海辺の歌姫
真夜中の海辺、彼女は突然現れた。
海辺をランニングしていると突然夜空を割くように美しく響く歌声が聞こえ、声のもとを辿るように僕はその声の正体にすい寄せられていった。
声の存在感とは裏腹に小柄な女性がポツンと堤防の先に月の方に向かって座って歌っていた。
掴んだ姿を逃さないように真っ直ぐ彼女の方へと走り、彼女は足音に気付いたのか歌うのをやめ、こちらの方へと振り返ってきた。
彼女の濡れている髪は少しうねり月の光を纏うように反射していて、透き通るような白い肌は薄暗い海とは対照で煌びやかであり、その美しさは喜びと同時に魔性をはらんでいた。
視線の少し下げると僕は驚くべきことに気づいた、それは彼女の本来2本の足があるべき場所に魚のような尾鰭がついていたのだ。
動揺を隠せない僕に彼女は特に表情も変えず、言葉のようで言葉として全く認識できない声を一方的に投げかけ、再び海の方に向かって歌を歌い始めた。その様子と美しい歌声を前に先ほどの動揺は消えてなくなって、気づけば不思議と彼女の隣に座って僕も歌っていた。
僕の低くざらついていて砂のような声は、彼女の泣くように高く美しく響く高音の波に流されて、眼前にひろがる果ての見えない海とともに揺れているようでとても心地よかった。
突然彼女は海に飛び込み、こちらの方に来いと言っているようにただあるはずのない尾鰭を揺らしていた。
堤防の高さは一度海に飛び込んでしまえば再び登ることはできないだろう。
それでいいと思った、そのまま僕は海に飛び込んだ。
海のなかで目を開けるとすぐ目の前には彼女がいた。
目のそこには深く暗く本来映し出されているべきの僕の姿はなかった。
目線が合っているのにどこか遠くを見ているような彼女と見つめ合っていると昔釣った魚のことを思い出した。
海に歓迎されているのだろうか、沈み続ける僕らはやがて海の底へと着くのであろう。
僕は彼女とともに海とひとつとなった。
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ろぼつかより