表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

渇望A君

作者:

齢31歳、男。


母が言うには、韓国の男性グループのコンサートに行きたいが、都会の交通はわからないから着いてこいとのこと。


随分と大きな建物だ。

会場はズンズンと音楽が流れ、若い娘達の熱気で天井付近に雲のようなものができている。


「今からA君に会えるなんて夢みたいや!」

もう若くない母のはしゃぎぶりに、心臓が弾けはしないかと体調が心配になった。


「よかったやん。」

だけど、嬉しい。苦労した母が楽しそうにしているのは。

俺は笑顔でうなづいた。


まもなくステージが始まる。

会場内の音楽は体が痺れるほど大きくなっていき、観客の興奮度もMAXという感じだ。


暗転し、音楽が止まった。

途端、眩い音楽と光の中からメンバーが飛び出した。


ズキッ


A君、あの人がA君。

興味なく相槌を打っていた動画の中のA君。

彼を目の当たりにした時、


俺はA君に惚れた。


涼しげな目元にかかる黒い髪。

白い肌。


走り出して抱きしめたい衝動に駆られ、他の観客にぶつかりながらステージに向かっていた。


「ちょっと、迷惑行為は退場してもらいます。」

警備員に肩を掴まれて我に返り、汗が噴き出した。


「ハハ、すいません。ちょっとトイレに行きたくて。」

背中を丸くして俯き、赤い顔をして謝る。

ステージの上を見ると、A君がびっくりした顔で俺を見ていた。


「友也、お腹大丈夫?

それにしても最後の曲のA君のダンスすごかったっての」

帰りの電車の中で母は意気揚々と話した。


あれから警備員にトイレまで案内され、退場は免れたらしい。


延々と話し続ける母の声を遠くに聞きながら、俺は呆然と窓の外を見ていた。


半年後


今年は豪雪になるらしい。

雪が次から次と降り積もり、空は連日どんよりと曇っていた。


築五十年の借家の客室は、石油ストーブを二台置いてもうもうとした熱気に包まれていた。


「友也くん彼女と別れたって?

新しく女できたんけ?」

男の客は上の服を着ようとして傷口につっかえたのか、顔をしかめた。


「んー、好きじゃなくなったで振った。

手伝う?」

どうにか客に服を着せて、塗り薬を手渡した。


「まあ気落ちせんとの、また来るわ!」

お客さんは代金と、小さな袋をテーブルに置いて帰っていった。


「またこれか、もうやめたって言ってるやん。」

俺は袋を摘んでため息をついた。


マシンについたインクを水で軽く洗う。

針は拭き取って乱雑に棚に投げる。

残ったインクをボトルに戻す。

中古のソファに身を投げ出してため息をつく。

袋から出した葉をタバコに詰めて吸う。


「A君なにしてるんかなあ。

俺とA君は真逆やなあ。」

「ああ、A君を俺と同じとこまで引き摺り落としたい。」

漂う煙を眺めながら、意識が朦朧としてくる。


気づくと俺はリュックを背負い、タトゥーの施術台を抱えて空港の前にいた。


それにしても、ここまで記憶が飛んでしまうとは。

ここは韓国のようだ。


財布の中を見ると、入っているのは五千円だけだった。


「あほすぎやろ。帰れもせんやん。」

俺は自分に呆れて立ち尽くした。


どうせなら楽しもうと、そこら中を歩きまわり、屋台で韓国料理を腹一杯食べた。

気づけば夜になっており、雪が降り始めた。


「やばい、やばい。金なくなってもた。」

適当な高架下に入り、施術台を広げて横になった。


かなりの寒さだったが、酒が回っていてすぐに眠りに落ちた。


「友也!友也なんで!」

どこからか母の泣き声が聞こえた。


「韓国の高架下で凍死していたんです。」

警官らしき男が俯く。


「母ちゃん!俺、ごめんなさい!母ちゃん!」

大声をあげて起き上がると、通行人の女が短く叫んで走っていった。


どうやら夢だったようだ。

でも夢では済まされないかもしれない。


俺は立ち上がり、A君が住む街へ向かった。

A君の住所は頭に入っている。ありとあらゆる手段を使って調べたのだ。


「ここがA君のマンションか。」

案外こぢんまりとした、さっぱりとしたマンションだった。


俺のようなファンがたむろしているかと思ったが、人通りは少ない。

街灯の横にマットを敷き、ダンボールに龍の絵と、日本のタトゥー彫りますと書いて立てかけた。


それが案外好評で、列ができるほどだった。

客足が減った頃には日が暮れており、どっと疲れた俺は座り込んでタバコに火をつけた。


せめて一目だけでもA君を見たいと思い、しばらく待つことにした。


深夜になり、瞼が重くなってきた頃だった。

白い軽自動車がマンションの前に停り、中からキャップを被った男が降りてきた。


「A君や。」

俺は想像していたよりも冷静にA君のことを見ていた。

彼が疲れ果て、舞台上のようなオーラがなかったからかもしれない。


「タ、タトゥーしません?」

また衝動的に話しかけてしまった。

A君がそんなことをするはずがないのに。


「あの、あの、寒いから家ん中でも!」


俺はA君の部屋の中にいた。

部屋は綺麗で、物が何も無い、生活感のない部屋だった。


A君は服を脱いで、崩れるようにベッドへ倒れた。


A君の胸や脇腹には無数の切り傷があり、まだ乾いていないものもあった。


A君の嗚咽も、インクが布団に飛び散るのも気にせず夢中で肌を彫った。

何色も白い肌に映え、傷跡はインクの入りがよかった。


夜が明ける頃、A君の背中には立派な龍が舞っていた。不動明王や般若、生首、牡丹、鬼、髑髏、虎、蓮、鯉。


彫り過ぎた。


「僕、アイドルやめたい。」

A君は涙でぐしゃぐしゃの顔でつぶやいた。


俺は慌てて荷物を拾い、走って逃げ出した。

リュックからインクのボトルが転げ落ちて床に飛び散った。

龍を描いたダンボールが雪の中に落ちて滲んだ。

なにもかも踏み散らかして俺は日本へ帰った。


「えー!A君活動休止やって!」

母が悲痛な叫びをあげた。


俺はなにも答えずにこたつに潜った。


2年後、A君は死んだらしい。

HIVだった。


俺が針を使い回していたから、感染したんだろう。

俺はA君を刺した針で腕に龍を彫った。


うん、立派な龍だ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