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崖っ縁

 翌日の朝、俺は衛兵隊長のエディオスに呼び出されていた。

 場所は勝手知ったる衛兵詰め所。

 追いはぎに殺された商人の奥さんが、早々に俺に会いにきたのだ。

 ひとしきり俺にお礼を言った後、ミーシャを買い戻す「条件」について語りだした。

 要約すると、「買い戻し金、金貨五十枚を二十五カ月払いの分割で」ということだった。


 分からん話ではない。一家の大黒柱たる夫が殺され、積み荷はどこの誰かも分からない男の戦利品にされてしまった。残された奥さんにしてみれば、気も狂わんばかりの災難だろう。

 ただ、立会人のエディオスは、あまり良い顔をしなかった。


「保険とか、かけてないか……」


 俺は現代日本の感覚でそんな言葉を漏らしてしまった。

 エディオスが呆れながらも口を開く。


「お前、よくそんなこと知ってるな? というか、保険なんてお前、王都の大店が長距離取引するときにかけるぐらいだぞ」


 奥さんはエディオスの言葉に何度も頷いている。無茶を言うな、みたいな雰囲気がある。

 てか、保険あるんだな。引き受けるのは貴族とかか。実は召喚勇者が言いだしっぺで始めた、と言われても驚かない。

 しかし、文明レベルの割に経済システムや社会制度が遅れていると感じてしまう。

 パルプ紙に万年筆まであるのに、封建国家に奴隷だ。もっとも、奴隷制は二十世紀近くまでアメリカに残ってはいたので、遅れているというほどではないのか。

 テクノロジーだけが先行している、というべきだな。召喚勇者のせいだな、間違いない。


「俺は相場をよく知らんのだが、奴隷ってそんな安いもんなの?」


 半額での買い戻しだから、購入価格は金貨百枚。

 大雑把に日本円換算すると、約二百万円。

 「人間」の値段としては安すぎると感じる。軽自動車かよ。

 俺の言葉に奥さんもエディオスも微妙な顔をした。

 部屋の隅に立っているミーシャは、俯いたまま表情が見えない。


「……まず、この奴隷の買い付け金が金貨百枚というのは間違いない」


 カードリーダーを見ながら、エディオスが言った。

 刺さっているのは、ミーシャのマイ神様カードだ。

 立場上、公正な譲渡が行われたことを確認しないといけないのだろう。


「通常の相場なら、ドワーフというだけで、最低金貨三百枚だ。働き盛りの男で鉱石関連のスキル持ちともなると、競りで金貨二千枚を超えることもある。需要は旺盛なんだよ」


 だろうな、と思った。

 頑丈で力持ち、そのくせ小柄だ。鉱石関連のスキルというのがどういうものかは分からないが、鉱脈を探り当てるようなものかもしれない。

 そう考えれば鉱山を持つ企業や領主から見れば、少々の食いしん坊など誤差のレベルで費用対効果は抜群となるだろう。

 なのにミーシャはたったの金貨百枚。


「ミーシャが、女の子だからか?」

「違う。ドワーフの女性は、手先が器用だ。それに、作成系の適正を持ち、スキルが開花することもままある。手工業者に人気なんだよ」


 人気のドワーフ女子なのに、破格の安さ。

 見た目なのかと思ってはみたが、ミーシャは痩せこけて薄汚れてはいるものの、磨けば美少女になると思う。

 ぱっちりとした菫色(バイオレット)の目に、筋の通った形の良い鼻。柔らかな輪郭を描きながらもバランスのとれた顔形。髪こそボサボサではあるが、赤と金が混ざったような色合いの髪は整えれば映えることだろう。象牙色(アイボリー)の肌はきめ細かく、荒れた様子はない。

