第五章:吟遊詩人の歌
ここは教会の息のかかった辺境の貧しい村。村人は横柄な領主と教会の権威の狭間に揺れている。
妖精由来の魔法を禁ずる教会は病人を助けるため、神の奇跡と称した魔法で治療するが、多額の金銭を要求する。しかし、怪しい老婆が営む老婆の薬は十分の一の価格で、神の奇跡よりは即効性は無いが提供でき、貧民の助けになる。
ハーフエルフの墓守の青年が居着いて以来、トイレの設置により衛生改善もされ、疾病が流行ることも少なくなった。
ある流浪の吟遊詩人がこの村の噂を聞いた。
「あの村の臭気がなくなった」
「人間至上主義の村にハーフエルフの墓守がいるらしい」
以前は見向きもしなかったその村に興味が出た吟遊詩人は、旅の支度をするのだった。
吟遊詩人ガイルンはユルゲン村の噂を確かめるために旅支度をしている。
彼は低く張りのある声が魅力の、三十代半ばの青年だ。だが、彼を見た者は少し若い印象を持つだろう。引き締まった中肉中背の身体は、流浪の旅の賜物。好奇心に満ちたアンバー色の瞳は、この世界の伝承、妖精女王ティターニアの瞳に例えられる。栗色の髪を右肩にゆるく束ね、旅の風に揺れていた。
帆布のサッチェルバッグに羊皮紙の束を詰め、小さなインク瓶と羽根ペンを追加で入れる。
古びた木製のリュートの弦を慣れた手つきで調整する。側面に掘られたイニシャルはかすれていた。ネックの指板をフレットし、その場で軽くかき鳴らす。今日もガイルンの相棒は調子が良いみたいだ。
深緑色のウールの外套を羽織り、肩の銀糸で縫われた鳥の刺繍がキラリと光った。ユルゲン村へ向かう行商人の馬車に乗せてもらおう。
久々の心躍る旅だ。
「初めてユルゲン村に行くんだって? そりゃあ、いい。昔はひでぇ村だったが、ハーフエルフの墓守が来てからはなんだか雰囲気が良くなってるんだ」
御者台に座る行商人が馬を操りながら詩人に零す。
「ああ、あの村の噂は聞いてるよ。便所がねぇからクセぇし、村人は旅の者に冷たいって」
「そうそう、今時便所くらい置いてあるモンだろうに……村を治める男爵がケチで、財産を溜め込んでやがるらしい。んで、教会と懇ろで威張りくさってやがるのさ」
貴族のノブレス・オブリージュはその男爵ベルナール・ド・クレマンには無い。酷く横柄で金の事しか頭にないと市井でも噂だ。
「でもなぁ、オイラは村人を憎めねぇ。違う領主だったら生活も楽だろうに、貧しいから他へも移れねぇんだよ。色んなとこに行商しに行くが、あそこまで酷いのはユルゲン村やベルナール卿の治める所くらいさ。いずれ市民権をもらうならああいうとこじゃなく、もっとマシなとこを選ぶね」
馬車の揺れが心地よい。風にたなびくマントを押さえながら詩人はこう言った。
「市民権! 行商人みんなの夢だねぇ。俺は歌って暮らせればどこでもいいかな。気ままな根無し草の生活も悪くねぇ」
行商人はガイルンをチラリと見やり、すぐに視線を戻した。
「吟遊詩人の生活も憧れるね。オイラにゃ才能がねぇから出来ねぇけど」
詩人はその言葉に笑った。
「大丈夫さ! 楽しけりゃいいのさ。なにも歌は吟遊詩人の特権じゃないぜ。ほら!」
リュートを弾き、『風と荷馬車の唄』を歌った。
「風が歌うよ~道の先で~」
その旋律に耳を傾ける行商人。思わず口ずさみ、照れ笑いを浮かべる。
「いい声だな、もっと歌っておくれ」
「もちろんさ! 『おお、風と荷馬車、道をゆこう〜』」
「「朝の露が靴を濡らし
夕陽が荷を金に染める
商人の道は遠くとも
仲間がいりゃ、軽くなるさ」」
詩人と行商人の歌が風に乗って、空気と混じる。牧歌的な雰囲気を醸し出し、放牧された羊がそれに応えた。
