第1話
N女子大の1年生である竹下彰子は、読書サークルの仲間に声をかけられ我に返った。
「ねえ彰子。もう7時(夜の)だよ」
「えっ! 本当に?」
読みかけの本を机の上に広げたまま、腕時計を確認する。
「本当だ。時間が経つのあっという間だな~」
本に没頭するあまり、まるで時間感覚がなかった。
立ち上がると図書室の窓に近づき、カーテンを開けた。
空はうす暗くなっていた。季節は夏。もっとも日の長い時期だ。
彰子は背伸びをすると、ふう~と大きく息を吐く。
がらんとした広い図書室に、サークルのメンバーが集まり、話をする者、本を読む者様々であった。
仲間が彰子のことを話す。
「彰子は大変だよね~ 明るいうちじゃないと帰れないから」
「仕方ないよ。だって周りが真っ暗になったら、帰り道とか恐いでしょ?」
「今どき中学生だって普通に帰るけどね。ハハハ」
笑いが起きる。その恐がりな性格は、笑いのネタにされることもしばしばであった。
「でもどうしても私は無理なのよね。そこは割り切っているんだけど」
「誰か一緒に帰る子とか探したら?」
「私もそういう友達欲しいけど、みんな帰り道反対方向なんだよね」
「そういえば、あなたのマンションに友達いたわよね?」
「うん。美香ね。高校からの同級生で、今も同じマンションで暮らしているけど」
「その子とは帰れないの?」
「それが…… あの子は『オカルトサークル』所属だから、いつも帰りは遅いのよ」
「ああ、そうかそうか! オカサーの子ね!?」
N女子大の『オカルトサークル』通称『オカサー』は、今や学内にとどまらず、全国の大学の同系サークルからも熱い視線が向けられていた。
注目されるきっかけになったのは、日本中のお化け屋敷を舞台に毎年行われる『肝試し全国大会』。
昨年に第一回大会が始まって、今年が二回目であった。
この大会は女子大生限定の団体戦で行われ、優勝チームには100万の賞金が与えられるのだ。
その予選大会が春に行われた。
N女子大は全国から集まる強豪を退け、見事予選を勝ち抜き決勝大会に進出したのである。
決勝大会に進める大学は3校。
どの大学も選び抜かれた強豪である。そのひとつにN女子大が残ったことで、大学内は大変な騒ぎとなったのである。
N女子大の中でもまったく無名に等しかったオカサーの存在。
それがまさかの決勝大会進出。
運命の日はおよそ2週間後に迫っており、大会が近づくにつれて応援も熱を帯びていた。
彰子の友人である美香は、その決勝大会を戦うオカサーメンバーの一人なのである。
それもチームの中で1年生は美香だけ。他は2年生が3人。計4人の小さなサークルであった。
サークル仲間が彰子を笑う。
「でもおかしいものね。臆病者の彰子の友達が、真逆のオカサーメンバーなんてね」
「本当は違うのよ。私美香と高校で一緒だったからよく分かるんだけど、どこにでもいる普通の女の子よ。特別度胸があるとか、そういった部分もないし。私も入学した当初は、一緒に読書サークル入ろうって誘ったけど、結局聞いてもらえなくて……」
「でも決勝大会まで残るってことは、それは本物じゃない?」
「そうなのかな……」
彰子は、高校時代から一緒で知らぬことなどないと思っていた美香の意外な才能に驚く今日この頃であった。
そして友達として、美香を全力で応援しようと決めていた。
しかし会場に応援に行くのは気が進まなかった。究極の恐がりであるがゆえに……
仲間が言う。
「オカサーメンバーじゃ一緒に帰るのは無理ね。何しろあそこは暗くなってから本格的に活動開始っていうサークルだものね。まさに彰子と正反対だわ」
「そうなのよ。ここ最近は特に忙しいみたいで、まったく会っていないんだけどね」
「それはそうだろうね。優勝すれば100万でしょ? つまり一人あたり25万ゲットできるチャンスだもん。気合入っていると思うよ」
「いけない! もうこんな時間」
彰子は帰り支度を始めた。同時に仲間達の話にも耳を傾けていた。
「でも全国の3本指に残るって凄いよね!?」
「私達も応援しよう」
「そうだね~」
支度を終えると。
「じゃあ先帰るね」
「気をつけてね~」
「お先~」
そう声を掛け、彰子は図書室を出た。外はまだ明るさが残っている。暗くならないうちに帰ろうと、急ぎ足で駐輪所に向かった。
駐輪所に着き、ふと気がついた。
自分の自転車の前に誰かが立っている。そしてこちらを見た。
「美香!」
それが美香であることが分かり安心した。
「彰ちゃん久しぶり!」
「久しぶり。元気にしてた?」
「うん。最近サークルの活動が忙しくて帰りが遅いうえに、寝坊して午前の講義さぼったり、ほんと時間がずれちゃっていてね~」
「大変そうだね」
「彰ちゃんもまったく顔出してくれないんだもん! 電話もくれないしさ」
「ごめんごめん。私も今夢中になってる本があって、全然周りが見えてない状態なんだよね」
「あなたも変わらないわね。フフフ」
久しぶりに会った二人の会話は弾んだ。
彰子は聞いた。
「ねえ。こんなところでどうしたの?」
「うん。彰ちゃんと話がしたくて。自転車見たらまだあったから、ここで待っていたの」
「そうか~ ねえ、せっかくだから一緒に帰らない!? 家で話そうよ!」
