第4話
彰子が正式メンバーとなった2週間後。ついに決勝大会の日を向かえた。
今年で2年目となるこの大会。
昨年に引き続き、進行役のアナウンサーによって開幕が告げられた。
「さあ今年もやってまいりました肝試し決勝大会。今回勝ち進んだのは名門A大学! そしてなんといっても、記念すべき第1回大会優勝のB女子大! そして初出場ながら決勝に進出した台風の目、N女子大であります!」
ひとつひとつの大学名が呼ばれる度に、応援にきた関係者の大きな歓声が上がった。他にも大会の熱狂的なファンも多く集まった。盛り上がりをみせる中、3大学の出場チームメンバーがステージに上がった。
N女子大は3番目であった。
そしてメンバー一人一人が意気込みを述べた。
「――うわ~ すごい人の数…… まさかこんなに大きな大会だとは知らなかった」
開幕から緊張がピークの彰子。
「彰子~!! ガンバレ~!!」
駆けつけたサークル仲間の声など、彰子の耳にはまるで届かなかった。
そしてインタビューが進み、アサギにマイクが向けられた。
「さて、続いては注目のN女子大チームの主将であるアサギさんです! 自信のほどは?」
「私達のサークルは今年の春に出来たばかりなので、正直不安のほうが大きいですが頑張ります」
「そうなのですか~ 今年できたばかりで決勝に進んだわけですから、これは凄いと同時にとても楽しみです。さて次の方?」
ルカにマイクが向けられた。
「私はキャプテンのアサギさんにひたすら付いて行こうと思います」
「なるほど~ それでは次の方」
ルミの番。
「私は喋ることが得意なので、とにかく喋ってチームのみんなの恐怖心を紛らわすことが出来たらいいです」
「これは心強いですね~ さて最後の方」
ついに彰子にマイクが向けられた。ガチガチで何を話せばいいか……
思うように言葉が出てこない。
心配そうなアサギ達の視線を彰子は感じた。
全ての人の視線が自分に集中している。こういった経験のない彰子には、お化け屋敷に匹敵する地獄であった。額に汗がにじんでいた。
何か話さなければと焦る彰子に、アナウンサーのほうから。
「おや?? 今気がつきましたけれど、あなた新メンバーですね? 私予選からずっと見てきましたので分かりました」
「はい。私は大会直前にチームに入りました」
「なるほど~ N女子大の秘密兵器ってわけですね~? これはますます期待できそうです!」
アナウンサーの言葉に思わず吹きだしそうになるアサギ達。
その内心は。
「――ちょっと、彰子のどこを見たら秘密兵器に見えるのよ??」
「――お化け屋敷入る前から震えてる秘密兵器なんて聞いたことないわ!」
クスクス笑っていた。
インタビューが終わると各大学のチームメンバーはステージから降りた。
続いてアナウンサーは、観客に向けて決勝大会のルール説明を始めた。
「さて! 各チームの紹介はここまで! 次は大会のルールを簡単に説明いたしましょう。今回の舞台となるハイテクお化け屋敷は計3ステージで成り立っています。屋敷内では常にスクリーム値というものが計測されます。これは絶叫や悲鳴をあげるたびに加算されるポイントです。この計測器は優秀なことに、悲鳴意外の声にはまったく反応しません。正確に恐怖を感じ取ることができるのです。このスクリーム値を低く抑えることが勝利の鍵となります。そして3ステージ終わった時点でスクリーム値が最も低かったチームが優勝となるわけです。また屋敷内で恐くなって逃げ出したり、座り込んでしまうなど、継続不可能と判断された場合は失格となります。メンバーは常に屋敷内は歩かなくてはなりません。各ステージ1チーム4人で挑戦してもらいますが、もしステージ中にメンバー全員が失格になってしまった場合は、その時点でそのチームは失格。敗退となり次のステージには進めません。逆に4人中3人が失格となっても、1人がゴールできれば、それでステージはクリアとなり次ステージに進むことができます。そして次ステージは、再び4人で挑戦できるというわけです。また必ずしも4人で挑戦する必要はありません。1人で挑戦することも出来ますが、この場合その1人が失格となった時点でチーム全体が失格となってしまいます。ですから基本4人でチャレンジという形になるわけです。これが大まかなルールです」
