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11.配信準備=彼女は過去に怯え、見知らぬ誰かに助けられる。

 

 次の日、今夜の配信に向けて喋る内容を大まかにまとめ、一息ついていると不意に来客を知らせるチャイムが鳴る。


「?誰だろう、宅配もデリバリーも頼んでないはずだけど……」


 学生時代ならともかく、あのブラック会社に勤める事になって以降、私に家を訪ねてきてくれるような友人はいない。


 だから平日の昼間からインターホンが鳴ること自体、おかしなことなのだが、この時の私は収益化に至った事の興奮とノーみりん先生やリスナーの温かなコメントを受けて浮かれていたのだろう。


 あまり深く考えずに誰が来たのかをインターホン越しに覗き、反射的に短い悲鳴を立てて後退り、尻もちをついてしまった。


「な、なんで上司がここに…………!?」


 インターホン越しに映るその人物……ブラック会社の元上司の来訪に頭が真っ白になってしまい、震えて身体が動かない。


『――――おいっいるんだろ?さっさと出てこいっ!!』


 元上司は乱暴にドアを叩き、近所迷惑も考えずに怒声を撒き散らす。


「はっ……はっ……はっ……はっ…………ッ」


 その怒声によって過去のトラウマが甦り、過呼吸を引き起こしてまともに息ができないまま、アレがどうしてここにやってきたのか、文章にならない羅列が頭の中を駆け巡った。


 どうして、なんで、もうやめたのに、やめたあとにまでくるなんて、息苦しさに悶えながらも、少しだけ正気を取り戻した頭でこの場をどう切り抜ければいいのかを必死に考える。


『居留守を使おうたって無駄だからな!中から物音が聞こえたぞ!いるんだろっ!!』


 反射的に出てしまった短い悲鳴と尻もちの音が聞こえてしまったらしく、もう私が中にいる事が元上司にはバレてしまった。


 だから私の取れる手段はこのままやり過ごすか、意を決して出るかの二択しかなく、ドンドンとドアを叩く音と響く怒声が早く決めろとせかしてくる。


 このままやり過ごせばいつかは帰ってくれるかもしれないが、また来るかもしれないという恐怖に怯え続けなければならず、かといって元上司の前に出て行く勇気もない。


 だけど、この八方塞がりの状況をどうにかしなければ今後の配信にも響いてくるのは明白……しかし、今の私は動く事すらできないでいた。


『おいっ!黙ってないでなんとか言ったらどう――――』

『――――うるさいよ、おっさん。近所迷惑とか考えないの?』


 痺れを切らしてさらに大きな声で怒鳴り始めた元上司の怒声に割って入るように聞き覚えのない女性の声が聞こえ響いてくる。


「ぁ……?」


 突如として聞こえてきたその声に一瞬、近所の人が怒声に迷惑して出てきたのかと思ったが、確か私の近所に若い女性は住んでいない筈だ。


『……おっさんだと?年長者に対して口の利き方がなってない小娘だな』

『は?年長者も口の利き方も今は関係ないでしょ。私はおっさんの怒声が近所迷惑だって言ってんの。言葉の意味も理解できないの?』


 おっさん呼ばわりされた事が相当頭にきたらしい元上司が食って掛かると、女性は煽るような口調で返し、口論がヒートアップしていく。


『ッさっきから初対面の年長者に向かって失礼だろうが!この――――』

『だからうるさいっての。つか、おっさん邪魔だからどいてくれない?私、この部屋に用があるんだけど』


 頭に血がのぼりきってさらに声を荒げようとした元上司の言葉を不思議と響く女性の声音が遮り、返す。


『ッふざけるな!俺が先にここにきてたんだから優先されるのは俺の方だ!お前が帰れ!!』

『……おっさんが?この部屋に用事?なんで?』


 怒声を上げる元上司とは対照的に女性は冷静に一つ一つ疑問を並べ立てた。


『俺はこの部屋に住んでる女の上司だ!こいつが無断で欠勤しているから性根を叩き直すためにわざわざやってきてやったんだよ!!』

『…………は?』


 あまりに身勝手で上からの物言いの元上司に対して女性が呆気に取られているのがインターホン越しでも分かる。


 そもそも私は会社を辞めたはずなのに無断欠勤というのはおかしな話だし、仮にそうだとしても、家に直接押しかけ、近所迷惑を考えずに怒声を撒き散らしながら性根を叩き直すと息巻いているのは異常と言って差し支えないだろう。


