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序──獣は月に焦がれる

 ────月明かりが綺麗な夜だ。

 真っ暗な空を見上げながら、黒鉄(くろがね)悠真(ゆうま)はそう思った。

 夜空という名の黒いキャンバスには宝石をばら蒔いたような星々が煌めき、それらを飲み込む孔のような満月が空いている。

 古来より、月は神秘の象徴として語り継がれてきた。

 曰く、虚空に開いた異界の門。

 曰く、生と死を孕んだ狂気と魔術の象徴。

 あれは太陽の鏡などではなく、地上の地獄を記録する装置なのだと、悠真は今は亡き義母から教えられていた。

 故に、月明かりには魔の者どもが集う。

 科学により多くの神秘が解き明かされた現代であっても、その法則は変わらない。

 だからなのだろう。今宵もまた、月の輝きに導かれ───二人の魔術師が、寝静まった街にて追走劇を繰り広げていた。

 追いかけるは、黒いジャンパーとシャツ。下も同じく黒いカーゴパンツとブーツとで全身を黒に染め抜いた金色の眼の少年。

 追われるは、灰色のコートに白いスーツ、赤いシルクハットを被った、額に傷痕が残る初老の男だ。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ!」

 

 初老の魔術師は、息を切らしながら必死に足を動かす。対して、悠真はゆったりとした、けれど素早い足取りで魔術師の背を追う。

 そこには、泰然たる自信が滲んでおり、初老の魔術師との明確な実力差を感じさせ、追いかける最中に月を眺める余裕をも示していた。

 よろけそうになりながらも走る初老の魔術師はさながら兎で、それをゆるりと追う悠真は狼のソレだ。

 兎は必死に狼を振り切ろうと走る。だが、振り切れない。さきほどからこの繰り返しだ。

 そうして───遂に逃走劇は幕を閉じた。

 兎は足を縺れさせ、路上に倒れた。それでも尚、何とか立ち上がろうとする姿は愛くるしささえ感じさせる。だが───狼はそれを見逃さない。

 非情なまでの殺意を以て、狼は疾る。兎の全力を嘲笑うような疾走は兎を追い越して止まり、立ち上がりかけていた兎を蹴飛ばしてまた転がせる。

 アスファルトの上に転がった魔術師は今度こそ立ち上がらない。

 悠真は転がった魔術師の腹を踏み止めると、指先を頭部に向けた。


「鬼ごっこはこれで終わりだ。さぁ、大人しく地獄に行ってくれ」


 言葉と共に指先へ魔力が凝縮され、淡く光る弾丸が形成される。『魔弾』と呼ばれる初歩的な魔術だ。

 悠真は無感情な瞳で、最期に初老の魔術師へ問い掛ける。


「何か言い残すことは?」

「た、頼む。見逃してくれ・・・!」

「残念。そいつは無理だ・・・それに、あんたはそういって命乞いした奴を見逃したことがあったか?」


 初老の魔術師は分かりやすく言葉に詰まると、最期の足掻きとばかりに片腕をもたげた。

 恐らく、迎撃用の魔術の発動のためだろう。

 だが、その魔術が成立するよりも速く、悠真の魔弾は放たれた。

 音のない銃撃は寸分の狂いもなく魔術師の頭蓋を撃ち砕き、その命を終わらせた。

 後はこの死体を片付ければ、今宵の仕事は終わりだ。悠真は腰のカードケースから三枚のカードを抜き取り、男の腹の上に置いた。


燃えて(ソウェル)燃えて(ケイナズ)消えていけ(ハガラズ)


 瞬間、男の体は炎に包まれ、崩れていく。

 三個のルーンの併用による高火力は人体を容易く灰塵へと変え、其処に男がいたという痕跡を焼き消していく。

 悠真は遺体が灰をも残さないほど焼け、崩れていくのを眺めながらカーゴパンツのポケットからスマホを取り出して、画面を点けた。

 画面右上に表示された時刻は午前二時。ちょうど丑三つ時だ。まともな社会人や学生ならとうに寝ている時間。

 魔術師の痕跡が完全に消えたことを認識すると、電話帳を開き、ある番号へと通話を掛けた。

 五回の呼び出し音(コール)の末に、相手は出た。


『あー、もしもし?』


 少し掠れたハスキーボイス。酒を飲んでいたのか、がちゃがちゃと空瓶や空き缶の音が混じっている。

 三日前に二日酔いで苦しんでいたのに懲りない人だ、と呆れながら悠真は仕事完了の報告を続ける。


「呪殺を請け負ってた魔術師の始末、終わりましたよ」

『おお、流石。たった三日で居場所まで突き止めて仕留めるとはね』

「別に大したことなかったですよ。根城も繁華街近くの廃ビルを改造しただけでしたし、扱う魔術も民間信仰の呪術を応用した単純なモノでしたから」

『ふぅん?民間信仰の呪術、ねぇ・・・やっぱり、教団(あそこ)から流れたモノかい?』

「・・・ですね、きっと」

『おや、断定はしないのかい?』

「俺はあそこで閉じ込められてただけですから。どんな魔術を扱っていたのかなんて、分かりませんよ」


 少し語気が強くなってしまったが、それも仕方ない。誰にしろ、触れられたくない領域というものがある。

 通話先の彼女も、それを察してか、次の話題へと変えた。


『ところでだが、君。暫く暇かい?』

「ええ、まあ。学校の方も進級に必要な単位は十分とってますし」

『そうか。なら都合が良い。次の仕事が入ってるんだ』

「随分盛況ですね」

『君の腕が良いからさ。お陰で稼がせてもらってるよ』


 軽口を叩き合い、悠真は周囲へと視線を巡らせる。遺体は確実に消し去った。後は人払いの結界を解き、早々に立ち去らなくてはならない。

 周囲に気配がないことを確認し、何事もなかったように歩き出す。


『今帰りかい?』

「ええ、歩きながら聞きますよ」


 電話の向こうから流れる声を聞きながら、悠真は空を見上げた。

 相変わらず、夜空にはひとりきりの月が()る。

 その輝きが、何故だかどうにも眩しくて。

 悠真は思わず苦笑した。

 

 ああ、全く。今夜もまた────月が、綺麗だ。


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