悪役令嬢BadEnd転生 〜TS令嬢は最果て修道院で聖女になる〜
王都で何もしてこなかった令嬢は数々の魔物を殺しながら生き残り、自分自身よりも魔力があり強者である魔族の男とお互いに剣を持って向かい合っていた。
魔族の男は、こんな小娘に何ができる、と思いながらもいくつもの死線を潜り抜けた勘が違和感を強く感じていた。
この世界は魔法のある世界だから、例え、筋力の備わっていない女子供であっても脅威となりうる。
しかし、その脅威である可能性は著しく低い。
先日、この修道院を襲った時は、魔法による反撃があまりにお粗末だった。この女の魔法による攻撃は脅威に値しないだろう、そう思っていた。
しかし、その女の瞳を見ていると魔族の男は不安になる。どこから攻めても避けられて刺し返されるような、不思議な目つきだ。
女は剣から鞘を抜き、鞘を地面に捨てた。女が見窄らしい数打ちの一本の剣を両手で中段に構えると、隙というものが全く感じ得ない。
先日重症を負わせた女と同じ、喪服のような真っ黒の修道服を着ている女を見つめる魔族の男は額に汗が浮かんだ。
***
私はステージの上に立たされ、儀礼時のみ着用指定のある豪華な装飾が付けられた制服姿の王太子に大声で怒鳴られ続けていた。
記憶が曖昧であった。
今いる場所は卒業パーティの会場だったような、道路の交差点だったような、そもそもさっき車にはねられたような、目の前の王太子という私の婚約者の側に可愛らしい泥棒猫の平民あがりの男爵令嬢がいるような、記憶がごちゃ混ぜで、酷い二日酔いの日に炎天下の中、水分補給をさせられずランニングをさせられてるみたいで、意識が朦朧としていた。
重力がどこにあるかわからないような気分になり、ふらつく。
「シェル! 都合が悪いことは聞こえないふりか! 貴様とは婚約解消する!」
そう私の名前を叫びながら、目の前の王太子が私を指差した。
私はその瞬間、顔面から地べたに倒れて意識を失った。
***
何かが揺れ動いていること気がついて、意識が覚醒した。起き上がろうとしたら上手く起き上がれない。目を凝らせば、手錠がはめられ、足枷が付けられていた。
「一体どうなっているんだ……」
私の声に気がついて、男が顔を覗かせた。この顔は何度も見たことがある。私がどんなに当たり散らかしても明るく振る舞っていた中年の男で、今は表情が優れない。たしか、御者の……。ということは、見たことのある小さな密室とこの振動は、馬車ということか。
「シェルお嬢様、お目覚めでげすか?」
「これはどういう……」
「わたすからは、詳しくは存じ上げることは出来ねぇだ。ただ……」
彼は田舎訛の言葉ですまなそうに声を詰まらせた。
「行き先は最果て修道院。ここに入ったら2度と出れねえだ」
最果て修道院、そこは泣く子も黙る恐ろしい修道院。手がつけられない悪さをした令嬢や婦人などが押し込められ、2度と出ることができない場所だ。
死んでもそこで弔われるから、元の領地、ふるさとには死体になっても帰れない。
「酷いことを言われたり、踏まれたりしますたが、あっしはまた帰って来てほしいでがんす」
彼の顔を見つめると、彼にやった数々の仕打ちを思い出してきた。
引く馬の鳴き声がうるさかったと怒鳴り散らし、彼が警備隊に目をつけられたくなくて警備隊の側で速度を遅くしたら、もっと速く走らせろと背中を蹴り、勝手に馬に鞭を振った。
屋敷で会えば、馬くさい上に田舎くさい喋り方はやめろと笑い、無理難題を言いつける遊びのために彼に馬を屋敷の中に連れて来るよう言うと、屋敷が汚れてしまう、と反論をされたら、ならばお前が馬の代わりになればいいと伝え、彼を四つん這いにして、さらに上にまたがり、息が切れ、膝が擦りむけるまで走らせた。
思い出すだけでこちらがブルリと震えるレベルの業の深いいじめっぷりである。
こんなことが許されていたのは、私が公爵令嬢で王太子の婚約者、つまりは将来の王妃だからだ。
皆のものは私に跪き、許しを願い、この暴虐無尽な暴れん坊が台風の如く通り過ぎるのを待ち望んでいた。
私が今まで自分のやって来たことを、このように、異常、頭おかしー、と判断できるようになったのは、前世を思い出したからである。
前世は、ごくごく普通のサラリーマンで、色々な会社の営業に周り、社会の甘いも辛いも味わって来た40才のおじさんだからである。
真面目で礼儀正しいと職場で評価されていた。それは小さい頃に剣道の道場に通わされていて、わがままを言うものなら先輩上級生から喝が入り、稽古中に弛んでいると相手をしてくれた師範に大人の本気の体当たりされて壁に衝突させられていた。
合う人と合わない人がいるわけであるが、私にはこの体育会系の指導のおかげで、社会から足を踏み外さなく、平和に生きていく術を学んだ。剣で戦わず勝利する、これこそ私の剣道から学んだ現代社会で生きる極意だと思う。
そんな私は、普通に交通事故で苦しまず死んだようだ。師範の体当たりには耐えたけど、2tを超える車の時速60km以上の速度の体当たりは無理だろ。
妻子もいない独身の男だったので、あまり未練はないが、まあもう少し趣味だった剣道を続けたかったかな。
そんなふうな死に方だったのだけど、私はこの野蛮な公爵令嬢に転生した。
この女はやばいだろ。大脳新皮質(※人間の理性や論理的な思考を司ると言われている大脳の外側の部分)が機能してないのか、というくらい本能に忠実なクズだった。
迷惑? 私、公爵令嬢で、次期王妃なんですけど?