 首を傾げる俺に、エディオスが苦い顔を向ける。


「お前に言わないのはフェアじゃないからな、教えておく……」


 ちらっとミーシャを見て、


「この奴隷の名は……ミシャリヤ・アム・ドーヴァ」


 びくりとミーシャが肩を揺らした。

 ミーシャの本名なのだろう。

 御大層な名前だとは思うが、ミーシャの知識や所作からすれば驚くほどではない。

 俺の顔を見たエディオスは「やっぱり知らんか」とつぶやいた。


「旧ドーヴァ工匠国の第一王女。そして……『亡国の悪女』と呼ばれている」


 ちょっと想像を超えていた。


「え……? 亡国??」


 第一王女というだけでも驚きだが、二つ名が物騒すぎる。

 ミーシャを見ると、手を白くなるほど握りしめ、何かに耐えるように肩を震わせていた。さらに俯いた顔は口元すら見えない。


 ――亡国の悪女。


 エディオスが簡単に説明してくれた。

 かつてドワーフの職人が集まり、自治を獲得した都市国家があった。

 名をドーヴァ工匠国という。

 比較的新しい都市国家ではあるが、どの国家とも対立せず、同盟も結ばず、ひたすらに質の良い武具や魔道具を輸出し続けた。

 大国の綱引きの場となりながらも、鉄壁の守りを誇る城壁と王の賢明な采配により絶妙なバランスの上に国は存続し続けていた。

 だが、そんな国でクーデターが起き、一夜にして城が落ちて滅んだ。

 王城に裏切り者がいたのだ。

 裏切り者の名は、ミシャリヤ・アム・ドーヴァ。

 王族しか知らぬ秘密の抜け道を開き、クーデター勢力を城へと導いたのだ。

 だが、近衛騎士団の活躍によりクーデターは失敗。

 首謀者は死亡し、ミシャリヤは捕らえられ、見せしめと資金調達のためとして売り飛ばされた。

 最初はドワーフの姫という珍しさから、金貨二千枚の値がついた。

 だが、競り落とした貴族や商人が次々と暗殺や破産にみまわれ、そのたびにミシャリヤは売りに出され、値を落としていった。

 わずか半年の間に、四度も持ち主が変わったのだ。

 汚名が商人たちの間に広まったのもこのころだ。

 曰く「手に入れんとしたものはドワーフの呪いを受ける」、曰く「亡国の悪女だからだ」と。


 俺はなんともいたたまれない気持ちになった。

 本人に原因があったとはいえ、コロコロ転がされたあげく金貨百枚の価値しかないと突き付けられたわけだ。


「……この話は、有名なのか?」


 溜息まじりの俺の言葉に、エディオスが頷く。


「商人で知らぬ者はいないだろうな。俺も立場上、経緯は知っている」


 商人の奥さんも頷いているので、商家の間では有名なのだろう。

 とはいえ、そんなワケアリをよくも買い付けたものだとは思う。


「奥さんは、旦那さんがミーシャを買ったことはご存じで?」

「知りませんでした……ただ、街のとある方から、ドワーフの娘が欲しいと依頼があったとかで……」

「購入契約は?」とエディオス。


 奥さんは首を横に振る。

 あくまで、仕入れてきたら買ってやるよぐらいの口約束でしかなかったのだ。


「どうか、分割でのお支払いを認めていただけないでしょうか?」


 憔悴しきった奥さんを見ると、気が滅入る。

