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終わりの始まり

次回の更新はまた週末になります。

はっ、と気が付いた時には朝日が昇っていた。それもかなり高い位置に。


驚いたリーフェが飛び起きようとしたが、それは叶わない。

隣からぬっと伸びてきた太い腕がリーフェを囲い込んだからだ。

そのままスリスリさわさわとリーフェの頭やら胸やら背中やら脇腹やらに頬ずりされたり、大きな手で撫でさすられたりする。


「ひっ、な、なにを…!」

「………ああ、うまそう」


べろり、と、華奢な白い喉の上を真っ赤な舌が這った。


「っ、きゃああああ!!!」


バッチーン!


甲高い悲鳴とともに、美しい男の白い頬で激しい破裂音が鳴った。



**


「リーフェ、機嫌を直せ。いや、直してくれ。……直してください」

「直るわけないでしょう!!」


ぷんぷんと怒り狂うリーフェの顔は真っ赤である。

怒りだけではなくて、羞恥も多分に含まれている。


「すまない、寝ぼけていたんだ」

「悪魔が寝ぼけるなんてことあるものですか!」

「悪魔だって睡眠を取るし寝ぼけることもある」

「嘘つき!」

「なんで嘘だっていうんだ」

「だって、だって…そんな、普通の人間みたいじゃない!もっと悪魔っていうのはこう、賢くて、ずるくて、なんでもできて、万能なんだから睡眠なんていらないに決まってるわ!」

「誰がそんなことを言ったんだ…」


ジルヴェストがはあっとため息を吐いた。


「本に書いてあったわ。悪魔は冷酷非道で人の感情を弄んで騙して、最後は絶望に歪んだ魂を食べるのが大好きなんだって」

「誰だよ、その悪魔……仕置きしてやるか」

「ポンコツのくせに、歴代の召喚士たちを恐れおののかせた大悪魔のさも上にいるかのように言うのやめなさいよ!」

「だから”ポンコツ”なのは、ここでだけだって…」


ぶつぶつと文句を言うジルヴェストの黒い髪の後ろがぴょんっと寝ぐせで立っている。

美しい顔に似合わないその隙に、なんだか変な気持ちになる。


(だって、なんだか、普通の…男の人みたいじゃない)


悪魔だからもういいや、と昨晩あきらめた気持ちが霧散してしまう。

普通の、リーフェが美しいと心奪われた男と同衾した事実が、現実としてのしかかってきてしまう。

あの、リーフェの契約印が浮かぶ指の長いきれいな手が自分に触れ、芸術のように美しい唇が…。


「とにかく、食事しよう。お前、昨日もほとんど食べてないし、腹減っただろ?な?」


こんなにもリーフェが動揺しているというのに、男はいつものようにリーフェの機嫌を取るために薄い微笑を浮かべている。

いつもどおりリーフェがちょっとすねて怒っているだけだと思っているのだろう。


(……面白くないわ)