みたいなことをマジでやって来たのだ。まあ、やったのは私にはなるんだけどさ。
王妃になるための教養は嫌々やって来たけど、他には何にもしてない。
むしろ、他に何もしないでほしかった。全方位に敵作って、王太子にも愛想尽かされ別に恋人作られ、最後は婚約解消されたのだ。
婚約解消されるあたりで私は前世の記憶を思い出し、意識を失った。
婚約解消後は、まあ、想像なんだけど、本能だけで生きて来たクズを優しく迎えるほど公爵家は甘くなく、価値がないし、性格もクズなので他に嫁ぎ先もなし、むしろ国王に迷惑かけたとして、最果て修道院に入れられたのだろう。
王妃になるための教養についても外の国に伝わってはいけないし、国の要職となる者たちの情報等も知っている公爵令嬢を自由に出来るわけもない。
最果て修道院にて終身刑、ということだ。
でも、元々日本で40年を男性として過ごした期間を思い出すと、男に嫁ぐとか精神的に無理なので、修道院で静かに生活することは私的には正直ありがたい。
でも、女性だけの空間って、一見華やかで素敵そうな感じで、そんな中に男として混じれるとかマジ最高とか思う人いるじゃん。現実ってそんなことない。普通に陰湿にいじめられたりするし、男がいないから、男の目を気にせず好き放題する。まあ、女性のいないところで凄く倫理的にどうかという下ネタを話する男性だけのグループみたいなもんだ。
馬車の揺れる音で現実に戻り、辛そうに見つめてくる御者を見た。この者に私は失礼なことばかりした。それが、彼から心底憐れむ視線に、名前すら知らない彼の人の良さを感じた。
「貴族らしくないところを見せたな。まあ、修道院に入れられるということは既に籍を抜かれたのだろうが」
「落ち込まねえでくだせえ、シェルお嬢様。また、戻って来て、オラを叱り飛ばして踏んでくだせえ」
御者は顔を赤くしてそう言った。
いい人だと思ったら、この人、ただの変態だった。
***
馬車の揺れが止まった。
私は御者に足枷を外され、馬車から下される。
今にも雷が落ちて雹でも降って来そうな、真っ黒に染まった雲にそびえ立つ、悪魔城みたいな城。
そこの門から、修道女たちが出てきた。
修道女の服装は、本来白色の部分だろう場所が全て黒。真っ黒な、黒装束みたいな修道服。むしろ喪服である。
そんな喪服姿の修道女が私を逃さないために5人で私を囲みながら門の中に入れる。
御者に50代くらいの修道女は封書を渡し、公爵に渡すように指示していた。所謂、領収書みたいなやつだ。クソガキは確かに預かりましたよ、というやつ。これが無いと、私をどこかに御者が逃したとか、奴隷として売ったとか、御者に性的に飼われました、みたいなことに成りかねない。15歳になったばかりの金髪青い瞳のピッチピチの美少女だ。正当に処理されないストーリーの需要はいくらでもあるのだ。
手錠をつけられたまま、馬車みたいに狭い部屋に入れられ、全身の服を脱がされた。髪に隠されたかもしれない何かを櫛で調べられ、パンツを下ろされ股を開かされ、刃物だとか凶器になり得そうなもの、毒物などの持ち込めないものを探された。
平和な世界で過ごした頃を思い出して、人権というものはないのか、と流石に言い出しそうになったが剣を片手に持った先程封書を渡していた50代の修道女が、いつでも剣は抜けますよ、という優しい笑顔を作っていた。
ああ、神よ、可哀想なのはヌケないと言ったではないですか!
その後、全裸の私に、黒装束のような修道服を渡された。
1人でこれを着ろ、と。
このクソガキ、1人で服を着た経験あるはずないだろ。
メイドさん何人にやらせていたと思ってんだ。
まあ、現代のおっさんの経験で、いや、わかんねーよ、女の服なんて……。
時間をかけて着ることになったが、なんとか着ることができた。ずっとその姿を見ていた剣を持った修道女が、
「意外ですね。文句も言わず服を1人で着れるなんて」
と感心していた。
日本で1人で服着れて褒められるのは、就学前児童ぐらいだよ。
「あなたの名前はこれからシスターシェルと名乗りなさい。私はここの修道院長のステラ。院長と呼びなさい。わからないことはルームメイトに聞きなさい」
そう言われ、修道院の寮となる場所へ案内された。
***
それからの生活は2人1組の部屋に住まわされ、先輩風を吹かす、16歳の茶色い瞳に紅色の髪の毛をボブヘアにした私よりやや身長の高い少女、シスタージュリアと共に生活した。
態度や口の悪い少女だが、小物臭の漂う者だった。
私が下手に出て質問していると、シスタージュリアは
「お前、一体何をしでかしてここにぶちこまれたんだ?
うわさと全然違ってまともじゃね?
