第3話
彰子は即座に拒んだ。
「無理です! 私は絶対無理です! そういうの本当の本当に駄目なんです!」
「仕方ないでしょ? 木田さんがいなくなっちゃったんだから」
「お願いです。誰か違う人を探してください!」
「そうもいかないのよ。私達これから、メンバー申請書を本部へ届けに行かなければならないのよ。今から他の人をあたって説明している暇はないの」
アサギの態度を見る限り冗談ではなさそうだ。
彰子は心の中で叫んだ。
「――美香の馬鹿~!! そんなこと一言も言っていなかったじゃないの!!」
「あなた竹下さんっていったわよね?」
アサギは内ポケットから紙を出した。
「ここに名前とハンコを押して」
「無理です! 絶対無理です!」
彰子はあくまで抵抗した。暗い夜道すら恐がっている人間が、最新のハイテクお化け屋敷の恐怖に耐えられるはずがない。しかしアサギは甘い顔ひとつ見せることなく続けた。
「だったらすぐに木田さんを連れてくるしかないわね」
彰子は心の中でまたしても叫んだ。
「――美香の嘘つき~!! 全然優しい人なんかじゃないじゃん!」
「早くサインして」
申請書を突き出すアサギに対し、彰子はあくまでも首を縦に振ろうとはしなかった。
アサギはさらに詰め寄る。
「木田さんが読書サークルに入りたいなんて、どうせあなたが誘ったんでしょ? だとしたらあなたにも責任があるってことよ」
「そんなこと言われても……」
彰子は追い詰められ、苦し紛れの一言を発した。
「今度の大会は棄権してくださいませんか!? 生徒会には私のほうから話しますので」
しかしそれはアサギの燻った気持ちに油を注ぐようなものだった。
「あなた何も分かってないわね! オカサーのことも、私達が大会に出場する理由も…… いいわ。この際だから教えておくわ。オカルトサークルはね、今年の4月に出来たばっかりで、まだ大学の公認サークルとして認められていないのよ。資材や備品なんかも大学のほうから何ひとつ支給されないわけ。つまり全部自費で揃えるしかないのよ。でも当然そんなお金ないわ。途方にくれていた時今回の大会の記事を見つけたの。優勝すれば100万円。そのお金があればサークルに必要な最低限の物は揃えることが出来る。分かった? 私達の目的…… それともあなた、私達に100万円出してくれるとでも言うの?」
「そ、それは……」
無理な話に返す言葉が見つからない。
「ちょっとアサギさん。そんなに責めたら可愛そうですよ」
彰子に同情したルカとルミがフォローに入った。
「そうですよ。この子は、ただ木田さんの手紙を届けに来ただけだし、オカサーとは関係ない人だし……」
「それはそうだけど……」
アサギも少し言い過ぎたと反省した。
ルカとルミは彰子に温かく言った。
「ねえ竹下さん? 私達のチームに入っても、そんなに恐がることないと思うよ」
「そうだよ。大会中のお化け屋敷とかは、全部私達が先頭を歩くから、あなたは一番後ろからゆっくりついて来てくれればいいよ」
「そうそう。それに皆で恐くないように話とかしながら行くのよ。それだけでけっこう紛れるんだよ」
「それでも本当に恐くて仕方なかったら、その場で棄権して外に出ることも出来るし」
「ね? それだったら大丈夫そうでしょ?」
「あなたは無理しないでいいから。形の上、紙の上だけのメンバーでいいのよ」
二人の話を聞いているうちに彰子の先入観は少し変わった。
「本当にそれだけでいいのですか?」
「もちろん! ね? アサギさん!?」
「え? う、うん……」
アサギも頷いた。そして彰子は、やむなく了承することにした。
「分かりました。やります」
それは彰子にとっては驚くべき決断であった。
何てことをしたのだろうと後で後悔することになるのである。
少し前までは考えられなかった出来事が、現実のものになっていた。
しかし美香の事を考えると、自分が代わるしかないといった気持ちになる。
彰子は申請書に名前を書き、判を押した。
アサギら3人もホッとした表情を見せた。
するとアサギが右手を前に出した。その上にルカとルミも手を乗せた。そして彰子に言う。
「ほらあなたも乗せて」
言われるがまま手をそっと乗せた。
「今度の決勝大会。このメンバーで頑張ろう!」
「おう~!」
意気があがる3人だが、彰子は素直に喜ぶことは出来なかった。
ひとつ引っかかる点があったので聞いた。
「あのアサギさん。やっぱりサークル部屋にも、私顔出さないと駄目でしょうか……」
「ハハハ。随分と嫌われちゃったかな。あの部屋」
アサギの態度も朗らかになっていた。
「別にいいよ。無理しなくても。大会当日にちゃんと合流してくれれば」
「そうですか。分かりました」
彰子も気が楽になった。あのオカルト部屋に出入りするのだけは気が進まなかった。
「じゃあね竹下彰子さん」
フルネームを呼ばれ若干照れる彰子。
アサギが手を振り、3人と別れることになった。
気がつけば外はすっかり日が落ちて真っ暗であった。
美香が先に帰ってしまったことで予定が狂った。一人で帰るしかないのか。
彰子は思い切って3人を追い、声をかけた。
