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私は闇令嬢

ここコルツェット帝国は、魔力至上主義の国である。


魔力があれば魔法が使え、その容姿も魔力によって決定される。

すなわち、地の魔力があれば土色の髪、水の魔力があれば透明に近い水色や澄んだ明るい緑色髪、火の魔力があれば炎のような赤い髪。そして魔力の強さは、瞳の色に現れる。

より強い力であればあるほど、輝くような濃い色の瞳になるのだ。

二つ以上の魔力を持つ場合は、髪の色と瞳の色が全く一致しないこともあるが、そういった人々はギフトとよばれ、非常に希少な存在であった。

魔力を持つのはかつて精霊と血の盟約を結んだからだと言われており、家柄を重視する貴族に魔力持ちが多い。


リーフェ=アドリアーツは、火の魔力を受け継ぐアドリアーツ伯爵家の長女として生まれた。

しかしながら、彼女はなぜか家族とは違い、黒い髪に黒い瞳。闇色をまとって生まれたのだ。代々受け継がれる赤色は髪の一房にさえ現れなかった。

母は不貞を疑われ発狂しかけたし、父はいかにも汚らわしいものとしてリーフェを厭った。


しかし「黒」は闇の魔力を持つことの証。

闇は恐ろしいものであったが、しかし、大変貴重で気まぐれで、なにより国自体を脅かしかねない強い魔力を持つ闇の精霊の加護を与えられて生まれた証拠でもあった

リーフェは事態を知った早急に王家に保護され、保護という名の監視の下で育てられた。

年ごろの近かった第二王子と赤子のころに婚約を結び、次期準王族として、そして、その潜在的に強すぎる魔力の暴走を起こさないために、それぞれの分野で国一番の教師たちに厳しく躾けられた。

魔法の使い方は、闇魔法を使える人間がいなかったので、古文書を自ら解読しながら、そのコントロールを覚えざるを得なかったが、基本的には「使っては駄目」と言われ続けた。


そのため物静かで、言われたことだけを正しくこなす人形のような令嬢が出来上がった。


その容姿から闇令嬢と呼ばれるリーフェであるが、肌は透けるように白く艶やかなまっすぐの黒髪との対比が際立ち、少し垂れた優し気な眉や大きな黒い瞳、バランスよく配置された小さな鼻や口、年ごろになってきてから膨らみ始めた人より少し大きな胸、細い腰、長い手足と姿かたちは明らかな美少女である。


ただし、闇令嬢かつ王子の婚約者なので年ごろの令息たちも妙齢の青年たちも、誰も近くには寄らず、リーフェがその美貌を自覚することはなかった。



さて、そんなリーフェが日課にしているのは、王命で課せられた「異世界」との結界の維持である。

コルツェット帝国に繁栄をもたらしている魔力は精霊との盟約によるもの。

しかし、この世界には精霊以外に魔族がいる。

魔族は精霊とは違い、魔法とは違う原理で、不可思議な力を使う。どちらかといえば物理的な力であるが、人間が腕力に訴えるのとも違い、また、魔法とも違い、もっと禍々しく破壊に特化したものだ。

たとえば、大きな狼のような姿の三つ頭の魔物は口から黒い火を吐き、あたりをすべて焦土化してしまう。

これが炎なら水の魔法で消せるのだが、この黒い火は水では消せない。なにが別のものなのだ。

ほかにも空飛ぶドラゴンや頭が牛で体がライオンのような魔物もいるが、確認されているのがそれらなだけであり、ほかにもどんな魔物がいるかはわからない。


コルツェット帝国は魔法による強固な結界があり、その結界の外から時折魔物が無理やり入り込んで来ようとするというだけなので、あまり種類は確認されていないのだ。

結界に無理やり入ろうとするくらいなのでかえって強い力がある魔物だけが観測されているという説もある。


リーフェはその結界を膨大な闇の魔力で常に強化し、魔物が出ても入れないようにするという役割を幼い頃から担っていた。

もちろん子供の頃は、大魔法使いと言われた風の魔力を持つ大神官と一緒に働いていたが、彼が年で引退してからは一人でその役目を果たしている。

結界の維持はかなり魔力を消費する。リーフェの献身によってコルツェット帝国は平穏を保っていたのだが、それはある日突然覆された。


**


「リーフェ=アドリアーツ!お前との婚約を今ここで破棄する!」

「・・・?」


今日も今日とて、結界の維持のために転移魔法陣の中に入ろうとしていたリーフェに対し、突然婚約者と言いつつほぼ顔を合わせたこともない第二王子のマシェリ王子が神聖な儀式の間に乱入してきて大声で喚いた。