村に着くと行商人に墓地の場所を聞く。そして手を振り、別れた。行きすがら歌を披露できる広場を見つける。近くの市場には肉や魚が立ち並び、辺鄙な村にしてはいい品揃えだ。野菜売りの店主から林檎を買い、多めの金を渡す。
「お兄さん、酒場はどこだい?」
店主は情報料だと理解し、笑顔で応える。
「この通りの裏手にあるよ。兄ちゃんは吟遊詩人かい? 楽しみにしてるぜ」
買ったばかりの林檎をかじりつつ「ありがとよ!」と後にした。
墓場は村から少し歩いた森の近くにあった。“穢れの森”なんて感性が死んでるなとガイルンは思った。
土を掘る音が静かな墓地に響き渡る。音の発生源を辿ると、キセルを燻らせる老人と、尖った耳のハーフエルフの青年がなにやら作業をしていた。二人とも土埃と汗でドロドロだ。
老人はガイルンのリュートを見やるとぶっきらぼうにガイルンに言い放つ。
「旅の吟遊詩人か? 今日はちっとばかし仕事が立て込んどる。相手には出来ねぇよ」
「ああ、そのままで良いからちょっと話さないか? 俺はガイルン。察しの通り、流浪の吟遊詩人さ」
ハーフエルフの青年が土を掘りながら応えた。
「僕は墓守のセルゲイ。こちらは師匠のモーリスさんです。何用でしょうか。何もない墓地で面白味もないでしょう?」
ピコピコ動く尖った耳に触れたくなる衝動を、ガイルンは抑えた。
「俺はセルゲイさんの話を聞きたいね!」
目当ての人物だと知り、琥珀の瞳がキラキラと輝く。
「僕は何も……至って普通の墓守ですよ」
力無く笑うセルゲイに吟遊詩人は明るく否定した。
「何言ってんだい! セルゲイ、君はこの村に変革をもたらしたんだよ?! 村を変えようとしない領主や教会にトイレを作ったことにより、一矢報いたんだよ? 何を謙遜することがあるものか、もっと誇っていい!」
手を止め、詩人を見つめる半人の墓守。
「僕は自分の仕事を増やしただけですから」
老墓守は墓石にキセルを叩き、セルゲイに諭した。
「セルゲイ、お前さんは『仕事を増やした』んじゃない。村のために『働いてる』んだ」
老墓守が詩人をなおも庇う。
「こうして旅の者も評価しておる。あまりに卑屈じゃと、ワシが悲しむぞ。ふぉふぉふぉ」
「師匠、ごめんなさい……。でも」
「でももクソもあるか。言い訳せず、褒められたら素直に喜ぶんじゃ!」
やり取りを見ていた詩人はケラケラと笑った。
「こいつぁ、傑作だ! 君達はまるで親子みたいじゃないか!」
「「師匠と弟子です!」」
即座に否定する墓守達だったが、言葉が重なりハッとしていた。
モーリスとセルゲイから薬屋の場所を尋ね、穢れの森に向かうガイルン。老墓守の「怪しい婆さんじゃが驚くなよ」との言葉に胸が跳ねた。モーリスの脅しも、詩人にとっては好奇心の種になった。
薬草の臭いを漂わせる小屋の前に着くと、粗末な木扉を叩く。
「いらっしゃい。おや、吟遊詩人かえ? こんなとこまで歌いきたのかえ」
薬屋の怪しい老婆が扉を開けた。ギョロリとした目、大きな鷲鼻。妖しく揺れる数珠つなぎの翡翠の首飾り。これはこれはとガイルンは息を飲んだ。
「魔女ゾーイの館へようこそ。館と言うには粗末な小屋じゃと? やかましいわい、ふぇふぇふぇ!」
聞いてもいないのにしゃべる老婆に、見た目よりは接しやすい人なのかもしれないと詩人は思った。
「俺はガイルン。流浪の吟遊詩人だ。ここには薬草とばあちゃんの話を聞きに来た」
「まずは部屋に入りな」
老婆が案内――といっても五歩歩くだけで終わった――に従うガイルン。壁に掛かった薬草の束を見上げると、椅子に座るよう指示された。
「そこに座りな。それで、どんな薬が欲しいんだい?」