『電話には出ないし、抱えている仕事も放って逃げようたってそうはいかないからな!聞こえてるんだろ!!』


 女性に言っているのか、部屋の中の私に言っているのか、興奮している元上司は相も変わらず怒声を撒き散らし続ける。


『…………はぁ、だからさっきからうるさいって言ってるでしょ。それとおっさん、頭おかしいんじゃないの?』

『なんだとっ!俺を侮辱する気か!!』


 呆れ返って深い溜息を吐いた女性が冷めた口調でそう言うと、元上司は今までにないくらい激怒し、今にも殴りかかりそうな剣幕と雰囲気を醸し出していた。


『侮辱も何も本当の事でしょ。私の知っている限り、この部屋の子は仕事を辞めてるはずよ。だから無断欠勤って時点でおかしい。それに平日の昼間から近所迷惑も考えずに喚き散らして、女性の部屋に押し掛ける……まるでストーカーみたいね』

『ッ……だれがストーカーだ!それに辞職を認めた覚えもない!退職代行とかいう訳の分からない奴らからの電話だけで辞められるはずがないだろ!!』


 唾を飛ばし、否定の言葉と身勝手な理論を展開する元上司に女性は再び大きなため息を吐く。


 元上司が認めようが、認めなかろうが、会社と退職代行業者との間で話はついている。退職に必要な手続きも業者を通して行った以上、元上司に私をどうこうする権限は何もない筈だ。


『……おっさんが認めるかどうかなんてどうでもいいの。退職代行業者を通して会社との事務的な手続きは済んでるだろうからね。てか、仮に辞めれてなかったとしても今、アンタがやってる事が常識と照らし合わせて異常だって分からないの?』

『ッ……!?』


 つらつらと事実を並べ立てられて二の句が継げず、言葉に詰まる元上司。


 どうして女性が事情を知っているのか分からないが、追い詰められる元上司の様子に少しずつ私の心も落ち着きを取り戻していく。


『分かったらさっさと帰りなさい。私が警察を呼ばない内にね』

『く、顔は覚えたからな!後悔させてや――――』

『ちなみに今までのやり取りは録音してるから。私やこの部屋の子に何かをしたらこれを持って警察に行くつもりよ』


 捨て台詞のような言葉を遮り、女性がそう言い放つと、元上司はぎょっとした様子で慄き、じりじりと後退し始める。


『っま、まあ?俺はか、寛容だからな。こ、この辺にしといてやるか』

『……いいからさっさと失せなさい。私の気が変わらない内にね』


 急に狼狽え、早口で誤魔化すようにその場を去ろうとする元上司へ釘を刺し、逃げていくのを一瞥した女性は踵を返してドアの前に立った。



11.配信準備をお読みくださり、ありがとうございます。


これはノーみりん先生とリィメンバーの温かなコメントに触れた翌日、思わぬ来訪者に震え、見知らぬ訪問者に助けられるお話です。


過去のトラウマを再発した彼女……そして謎の訪問者の正体とは……?そんな彼女の今後が気になる、推せるという方はチャンネル登録……もとい、ブックマークの方をよろしくお願いします……それでは彼女から一言!


「……今でもこの日の出来事を思い出すと身震いします……もし、彼女がこなかったらと思うとゾッとしますわ……たぶん、本人を前にしたら言えないでしょうけど、本当に感謝しています……ですわ」

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