心躍る彰子に対し、美香の表情にはどこか陰が落ちていた。
「嬉しいけど、ゴメン…… ここで聞いてくれるかな……」
「う、うん。いいけど…… 美香どうかした? ちょっと元気ないみたいだけど?」
「そう? 実はこれからサークル仲間と集まるんだけど……」
「そうだよね。もうすぐ決勝大会だもんね! 私も応援してるから頑張ってよ」
しかしオカサーの話に触れると、暗い表情を見せる美香。
「実はそのことで、ちょっと悩んでいるの」
「どうして? ここまで来たんだからあとはやるだけでしょ?」
そして美香は小さな声で。
「私、出たくない…… 今度の大会……」
「ええ~!!??」
彰子は驚いた。
「出たくないって言ったって、もう大会すぐでしょ!?」
「そうだけど…… 駄目なの。出る気持ちになれないの…… 恐くて……」
「恐いって…… その気持ちも分からないではないけど……」
すると美香は彰子の肩を手でゆすりながら、必死に心の内を訴えた。
「もう我慢できないの! 私オカサー抜けたい!」
「ちょっと美香落ち着いてよ!」
彰子も困った様子。
「ご、ごめん……」
ひとまず落ち着いた美香だが、その目には涙が浮かんでいた。彰子が聞く。
「サークル辞めたいって言っても大丈夫なの? チームとしては」
「駄目だと思う。サークルは今4人。一人でも欠けると団体戦として大会に出られなくなっちゃう」
「それは困ったね……」
高校時代からの親友の悩みに、彰子も頭を抱えた。
何か方法はないかと思考するが、良い案が浮かんでこない。
美香が小さくつぶやいた。
「私。もともと恐いこととか得意じゃないし……」
後悔を口にする美香に対し彰子は。
「だから私言ったでしょ? 一緒に読書サークル入ろうって。そうすればこんなことにはならなかったのに」
美香も主張した。
「私だってこんなことになるって知っていたら入らなかったわよ。もっと穏やかなサークルだと思ってた…… 古い怪談話を研究したり。最悪でも各地のお化け屋敷を回るとか…… そのくらいのサークルだと思って入ったのよ」
「そうか…… でも実際は更に過激だったわけね?」
「そう。予選大会はなんとか頑張ったけど、それでも本当に死にそうなくらい恐かったんだから」
「それで今度の決勝大会っていうのも、そうとう恐いの?」
「最悪よ。聞いた話では、日本を代表するお化け屋敷プロデューサーが作った、ハイテク技術を使ったお化け屋敷らしいの。男の人でも腰を抜かすくらい怖いって話よ……」
「ひや~~」
話を聞いただけで彰子は背筋が寒くなった。
そして迷うことなく言った。
「美香! それはやめるべきよ! 絶対無理! 棄権しよう!」
急に顔色を変え彰子は説得した。その言葉で美香の気持ちも少し楽になったようだ。
「やっぱり彰ちゃんもそう思う?」
「当たり前じゃないの!」
しかし美香はまだ悩んでいた。この大事な時期ということもあり、そう簡単に決断はできるものではない。それは彰子も分かっていた。
「これからは読書サークルに入ろうよ。 みんなすっごい良い人ばっかりだから」
「うん。そう出来るならば、そんなに嬉しいことはないわ……」
彰子はその言葉に笑顔を見せて頷いた。
すると美香は服のポケットから、ある手紙を取り出した。
「この手紙に書いたの。私の気持ち…… サークル辞めたいっていう」
「そっか」
美香の気持ちに賛同する彰子。
「じゃあその手紙サークルの人に渡してきなよ。私ここで待っているから。済んだら一緒に帰ろうよ」
しかし美香は素直に首を縦には振らなかった。
そして気持ちを乱した。
「駄目! 絶対無理に決まってる! 受け入れてくれないわ!」
「ちょっと美香落ち着いてよ。じゃあどうするの?」
「お願い彰ちゃん! この手紙をオカサーの人に渡して来て!」
「ええ~~私が!!?」
「一生のお願い~!」
「ちょっと待ってよ~~ この私に、オカサーの活動部屋のドアを叩けっていうの!?」
「大丈夫。場所は教えるから!」
「いやそういう問題じゃ……」
「心配しないで。メンバーに恐い人いないし! 室内もそんなに恐いもの置いてないから!」
戸惑う彰子に、ひたすら頼み込む美香。やがて彰子は折れた。
「わ、分かったわよ~ 手紙を届けるだけね」
「あ、ありがとう彰ちゃん!」
美香は彰子の手を握り喜んだ。それに対し、やれやれといった様子の彰子であった。
「本当は嫌だけど行くわよ。まあ、あなたの気持ちもよく分かったし。これからサークル一緒になれると思うと嬉しいし」
「本当に彰ちゃんだけが頼りだわ」
彰子は手紙を受け取った。
「じゃあ行ってくるけど、美香はどうする?」
「ここで待ってるよ。私の自転車は別の場所にとめてあるから、彰子が戻ってきたら一緒に来てくれればいいよ」
「うん分かった」
すると彰子は自分の自転車の鍵を外し、スタンドから引っ張りだした。
「私が戻るまで自転車にまたがっていていいよ。立ちっぱなしだと疲れるでしょ?」
そう言って自転車を差し出した。
「ありがとう」
美香は彰子の自転車にまたがった。
「じゃあ行ってくるね」
「うん。お願い」
彰子は一人校内に戻っていった。
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