志願した余程の好きものか、頭のネジを全部母親の腹の中に忘れて来たやつか、とんでもねえことやらかさない限り送り込まれないはずなんだけど……」
と腕を組んでは考え始めた。
とりあえず、私の記憶を取り戻す前は頭にネジを忘れている系のやばい性格の人間だったわー。
「国王の暗殺未遂?」
シスタージュリアは、当たった?、と気持ちいくらいの清々しい笑顔を作る。
それ、間違いなく、一族みな処刑になりますよ。
どうせ、シスタージュリアもまともな人間じゃないから、この最果て修道院に送られて来た人間なんだろう、と私はたかを括った。
きっと、後日
『おい、お前、パン買って来いよ』
みたいなことするようなクズに違いない。
仲間と集まると、
『購買の自販機のコーラじゃなくて、駅前のセブンのコーラ飲みてえから買って来いよ』
みたいな酷いことをやらせようとするやつだろう。
なお、当然金は自分持ちで、買って来たコーラはぬるいと言って頭からかけられるやつだ。
そう警戒していたが、シスタージュリアは私と違い、最果て修道院への志高い『志願者』であった。
鐘の音が響いた。
時刻を教えるものではなく、何度も鐘を叩きつけられる音がした。
「お前は部屋ん中で引っ込んでいろ」
シスタージュリアは黒装束みたいな修道服の上から、頭に鉢金、胸に鈍く光る金属製のプレートをつけ、鞘に包まれた自分の背丈ほどの両手剣を持ち上げた。
彼女は颯爽と部屋から出ていくと、その他大勢の武装した修道女と混じり門を抜けた。
窓からじっと様子を見つめ続けると、犬型の魔物が森から現れ、それらを修道女たちは得物で切り裂き、叩きつけ、どこからか現れた火の玉で燃やし尽くした。
そうだ、思い出した。
ここは剣と魔法のファンタジーな世界であった。
そして、ここが『最果て修道院』と呼ばれて、皆が畏怖する別の理由を。
最果て修道院は、世の中から廃棄されるべき人や世捨て人の女性が集まる場所だけではなく、辺境の防衛拠点である。
そう、ここは、肉壁とするべき性格破綻者の女性や、なんらかの理由があり男性の側におけない女性、そして戦闘狂の女性の『志願者』。それらによってこの辺境の砦は守られていた。
肉壁となる、性格破綻者には猶予が与えられる。
一か月の訓練期間である。
この訓練期間中に性格を改めた者は、魔物駆除業務から外され、治療や物資移動等の後方支援や炊事、菜園作業、会計業務などを中心に仕事をやらされるらしい。しかし、性格が改まることなくそのまま肉壁として使われて潰される者、訓練前に渡されたロープで自殺する者の方か多いそうだ。
私は性格破綻者枠、つまり肉壁である。
このままでは肉壁になる。魔物の集団の真ん前に立たされて、盾ごとぐちゃりと潰される。
修道院Endウェーイと思っていたが、田舎の修道院で毎日祈りを捧げて質素にスローライフするという、忙しい現代で暮らしていたおっさんが泣いて喜ぶような優しいお話ではなかったのだ。
そう、ここは最果て修道院。生き残るために日々押し寄せる魔物を殺せ、殺せなければ前に立つ者の役に立て。それができなければさっさと死ね、という素敵な格言がある修道院。神への祈りはなんて大層なものなんてない。
死んだ仲間に、転生した時に二度とこの修道院に入らないことを祈ってあげるだけだ。
平和な日本で生活してきた私は、魔物と戦って前線ですりつぶされるのはごめんだ、と思い、性格を改心されたと認められて裏方作業をさせてもらえるようになろう。それ以外、生き残る道はない。
しかし、訓練、これ自体は面白かった。
いや、心は男の子だからね。わくわくするじゃん。自分が強くなれるって。
魔法のある世界の身体強化魔法を自分にかければ、縦横無尽に走り回ることができ、空さえも駆け上がることができる。くそ重たいシスタージュリアの両手剣は、これにより軽々と持つことができていた、というわけだ。
魔法も剣も全く訓練したことのない公爵令嬢であるが、前世は左手が豆だらけ、左足の裏の皮がむけまくりながら剣道をやらされた悲しい青春時代。大人になってからも続けてみたら楽しくなり、凄い段位まではいかないが趣味として、週に3度汗をかく程度だが、死ぬ日の前日まで続けていた。まあ、仕事として剣道をしている方を除けば、大人にしては稽古日の多い方かもしれない。
剣道の楽しさは、攻め続けた末の一本を取ることだった。攻めると言ってもがむしゃらに竹刀を打ち込むのではない。攻めることは、竹刀等を動かし、相手を自分の狙っている姿勢や動きへ誘導することだ、と私は思っている。剣道は臭い防具をつけて暑苦しいところを奇声あげて竹刀で叩き合っている異常者の集まりではない。一瞬一瞬の心理戦が楽しいのだ。
その記憶のおかげでやわな公爵令嬢の体でも短く細身の剣ならばバランスをとって構えることができた。それを振るうと、剣に振られている感じだが様になっている。
「お前、剣を習っていたのか?」
シスタージュリアが私の訓練の指導員として横に立ち、剣の振り上げ動作を確認しながそう言った。
「数少ない趣味でしてね」
「それにしては腕が細すぎね?」
「……殿方は腕が細い方が好みだそうで」
私は思いつきのでまかせを言った。
「そうなのか……だから私は……いやなんでもない」
シスタージュリアは納得したようだが、なぜか顔を赤くして無言になった。
***
一日、二日と訓練時間に剣を振り続けた。
不思議なほど、体が慣れてくる。筋肉痛も酷いが、楽しくなってくる。そうそう、私の日本での師匠は筋肉痛は素振りや筋トレで治せると言って、私を含めた道場の子供に竹刀を振らし続け無理矢理稽古をやらせた。それが理にかなっているかはわからないけれど、今は筋肉を育てるために2、3日休みを置くよりも、毎日トレーニングした方が育つと研究結果が出ているそうだ。
しかし、腱等が炎症なるとしばらく運動できなくなるから、強度を抑えた訓練に適度な休息だとかも必要なんだろうなあ。
前世を思い出しながら、振るう剣は面白かった。ただ剣を振っているだけなのに、その向こうに相手がいるように見えて、それに有効打突を入れるように振るう。
楽しいけど、剣道は対人の剣術とは違う。命のやり取りをする対人の剣術は甲冑の間を差し込むように振るうのだ。
しかし、今までやっていたこととは全く別の動きをしようとするとなかなかうまく動けなかった。
それでも、柔軟に動け、疲れを知らずに動けるこの体はいい。
楽しくて、夜の休憩時間も訓練場で実体のない相手にひたすら剣を振るった。
体力作りと並行して魔法も練習させられる。しかし、こればかりは前世の知識は何も使えない。
公爵令嬢シェルの記憶では、本当に何もない。
クソガキが! 大人なったら勉強しなかったことがこうやって後で大変な目にあうのだぞ!
