第四十四話 勝敗
戦端が切られるなか、殺意を乗せた槍を突き出す。
不退転ともとれる鋭い一撃を放ちつつ、テオドールは冷静だった。
憤怒もある。殺意もある。だが、戦闘において己の感情こそが最大の敵であることを、これまでの経験上、理解していた。
(間合い的にこちらが有利だ)
テオドールの刺突をビャクレンはナイフで捌きながら、距離を詰めようとする。すぐさま槍を振り回し、石突で迎撃。
互いの利を奪い合う応酬。舞うように地面を蹴り、槍が空を突き、ナイフの刃が煌く。テオドールの槍をビャクレンが逃げるように躱し、捌く。互いに隙を見せず牽制しあう中、テオドールは違和感を覚えていた。
(吹っ飛んだ指の動きがまだにぶい……)
かすかな握力の弱さが、槍の勢いを殺しているのは理解している。それでもやらねばならない。気を抜けば、ビャクレンは間合いを詰めてくるだろう。
不意に光が生じる。
熱光奏射がテオドールを襲う。刹那、相殺術式で対応――しようかと思ったが、軌道を変える術式を察知し、後ろに飛んで躱した。
ビャクレンの動きに違和感を覚える。
(遠間は俺の間合いだぞ……)
ビャクレンは魔術でテオドールと距離を取ったのだ。そもそもビャクレンはテオドールに近づかなければ勝てない。
(魔術戦を選んだのか?)
魔術の才は明らかにテオドールのほうが上だ。ビャクレンほどの使い手が魔術の撃ちあいを選ぶとは思えなかった。
(――アシュレイか!)
決闘を受け入れつつもビャクレンの狙いは変わらずアシュレイである。
ビャクレンがアシュレイへと放つ魔術をテオドールは火球操炎で迎撃。
その隙に乗じてビャクレンが叫ぶ。
「砂礫旋風!」
地面の砂岩に亀裂が奔り、舞い上がる。一瞬で辺りが砂塵で包まれ、視覚が奪われた。
「ボックスオープン! ナンバー56!!」
ビャクレンの声が響く。
(そこかっ!)
目が見えずとも魔力感知で補足している。
砂塵の中で突き出した槍に手応え。だが、軽い。
引き戻した槍の穂先には宿の部屋に置かれていた木彫りの人形だった。
(デコイ!? いや、違――)
咄嗟に槍を放り投げた瞬間、人形が爆発四散。辺りを覆う砂塵ごと槍を吹き飛ばした。
だが、槍はまだ倉庫の中にある。アシュレイを狙われる前に対処しなければならない。
「ボックスオープ――」
眼前にビャクレン。両手に持ったナイフの連続攻撃。
(こいつ!)
アシュレイを狙ったように見せたのはブラフだ。全てはテオドールの槍を破壊するための筋書。
(――準備してやがったな!)
おそらく戦闘が起きることを予想し、様々な策を想定していたのだろう。
(やっぱり強いわ、こいつ……)
ナイフの攻撃を素手で捌いた瞬間、喉に違和感。テオドールは我慢できずせき込んでしまう。
(このタイミングで!?)
明らかにおかしな反応だ。
(毒――!?)
考えうるのは先ほどの砂塵の中に毒の粉でも混ぜていたのだろう。せき込むテオドールにビャクレンはここぞとばかりに斬りつけてくる。
ナイフの刃が掠った。
(どうせこれにも毒だろ!)
魔術式を奔らせ、ビャクレンの足元を砂礫に変えた。足場が崩れ、よろけたビャクレンに掌底を放つ。が、とっさに後ろへと飛ばれて衝撃を吸収された。
テオドールは咳き込みながらも周囲を確認し、リュカたちへと視線を向ける。リュカは倒れているが、レイチェルが介抱していた。二人から少し離れた位置にアシュレイとリーズレットが立っていた。
リュカと目があう。リュカの手がかすかに動いた。テオドールは視線を動かし、改めてビャクレンを見る。
見た目はテオドールと同年代だろう。黒髪に堀の深い精悍な顔立ちをしていた。美形と言っていいが、人の中に紛れ込まないといけない蟲に向いてる顔立ちではなかった。特に男の蟲に容貌の良さは求められない。
ビャクレンは動かず、ナイフを構えたまま鋭い視線をテオドールに向けている。
(明らかに俺のほうが強いんだが……魔術を使えないとここまで厄介なことになるなんて……)
ビャクレンには魔術を消滅させる特殊天慶があった。そのため、純粋な体術や肉弾戦で対応せざるを得ない。
(あっちの思惑どおりに誘導されてるよな……)
おそらく真っ当に戦えば、ビャクレンが用意したシナリオどおりに徐々に追い込まれていくだろう。
己を弱者と認識している者は強い。
慢心せず、怜悧冷徹に準備をするし、なにより手段を選ばない。手段を選ぶのは己が強者だという自負のある者だけだ。
(ナイフの毒は砂に混ぜた奴よりヤバいだろうな……)
砂に混ぜた毒はせき込む程度のものだろう。下手すれば自分も吸引する可能性があるし、だいぶ効果が和らいできている。
だが、ナイフの毒は違う。
(傷口から垂れる血が固まってるし……蛇かなにかの毒か?)