「傷薬に鎮痛剤、下痢止めに解熱剤かな。魔獣避けの薬ってある? あと、作ってるとこ見学したいんだけど、構わないかい?」
ガイルンの言葉に「ふぇふぇふぇ」と笑う。
「欲張りさんだねぇ。良いぞい、婆の秘伝の製法を教えてやろうかね」
ゾーイが杖を持ち、後ろの黒鍋の所まで来た。周りにあるよく分からない材料の一つを手に持った。
「これは黒曜石の粉末じゃ。穢れの森の奥にある洞窟で採れる。村から逃げたドワーフがおってな、そやつに薬の大半の材料を分けてもらっておる。」
次に小さな薬瓶。ほのかに光る液体を振るとチャプチャプと音がした。
「これはな、地底茸の抽出液じゃ。光るきのこには鎮痛や抗炎症成分が含まれておってな、これが疼痛に効くんじゃ」
次の薬瓶は泥のように黒ずんでいた。
「こいつは鉄鉱石の蒸留エキス。鍛冶の過程で出る鉄の微粒子を水で煮詰めたものじゃ。鉄分が筋肉の緊張をほぐし、痛みを間接的に軽減される」
鮮やかな黄色い結晶を掲げ、ガイルンに見せる。
「この綺麗なのはな、硫黄泉の結晶じゃ。硫黄には抗炎症作用があり、関節痛や筋肉痛に効くんじゃ」
次に取ったのは茶色い歪んだ塊だ。
「ほれ、樹齢千年モミの樹脂じゃ。樹脂には鎮静作用や傷の治癒を助ける成分が含まれ、痛みを和らげるんじゃ。香りもいい。臭かったら誰も使ってくれなくてのう! ふぇふぇふぇ!」
老婆は黒鍋にポチャポチャと材料を放り込んで、杖で混ぜ始めた。ふつふつと煮える過程で、金属やキノコの臭いが辺りに広がった。
その臭いにガイルンは鼻をつまむ。むせ返る臭いに堪らず、玄関の木扉を開けた。
「ばあちゃん、これホントに大丈夫なの? ヤバい臭いするけど?!」
「ふぇふぇふぇ! まだまだ修行が足らんな! 吟遊詩人なぞ辞めて婆の元で働くかい?」
「良しとくれよ、俺ぁ気ままに歌って暮らしたいんだよ!」
ボフンッと煙が立ち、完成を知らせた。
「ほれ、疼痛に効く婆特製『鎮痛剤』じゃ。傷薬、下痢止め、解熱剤……あとは魔獣避けか。それらは在庫があるから用意出来るが、作るとこを見てくかえ?」
「良しとくよ。調合の度にあんな臭い嗅がされたんじゃたまったもんじゃない。はい、これで」
詩人はズローネ銀貨を数枚取り出し、老婆に渡した。
「九ズロタ銅貨で充分じゃ。ま、金持ちなら三ペセナ大金貨と五ルード金貨じゃがな。そんな高価な触媒も使っとらんからなぁ」
「いいや、ばあちゃんに聞きたいこともあるんだ。これは情報料込の価格だ。俺の気持ちを汲んで、素直に受け取ってくれよ」
老婆は渋々といった風に受け取る。ガイルンはゾーイの使った触媒と調合方法に疑問を抱いた。
「ばあちゃん、この薬ってさ……ドワーフが使う錬金術だよな。なんで人間の、ユマン種のばあちゃんが使えるんだ?」
ゾーイはニヤッと笑うとそれに応えた。
「婆はな、昔アンタのように流浪の旅をしていたんじゃ。ある日、食料も尽きて鉱山のそばで行き倒れた。気がつくとドワーフどもが婆の顔を覗いてたんじゃ。『気がついたか、大事ないか』とな。そこから数年、そのドワーフとコボルトどもと暮らしたよ。そこで錬金術を学び、婆は薬屋の真似事をしていたんじゃ。しかし掘りすぎたんじゃな。その鉱山は崩れ、大半のドワーフとコボルトが死んだよ」
パチパチと暖炉の火がしばしの沈黙を見守る。
「婆はな、それはもう泣いたよ。なぜアタシだけが生き残ったのか、なぜ彼らが欲をかいて掘りすぎてしまったのか。後悔と未練の中、また旅をすることになった。それでここに流れ着いたのさ」
ゾーイの話を黙って聞いてるガイルンの表情は固い。伏せた目の先には老婆のローブの裾が映っていた。
「苦労したんだね、ばあちゃん」
