闇の精霊と悪魔
魔法設定書くの初めてなので全体的にフワッとしているかもしれませんが最後までお付き合いくださると嬉しいです。
リーフェは物心ついたときからはっきりした性格の少女だった。
疑問があればなぜ、と聞き、納得ができるまでやらなかった。
「それがお役目ですから」はリーフェが大嫌いな言葉で、髪や瞳の色でこそこそと馬鹿にしてくる人間を見つけては「私があなたに何をしたっていうの?」と正面切って文句を言い、あるときは紅茶をぶっかけ、あるときは小さな体で飛び蹴りを食らわせるような勝気さを持っていた。
淑女としては問題ではあったが、淑女教育が嫌だったので仕方がない。
そんなリーフェにはいつも声が聞こえていた。
『うふふ、そうそう。もっとやっちゃいなさいよ。ほら、あっちでまたあなたのことを悪く言っている奴らがいるわ』
ころころと鈴のような音を響かせながら、いつもリーフェのそばにあった気配。
それは、闇の精霊だ。
享楽的で、身勝手で、いたずら好きのその精霊はいつだってリーフェの周りをふわふわと漂っていた。
『うふふ、うふふ、さすが私の愛しい仔だわ。燃えるような炎の申し仔。一目みたときからその炎のような強さが気に入っているのよね。炎の精霊から盗んでせーいかいっ♪』
はっきりと思い出した。
リーフェは彼女のせいで、赤色の髪と瞳に生まれなかったのだ。
「ラーヴェル、いるんでしょう?」
16歳になったリーフェが久々にその名前を呼べば、目の前に黒い闇がさあっと集まり手のひらサイズに人の形を作った。
『うふふ、やぁっとわたしのことを思い出してくれた?うれしい!うれしい!』
黒い虫の羽根と黒いドレスをまとった可愛らしい小さな妖精がくるくるとリーフェの周りを飛び回る。
ラーヴェルというのはリーフェが与えた名前だった。
「ええ、思い出したわ。ずっと私の記憶も感情も封じられていたのね」
『そうそう、あいつらって本当に嫌な奴らっ』
ラーヴェルは腰に手を当ててぷんぷんと怒っている。
『リーフェのこと都合よく利用ばっかして、挙句にこんな汚いところに閉じ込めて!ねえ、リーフェ!やっつけちゃいましょうよ、あんなやつら。リーフェの力は戻ったでしょう?前よりずっとずっと強いわ!ねえ、どっかーんと一気に壊して・・・っ?』
だが途中からくすくすと笑いながら楽しそうに破壊を促すラーヴェルを、リーフェは手でつかんだ。
闇は実態がないが、リーフェの魔力で無理嫌りに拘束する。
『り、リーフェ?』
「ああほんと嫌になっちゃう。子供の頃の私はあなたしか友達がいなくて、あなたにそそのかされて癇癪起こして周りに危害を加えると判断されたのよ。それで10年以上もろくな意思も与えられずにずーっとただひたすら結界を守ることだけに魔力を奪われて。やってらんないったら」
リーフェはもう16歳である。
それも王族と対等の教育をずっと受け続けてきたのである。
この精霊のいうことがどれほど退廃的で刹那の享楽を求めて考えなしなのかよくわかっているのだ。
「そもそもの原因はあなたよね?あなたが私を自分の器にしなければ私はこんな目にあってないのよ。闇令嬢なんて呼ばれることもなく、普通の赤い目と赤い髪の伯爵令嬢として社交界にデビューしてたはずなのに・・・普通の年ごろの女の子として家族と過ごして、友人がいて、もしかしたら恋人もいたかもしれない」
ぎりぎりと締め上げる力が強くなり、逃げられないラーヴェルは『ひぃぃいい』と悲鳴を上げた。
『リーフェ!リーフェ!わたしのこと害すると罰があたるわよ!なんたって私は当代無敵の闇の・・・』
「あなた、自分の力をほとんど私に渡したでしょ。残りかすじゃない」
『な、な、なんでそれを・・・っ』