リーフェはますますむっと眉根を寄せ、唇を引き結んだ。


「リーフェ?」

「…しらない!」


自分でもあきれるほど子供っぽい仕草と自覚していたが、ぷいと顔を背けてジルヴェストを視界から除く。


「何をそんなにも怒っているんだ?舐めたからか。寝ぼけてたからカウントしなくていいと思わないか」

「な、なめ、なめたとかっ!そういうこと言わないで!変態!」

「変態とはひどい言いぐさだな。これでも俺は散々我慢をしている」

「なぁっ、我慢って」

「リーフェからうまそうな匂いがぷんぷんしているが、食べないで我慢しているだろ。その辺の下級悪魔だったらとうの昔に食い散らかされているぞ」

「………ッ!!」


美眉を少し下げ、まるでお預けをくらった犬のように、ジルヴェストはリーフェを小首をかしげてジィッと見つめる。


「目の前のご馳走にありつけないのがこんなにも辛いと思わなかった」


ほうっとこぼれるため息は真実としか思えないほど、落胆を含んでいた。


「…それはあなたがポンコツだから悪いんじゃない」


さっさと願いを叶えてくれていれば彼も魂を食べられたはずだ。

まあ、でもリーフェもどうにかこうにかごまかして予期されているスタンピードまでは生きながらえようと必死にあがいていたとは思うけれど。


「そうだな。なんでこうなったんだか」

「あなたが弱い悪魔だからでは」

「だから俺は本当は強いんだって」

「…はいはい」

「おかしいな。さっさとリーフェの願いをかなえて持ち帰るつもりで出てきたのに。本当に何でこんな…」

「それはこっちのセリフだわ」


何の特別な力(いや、物理力は大変あるが)もない悪魔といても仕方がない。

いくら彼が自分自身を強化できるとはいえ、魔物のスタンピードに物理で対抗できるわけないのだ。

数の暴力に踏みつけられて終わりだ。

なにせあの頑強な結界が耐えられないほどのものなのだから。


具体的な予想に、リーフェはぶるっと震えた。


「寒いのか?暖を入れるか?」

「だ、大丈夫よ。たいしたことないわ。薪を割るのだって大変でしょうし」

「……リーフェはわがままなのかそうでないのかわからないな」


自然と気遣う言葉を発していることに気が付かないリーフェは「え?」と問いかけたが、ジルヴェストは答えなかった。


「ああ、やっぱりさっさとやりたい。いや、でもそんなことしたら絶対に後が大変だし、嫌われるよな。女の子は初めてに夢見てるとかよく聞くし」

「はあ?」


むしろ口元に手を置いて、ぶつぶつと何かをつぶやいている。


「ジル、何が言いたいの?」

「…とりあえず、飯にしよう」


結局まともな言葉を発しもせずに、ジルヴェストはそう言って出て行ってしまった。


「なによ」


リーフェは釈然としないながらも、ジルヴェストがどこかから持ってきた普段着に着替えることにした。

それがもはや貴族の娘からは程遠い行動であるとしても、順応性の高いリーフェは気にもしなくなっていた。



***


そうしてまた1週間が過ぎた。

ジルヴェストはあいもかわらず、こまごまとした日々の生活のことを自らの手で行い、リーフェに尽くしてくる。

なんでも指先一つでできることが素晴らしいと思っていたリーフェは、ジルヴェストが器用にすべてを一から作る手先のほうがすごいのでは、と思うようになった。

そもそも貴族以外は魔法を使えない。

だから、平民の日々の生活は、こうやって一つ一つを人間がやっているのだ。

その過程を見ていると、ただ、ごろりと転がったまま怠惰に過ごすよりも、魔法で何でもできないことを馬鹿にするよりも、よっぽど素晴らしいことのように思えた。


リーフェは、自分に加護を与えていた闇の精霊を失っているから、今は魔法は使えない。

ジルヴェストのように自ら何かを作ることができるわけでもない。

だったら、リーフェの存在価値とは何だろうか、と思ったのだ。


皿を洗う。濡れた服を干す。掃除をする。


体を動かすその一つ一つを教えてもらって、それが”自分の体で”できるようになることがなんだかうれしかった。

そんなことおかしいと思うのに、ジルヴェストと一緒にやることでなんだか達成感のようなものが生まれる。

最初リーフェが自らの手を動かすことを不思議そうにしていた彼は、今やリーフェの頼れる先生だ。


「リーフェ、これを剥いておいてくれ。手を切るなよ。ナイフの使い方は覚えただろう?」

「ええ、わかったわ」


恐れられない、無視をされない、馬鹿にされない。

むっとしたときはむっとしたままジルヴェストに気兼ねなく文句をいい、気を張り続ける必要もない穏やかな生活はリーフェの表情を柔らかく、多彩にした。


「ジル、今日は月がきれいだわ」

「ああ、満月だな」


暗い森のなか、白い息を吐きながら、ジルヴェストと散歩をする。

外の世界は、なぜだか最近キラキラとして見える。


「悪魔は月では力は増幅しないの?ほら、狼男は満月で狂暴化するんでしょう」

「人狼か?人狼の一族は満月で発情はするが…まあ、あれも一種の狂暴化かもしれない」

「えっ、発情?!」

「ああ。そりゃあもうすごいもんだぞ。人狼の一族は森の奥に普段住んでいるんだが、満月の夜だけは絶対に近づくなと他の一族に触れが出るほどだ。見つかったら男だろうが女だろうが、つかまって犯されるからな。あっちこっちで乱痴気騒ぎだ。うるさいったらない」