周りが実践訓練している中、私は悲しみに暮れながら、座学に励む。しかし、公爵令嬢の地頭は良かったようでスルスルと理解できた。本当にこいつこんな頭持ちながら何もしてこなかったとか、マジ勿体無い。
すぐに魔法も使えることもできたが、10年近く魔法を使って来た者と、数日前から始めた者との実力の差は歴然だった。
とりあえず、魔物との殺し合いでは、身体強化魔法は大事だと思い、体力トレーニング以外では使い続け、その維持を心がけた。普段からの訓練が本番で輝くのだ。
さらには回復魔法も鍛えるべき重要な対象だ。ちょっとした体の痛みで、人はすぐ思ったとおりに動けなくなる。魔物の前で思ったとおりに動けなくなるだなんて、殺してくださいと言っているものだ。
平時は浅い傷をした者を見つけて治療したり、訓練後の足にできた豆の治療、顔のニキビは菌類による炎症の治療、日焼けも火傷の一種なので治療理由になるので積極的に行った。
回復魔法は実際に使えば使うほど威力が増すらしい。本当かはわからないが、使えば実際の経験は増えるので使い続けた。
私の回復魔法が映えるのは、魔物の襲撃が終わった時の、肉壁とされるシスターベレッタの治療だ。
シスターベレッタは肉壁にして最も古株である。
三年間、一番最初に魔物の群れに飛び込み、大楯と棍棒のみで魔物を蹴散らして、未だ命を落とさないでいた。
シスターベレッタは青色の長い髪を頭巾に隠しており、身長は女性にしては高い方で、細身であるが、くびれるところはくびれ、出るところは出ている。
彼女の両方の太ももには魔法陣が刻まれている。これは、この修道院から1キロメートル以上離れることができない呪いだ。
ちなみに私にはそんな呪いは付与されていない。
このシスターベレッタは肉壁にされるようにこの最果て修道院に送られた理由については、元伯爵令嬢のシスターベレッタが当時7歳の我が王国の第3王子を性的に食べようとしたからである。ちなみに当時のシスターベレッタの年齢は18歳。うん、犯罪である。しかも王子とか、大罪である。
多くの淑女からは処刑にするべきと罵られたが、そこまではやりすぎでは、と最果て修道院行きが決定した。
まあ、話を聞けば、ボンッキュッボンのお姉さんに手解きとか最高じゃねえか、と多くの男性貴族が羨ましいと思っていたそうだが、こちらの国ではロリコンとショタコンは重罪なのだ。
そんなわけで、シスターベレッタは、最果て修道院から恩赦で出て、世の中の美少年を性的に食い散らかしたいと考えて、日々懺悔という名の魔物駆除に当たっていた。
絶対、外に出しちゃいけない人だ。
話は逸れたが、シスターベレッタの傷は普通の修道女のレベルではないほどの怪我をする。腕は折れ、腹は裂かれ、足が膝先からない日もあった。それらを丁寧貼り付け、もしくは復元させた。とても勉強になるし、訓練として最適であった。
すごく、シスターベレッタには感謝され、
「わたくしが外に出られた暁には私が集めた美少年コレクションを1人差し上げて良くってよ」
とにこりと握手された。いえ、私は犯罪者にもなりたくないし、元々男なんで無理です、とは口には出せず、曖昧に微笑みを返した。
そういう風なやりとりが何度か続き、私はシスターベレッタに同志だと思われてしまい懐かれた。
***
身体強化魔法を自分にかけながら、壁や地面を飛び回って動き、シスタージュリアに相手をしてもらう。
前世での剣の駆け引きを使いながら攻め続け、シスタージュリアから面一本取る。しかし、相手は当然兜をつけているので実際は刃は通らない。
そのことをシスタージュリアに伝えると、
「お前、魔刃って知らないの?」
と言われて手解きをされた。
魔刃とは武器に魔力の刃を作る魔力操作で、魔法の苦手な者でもできるものだ。
「ほんと、お前って世間知らずなんだな」
私はその魔力の動きを見ながら、自分の持っていた細身の剣に魔力を乗せていく。すると、淡い紫色の刃が薄らと浮かび上がった。
「これを刃にまとって切り裂けば、大体の物は切り裂ける。でも、体から離れて使うことはできない。矢とかな。ちなみにガードすることも同じ原理で使えるけど、魔力の消費が激しくて長時間の維持はできない」
魔刃は私に、過去の技術も場合によっては通じることを示した。
***
最果て修道院に来てから早一カ月が経った。
色々な修道女は、私が生活に耐えれなく自害用ロープをすぐに使おうとすると考えていた。
身支度も何もできないし、プライドの高さから農作業も手がつかないだろうし、戦闘訓練なんて当然耐えきれないだらうし、仮に耐えきれても肉壁として前に出されて無惨に魔物に食い殺される、そう信じていた。
しかし、予想が外れた。
妙に言葉使いの丁寧な元公爵令嬢が、誰にも身支度に手を借りず、質素な食事にも文句を言わず、慣れない農作業で手足を汚し、戦闘訓練は戦闘狂たちに進んで混ざり、覚えたばかりの回復魔法をものにしようと必死に使い、魔物の襲撃後は回復魔法を使って治療するが、魔力を使い切ってゲロを吐きながら治療していた。
その献身的でかつ生き残ろうと必死に訓練し、勉学に励む様は噂の公爵令嬢シェルとは似ても似つかなかった。
もちろん、半分は打算で、もう半分は、やっべ、魔法楽しい、剣の稽古で身体強化したらマジ楽しいという中身が前世の日本のおっさんの本能だったとは誰も知らない。
そのせいで、公爵令嬢シェルは、きっと政治による取り決めか何かでこの地に捨てられた可哀そうな少女なのだ、と思われることとなった。
そして、私は院長ステラから呼び出しを受けた。
「改心された……というべきなのでしょうか、元からなのでしょうか。この一か月のあなたの態度を私たちは見てきました。回復魔法の習熟状況も加味して、もし、あなたが後方で活躍したいというのであれば、それを尊重しようかと思っていますが、シスターシェルの気持ちを教えていただけませんか」
院長ステラは椅子座った私をじっと見つめていた。
