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逃走生活1

リーフェがポンコツ連呼して、もはや令嬢とは…的な言葉遣いになってます。


「今日の戦利品だ」


艶やかなテノールが響き、可愛らしい袋をリーフェの前に置く。

そこからは甘い香りがした。


「美味しそう。でも…」


リーフェが見上げる先には、銀色の髪に水色の瞳の美しい青年。毎日瞳と髪の色が違うが顔立ち自体は変わってない。


「ソレ、すぐにバレるわよ」


彼女の悪魔の雑な変装にリーフェはため息をついた。


そんなせせこましい変装して女の子たちからお菓子を献上させてリーフェにせっせと貢ぐより、リーフェが望んだようななんでも魔法でできちゃう力を与えてほしい。


***


あの牢のなかで、何もできないポンコツ悪魔に頭を抱えたあと、リーフェは美貌と言ってもいい彼のシャツ(そういえば悪魔のくせに着ているものは違和感がないシャツとスラックスだった)を鷲掴み、ガクガク揺さぶった。

それはもう容赦なく。


「力が出せないってどういうこと?!」

「そのままの意味だ。力は俺の中にある。でも外に出せない」


なされるがままの男は、リーフェから若干視線を逸らせ、気まずそうに答える。


「出せないじゃないわ!じゃあこのまま何もできないの?!」

「………」

「嘘つき!何のためにラーヴェルを差し出したと思ってるの?もう第一歩からつまずいてるじゃない。どうやってここから出るのよ?」

「…………」

「何か言ってよ!ああもう、ほんと……こんな使えない悪魔がいるなんてっ!」

「使えないわけあるか。俺は魔界では一番強いんだ」


まだ言うか、とリーフェは怒りを通り越して呆れた視線を彼に向けた。

妄想も大概にしてほしい。さっきからポシュっとか、パヒュっとか可愛い音しか出せないくせに。

どれだけ美しくてもポンコツ悪魔に用はないのだ。


リーフェには()()()()()()()()()()()()がある。


そのためには、悪魔が持つと言う万能の力が必要なのだ。


「契約無効にできないの?やっぱりチェンジ……」

「できるか。魂に契約印が刻まれてるんだぞ。お前は俺のものだ」

「うう〜」


迂闊であった。

こんなポンコツに魂を捧げることにしたなんて。


先にキチンと力が使えるか確認をしなかったことをリーフェは死ぬほど後悔した。


「ここから出る方法に頭を悩ませるなんて…悪魔だからその辺どかーんって爆破して空飛んでしれっと逃げて、森にでもパパッと小さなお家を建てて、ご飯もお菓子も困らない生活でしばらく身を隠してから情報集めて行動に移せると思ってたのに…。それがこんな何もできないなんて!」

「それがお前の望みなのか?」


サラリと黒髪を肩に流しながら、悪魔、ジルヴェストが不思議そうな顔をする。赤い瞳がパチパチと長くて重たそうなまつ毛の下で瞬いた。


「あっ、いえ、それはあくまでも暫定的な望みよ!それが叶ったら魂あげるなんて言ってないからね!悪魔だけにあくまでも…なんて」

「………」

「……何か言ってくれてもいいじゃない!」


こんな阿呆みたいな望みでまさか願い成就と誤解されてはなるまいと早口で捲し立てた結果、ドン引きされるとは。


ドン引きしたいのは使えない貴方になのに、とリーフェは口を尖らせた。


「あぁ、お前の真の望みが、それではないことはわかっている」

「えっ?」


真の望み。


ギクリとリーフェは動きを一瞬止めたが、すぐに何事もなかったようにジロリと彼を睨んだ。


「貴方に私の望みがわかるの?それなら叶えられないこともわかると言うの?」

「いやそうじゃない。俺たちは契約者から力をもらう。だか、なんだか、そうだな……お前の魔力は確かに俺のなかに流れ込んできているはずなんだが、ぼんやりとしてるんだよ。ヴェールがかかってるみたいな…もやみたいな…」