「あなた、私と繋がってるでしょ?思い切り力が暴走した時に楽しくてうっかり繋げすぎちゃったのよね?そのまま大司教に私の自我ごと封印されちゃってた。でも、だから私の魔力は尽きることがない。そりゃあ精霊の魔力だものね。たっぷりと結界が吸い続けられたわ」
リーフェは片手でラーヴェルを握りしめたまま、反対の手の親指の先を噛みちぎった。
たらり、と赤い血が流れて、その血で小さな紋様を描く。
『リーフェ、何をしているの?』
ラーヴェルが怪訝そうな顔をした。
「楽しいことよ。仕返ししてやるの」
リーフェはにっこりと笑う。それはもう完璧なまでの淑女の微笑みで、物騒な台詞を吐きながら。
ラーヴェルはぱあっと顔を輝かせた。
『仕返し!楽しそう!やりましょやりましょ!何からする?やっぱりこの牢をドッカーンってして、それからあのバカ王子のところに行って…って、えっ?!』
「私はねぇ、あなたにも怒ってるの。わかる?」
リーフェは、握りつぶす勢いでラーヴェルを掴んでいる手に力を込め、古代の呪文を唱え始めた。
ラーヴェルの姿がサラサラと黒いモヤに変わっていく。
半分消えかけたラーヴェルの愛らしい少女の顔が、恐怖に引き攣っていた。
『リーフェ、リーフェ、その呪文は』
「流石ね、"精霊はなんでも知っている"のだものね」
幼かったリーフェを従わせるために万能めいた言葉を繰り返し伝えて、いかにも自分が唯一正しいかのように語り、自分の力の源である畏怖や混沌、破壊をリーフェに行わせた。
ラーヴェルには悪気はない。
やりたいことをやりたいようにする。それが精霊なのだと昔から言い伝えられてきた。
だが、利用された側がそれを受け入れる理由にはならないのだ。
『りっ、リーフェ、ダメよ!ダメダメ!そんなものを呼び出したら…』
「そうね。あなたはもう二度と魔力が戻らないわね。だってあなたは力を与えた相手が死んだらそれを自分のものに戻すんだものね。でも力を与えた相手の魂が食べられたらそれもできないわね」
『わかってるの?!あなたがやろうとしていることがどんなに恐ろしいことか!』
「わかってるわよ。でもあなたが言ったんじゃない。復讐しましょって」
リーフェは、にんまりと笑った。それはいい子にしていた時とは違い、闇令嬢の名にふさわしい悪辣なものだ。
「だから私は復讐するのよ。私を利用した全てにね。そのためには力がいるじゃない。だから呼び出すのよ、ーーー悪魔をね」
闇の精霊を御すために、そして、結界を維持し続けるために、リーフェはたくさんの古文書を読み漁っていた。
それは命令されたからだったが、今のリーフェには役立つ知識だ。
精霊の力は魔族には及ばない。
そして悪魔は魔族の最上位だ。
悪魔との取引は命の取引。
望みが叶えば魂を食べられ、永遠にその悪魔に囚われる。つまり転生もできない。
だから闇の精霊の力も永遠に復活することもないのだ。
「でも残りかすでもこれからの私のやることに邪魔されると困るのよ。だから最初の生贄はあなたよ、ラーヴェル」
『ひっ、ひいい!いやよ!いやっ!!』
「ふふ、あなたの大好きな人の嫌がることを自分がされる気分はどう?でも許してあげないわ」
リーフェはそう言って、最後の呪文を唱えた。
ラーヴェルは半分消えかかった状態でバタバタと暴れていたが、リーフェの方が力が強いので全く逃れられなかった。
「"我が名はリーフェ。ここに血の盟約を望み、最上の供物として我が闇の魔力を捧げる。出でよ、我がしもべとなる悪の王よ"」
『きゃああああっ!!!!』
断末魔を上げてラーヴェルの姿が黒いモヤに全て変わり、反対にリーフェが血で描いた魔法陣がはっきりと黒い光を放つ。
黒いのに眩しいそれに目を瞑ったリーフェが、おそるおそるその黒い瞳を開いたときにはラーヴェルの姿はどこにもなかった。
代わりにいたのは、魔法陣の中心に、一人の青年………いや、少年だった。
(えっ、少年?!)