会場に集まった人は頷きながら聞いていた。
「さて、続いてステージとなるお化け屋敷ですが。実は屋敷ごと移動できるもので、このステージの隣に並べて設置されます。やや大掛かりな作業にはなりますが、1ステージが終わったら次のステージと…… 計3回屋敷の移動設置作業を行うので、その間1時間ほどの休憩を取らせていただきます。そして屋敷内部の様子は、このステージ上方の大画面モニターに映されますので、皆さんメンバーを精一杯応援してくださいね」
ステージ上方に設置されている巨大モニターの幕が外された。
場内から歓声が起こる。
「それではさっそく第1ステージの設置に移りたいと思います。大型トラックが入ってきますので、ステージ左側のお客さんは後ろへ移動してください」
そして巨大なバンがバックで会場入り。ステージに近づいてきた。
荷台の上にはプレハブ倉庫を思わせる平屋の建物。
それが第1ステージだ。
色はなんとも綺麗な虹色をしている。とてもお化け屋敷には見えない。
なんとも意味ありげであった。
10人以上の誘導を受けながら、ようやくステージ横に設置された。
場内から拍手が起こる。
「というわけで、こちらが第1ステージとなります。全長はおよそ15m。全ステージ共通している点は、入口と出口が赤いドアとなっていることです。つまり入口の赤いドアから入り、出口の赤いドアから出ればゴールです。そしてゴールすると必ずこのステージ上に出てくるという仕組みになっています。もし挑戦者がステージ上に現れたときは皆さん盛大な拍手で迎えてあげてください」
誰もが納得しながら聞いていた。
「では少しだけ屋敷内部の様子を見てみましょう」
すると大画面モニターにその映像が写った。しかし内部の様子は屋敷の外観と似たような、カラフルな色をしている。
恐さのカケラは一切ない。
「先ほどからおそらく皆さん疑問をもたれているかと思いますが、屋敷の外側も内部も特徴的な色をしています。何ともカラフルです。これは一体何なのか? 本日はある方をゲストにお呼びしています。今回のお化け屋敷の制作、設計デザイン全てを手がけた日本を代表するお化け屋敷プロデューサー。ムラヨシ先生で~~す!」
紹介を受け、ムラヨシがステージに現れた。
「ではムラヨシ先生の方から説明をお願い致します」
「どうもご紹介に預かりましたムラヨシです。ご説明致しますと今回のステージにはちょっとしたカラクリがあります。もちろんこの屋敷のカラフルな色もそのひとつです。しかしその前に、ある方に登場してもらいましょう」
会場が静まる。
「その方というのは、これから行われる各ステージに登場し、挑戦者の皆さんを恐怖のどん底に突き落とす役割を担う方です」
「え~!」
場内がざわついた。急な展開にアナウンサーが。
「あの~先生ひとつよろしいですか? その方ってもしかしたら、もの凄~く怖い方なのではないのでしょうか? 会場にはそういうのが苦手な女性も多くいますし、大丈夫でしょうか?」
「ハハハ。まさに仰る通り、とても恐ろしいキャラクターです。でも安心してください。ではお呼びしますよ」
「え~! キャ~」
場内に歓声と悲鳴が交錯した。
ムラヨシはパチンと指を鳴らした。
場内に緊張が走る。
しかし何も現れる気配はない。誰も出てこない。
いったい何がどうなったのか?