「あの~皆さんの家はどっち方面ですか?」
「え?」
意外そうな顔をして振り向く3人。あいにく彰子と同じ方向の人はいなかった。
「どうしたの竹下さん?」
「実は私…… 恥ずかしい話なんですけど、暗い夜道を一人で帰れないんです。恐くて……」
「はあ???」
呆気にとられる3人。
「恐いって、あなた何歳よ!?」
「すみません……」
彰子は照れ笑いした。
ルカとルミがアサギにつぶやく。
「アサギさん。もしかして私達、もの凄い貧乏くじ引いちゃったんじゃ……」
「貧乏くじどころじゃないでしょ……」
「仮にも決勝大会に出場するメンバーですよ……」
「完全に望みゼロね……」
「そのへんの小学生を誘ったほうがまだましかも……」
「本当に棄権したくなってきたわ……」
3人の口からはそんな言葉が漏れた。
彰子は心の中で思った。
「――だから私なんか誘わないほうがいいって言ったのに…… でも別に期待されているわけじゃないんだし、いいけど」
彰子はアサギに言った。
「大丈夫です。私タクシーで帰りますから」
「タクシーって…… じゃあ一人で帰れないっていう話は嘘じゃないのね?」
「ええ。本当ですよ」
ますます頭を抱えるアサギだが、きっぱり言った。
「分かったよ! 私、車だから家まで送っていくよ!」
「本当ですか? でも自転車ないと明日が困るし……」
「明日も迎えに行くから。それでいいでしょ!?」
「ええ!? いいんですか? ありがとうございます」
こうしてアサギに家まで車で送ってもらった彰子。
車から降りるとアサギに礼を言い別れた。
サバサバしたアネゴ肌の、とてもいい人だと思った。
美香の言っていた意味がちょっと分かった気がした。
決勝大会はもちろん恐いけど、あの人達と一緒なら何とかなるかも、とも思えた。
自分は仮のメンバーだから無理する必要もない。
そう考えると気持ちは楽になった。
マンションに着くと、まず美香の部屋に向かった。
「美香の自転車がある。やっぱり帰ってきてたんだ」
呼び鈴を鳴らしてみるが出てくる気配はない。そこに大家さんが顔を出した。
「おや竹下さん?」
「大家さんこんばんは。美香は帰ってきましたよね?」
「うん。少し前にね。でもまたすぐ荷物かついで出かけちゃったよ」
「本当ですか?」
いったい何処に行ったのか気になった彰子だが、ふと携帯にメールが入っていることに気付いた。
見るとそれは美香からのメールだった。
「大家さんありがとうございます」
礼を言い一人になった。そしてメールを開き、読んだ。
『彰ちゃん、先帰っちゃてごめん。アサギさんたちの声がしたから思わず逃げちゃいました。今日は正式メンバーの登録をする日だったの。そのことも隠してごめん。どうしても私、サインする勇気がなくて。きっとアサギさん達怒っていたでしょう? 申請日当日に逃げちゃったりして、アサギさん達には本当に申し訳ないことをしたと思ってる。もちろん彰子にも。本当にごめんね。でもこうするしかなかったの。今私は電車の中です。最近色々あってちょっと疲れたので、気持ちが落ち着くまで実家に帰ろうと思います。また大会が終わって、私の気持ちも落ちついてきたら戻ろうと思います。でも私のせいでアサギさん達が決勝大会を欠場することになったら、私どうすればいいか…… そんなことばかり考えてしまいます。やっぱり彰子に勧められた通りに、始めから読書サークルに入っていればよかったのにって後悔しています。今さらだよね。そんな訳で、しばらくそっとしておいてください。じゃあまたね彰ちゃん』
始めはちょっぴり怒っていた彰子だが、メールを読んでいるうちに心の熱が冷めた。
美香の気持ちは手紙から痛いくらいに伝わってきた。
「――本当に辛かったんだね。美香……」
心配をかけないようにと彰子もメールを打った。
自分のメールで美香を少しでも元気にしたかった。
『美香心配しないで大丈夫だよ。美香の代わりに、なんと私が出ることになっちゃいました! 嘘だと思っているでしょ~? 絶対無理だと思っているでしょ~? 無理なのは当たっているけど、出場するのは本当です。私も最初は本当に嫌だったんだけどね。アサギさん達は、やっぱり始めはそうとう驚いて、怒っている感じもあったけど、私がメンバーに加わるってことになったら、安心してかみんな笑っていたよ。美香の言うとおりみんな良い人だね。お化け屋敷は恐いけど。私のことは心配しなくてもいいよ。みんな私が極度の恐がりっていうことを合意の上で接してくれるみたいだから。私が夜道を一人で帰れないって言った時のみんなの顔は傑作だったな~ これは私の想像だけど、みんなの目的は優勝よりも、大会を楽しむっていう方向に変わってくれたんじゃないかって思う。だって私が入った時点で優勝はありえないもんね。でも私なりにやれるだけのことはしてみるつもりだから応援してね。美香も早く元気になって戻ってきてください。 彰子』
メールを送信し、彰子は部屋に帰った。
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