歳の頃は10になるかならないかであろうか。
背の高さはリーフェとさほど変わらないが、まろやかな頬の曲線が幼さを感じさせた。
リーフェと同じ黒い髪に、しかしリーフェとは違う真っ赤な瞳。炎を纏うわけではなく、血のように濃く深いワインレッドだった。
褐色の肌で可愛らしさとやんちゃさが入り混じったような、それでも目を奪われるような整った顔立ち。
しかしどこか退廃的な鬱屈とした視線は少年から青年への過渡期を思わせた。
美少年という言葉がここまで合う人間は他にはいないだろう(いや、人間ではないが)少年は、リーフェを認めて、一瞬、ニコリと笑った。
可愛い。愛らしい。
鏡の中の自らの顔で自然と美意識高すぎ問題を密かに抱えているリーフェでも、それしか言葉が出てこず、見惚れるほどである。
しかしリーフェが召喚したのは悪魔のはずであって、美少年ではない。
「あの……?あなた、悪魔、なの、よね?」
恐る恐る確認の言葉を口にしたリーフェに、少年は宝石のような赤い瞳を何度か瞬いて、途端に不機嫌な表情を浮かべる。
「はあ?アンタが呼び出しといてなんだよ」
むすっと口をへの字にする少年の声はまだ変声期前の独特な高さで少年コーラス団があればソリストを張れるほどの美声である。
しかし生憎そういうものはここにはない。
「だって、あなたがあまりにも可愛いから、悪魔じゃなくて別の精霊なのかなって」
「可愛いってなんだよ!」
歯を剥き出しにして怒る彼を見て子犬な吠えたのかと思った。
単純に、あっ、牙があるのね、と思ったくらいで怖くはない。
「愛らしい、の方がいいかしら?」
「イヤに決まってるだろ!なんだよせっかく……っ」
「せっかく?」
「……なんでもない」
拗ねてしまったのかそっぽをむいてしまった。
何をしても可愛い。
リーフェはくすっと笑いをこぼす。
弟がいたらーーーいや自分には血のつながった弟がいたはずだが、会ったこともないのでいないようなものだーーこんな感じなのだろうか。
しかし温かなリーフェの視線にその少年は不満だったようだ。
「なんだ、その顔は?」
「ふふ、拗ねて可愛いなって」
「だから可愛いって言うな!ああ、くそ、もういいっ!!」
そう吐き捨てて、ボンっと突然彼の姿が変わる。
リーフェと同じほどだった背丈は頭一つどころか頭二つ分は上になり、まだ丸みが残っていた頬は柔らかさが削がれた精悍なものに代わっていた。
ゆっくりと下から見上げれば、紅をひいたような赤く薄い唇に高い鼻梁、そして形だけは切長で涼やかな、しかし、あまりにも美しい血のような赤い瞳と視線があう。
さらりと額にかかる黒髪は艶々としており、滑らかに後ろで一つに結ばれて左肩に垂れていた。
耳の形がツンと尖っているのは悪魔の特徴なのだろうか。
しかしそのような特徴がなくとも、あまりにも美しい姿で、リーフェはポカンとしてしまった。
元婚約者も見た目はそれなりだったが、同じ男性という括りながら、こうして比べてみればまさに月とスッポンである。
美意識レベルが無意識に高いリーフェですらそうなので一般人には目が潰れるほどであったが、リーフェはそこまでは気がつかなかった。
歳の頃は20歳くらいだろうか、リーフェよりも歳上だろう姿に、先ほどまでの微笑ましい気持ちが吹き飛ぶ。
むしろ美しすぎるものは慄きの気持ちを与えた。
「………あ、の」
「なんだ、さっきまでと視線が違う。最初から本来の姿の方がよかったのか」
ボーイソプラノではなく、凛と響くテノールに落ち着かない気持ちになる。
ニヤっと笑った青年に、先ほどまでの愛らしさは、どこにもない。
リーフェは思いがけず気持ちを乱された。
(こ、こ、これが悪魔の誘惑ってやつなのかしら?)
書物にあった。
曰く、悪魔は大層麗しい姿で人間を誘惑し、堕落させ、そして、魂を喰らうのだと。
何故登場は少年の姿だったのか全く意味はわからないが、とにかくリーフェは、一つ大きく息を吐くと、真っ赤な瞳に飲み込まれるものかとばかりに胆力を入れて、あえて尊大な口調で言った。
「あっ、悪魔、私の願いを叶えなさい。そのために呼び出したんだから。召喚されたからには私の命と魔力と引き換えに願い事を叶えてくれるんでしょ?」
「あ?願いって?」
「………この国に復讐するための圧倒的な力よ!何でも願いを叶えられるような」
「無理」
「ーーーえっ」
生唾飲み込んで臨んだのに、青年から出てきたのはドキッパリとしたその一言だけだった。
リーフェは元々かなり勝ち気な性格です