不思議な空気が会場を包んだ。
すると満足そうにムラヨシが言う。
「皆さんお分かりになりますか? 実は今、私の隣にその方をお呼びしました。今私の隣に立っています」
「え~!? 嘘~! 誰もいないじゃない! なに気味悪いこと言っているの~!?」
「嘘ではありません。見えないのもそのはず。実はこの特殊めがねをかけないと見えないのです」
そう言うとムラヨシは、大きめのレンズをした奇妙なめがねをポケットから取り出した。
そしてステージの前方に歩いていくと、前列の人に。
「誰か試してみたい方いませんか? 恐いもの大丈夫という方にお願いします。このめがねで見てみてください」
そして一人の女学生がそのめがねを受け取り、めがね越しにステージ上を見るなり悲鳴をあげた。
「キャ~!!」
思わずめがねを床に放り投げてしまった。
アナウンサーがステージの階段から降り、めがねを拾うとその女学生にマイクを向ける。
「どうしましたか!? 何が見えました!?」
震えながら女学生は答えた。
「女の人が…… 全身血まみれの女の人が立っていました!」
その言葉に大騒ぎとなる会場。
中には会場から逃げ出そうとする者も。しかしムラヨシがそれを静める。
「ちょっと皆さん落ち着いてください。大丈夫ですよ~ これはただの演出です。実際には誰もいません。トリックです」
その言葉に安心してか、会場はひとまず落ち着きを取り戻した。
「驚かせてしまいすいません。そして今、彼女が驚きましたが、そのスクリーム値は100と出ました。特殊めがねに内蔵されているセンサーが悲鳴を感知しているのです」
「よくできていますね~ どれどれ……」
今度はアナウンサーがめがねをかけた。そして飛び跳ねた。
「うわああ! これはリアルですね…… 本当にこのめがねをかけると見えます。それにもう一つ驚いたことがあります。屋敷の外観も、このめがねを通すととても恐ろしく変化しました。立体感があり恐怖を引き立てますね」
「分かって頂けましたか? これが今回のお化け屋敷のカラクリです。ちなみに彼の今のスクリーム値は30でした。このように少しでも声を上げたり驚いただけでスクリーム値はどんどん上昇するわけです」
「なるほど。これが4人になるとどうなるのか? 単純に1人の4倍スクリーム値が溜まってしまうのか。それとも励ましながら行くことで、1人の時よりスクリーム値を抑えることができるのか? その辺も見所であります」
アナウンサーが感想を述べると、再び客席にめがねを差し出した。
「どなたか他に見てみたいという方いますか!?」
集まった大部分は女子大生ということもあり、皆引いてしまったようだ。
アナウンサーは再びステージに上がりムラヨシに尋ねた。
「ということは挑戦者全員がこのめがねをかけて望むということですね?」
「その通りです。もし恐怖に耐えられなくなった場合は、すぐにこのめがねを外せば、恐怖から解放され何もない空間に逃れることが出来ます」
「ということは、このめがねを取った時点で失格になる。と…… ちょっと今ふと思ったのですが…… 私今ムラヨシ先生の隣でお話していますが、ここは例の女性が立っていた場所でしょうか?」
「ビンゴ。ぴったり重なっていますよ」
「うわああ!」
反射的に一歩退くアナウンサー。
「今重なってしまいましたが、私呪われませんよね?」
「ハハハ。心配することはありませんよ。ただの幻影ですから」
「ああよかった…… 私、現在めがねをかけてなかったから平気でしたが、していたら失神していたかもしれません」
「めがねをかけていたらステージに上がるのも度胸いるでしょうね。今アナウンサーの彼がお化けと重なっていましたが、このトリックは面白いことに、このお化け、私はタタリンと呼んでいるのですが、そのタタリンと実際の人間が重なった状態で、外から特殊めがねで見ると実際の人間の姿は消えてしまうのです。タタリンのみが見える。そんなシステムになっています。まあちょっと蛇足でしたが」
「なるほど…… まさにハイテクの力といった素晴らしい仕掛けです」
するとムラヨシは指をパチンと鳴らした。
「今の合図でタタリンは消えましたから大丈夫ですよ」
「本当ですか?」
念のためにめがねをかけて確認するアナウンサー。
「確かにタタリンはいません。ホッとしました…… しかし今回のマスコットキャラは本当に恐いですね~! おそらく大人の男性でも普通に無理という方も多いのではないでしょうか」
「今回は意気込んで作りましたからね」
「なるほど。ところで先生はこの決勝をどう見ますか?」
「そうですね。私も今大会は予選から見てきましたが、どの大学もちょっとやそっとのお化けでは驚かない、私から見れば強敵ばかりです。しかし私も負けじと力作を用意していますから、今回は正直、失格せずに第3ステージをクリアできたチームがそのまま優勝となるのではないかと予想しています」
「そうですか~ つまりスクリーム値など関係ないと。それだけ難易度の高いステージになっているということですね?」
「おっしゃる通りです。そこで今回私は審査員特別賞というものを設けました」
「ほう!? それはどういった?」
「大会中でもっとも印象に残る活躍をした人にこの賞を送りたいと思います。なのでこの決勝大会には私が審査員長として参加させて頂こうと思います」
「つまりその賞は先生自身がお選びになるということですね?」
「はい。特別賞の賞金は30万です」
「なんと! これは嬉しいハプニングです。挑戦者たちも気合が入ることでしょう」
「頑張ってもらいたいですね。無理をしない程度に」
「分かりました! ということで今大会の審査員長も務めていただくムラヨシ先生でした!」
拍手が起こる。ムラヨシは一礼するとステージを降りた。
「ではいよいよ注目の第1ステージが始まりま~~す!!」
会場が熱気を帯び始めた。
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