 エディオスも難しい顔をしながらも、言うべきことは言うといった感じだ。


「俺の立場では、認められないと言うしかないんだが。それに、お前も受諾する必要はないぞ。法はあくまで買い戻しの権利を規定しているだけだ。期限は三カ月だ」


 この様子だと、三カ月で金貨五十枚を用意するのは不可能だろうな。

 俺としては、返還することに異存はない。

 お気楽な一人旅のつもりだったので、ミーシャを引き取ってしまうと大幅な行動制限を受けることになるからだ。

 俺が召喚勇者であると知る唯一の人間ではあるが、たとえ口外したとしても奴隷の戯言と流されるだろうし。


「……まあ、奥さんの窮状も分かるからな。分割での支払いに応じるよ」


 奥さんがホッと息をついたのと対照的に、ミーシャは大きく体を揺らした。

 エディオスが俺の脇腹を肘でつつき、俺にだけ聞こえる声で耳打ちした。


「おい、踏み倒されるぞ……分かってないな?」

「え、マジ?」

「払います払いますで引き延ばしたあげく、奴隷を売り飛ばしてこの街から消えるぞ」

「マイ神様カードに、犯罪歴が残るんじゃ?」

「正式な契約の神を通じたものでないと、残らんぞ。この手の話は、口約束だけじゃ駄目なんだよ」


 うわあ、世知辛い世界だな。

 てか、困窮してしまえば、どの世界でも同じことが起こるか。

 不意にミーシャが顔を上げた。

 とめどなく涙を溢れさせながらも、綺麗なガラス玉の目で俺を真っ直ぐ見つめてきた。


「……今まで、ありがとうございました。あなた様から頂いた温かい食事は生涯でもっとも美味なものでした」


 俺はミーシャの目を見て、瞬間的に悟った。


 ――これアカンやつや。


 確固たる決意を秘めたガラス玉。

 この世とオサラバすることを決めたときにする目だ。生きる気力がないのとは違う。

 死ぬ気なのだ。

 俺はこの目を知っている。かつて、鏡に映る自分自身で見たものだ。

 あのとき俺が死ななかったのは、ほんの些細なことだった。

 中学時代、園芸部の芋っぽい女子から言われた何気ないお礼。


「いつも花壇のお世話をしてくれてありがとう。ほんと、助かってるの。これからもお願いしてもいいかな」


 俺が花壇でお世話していたのは、俺がこっそり植えた芋とかトマトだ。俺の飯のために草むしりや水やりをしたにすぎない。

 だが俺は、ただそれだけの言葉で死ぬのをやめた。言った当人は、世間話のついでみたいな気楽なものだったろう。

 「助かってる」――自分のやったことに意味があったのだという証明。

 「これからも」――それは未来に繋がる言葉。

 「お願い」――自分があてにされているという実感。

 今思えば本当にしょうもないことだ。死ぬと決めたことも、ただ一言で死ぬのをやめたことも。それでも、そう思えるのは、今生きているからこそだ。

 ミーシャの言葉には不吉な単語があった。それは、「食事」と「生涯」だ。

 俺が温かい食事を与えてしまったが故に、生への渇望と未来への希望が首をもたげたのだ。なのに、その希望を俺自身が彼女の目の前でへし折ってしまった。そして絶望した。自分で自分の生涯にケリをつける気になってしまったのだ。