「苦労なんてみんなしてるさね。村人達もアタシを嫌うが、完全には切り捨ててない。それは婆の薬が、教会の神の奇跡より安くて手が届くからさ。信仰と現実の狭間で揺れる村人の方が辛いだろうよ」
詩人は墓守の半人を思い出した。彼も村人から煙たがれ、領主や教会から見下されている。貧しさの根本は領主や教会にあるのに、目の前の蔑んでいい相手に不満をぶつけ、心の拠り所になっている。現状を打破するきっかけは彼にあるはずだ。
「セルゲイ君とは仲良いの?」
「婆の可愛い孫のことかえ? きゃつは婆の代わりにたまに森に材料を届けてくれもする働き者だよ。この間なんかは在庫の切れた触媒をもらいに、森のドワーフの所まで走ってくれたよ」
なるほどとガイルンは頷き、次々に質問をぶつけた。
薬屋を後にするとすっかり陽は傾き始めている。歩きながらガイルンは羊皮紙の中にユルゲン村で聞いた話を断片的に書き綴った。頭に浮かんだ旋律を元に鼻歌で作詞作曲する。
――これでいいだろう。
ガイルンの中で墓守の英雄譚の歌ができた。
村の広場。吟遊詩人の明るい声が辺りに響き渡る。
「さぁさぁ、よってらっしゃい聴いてらっしゃい! 吟遊詩人ガイルンの歌が始まるよ!」
街ゆく人がなんだなんだと集まってきた。
「それではお聴き下さい。――セルゲイの歌」
その名前に一同ザワつく。しかし詩人はリュートを鳴らし、続けて歌い出す。
「遥か辺境、風の哭く村に
影が立ち上がり、闇を払う
セルゲイと呼ばれし半人の子
エルフの血と人の魂を抱く
(リフレイン)
おお、セルゲイ、土と風の守り手
墓の静寂に命を灯す
差別の冷たさに背を向けて
村に希望の水を流す
教会の高みは金と祈り
貧しき者に重い鎖を
だが彼は手を差し伸べた
石と土で病を遠ざけた
(リフレイン)
おお、セルゲイ、土と風の守り手
墓の静寂に命を灯す
差別の冷たさに背を向けて
村に希望の水を流す
老婆の薬草、秘めたる癒し
神の奇跡を笑うように
セルゲイは歌わず、ただ進む
臭気なき村を未来へ繋ぐ
(終曲)
聴けよ、旅人、この地の声を
ハーフエルフの心が響き合い
ガイルンが歌う、セルゲイの名を
英雄は静かに、永遠に生きる」
ガイルンの低く張りのある声に聞き惚れる観衆たち。しかし、観衆の中には否定的な意見もあった。
「ふん、ハーフエルフなんぞが英雄だと? 吟遊詩人の戯言だ。教会の奇跡こそ真実、この歌は悪魔の囁きに違いない!」
ガイルンの歌を異端視する。声の魅力には一瞬心を奪われそうになるが、すぐに頑なに否定して立ち去った。
「確かに臭気は減り、病も少なくなったけど、ハーフエルフがそんな大それたことを? 歌はいいが、信じきれんな……」
ある者は仲間同士で小声で議論したり、セルゲイの墓守小屋を遠くから見つめて考え込む。
「セルゲイが英雄か……この歌、胸に響くな。俺たちを助けてくれたのは教会じゃなくて彼だったじゃないか!」
彼らはガイルンに拍手を送り、詩人の前に置いてあった集金箱代わりの瓶に銅貨を入れ、「次はどんな歌なんだい?」と目を輝かせていた。
「お母さん、“えーゆう”ってなぁに?」
子どもが母親に無邪気に尋ねる。母親は曖昧に首を傾げ「なんだろね」と濁した。
その広場の様子を修道女見習いのシスタークララが見ていた。
「…やっと詩人が歌ってくれたのですね。セルゲイ様のことは、ずっと気になってたんです」
シスターは涙をこらえ、その場を後にした。
「変わった歌だが、声は良い! ぜひウチでも歌ってくれよ!」
中年の男性がガイルンに声をかける。
「ああ、もちろん! おじさんの店はどこだい?」
「この通りの裏手にある酒場だ」