多分、本当に院長ステラは私の希望を叶えてくれるのだろうと思った。
しかし、私は2回目の人生を急にあてられたわけだけれど、じっと生活している、スローライフは耐えられそうになかった。
剣が本当に実戦で使えるのか試したい。
訓練を重ねるうちにそう思っていた。
そんなことを考えないで後方支援を希望すれば、きっと長らく生きられる、そう思う自分もいたが、元の世界で到底できなかった動きの数々が、魔力を通してできる。
まだ習っていないけれど、きっと魔法を使った『攻め』もできるはずなのだ。
それを考えると、40歳+15歳という年齢を重ねて来たはずなのだが、もうワクワクうきうきして翌日またできることを想像する度に寝付けなくなってしまうのだ。
私は、感情があふれ出しそうになる喉を抑えながら、声を震わせながら発声した。
「私は、もっと、剣を学びたいです。それには、魔物とも対峙しなければなりません。どうか、私も魔物退治に出させてください」
院長ステラは、自分の希望を語るのが恥ずかしく少しどもりながらしゃべる、顔を真っ赤にした私の声を黙って聞いていた。そして、唇の先が吊り上がった。
「きっと、あなたならそんな風に言ってくるだろうと思っていた。次の魔物駆除から参加しなさい。やる気ある子が初陣で死なれたら困るから、他の修道女にもよく言っておく。部屋に戻っていいわよ」
院長ステラの言葉を受けて私は表情を変えないが、笑いを込み上げるのを我慢していた。私はこれから戦えるのだ、実戦で。不安と湧き上がる興奮でどうにかしてしまいそうだった。
「あなたの素振り、良い筋をしている。今度は私も指導してやろう」
院長の部屋から出る時にステラが投げかけた言葉は、私にとっては最高の誉め言葉だった。
***
魔物駆除はほぼ毎日あった。
それをこなしながら私は生き延びていた。
周りの修道女は魔法を駆使しながら、そして時々鈍器や剣などで魔物を潰していく。
私は攻撃系の魔法はほとんど使えなく、身体強化魔法を使って、魔物の動きを見ながら相手がどこを攻撃して来たいのか読み、そこに隙があるように見せる動きをし、さばいて魔刃を一瞬だけ作って、切断する。
魔物だけでは物足りなく、空いた時間は戦闘狂の修道女や院長ステラと模擬戦闘をする。
その中で、参考となる魔法を見つけては自分に取り入れて行った。
例えば、マドハンド。泥の腕で足を拘束する魔法だ。これは修道女にはほとんど効かない。なぜならマドハンドは魔族という者たちが得意とする魔法で、修道女たちの魔力の性質と相反する魔法らしい。
そのせいで、使うのも難しく、そして修道女ならばすぐに、魔族の魔力という異変に反応して避けるのだ。
だが、模擬戦ならば、そのすぐに反応して避ける行動を導き出す『攻め』となる。
さらに言えば、影渡り、という魔法も同様だ。短距離を一瞬で転移する、影を渡る魔法なのだがこれも魔族が得意な魔法で、修道女は不得意な魔法だ。使うのもかなりの魔力を消耗する。
当然すぐに修道女ならば、魔族の独特な魔法の雰囲気を感じて読まれる。そう、これを攻めに使い、本命の移動は、短距離転移魔法を使って攻撃をする。
こんな魔族が得意とする魔法を練習していると、
「時間と魔力の無駄じゃないか? 他の魔法を覚えたり訓練した方が効率的じゃない?」
呆れた顔をしたシスタージュリアがそう言ってくるのだ。
もちろん、飛び道具的な火の玉を飛ばしたり氷の刃を飛ばす魔法も少しずつ覚えた。これらもけん制として役に立つし、これを回避できなくて死んでくれたらそれはそれで良いのだ。
でも、知識として覚えるのは無駄ではない。使い方次第だ。
まあ、ビームキャノンみたいな魔法で山一つを消し飛ばす魔法で魔物の大群を全滅させるのはロマンだよね。悪くない。
***
そんな生活を続けて3年が経ち、私が全力で相手をするのは院長ステラとシスタージュリアくらいとなった。あと時々、ショタコンで有名なシスターベレッタだ。
私が一騎当千で強くなった、というわけではない。
数々の魔物の襲撃で、最果て修道院全体の5分の1くらいの修道女が亡くなり、また新しい修道女と入れ替わった。ほとんどが戦闘狂の変わった元令嬢たちであったが、まだまだこれからの者ばかりだ。
所謂、代替わりということなのだ。
特に近接の剣狂いはすぐに死ぬ。有効な一撃を入れる瞬間である魔物と交差する距離は剣一本分も無いのだ。
私もシスタージュリアも、次が自分の番なのだろうか、と思い悩む時もあるが、そういう気持ちになった時は素振りをした。心が弱くなっている時だと、迷いが無くなるまで、つまるところ疲れて何も考えられなくなるまで振り続けた。
この最果て修道院には情報がやってくることはほとんどない。次に最果て修道院にぶち込まれる令嬢の性格がいかれているのか、それとも戦闘狂なのかのうわさ話ぐらいだ。
そんな中、勇者と言われている者が魔族とやりあって勇者が魔族を追い返した、というニュースが届いた。
和気あいあいとなるニュースだと思うじゃん。
この修道院にそういうニュースが来ると言うことはろくな物ではない。
場所はこの最果て修道院から50キロ程度遠くの辺境の地で我が王国側から魔族を追い返した、という話だ。
つまり、ここは実は戦場になっていました、という悲しいお知らせなのだ。
ニュースの内容の勇者さんは私の貴族学校の同期で王太子の親友の侯爵令息らしい。正義感溢れすぎてうぜえなって奴だったと思う。
そんな奴のことはどうでもいいが、その勇者さん、逃げる敵は追わないということで、魔族の撤退については追撃もしないし、そもそもその場に留まることもなく、王都へ凱旋中らしい。
おい、ここ辺境の砦じゃん。
お前が殺し合った相手の魔族から狙われまくりの位置にあるじゃん。
どうしてくれんの。
ちゃんと後始末しろ。
私の思っていたことは、やはり、院長ステラも思っていたみたいで遠回しに苦言を吐いた後、最果て修道院の外壁を高くし、外周にさらに堀を作るように指示をしていた。
