夫だと思うぞ」
たぶんな。それとなく、というのがとても気になるけども。
ただまあ、信用を得やすいという恩恵はかなり効いていると思う。エディオスやミロしかり。宿の老夫婦しかり。
この禁忌を破るわけにはいかない。
「二つ目は、『施さない』だ。効果は、報酬が増えたりオマケがつく確率が上がる」
ミーシャは二つ目の禁忌を聞いて、怪訝な顔をした。
うんまあ、言いたいことはだいたい想像がつく。
この禁忌は俺の個人的なこだわりでしかない。
「施さない……って、え? わたしは……」
「ミーシャは戦利品だったし、自分の財産を保全するのは当然だ」
「……? あ、理解しました。そうですね、施しではありません」
あえて事務的に言い放ったのだが、察しの良い子で助かった。
ニコニコ笑っているのが解せぬが。
そもそも、エディオスに聞いた限りではあるが、この世界では傷ついた旅人を救護することは当然とされている。それに、救護しようとして相手が死んでしまっても罪に問わないとする『善きサマリア人の法』的なものもあるそうだ。実際、ミーシャを助けたときに、「それとなく」な気配はなかったので大丈夫なのだろう。
「とりあえず、そんなところだ。一応、秘密にしておいてくれ」
「一つ目の『裏切らない』は、むしろ明かしたほうがいいと思いますよ」
「なんで?」
「冒険者として依頼を受ける上で、プラスになります。実績を積み上げれば、さらに信憑性も増しますから、指名依頼が来やすくなるかと。ただ、契約にあたっては、穴が無いか確認することが重要になりますけど」
「……そのとおりだな。ミロとエディオスにそれとなく伝えておくか」
「禁忌のことは理解しました。同情ではないんですよね? じゃあ、わたしを買い取った理由は、その……見た目を気に入った、とか……」
何故かミーシャはモジモジしている。
そういえば、買い取った理由を言ってなかったな。
「俺は召喚勇者だ。この世界のことを、まったくと言っていいほどに知らない。お前はこの世界の基準からすれば、かなり高度な教育を受けていると感じた。そこを買った」
ミーシャは表情を「スン」として、目がガラス玉になった。
「……そうですか。そうですよね。教育はきちんと受けてますから。何なりと聞いてください!」
ミーシャはご機嫌斜めのようだ。
解せぬ……。
「俺の冒険の助けになると思ったからだぞ。期待してるよ。これからも、よろしく頼むな」
俺がそう言うと、ミーシャはぱあっと表情を明るくした。
「……はい!」
ミーシャの知識をあてにしたのは事実。だが、ほとんどは同情だ。
あとはまあ、女の子ってのもあるか。男の子であったとしても、買っていたとは思うが。
だって俺、男だもん。可哀想な女の子を放っておくとか無理。
「あの、ご主人様にとって、わたしは……」
途中で口ごもるミーシャ。
何かを言いたいが、言ってしまうことで何かが損なわれかもしれない。そんな不安をのぞかせた。
「……いえ、誠心誠意尽くします。いつまでもお傍に置いてください」
ミーシャが何を言おうとしたのかは分からないが、俺としてもミーシャをどう捉えるかは、正直固まっていない。
このまま俺の奴隷として拘束し続けるつもりは、まったくない。
ミーシャが望むなら、いつでも奴隷から解放する。仮に好きな男が出来たと言われれば、笑って送り出してやるつもりだ。男に向けてショットガンを構えることになるかもしれんが。
今は奴隷と主人だが、解放してからどうなるかは未知数だ。
とはいえ、一つ言えることはある。
「ああ、よろしくな、相棒」
この異世界で、俺が隠し事なく話せる唯一の存在なのだから。
「あい、ぼう……きゅうぅん!」
ミーシャは何故か胸に手を当てて、面妖な鳴き声を洩らした。
その顔は幸せそうだったので、生暖かく見守ることにした。
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