そう言うと広場の通りを指さした。
「その歌もいいが他の歌がいいなぁ。兄ちゃん、また夜にな!」
「声が良いだなんて、嬉しいね! 夜、また来るよ。歌はたっぷり用意してるから、楽しみにしといてくれ!」
店主は手を振り、通りの裏手の方へ消えていった。
辺りはすっかり夜になった。ガイルンが暗がりの通りを歩くと、エールの絵が書いてある看板を見つける。店のドアを開けると小さな鐘がカランカランと店内に鳴り響く。
「よう、吟遊詩人の旦那! 待っていたぜ!」
店主が大声で叫ぶと、客は詩人の方へ顔を向ける。
「初めまして、酒場のみなさん! 吟遊詩人ガイルンと申します。以後お見知り置きを」
軽く自己紹介すると周りから「夕方の吟遊詩人?」と言う声が聞こえる。期待の中に不安が混じる視線を後目に、ガイルンは酒場の小さな演壇に登った。パチパチと拍手で迎えられるとリュートをかき鳴らし、歌に集中させる。
「では初めに……『山賊と踊った娘』」
ガイルンの歌が酒場に響く。客は歌と共に踊り、酒を酌み交わした。「やっぱり酒は歌がなくちゃなぁ!」と口々に飛び交う。
「次は『三杯目のエール』かな」
最初の歌とは打って変わってゆったりしたリズムで歌う。酔っ払いの陽気さと少しの感傷を込めた曲だ。客達は吟遊詩人の「もう一杯!」のメロディに「エール! エール!」とコールアンドレスポンスをしている。
客の一人がガイルンに尋ねた。
「定番曲は良いからさ、アンタの持ち歌なんてあるのかい? ぜひ聴かせておくれよ」
吟遊詩人は悪戯っぽく笑い、リクエストに応えた。
「それならさっき出来ばかりの即興曲があるよ」
店主はその言葉に肝を冷やした。もし、セルゲイを讃える歌なんて披露されたら客が逃げるかもしれないからだ。
ガイルンは店主の動向に気付いていない風を装い、リュートをかき鳴らす。
「それでは聴いてください、『セルゲイの酒場歌』」
客は酩酊しててタイトルに気付いていない。
「辺境の村に風が吹いて
臭いも病もどこへやら
セルゲイって半人、墓の番人
エールより安く村を救う!」
酔いが回った客は「なんだその歌ぁ?」と野次を飛ばす。客の反応にハラハラしている店主は止めようか止めまいか思案していた。
「(リフレイン)
おお、セルゲイ、酒と風の守り手
墓の陰から笑い届け
差別なんぞにゃ負けねえぞと
杯を掲げ、歌えや今夜!
教会は金で奇跡を売り
俺らの財布は空っぽさ
セルゲイは土と石を手に
便所作って神を出し抜く!
(リフレイン)
おお、セルゲイ、酒と風の守り手
墓の陰から笑い届け
差別なんぞにゃ負けねえぞと
杯を掲げ、歌えや今夜!
老婆の草で腹は癒え
高値の祈りなんかいらねえ
セルゲイと一杯やれたなら
この村も捨てたもんじゃねえ!
(終曲)
さあ、飲めよ皆、セルゲイに乾杯
半人の心がエールに溶けて
ガイルンが歌う、この夜に響け
英雄は笑って、俺らと生きる!」
酒場は拍手喝采。客も笑っている。店主は「声も歌もいけるな、兄ちゃん!」と笑顔でエールを追加で渡した。酔っ払いの反応に安堵したのだろう。頑固な村人は眉をひそめるが、若い客や貧民は「もっと歌え!」と拍手を送った。
セルゲイの名が、酒の肴として村に広がっていく夜だった。
翌朝、すっかり店主に気に入られたガイルンが酒場を去り、白んだ空を見上げた。
「面白い村もあるもんだ」
村人の働く姿を後に行商人の馬車に揺られる。
「ユルゲン村、大分変わったよ。臭いも村人の目線も」
御者台に座る行商人がガイルンの呟きに応えた。
「変革をもたらす半人か……」
馬車の揺れにうつらうつらと船を漕ぐ詩人は、また訪れるであろうこの村に思いを馳せていた。