何気なく振った話題への返答がまさかのもので、はくはく、とリーフェは顔を真っ赤にして、二の句が継げなくなった。

淡々としていたジルヴェストの表情が、にやりとからかうものに変わる。


「真っ赤になって可愛いな」

「ーーーはっ?」


高慢な声を出したのは動揺のためだ。

しかし当然そんなことはジルヴェストに見抜かれている。

宝石のようなきらめきを見せる赤い瞳が、上からリーフェを覗き込んだ。


「リーフェはそういうことに興味はないのか?」

「そそそそういうことっ?」

「男女の」

「あああああるわけないでしょ!!」


からかわれている。わかっているが動揺は止められない。


「下賤な話題をしないで頂戴!」

「お前から持ち出したんだろう」

「そんな話とは思わなかったの!」

「なあ、興味はないのか」

「~~~ないわよっ!」

「本当に?」


逃げ出そうとしたのに、後ろからぐっと手をつかまれて、リーフェは前につんのめった。そんな彼女をジルヴェストが腕の中に捕まえる。


「な…!ぶ、無礼よ!離しなさいっ!」

「男女間に興味がないなら気にしなければいい」

「ちょ、興味とは関係ないでしょ!!」

「なぜ?俺はお前が呼び出した悪魔なのに。人間の男でさえないなら気にしなければいい」

「そ…れは、そ、そう、だけど…」


何度かこういった触れ合いをされるたびに「意識しているのか?」とにやにやされるので、確かに「悪魔なんかにそういう感情持つわけないでしょ!」とキレたりしたが。


こういうのは屁理屈というのだ。


「とにかく離しなさい!あ、そ、そう!主人よ。私あなたの契約主なんだから!気軽に触らないで!」

「契約主だと触ってはならないなんて悪魔の法律にはない」

「え、悪魔にも法律があるの?」

「法律…というか。約束事はある。願いが成就するまでは奪ってはならないとか」

「でも願いを歪めて成就したように見せかけるのでしょう?」

「いやほんとだから、お前の知識は誰の事なんだよ」

「誰って、大悪魔の名前?私が読んだのは”  ”よ」

「は?それは俺の………いや、そうか。何でもない」

「え?どういうこと?」

「なんでもない」

「ちょっとごまかさないでよ!気持ち悪い!」


明らかに隠し事をしている応答に、リーフェはどんっと目の前の胸板を叩いた。


「っ狂暴だな」

「闇令嬢なんて呼ばれていたもの」

「正直、俺には好奇心旺盛で向こう見ずな子猫にしか見えないが」

「はぁっ!??!」


もう一度、叩こうと手を振り上げたが、リーフェの華奢な手首はあっさりとつかまる。


「離してよ!」

「もう精霊の気配も全くない。魔法も使えなくなってただの女なのに、気が強くて爪をいつだって立ててくる」

「悪かったわね!離して!」

「でもこのうえなく可愛い」

「~~~~はあっ?!……ひっ!!」


掴まれた手を引っ張られて、そのまま手の甲に口づけられ、唇がそのまま手の表面を滑り、ぱくりと爪先をくわえられた。


「手先が荒れている。きれいな手だったのに。でも、一度も癇癪せずに真面目にやってる…ああ、うまい」


ねっとりと、リーフェのささくれができてしまった指先を口の中で舌で舐っている。


「ねねねね、願い!願いを、か、かなえるまでは魂は食べないんじゃ!そもそも肉体は食べないんじゃ?!」

「………」

「なんで無言なの!?ねえ!私を嵌めようとしているの!?ポンコツのくせにっ!!」

「うん、まあ、いい加減リーフェの性格はつかんでいる」


恐ろしいことを言って、ジルヴェストはもう一度リーフェの手の甲に口づけ直した。


「我が主、早く本当の願いを教えてくれ」

「!」

「リーフェが本当のことを言ってくれないと俺は力を出せない」


赤い瞳がそらすことを許さない強さでリーフェを見つめてくる。

物理的にも手をつかんでいるのと反対の手で、リーフェの頬を挟むようにつかんでいた。

リーフェは一度目を大きく瞬いて、それからキッと見返した。

悪魔との駆け引きに負けるわけにはいかない。

いくらポンコツ相手とはいえ、魂を食べられては困るのだ。


「っ、だから、私は、復讐するための、誰にも負けない力が欲しいと…!」

「それは違うよな。リーフェがその願いを口にしても、俺は何も反応しない」

「…それは。それはだから!あなたの問題で!」

「最初はそう思っていたがやはりおかしい。聞いていた話とも違うし」

「その聞いていた話が違うのでは!」


しかし、相手の方が一枚上だったようだ。


「最近、力をどう使えばいいかだいぶわかってきたから、聞きなおした」

「え?聞き直した?」

「そうだ。契約門は開かないから、俺の念だけを魔界に飛ばして」

「そ、そんなことできるの?!」

「ああ。もう自分自身の強化に飽きたし、そうすると力が余るからいろいろやってみた」

「飽きた?!」

「ああ、これ以上やれることが思いつかない」

「思いつかない?!」


魔法のように空を飛ぶことも炎を起こせるわけでもないのに何を言っているのだ、と胡乱げな目つきになったリーフェに、「信じないと思うが俺は次期魔王だからな」とうそぶくジルヴェスト。


「とにかく聞いたら、ルーヴェが”それは契約者の望みを正しく把握できていないからだ”、と」

「ルーヴェって誰よ?」

「あいつ…は、そうだな、まあ、人間と一番付き合いが長い奴だな」

「つまりそれってたくさん人間の魂を食べたってこと?」

「そういうことになるのか?」


衝撃の事実にもかかわらずあまり興味がなさそうなジルヴェストに、リーフェはひっとのどを鳴らした。

大変だ、そんな入れ知恵をされたら自分の身が危ない。

なんとかしなければ、と必死で頭をフル回転させようとしたとき、どしん!!!と地面が大きく揺れた。

その揺れがあまりに大きくてリーフェは思わずへたり込みそうになる。

ジルヴェストが背中を支えてくれなければ倒れてしたかもしれない。

ドドドドとまだ揺れはおさまっていなかった。


「な、なに……っ」


世界が揺れている音に、リーフェは本能的に怯えた。































リーフェはまともに人と交流できなかったのでとてもにぶちんです。


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