***
一週間後、押し返された魔族の生き残りが攻めて来た。
ところで、魔族とはどんなものかというと、魔力の濃い人間で、見た目は肌色が褐色でイケメン美女ばかりでプライドの高いダークエルフさんだ。
なんで、王国と魔族は仲が悪いかというと、王国は魔族を奴隷にしていたという過去があり、時折、その報復として魔族は遠征隊を派遣して王国を攻撃している。それが現状である。
しかも、王国は魔族を人間扱いしてない風潮なので、魔族、と呼んでいる。
かといって彼らの呼び名でいいものがあるかと言えば何もないので、私も結局のところ彼らを魔族としか呼べない。
彼らとの戦闘は本当に数時間もなかった。
今まで戦ってきた魔物とは全く別物だった。
歴戦の修道女と同等レベルの魔法攻撃を数十倍の人数で放ってきて、押し寄せて来た。
一瞬で外壁も堀も無駄になる。
無我夢中で私は仲間の修道女と共に走り抜けながら、魔族を切りつけては殺し、切りつけては殺し、剣が折れたら、殺した魔族の斧を使って切りつけては投擲し、また殺した魔族の剣で切り殺し、腕を吹き飛ばし、太もも太いの血管を抉り、修羅道という永遠に戦いをする地獄の中に落とされたようなそんな絶望感の中にいた。
気が付くと、立っている者は誰もいなく、魔族が撤退していくのが見えた。
魔族の死体と修道女の死体がゴロゴロと転がっていた。
私は生きている修道女を探し、見知った赤いボブヘアの少女を見つけた。
少女と言っても、もう確か19歳、立派なレディだったな。
彼女の息は途絶え途絶えとなっており、片足はひざ下から無くなり、もう片方の足は炭化していた。
左腕は肘から先がなく、右手には折れてもまだ決して離さない愛用の両手剣があった。
背中には何本も矢が刺さり、腹まで貫いていた。
「酷い怪我だ。シスタージュリア。でも、少し寝たら良くなるよ」
私は何でもない擦り傷を治療するように話しかける。
「知ってる。手遅れなんでしょう」
私は何も話さず、治療を始めた。
「ねえ、クリスマスイブって知ってる? 恋人同士で過ごす夜のことなんだって。私はそんな夜、経験したことないんだけど、お前の故郷にはそんなイベントあったか?」
治療を始めて傷がふさがり、足が復元されても、肺が治っても、失った血液は戻せない。
シスタージュリアはもう血液を失いすぎていた。
「私さ、お前に偉そうなことずっと言って人生の先輩面してたけどさ、処女なんだよ。笑えるだろ」
「もうやめて」
「父親が子爵なんだけどさ、こんな性格だし、剣にばっかり時間を費やしてさ、せめて王国の騎士学校に入学しろと言う父親を振り切って、最果て修道院の門を叩いて院長に剣の道を教えてもらってさ。気が付けば19歳処女の完成だよ。貴族時代の友達なんてみんなとっくに結婚してさ、子供だっているんだ」
ボロボロと涙を流して弱音を吐き続けるシスタージュリアを私は抱きしめた。
「もう家には帰るつもりはなかったんだけど、家に帰ったら母さんにこうやって抱きしめられたいな。ねえ、母さん……」
「大丈夫。ジュリア、もう眠りなさい。あなたは救われた」
シスタージュリアの強く握られた右手から剣が滑り落ちた。
私は彼女の薄く開いた眼を閉じさせ、地面に寝かせた。
私は立ち上がり、視線を向けた方向に、たまたまだった、見知った青色の長い髪の女性が見えた。
魔族の死体が覆いかぶさっており、そこから見えた顔は、いつもどおりの魔物襲撃を撃退した後の苦痛の顔だった。
シスターベレッタは外に出せないすりつぶさなければならない存在だが、なんだか憎めないし、私は彼女に愛着があった。性的趣向への理解はしてないが。
魔族の死体を避けて、シスターベレッタの様子を見るとまだ息はあるが、腹に斧が埋められており、酷い出血だった。私は回復魔法を唱え、傷口を抑え始める。
「まだ私を生かして戦わせるの?」
「シスターベレッタがいないと、一緒に魔物駆除に出る他の修道女の攻撃に締まりがないからね」
「でも、今回は間に合わないのでしょう?」
私は答えなかった。それが答えだとシスターベレッタもわかった。
「わかっているの。自分の性癖が本当に愚かで酷いものだって。でも、仕方なかった。それしか私の心をときめかせる何かがなかったの。だから、更生なんてできるわけがない。きっと、どんなに魔物を駆除して懺悔しても、私の行先は地獄しかないでしょうね」
「そんなことないさ。きっと、見ためが7,8歳くらいの男の子の天使といつまでも戯れることができる天国に行けるさ」
「それは本当に天国ね」
目を閉じさせ、横にして手を組ませた。
本当に彼女の趣味趣向の者が下りて来てくれたんじゃないかな、というような安らかな顔だった。
魔族ばかりの死体の中心で、院長ステラが倒れていた。
両腕はなく、体は一本の槍が刺さって串刺しになっていた。
「他の修道女は?」
「多分、5分の1程度が生きています」
そう言いながら槍を抜き、すぐに回復魔法をかける。
「もう私は無理だ。他を優先させなさい」
「院長、残念ながら、まだ迎えは来ないようです。でも、明日は多分魔族の迎えが沢山来るかもしれませんね」
「だろうな。相手も痛手を取ったが、もう一度攻められたら耐えられん」
「腕の復元等の治療が終わりましたら他の修道女と逃げてください。明日、院長は戦いきれません」
「シスターシェル、あなたは残るのか?」
「ここが落ちるのはかまわないと思うのですが、誰かが戦って時間を稼がないと他の街への侵攻を後らすことができないでしょう。それに他の修道女を追撃されないようにするには誰かがいなければ」
「一人でどうするつもりだ、一人で残ったって意味がない。死んだ修道女の弔い合戦気取りで戦って何になる」
院長の険しい顔は、私を無理矢理にでも生かすため、逃がそうと導こうとする。私は尊敬している院長ステラの言葉を遮った。
「魔族はとてもプライドが高い種族です。本来修道女という守られなければならない立場の、力の弱い者が命を賭けた一騎打ちを相手に求めれば、それに従うでしょう。それに……」