「何それ?闇の精霊のせい?」

「いや……お前のココロがわからないんだ。おかしいな、契約者とは一心同体になると聞いていたのだが」

「……聞いていたって、あなたは人間と契約したことがないの?」

「うん?当たり前だろう。お前だけだ」


何をサラッと言っているのか。

悪魔は魂を食べた数だけ長生きをし、強い力を持つと言い伝えられている。

それが事実なのだとすれば、彼は魔界では一番強いとか絶対に嘘だ。


(妄想はたくさんだわ)


はあっとリーフェの口からわかりやすいため息が漏れた。


「つまりあなたは人間の魂も食べたことのない若くて弱い悪魔だと」

「はっ?」


この上なく気分を害したようで男の声のトーンが極めて低くなった。

リーフェはビクッとなってしまう。


美形の怒り顔は迫力がすごい。


「若いのはそうだが、お前だってその方がいいだろう」

「いいわけないでしょ!呼び出された経験もない力が使えない悪魔と契約しちゃった身になってよ!」


しかしその言葉にはしっかり噛み付く。


「絶望よ!ラーヴェルいたら小躍りして喜んでたわ。私が悲しむと、ねえねえそれってどんな気持ち?!なんてわかっててニヤニヤして聞いてくるんだから!」

「精霊ってのはえげつないんだな」

「そうね、悪趣味よ。まあ闇の精霊だからかも」


精霊は無邪気で自分の想いに忠実だ。時に残酷。いや破壊を好むラーヴェルはいつも残酷だった。

ジルヴェストは悪魔のくせに精霊に引いてるようだ。

わかってくれてありがとう、いやいや、そうじゃない。


「そうじゃなくて!私は怒ってるし、困ってるの!とにかく早くここから出たいの!お腹もすいたしあんなカビたパンと薄いスープ食べたくないし、ここの固いベッドはもう懲り懲りだわ。それを……」


キャンキャンと子犬が吠えるような声でわめき、地団駄を踏む。淑女としてあるまじきであるが、リーフェが今更淑女として取り繕っても仕方ない。

まして相手は悪魔である。


ジルヴェストは頬を紅潮させているリーフェをしばらく眺めていたがやがて急にぎゅうと抱きしめてきた。


「ふえっ?!」


突然の抱擁にリーフェは固まる。

まともに人に(いや悪魔であるが見かけは人と同じだ)触られた記憶のないリーフェは自分とは違う体が側にあることに驚きすぎて頭がパニックになった。


うっとりと頭上から吐息が漏れたのが聞こえる。


「かわいい」

「はっ?!?!」


リーフェは聞いたことのない言葉にますます驚き、男の胸に手をついて空間を確保しようと腕を突っ張った。

しかし腰に回る固い腕に力が入り、逆にぎゅうと男の体に下半身に密着させられる。

それにパニックになり、かつ、腕のつっぱりも令嬢らしい力の弱さから、背の高い男に上からのしかかるように体重をかけらるとすぐに瓦解した。

上半身までピッタリとくっつき、どくどくと鼓動が聞こえる。


悪魔なのに心臓の音がするのか。


一瞬純粋な興味が勝ったものの、次の瞬間、リーフェはゆでだこのように真っ赤に染まった。

カチリと全身が凍りつく。何をどう動かしていいのかパニックになったのだ。


「………ああ、かわいい。うまそう」

「ーーーひっ!ち、ちょっと!待って!待って待って待って!!」

「うん?何をだ?」


そのままリーフェの柔らかな黒髪に頬擦りして、髪に指を通して遊んでいた指先が形のいい耳をこねくり回し始めたので危機感からリーフェは腕を振り回すことができた。


(このまま魂をパクリと食べられてジエンドなんて冗談じゃないわ!)


