8.配信準備=彼女は分析し、そして迷走する。
崖っぷち状態からVtuberになる事を決意した私がまず取り掛かったのは他の人の配信を見る事だ。
「承認欲求のためだから大人気とはいかないまでも、ある程度の人に見られなきゃ意味がないよね……」
超有名な企業勢から同接の少ない個人勢まで、幅広く視聴して違いを探り、どうすれば人気を得られるかを探る。
流石に全部は見てられないから飛ばし飛ばしだけれど、それでも何十……下手をすれば百を超える配信や動画を見た結果、分からないという結論に至った。
「……まあ、研究するだけで人気が取れるならみんな苦労はしてないか」
とはいえ、研究自体が全くの無駄ではなく、ある程度の指標みたいなものは見えてきた。
「元々が大きな企業からデビューした子達は当然ながらそこまでに培ってきたブランドという下地がある。もちろん、それだけで売れるわけじゃないけど、そのアドバンテージは大きい……」
企業に属している以上、最低限の人気というものは保証されているといっても、過言じゃないだろう。
加えて、そういう企業はオーディションという形でタレントを発掘するから、素のキャラクターとして強い。
さらには大手の人脈、あるいはお金といった要素にノウハウが足されるため、正直、参考にはならない。
「次に個人のあまり見られていない子だけど……これに関しては何とも言えないかな?」
個人勢の大半は好きだからこそ続けているものの、お金の問題で機材、あるいはデザインが弱かったり、根本的に宣伝不足で、そもそも配信自体を知られていないといったケースが多いと思う。
後は言っちゃ悪いかもだけど、単純なトーク力、構成力不足が目立つのも要因な気がした。
「……って他人事じゃないね。私もこのまま始めたら同じ轍を踏むだろうから」
つまるところ、私が参考にすべきなのは個人勢でなおかつ、きちんと人気を確立している人だ。
(そういう人はお金による機材、デザイン問題をクリアしてる……ううん、それだけじゃない。何か、突出した武器を持ってるからこそ、企業みたいな宣伝力がなくてもちゃんと視聴者を得る事ができてるって事だ)
ただ機材とデザインを揃えたところで、肝心の配信が面白くなければ視聴者はつかない。
だから何か、一芸、もしくはトークの上手さが必要になってくるのだが…………
「問題は私に一芸どころか、トーク力もないってところかな……」
すでにVtuberが溢れている中、これから始めようとしている私にとってそれらは致命的な問題だ。しかも、そこに加えて私にはお金もコネもない。
そんな現状で何の対策もなく始めてしまえば、失敗する事は必至。だからこそ、今の私がすべきは、失敗する要因を一つずつ潰していく事だった。
「……こういう時はまず問題を分類化する事から始めて、と」
紙とペンを用意して問題点を書き出し、それを解決できそうなものと不可能なものの、二つに分けていく。
「…………まさかこんなところで経験が役に立つとは思わなかったなぁ」
働いていた頃を思い出し、思わず苦笑いが込み上げてくる。
ブラックな環境で働いていると、問題自体は山積みに出てくるので、それを解決ないし、解消する時に使っていた方法がこれだ。
(……まあ、思い出すって言っても仕事を辞めてからまだ一週間も経ってないんだけどね)
そんな事を思いながらひとまずの問題を挙げ終えた私はグッと伸びをして、振り分けたそれらを見直す。
「解決できない問題はどうしようもないから置いておくとして、頑張れば解決できそうなものを一つずつ潰していくしかない……まあ、それも難しいんだけど……」
突出した武器なんてものは一朝一夕で身に着けられるものではないし、トーク力は場数を踏む、あるいは他の人の配信を見て研究、勉強するしかないだろう。
だから、まず私が解決しなければならないのは機材やデザインといったお金の掛かる部分になる。
「……機材周りは少し無理をすればある程度のものが揃うし、実際の使い方もたぶん、なんとかなる。けど、デザインの方はそうもいかない。ここで妥協すれば絶対に失敗するのが目に見えてる」
ある程度のものを揃えれば誤魔化せる機材類と違って、デザインの方は妥協した時点でアウト。
何故なら宣伝力のない個人が注目を集めるにはここで有名なイラストレーターに依頼し、その名前にあやかるのが一番効果的だからだ。
「…………けど、名前の知られているイラストレーター程、個人の依頼なんて受けてはくれない。お金云々以前に信用の問題が出てくるだろうからね」
もし私がイラストレーターの立場だったら、企業を通していない……素性のしれない素人の依頼なんてどれだけお金を積まれても、いや、むしろ額が大きければ大きい程、怪しいと感じてしまうだろう。
「……かといって、お金を積まれれば仕事を受けるような人は逆にこっちが信用できないし、なによりそういう人に頼んでも私の目的と合致しない…………本当にどうしよう」
都合良くお金を積めば引き受けてくれる有名イラストレーターでもいればいいが、当然ながら、そう上手くはいかない。
一応、いくつかの候補を挙げてはみたものの、断られるのは目に見えている。だから何か対策を考えなければいけないのだが、どう頭を捻っても出てこない。
だからデザインの件で現状、私ができるのは当たって砕けろの精神で依頼を出してみる事だけだった。
「……まあ、浮かばないものは仕方ないからこの問題は置いておくとして、次はVtuberとしての設定を考えていかないと」
まさか素の私のままで配信するわけにもいかないし、仮にそうしたとして、確実につまらないものになるのは明らか。ならキャラ作りは必須といっても過言じゃない。
(ここの設定を上手く練り込む事ができればトーク力不足を補えるかもしれない……色々試してみるしかないね)
ひとまずの設定を考え、それに沿って喋ってみる事にする。
「…………よし、せーの……みなさーん!こんにちは!私は――――って無理ぃ~!!」
普段の私とはかけ離れたキャラを演じようとしてみるも、羞恥心が働いてすぐに崩れてしまう。
「……誰も聞いてないと分かってても、やっぱり恥ずかしい。こんなんで配信なんてできるのかな」
その後、何度か挑戦を試みるも、羞恥を乗り越える事ができず、どうしても途中で演技が続けられなくなり、その度に大きな声を上げて誤魔化した。
「――――我の配信をよく見に来たな。フッ、いいだろう。貴様らに我の偉大さを…………はぁ、何やってんだろ……私」
思い切った方向に舵を切ってキャラを演じてみても、最終的に我に返ってしまい、自分の迷走具合に呆れてため息が漏れ出る。
「……駄目だ。このまま続けても、余計に迷走しそうだし、切り替えるためにも一旦、休憩にしよっと」
8.配信準備をお読みくださり、ありがとうございます。
これは彼女がVtuberを目指す事を決意し、どうしようかとぐるぐる迷走するお話です。
これから彼女がどんなVtuberになるのか、気になる、推せるという方はチャンネル登録……もとい、ブックマークの方をよろしくお願いします……それでは彼女から一言!
「この時の私は本当に迷走していて……中2キャラなんてすぐに詰まる事が見えてたのに……本当に恥ずかしい……ま、まあ?この時の迷走があるからこそ今の私があるのですから……結果オーライ……ですわ」