「それに?」
「私は、院長ステラに一太刀を入れることができた相手と、命を懸けて戦ってみたいのです。多分、この機会を失えば、二度と戦うことができないと思うのです」
そう伝えると、院長ステラはどうしようもないわがままな子供を怒りたいけど怒れないような顔をしていた。
「本当に……本当にあなたはとんでもなく罪深い子なのね、シスターシェル」
***
朝日が昇った最果て修道院には私しかいなかった。
昨日の深夜、院長ステラと他の生き残りの修道女たちは隣街へ移動を開始した。
おそらく、そろそろたどり着いている頃だろう。
修道院に残っていた霊薬を朝食代わりに飲み干し、いつもの黒装束のような修道着の頭に戦友の鉢金をつけ、鈍く光る金属プレートを胸に付けた。
激しい爆発音が修道院に響き、どこかの一角がまた崩れたのだろうと思いながら、攻め込んできた魔族へ目を向ける。
私は修道院のテラスにおどり立ち、矢や魔法が降り注ぐ中叫ぶ。
「我はシスターシェル。この修道院の代表だ。そちらの代表と一騎打ちを申し込む」
その声で、ピタリと矢や魔法が止まった。しかし、鋭く睨みつけられる視線は一層厳しい。
大勢の魔族の動きが止まり、その中で一人の大男の魔族が私の方へ近寄って来た。
必要最小限の急所にのみ金属を使い、硬い革で作られた鎧を身にまとう、実用主義派だ。
風を切るように歩き、隙だらけなのに隙が感じられない。堂々と歩幅も大きく歩くその様は、強者を示していた。
「俺が代表のジェネラルサンダーだ。昨日の年を取った骨のあるシスターはどうした」
「私の一騎打ちの様子を見ている」
ジェネラルサンダーは、私の嘘に気が付いているだろうと思ったが、彼は気にせず私から10歩程度離れた距離に立った。
「ふん、まあいい。そちらが一騎打ちで勝った際の要望は?」
「見てのとおり、修道院がボロボロになってね、直さなきゃいけないだけじゃなくて、沢山人が死んだし、そちらの者たちも死んだから供養するのに手いっぱいなんだ。さっさと帰ってくれたらそれでいい」
「そうか、俺が勝った時は、速やかに修道院を明け渡せ」
「わかった」
私はそう言って修道院の倉庫にあった数打ちの剣一本を鞘から抜き、鞘を地べたに捨てた。
***【ジェネラルサンダー】
シスターシェルと名乗った若い修道女が剣を抜いた。
見るからに安そうな剣で、こちらが帯剣した魔剣を見せたら申し訳ないくらいだ。
俺は魔剣の鞘を抜くと、バリバリと魔力が剣に吸い取られていく。
しかし、普通に魔力を剣にまとうより遥かに消費は良い。
修道女はそれに気づいているだろうが、顔色を変えることなく、剣を両手で持ち正面に構え、少しずつ前に近づいてきた。
距離を詰められたら不利になるのはお前の方ではないのか、こいつ素人なのか。
なぜなら、近距離の装備で不利ならば、遠距離攻撃をしなければならない。
それをせず、近づいてくる。
それなのに、俺は下手に動くとヤバい、そう感じた。
こんな小娘に。
小娘が右方向へ動き始め、俺は反対方向に動き始める。テラスの床には死体が転がっていた。昨日殺した修道女たちの安置する場所がなく、置かれているのだろう。
その修道女の死体が、私の足を掴んだのだ。
貴様、一騎打ちと言ったではないか、と言おうとして足に絡みついた赤い髪の修道女の手を切り払う。手から血が出なかった。これは違う。死体だ。だが、その死体についていた手ではない。マドハンドだ。
小娘の方を注視すると、身体強化魔法を使った体で、剣を振りかぶりながら飛び込んできた。その速度は速い。一瞬の隙をついて、切りかかるつもりだったか。
しかし、その隙は俺自身もできるとわかっていたもの。相手が何らかの隙を感じて飛び込む、これは予想できていたこと。俺は剣を持っていない手を飛び込んできた修道女に手をかざし、魔法を唱えた。俺の手を向けた先を、何もかもを破壊する光線が、直径3メートルの円柱状で貫く。避ける余裕などない。仮に避けるとしたら、避けた先にこの魔法を置けばいい。ただそれだけの作業だ。剣すらお前に使う必要ないのだ。
光線を撃った先がくり貫かれ、破壊された。小娘も蒸発した。そう思っていた。
俺の胸を、心臓を抉るように、あの小娘が持っていたクソ安そうな剣で背中から貫かれていた。
***
私はジェネラルサンダーとの闘いが始まると、戦友の遺体の欠けた左手にぴったり合うマドハンドを生成させ、ジェネラルサンダーが近づきその足が掴まれるように誘導させた。
掴まれた瞬間飛び込む。ジェネラルサンダーがそのまま私の動きに対応できなければそのまま切りつけるつもりだった。でも、当然ながらジェネラルサンダーは左手を突き出して魔法を撃とうとした。それは予想できていた。だから、相手が絶対に使ってこないだろうと意識外にある魔族側が得意な魔法の影渡りを使うことで、私の魔法の痕跡に気づかれないようにジェネラルサンダーの後ろに飛び、魔刃をまとった剣を背中から心臓に向けて突き刺した。
魔法を使った『攻め』が決まった。
私を簡単にあしらわせる院長ステラに一太刀入れた魔族を、意識の死角を攻めて、仕留めたのだ。
本来得意としてない魔法にほぼ全力を注ぎ、残りの魔力を魔刃で使い切り、私はその場で倒れた。
魔族は『そんな馬鹿な』と叫び私を非難するが、先のマドハンドといい、誰も他にこの一騎打ちに入り込んでいないことを知ると、
「納得は出来ないが、確かに一騎打ちで、ジェネラルサンダーが負けた。そなたの要望どおりにしよう」
そう言って、ジェネラルサンダーの死体を大事に担ぎ、立ち去って行った。
彼らは、もう動けない私を殺すことは可能だった。でも、彼らの誇りがそれを許さなかった。
トボトボと立ち去り、瓦礫を踏む足音が徐々に少なくなり、やがて何も聞こえなくなった。
冷たい床に転がりながら、横を見ると、戦友たちの遺体が安らかな顔をして空を見上げていた。