リーフェはその黒い瞳をぱちぱちと何度か瞬いて、それから首をかしげると無言のまま、またしても転移魔法陣へ足を踏み入れようとした。

日課だからである。


しかしそんなリーフェの腕をマシェリ王子が後ろから掴み、床に引き倒した。

さすがにリーフェは驚いて「何をするのですか?」と美しいソプラノを響かせる。

だが、ふん、とマシェリ王子は鼻を鳴らしただけだった。


「何を、だと。お前の役目は終わった。この闇令嬢め。そもそも貴様のような汚らわしい存在が我が国の重要な結界を維持する役目を、聖女の役目を担っていることが間違いなのだ」

「・・・終わった?」

「そうだ。今日から聖女は光の精霊の加護を受けるこのアドリーになる」

「・・・・・・せいじょ?」


きょとん、とリーフェは、マシェリ王子の隣にいた金色の髪に黄色の瞳の少女に気が付いた。

その彼女のことは知っていた。

半年ほど前からリーフェに付いて勉強をさせてやってくれ、と頼まれていた少女だからだ。

確かに彼女はずっとリーフェのそばにいた。

いた、だけだったが。


「マシェリ様、リーフェ様はこれまでこの国を支えてくださった方です。そのように悪しざまにおっしゃっては失礼にあたるかと」

「キャロル、君は本当に心根が優しい。聖女の引継ぎでどれほどいびられ、嫌な思いをしたとしても一度として君は彼女の悪口を言わなかった」

「そんな・・・私が未熟だったために厳しくご注意いただいただけですもの。リーフェ様はいつでも厳格にわたくしに指導するお役目を全うしていました」


厳しく、そうかあれは厳しかったのか。とリーフェは床に転がったままぼんやりと思った。


だって彼女は、儀式の手順をまるで覚えようとしないのだ。

だからリーフェは繰り返し伝えた。大切なことだから正しくやらなければならない、と。

それでも彼女は「私は光の精霊の加護があるのでそのようなことはしなくてもよい。あなたとは違うのだ」とわめきたて、リーフェの闇の魔力をひたすらに罵るのだ。

そのまま時間がとられるものだからもう最近は何も言わないようにしていたのだが。


というか彼女は、儀式の前の手順の手のかかるところはいなくて、最後の結界を強化するところにだけ立ち会っていたからほぼ顔を合せなかったというのが正しい。


「キャロルがもうお前から学ぶことは終えたと言った。だからお前はもう用済みだ」

「・・・学び終えた?」

「そうだ!ひたすらにお前の卑劣な嫌がらせに耐え、それでもこの国のために力を尽くそうと努力をつづけたキャロルこそがこの国の聖女としてふさわしい」


卑劣ないやがらせ・・・??とリーフェの頭は疑問符でいっぱいである。

リーフェは大司祭から引き継いだ手順を何度も丁寧に説明しただけだ。

それにわからないことはまだある。


「あの、そもそも聖女とはなんでしょうか?」

「はぁ?!結界を守る神聖な役目を行うのが聖なる力を持つのが聖女だろう。そんなこともしらないのか?ああ、だがお前は”つなぎ”であったから違うぞ。闇の力を持つ者が聖女なわけないだろう」

「つなぎ・・・?」

「そうだ。光の精霊の加護を持つ者が現れるまでのただのつなぎだ。私の代で彼女が現れてくれて本当に良かった。危うく気味の悪い闇令嬢と婚姻を結ばなければならないところだった。だが、キャロルが現れた以上、お前はもう要らない!さっさとここから、王宮から出ていけ!」


出ていけ、と言われても、リーフェはほかに行くところがない。生家は当の昔にリーフェを捨ててしまったからだ。

黙ったまま戸惑うリーフェに、キャロルという名の可愛らしい金色をまとった少女がうふふ、と笑う。


「リーフェ様、今までありがとうございました。私の代わりにこの国を支えていただいて。これからはもう何のご心配もなく、どうぞ外で自由になさって?マシェリ様と私で、しっかりとこの国を支えて見せますわ」