弱い悪魔と油断したが、彼らは小賢しく嘘つきでいつだって魂を狙っているのだという。契約したからとて安心してはならないのだ。


「こんな、こんなところで!」

「こんなところでなければいいのか?」


男の声に明らかに嬉しそうな響きが乗る。


「違うわよ!願い!願いを叶えてくれないとっ!」

「ああ、それはそうだな。とりあえずここから出られたらいいんだよな。まあ確かにここは情緒がない」

「情緒ってなに?!」

「そりゃあ初めてなんだから色々とあるだろう」


魂を初めて食べるのがそんなにシチュエーション大事なのか。ポンコツのくせに。そんなロマンチストだから今まで食べられなかったのでは?とリーフェは身の危険の前に遠い目をしてしまった。


「とりあえずここから出られたらいいんだよな?」

「それはそうだけど…」


この檻は特別で魔力を無効化するのだ。

リーフェの魔法は使えないし、この悪魔は力のが出ないとか言って無力だし。


「力は外に出せないが俺自身にはかけられるからな」


そう言って男は自分の胸に指の長い大きな手のひらを当てた。

ぱあっとその瞳と同じような赤い光が男の契約印から光る。

とはいえ何も起こらない。


半眼になったリーフェの横を通り過ぎて、彼は檻はを両手で掴んだ。そして息を一つ大きくついて。


「おりゃっ!」


ぐにゃり。固い魔法檻が曲がった。


「これで出れるだろう」


ちょうど人一人が倒れる隙間が空いて、ジルヴェストは得意げに振り返った。


まさかの物理的解決である。


(スマートでないわ)


魔法の国で腕力は一般的ではない。指先一つで何でもできる男がスマートでかっこいいとされるのだ。

何だか残念な気持ちになり、リーフェは楽しそうな男を冷たく見遣った。


「あの、通れたとして見張りとか、その先は…?」

「そんなもの殴って気絶させればいい」


檻の隙間から出て、リーフェに一応手を差し伸べた男はニヤリと形のいい唇で弧を描いた。


「近づく前に魔法で捕まるわ」


その手を取ることを躊躇していると、ぐいとまた腰を引き寄せられて、今度は指をリーフェの指に絡めてきた。


「ひっ!」


指の間どうしが絡む異様な感覚を覚え、リーフェはうっかり怯えてしまう。悪魔のくせに手は温かい、いや熱い。


ちゅっ、と男が繋いだ手に唇を落とした。

ビクッとリーフェの肩が跳ねる。

誰にもそんな風に触れられたことがない。


「大丈夫だ。俺には魔法は効かない」

「え、そうなの?」


しかし続いた言葉に驚いて、金縛りが解ける。


「そうだ。お前の魔力で俺自身は満たされているから。誰かに何かをしてやることはできないが俺だけなら絶好調だ」

「………はあ」

「何だその信じてない顔」

「だって、ポシュっとか散々やって頭抱えてた悪魔に言われても」

「うるさい。俺も初めてのことで戸惑ってただけだ」


むっとした声で、ジルヴェストは繋いだままのリーフェの指先を牙でガジリと甘噛みした。


「な、な、何するのよ!」


途端にまた真っ赤になるリーフェの目の前で赤い瞳が楽しそうに丸く歪んだ。


「うまそう」

「っ、だ、だから!願いも叶えてないくせに!」

「まあそうだな。それは約束だ。じゃあ行くか」

「きゃあ!」


そう言ってリーフェの手を掴み、ぐいっと外に引っ張り出す。


「俺の後についてこい」


そこから先のことは思い出したくもない。

逃走に気がついた門番を本当に殴って気絶させ、コソコソと泥棒のように城の中を徘徊し、追手が来れば片っ端から殴る蹴るの見事なまでの物理的解決をし、挙句に出口がないからとリーフェを抱え上げ城の物見台から飛び降りると言う絶叫ものの体験をさせられた。


野蛮の一言である。


そして息も絶え絶えに抱え上げられながら(酔った)なぜか息一つ乱さない男か走って着いた先が森の中で使われていない古びた小屋だった。


そういえば先先代の王族がお忍びで王宮周りの森の中に逢引のための小屋を作ったとか作ってないとかそんな話を聞いたような。


ちなみに飛び降りる際に反対側の用水路にぐるぐる巻きにした何かをジルヴェストが投げ捨ててばしゃーんっと派手な音をさせて兵士に聞かせていたので、諦めて身投げしたと思われているのか、森側に捜索隊が出されることはなかった。


(詰めが甘すぎるわ。王子はほんと馬鹿なのね)


そんなこんなで、森の小屋を根城にして本日に至るのである。



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