たくさんある、人形のものがある中、私だけ白い息を繰り返し吐く。
みんなの安らかな顔を見て、私は心が落ち着くとともに、抉られてもいない腹の中身が、ぽっかりとなくなってしまったように感じた。
一眠りしたら、私も戦死した修道女達の供養をしなければ……。
私は両目を瞑り、意識を手放した。
***
私は一人、最果て修道院にある墓場の穴を掘り、そして戦友たちを埋めていった。
そして、魔族の墓も合わせて作る。
魔族の墓を作り始めたころ、王国から勇者率いる討伐隊が入って来た。
敵将のジェネラルサンダーを討ち取り、もうすべてが終わったことを説明すると、そんな馬鹿なことがあるはずがない、と騒ぎ立てたので、では、魔族たちを追って尋ねる他ないことを伝え、魔族の向かった先を示す。
彼らはそのまま国境を超えて調査をするが、野営した痕跡やさらに奥地に進む跡があり、少なからず今回の魔族の遠征隊は完全に撤退したと判断し、王都へ戻った。
一か月後、私は王都へ召喚された。
魔族の遠征隊を退けた褒美を渡したいとのことだそうだ。私は何度か断りを入れた。亡くなった戦友たちに褒美を送られるべきだ、とか、この修道院から出ることは許されないと聞いた、などということを伝えた。
そうしているうちに、王命での召喚書が届けられた。
別に、私は屁理屈を言って困らせたいということではない。
噂では、王都で私のことを聖女と呼んでいるらしい。
魔族の遠征隊をたった1人で退けた英雄だとか、機転を効かせて多くの修道女を救ったとか、亡くなった大勢の修道女をたった1人で弔い続けたとか、全滅必須の瀕死の討伐隊を祈りで守ったとか、修道院に向かって祈ると試験に受かるとか、中には事実もあるが、かなり誇張され、尾鰭だらけのエピソードがついていた。
遠征隊を退けたのは事実であり、このまま私に褒美の1つ渡さないというのは、国王的にもよろしくないということだそうだ
聖女ですか?
バーサーカーとかとして畏怖されているとかじゃなくて?
断罪イベント後に聖女扱いされて戻るパターンなんて知らない、マジ怖い。
今王都に戻ったら、断罪した連中から消されるんじゃないか?
だって、結果的に断罪した連中に泥をぶっかけたわけじゃん。このまま、最果て修道院から出ないで剣のことだけ考えていたい。
私は復興しつつある最果て修道院の自室の机で頭を抱えていた。
仕方なく、私が最果て修道院から出られる対象となっているのか、王都の法政部門の方とか、こちらの国の国教となる司教当てに質問状を送り確認する。
法政部門は、国王が出頭指示しているんだから早く王都に来い、司教は、最果て修道院はうちの系列ではなく、国の機関で女性の刑務所みたいなものだから、国王の指示に速やかに応じなさい、みたいな回答をされた。
最後の頼みの院長ステラに確認すると
「あなたは善を積んだ。ここから出ても良いということよ。おめでとう。王太子も側妃として迎える話も出ているそうよ。早く王都に行きなさい」
とにこやかに微笑んだ。
最悪だ。
何を思って側妃だよ。あの王太子は私の前世を思い出す前の性格異常なところしか見てないから、国王から土下座で頼まれたって全力拒否するだろ。
どこでそんなふうな話が出るんだ、ふぁっく!
それに、40年分の男の記憶がしっかりあるからマジで男といちゃつくことを強要されたら私はゲロ吐いちゃうぞ。
理由なく王都に行かず国王の謁見をしない、だなんて国王に喧嘩売るようなものだから、絶対行かなければならない。
***
最果て修道院から王城行きの馬車が来る日の早朝、シスタージュリアとシスターベレッタの墓の前に立った。
2人なら私に何を言うだろう、と考えた。墓石替わりの折れた両手剣と穴ボコだらけの大楯を触る。
すると2人が側にいてくれるように感じた。
私の前でシスタージュリアは
「処女、しっかり捨てるんだぞ」
と爽やかな笑顔で親指を立て、シスターベレッタは
「昔に見た侯爵家の三男はなかなかの美男子に成長しそうな顔立ちでした。今9歳ですからギリ食べ時でしてよ」
と同じく、私よく調べているのよ、みたいな感じの勝ち誇った笑顔で親指を立てている姿が見えた。
私は見えた2人の像の親指を掴んで、関節の曲がる反対方向にねじると、痛がりながら消えていった。
「シスターシェル、ここにいたのね。馬車が来たわ。もう身支度は出来ていますか?」
振り返ると院長ステラがいた。
「身一つと手錠に足枷で来たので、何も持って行くものはありません」
「道中は何かと物騒です」
院長は少し呆れた顔をして、シスタージュリアが使っていた鉢金と鈍く光る金属製の胸当て、棍棒の方が使い勝手がいいからと使わなかったシスターベレッタの細身の両手剣を渡され、併せて焼き菓子が入った袋を渡された。
焼き菓子はまだ暖かかった。
馬車が動き出し、どんどん最果て修道院は小さくなっていく。
最果て修道院は、女性の刑務所だとか、政治の都合で捨てられた女性の場所、性格異常者の屠殺場だとか、世捨て人の居場所、武を極める場所、辺境の砦等、人それぞれに持つイメージが違う。
私は随分と色んな物をそこで学び、色んなモノをいただいた。
振り返るここでの生活の思い出は、貴族に説明すれば、クソみたいなことばかりなんだと思う。
この後、王都で何を言い渡されるかは、わからない。
まもなく、修道院が見えなくなる。悪魔城のように見えたあの修道院は、朝日を浴びて、慈悲深く私を見送っているように見えた。
私はこの最果て修道院で過ごした日々を、きっと忘れない。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
シリアスな展開をあまり書いたことがなかったので、載せるのが不安でしたが、思いのほか好評で驚いています。
感想があればご記載いただけるとありがたい限りです。
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