 俺のせいだと言っても過言ではないだろう。

 それぐらいのことで、と思うかもしれないが、崖っ縁をフラフラしている人間の脆さをなめてはいけない。落ちるのは簡単だ。放っておいても勝手に落ちる。

 そして……引き戻すのも簡単だ。


 俺はあえて奥さんにも聞こえるように口を開く。


「ところでエディオス、正式な契約ってのは、どうやるんだ?」

「俺がやれる。俺は契約の神の加護を受けている。契約の神印ってスキルを持ってるんだ。この街の商人なら皆知ってるぞ」

「ほう?」


 衛兵隊長なんかやっているので、脳筋系のスキル持ちかと思っていたが、そうではなかったようだ。

 目に見えて奥さんが狼狽えた。


「エ、エディオス様のスキルを使うと? 神印のお代は……」

「こいつとはちょいと因縁があってね、むしろ借りがある。契約するなら手を貸すさ」


 奥さんの目が泳ぐ。

 エディオスの言ってたことは、残念ながら正解のようだ。

 俺は奥さんに猜疑の目を向ける。


「何か問題でも?」

「い、いえ……」

「ところで、奥さん、ドワーフの娘が欲しいと言った人は、ちゃんと買い取ってくれるのかい?」


 奥さんはさらに目を泳がす。もう、目がグルグル回っている。


「……欲しいと言っていたので、たぶん」

「亡国の悪女、でもかい?」

「それは……」


 商人はおろか、エディオスですら知っているぐらいだから、ドワーフを買うと言った人も知っているだろう。


「ふうむ……どうにも支払いが不安であるな。それに、せっかく助けたこの奴隷が二束三文で売り飛ばされるのも、しゃくであるな」


 尊大なもの言いをすると、奥さんはすがるような目を向けてきた。


「あの、でしたら、冒険者さまがお買い上げになりませんか?」


 俺は腕を組んで顎に手を添える。


「ふむ……そうだな、金貨百枚なら買ってもいいぞ」


 商人の奥さんにしてみれば、百枚で買ったものを百枚で売るとか、地獄のような取引だろう。だが、適切なタイミング損切できることも、商人の条件だ。

 奥さんは瞬時に決断した。


「ようございます。金貨百枚でお売りいたします。買い戻し金と相殺して、金貨五十枚を現金でいただきます」

「契約成立だな」


 そう俺が言うと、エディオスがすかさず二枚の紙切れを差し出してきた。

 俺を事情聴取していたときにメモをとっていた茶色い紙だ。


「んじゃ、ここに名前書いてな」


 紙にはミーシャを金貨百枚で譲渡すること、買い戻し金との差額である金貨五十枚を現金で支払うこと。代金支払い期日は一週間。さらに、日付と立会人であるエディオスの名が記されていた。

 金額に間違いはないし、すぐに払うつもりなので一週間というのも問題はない。

 てかこいつ、俺の話の先を読んで、今書いたな。


「こんな紙切れでいいのかよ?」

「神印押しちまえば、神に保護されるからな。火を付けても燃えねえよ」

「神さまパねえな……」


 俺と奥さんがそれぞれに署名すると、エディオスが二枚の紙を重ねて、


「我が神よ、ここに契約が結ばれたことを示します。公正なる天秤の証をこれに……『神印』」


 と言った瞬間、シュボっと音が鳴って薄く煙が立ち昇った。

 見ると、重なっていたはずの紙きれ二枚ともに、天秤の形に似た不思議な紋様が黒く浮かび上がっていた。


「すごいもんだ。もし、俺が金を払わなかったらどうなるんだ?」

「契約が履行されれば神印は緑に変わるんだが、一週間過ぎると赤になるぞ。んで、カードに『詐欺』の赤文字が記載されて、文明国ならすぐにお縄だな」

「お縄なのか……」


 債務不履行だけでは刑法で裁かれない現代日本とは違うようだ。


「街の出入りですぐにしょっぴかれる。身ぐるみ剥がされて、借金返済できるなら一割の遅延賠償金を上乗せした上で放逐。払えないなら……債務奴隷落ちだ」

「こええなあ」

「神に誓った約束を破るんだから、そらそうだろ」


 俺は感心しつつも、紙切れをちょっと指で弾いてみた。

 すると、電気が走ったように、指がはじき返された。


「神さまパねえな!」

「なんてバチ当たりな……やっぱ蛮族だわ……」


 エディオスが呆れ果てていた。

 神を冒涜するようなことをして、ほんとすみません。


 奥さんは、後でギルドに金を取りに来ると言って去っていった。

 まあ、本来なら追いはぎにすべて奪われてお終いだったのだ、金貨五十枚でも回収できるだけマシと思ってもらおう。


 ミーシャは何が起こったのか訳が分からないといった様子で、アウアウ言っていた。

 その様がどうにもおかしくて、笑みがこぼれた。

 俺はミーシャに手を向ける。

 

 崖っ縁でフラフラしている子を引き戻すのは簡単だ。


「ミーシャ、おいで。飯を食いにいこう」


 手を握ってあげるだけでいい。



お読みいただき、ありがとうございます。

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