キャロルがマシェリ王子の腕に絡みつき、マシェリ王子も満足そうに彼女の腰を抱く。

一度として、リーフェには触れたことがない婚約者はどうやら女嫌いというわけではなかったようだ。単純にリーフェが嫌いだったのだ。


「二度とその姿を見せるな。忌まわしい闇令嬢め」


リーフェの悪口を彼の口から直接聞いたことはなかった。が、彼はただ王族として必要とされていたリーフェに義務感で最低限接していただけであったとはっきりと突き付けられた気がした。

さすがにリーフェとて傷つく。

彼は唯一家族になる可能性があった人間で、1か月に1度のお茶会で定期的には顔を合わせていたのだから。

彼の顔をまともに見たことがなかったけれど。


「マシェリ様、リーフェ様はダメダメとうるさいですが、私はあの魔法陣の中を見せてあげますわ。とてもきれいですのよ」

「え、そうなのか。それはいいな。私も結界の端を見てみたい」

「駄目です!」


しかし、彼らの呑気な会話に、血の気が引いた。

結界は”生き物”だ。魔力を食べて生きる”何か”である。

だからその機嫌を損ねてはいけない。厳格な儀式はそのためのものなのだ。


「魔力供給をする者以外があの場に踏み入れては何が起こるか・・・!」

「黙れ!痴れ者が!お前はもう私に口をきいていい立場じゃないのだぞ!」

「ーーーーっ」


恫喝されて、リーフェは黙り込んだ。

確かに王子の婚約者でなく、貴族たる生家とも縁のないリーフェは、王族に許可なく声をかけられる立場ではなくなったのだ。


「おい、衛兵!この女を牢へ入れておけ!不敬罪だ!」

「は・・・、し、しかし・・・陛下に許可をとらなくてよいので?」


リーフェの後見人は国王である。

だがマシェリ王子は聞く耳を持たない。


「いいのだ!大体、キャロルに対する不当な扱いについてもきちんと罪を償わせる必要があるだろう!キャロルは聖女なのだぞ!聖女に無礼を働くとは何事だ!!」

「ははっ」


その勢いに押されて衛兵は、リーフェの腕を後ろに掴み、無理矢理に立たせた。

そのままリーフェは、本当に投獄されてしまったのである。


粗末な牢の中でリーフェは混乱していた。

やれと言われたことを忠実にこなしていただけなのに何故こんなことになったのかと。

ダメと言われたことも何もやっていない。

それなのに、リーフェの味方は誰もいないのだ。


さすがに人形のようと言われ続けたリーフェも悲しみに支配され、ぽたりと涙をこぼした。


その瞬間、パチッとリーフェの体に電流が走った。

そして怒涛のように抑えつけていたはずの感情が体中に流れ込んでくる。


「ふ、あぁああっ!!」


『ねえ。許せないでしょ?悔しいでしょ?もういいのよ、我慢しなくても』


くすくすっと、無邪気な幼い少女の声が聞こえた気がした。

それと同時に幼い頃の癇癪を起こしガラスや花瓶を無差別に破壊していた自分の姿も思い出された。


"なんでっ!?どうして!!どうして私にはお父様もお母様もいないのっ!!"

"ああいずれ私たちでは手に負えなくなる。気まぐれな闇の精霊の言い伝えにそっくりだ"

"あの子の魔力は強すぎる"

"今のうちに感情を切り離す術を施そう"

"いやだぁあああっ!!!"


そうして、リーフェは喜怒哀楽を忘れた。忘れたのではない。リーフェのなかで爆発しないように感じたものがすぐに封じ込められるようになっていたのだ。

その枷がリーフェの深い悲しみで外れた。


「・・・許さない。私の人生を返して」


勝手に利用し続けてて勝手に用済みと捨てて。

全て彼らの都合の良いようにボロボロにされて。


「こんな世界壊してやりたい」


どうせ悪役の闇令嬢ならそれらしく振る舞ってやる。

16年分の怒りや憎しみが一気に降り注ぎ、リーフェを支配した。




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