全身の血液を凝固させる蛇の毒かなにかだろう。毒が体に広がったり、凝固した血液で血管がふさがれれば、そこから体が壊死していく。
(どうせ、次の手も読んでるんだろ? 乗ってやるよ)
テオドールは魔術式を奔らせ、左腕の傷口付近を毒ごと吹き飛ばした。同時に治癒魔術・改参を奔らせた。
当然、左手をすぐには使えないし、この隙をビャクレンが見逃すはずもない。
ビャクレンが一気に距離を詰め、ナイフを突き出してくる。突き出されたナイフの形状にテオドールは違和感を覚えた。
(このナイフ……アーティファクトか……!?)
魔力を込めることで柄を爆発させ、刃を矢のように飛ばしてくる仕込みナイフ。
「死ねぇぇぇっ!」
ビャクレンがナイフに魔力を注ぐ。
「お前がな」
テオドールにナイフを撃ち出そうとしたビャクレンの背後から魔弾が放たれる。咄嗟に反応するビャクレン。狙いがそれ、発射された刃はテオドールの髪を切りながら飛んでいった。その隙にテオドールは距離を詰める。
(さすがに肝を冷やした)
トントンと瞬間的に指で体を突く。
(ま、それでも俺が勝ってたと思うけどさ……)
経絡秘孔の刺激によって人体の急所が活性化。
テオドールは渾身の力を込めてビャクレンの胸を思い切り殴り抜いた。
「あぐぁっ!」
確実に虚を突いたのに、飛んで逃げるのだからビャクレンの実力には感服せざるをえない。
「ツボを突いて魔力の流れをぶっ壊した。お前はしばらく魔術を使えない」
その場に膝から崩れ落ち、血反吐を吐いていた。
「卑怯……だぞ……それ……でも……騎士か……?」
背後からの奇襲のことを言っているのだろう。
ビャクレンを背後から撃ったのはレイチェルだ。
戦闘中、リュカと目があった時、リュカがハンドサインで「手伝いますか?」と聞いてきたので、テオドールは視線の動きで了承した。
リュカがレイチェルに攻撃させたのは、ビャクレンにとって敵と認定されているリュカが動けば、気取られると思ったからだろう。
実際、レイチェルに対しては無警戒だったようで、ビャクレンへの奇襲に成功した。
「卑怯だと言うなら、お前が先だろ? 決闘が始まったのに、お前はアシュレイを狙った。それが無ければ、俺だってこんな手は使わなかったよ」
ため息まじりに「ボックスオープン。ナンバー73」と口にし、虚空に生じた槍を右手で握った。
ゆっくりとうなだれるビャクレンへと近づいていく。
体を覆う魔力の流れがグチャグチャになっているため、ビャクレンに魔術は使えない。更にテオドールの打撃によって体の内側にダメージが残っているだろう。
一撃で心臓を止める技なのだが、やはり微妙に体をズラして逃げるのだから、その実力には敬服する。
「それに、あいにく俺はもう騎士じゃない。ついでに言えば、西部騎士にとっちゃあ卑怯は誉め言葉だぞ」
正々堂々と一騎討ちをすることもあるが、士気をあげるためのアピール合戦の一つでしかない。
本当の戦場は常に敵味方入り乱れる騙し合いの場だ。
「宗教家の嘘を説法と言い、騎士の嘘を武略と呼ぶ……お前は強いが、戦場を知らなかったようだな」
槍の穂先を突き付けた。
「だいたい予想はつくが依頼人は誰だ? 言えば、命は助けてやる」
「……お前は強い……俺の負けだ」
「質問に答えろ」
「とでも言うと思ったか!?」
瞬間、目の前にいたはずのビャクレンがテオドールの持っていた槍と一緒に消えた。
(転移――!? だが魔力は使えな――他の何かで代替したのか……!?)
魔術は基本的に魔力をエネルギー源とする。
だが、ヴァーツヤーヤナが提唱していた情報転換術式理論において、魔力だけが魔術を発動させるわけではないと結論づけていた。
(特殊天慶……!?)
瞬時に疑問が生じる。複数の特殊天慶をなぜ持っている? なにを代償に発動した? 狙いはなんだ?
すぐさまテオドールは頭の中で身体強化・改参の術式を展開。確認もせずに地面を蹴り、アシュレイのもとへと爆発するように飛んだ。
目で確認。
アシュレイの背後にビャクレンが立っている。その手にはテオドールの槍が握られていた。ビャクレンが必勝の笑みを浮かべる。
「これで俺の――」
勢いのまま滑空したテオドールはビャクレンへと蹴りを放つ。槍がアシュレイを貫く前に蹴り飛ばした。
だが、ビャクレンの笑顔は崩れない。
テオドールは目を見開く。
ビャクレンの顔がいつの間に変わっている。
(寿命を代償にしたのか……? まさか、アシュレイに転移を――?)
ビャクレンは加齢を重ねた容貌になっていた。
「――勝ちだ」
瞬間、アシュレイが光る。
リーズレットが驚きながらアシュレイをつかむ。テオドールがアシュレイへと伸ばした手を、アシュレイもつかみ返してきた。
「テオ!!」
テオドールたちは白い光に包まれ、荒野から消えた。




