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第四十三話 対峙

 ビャクレンがレイチェルに熱光弾を放った。


 リュカが反応するが、間に合わない。体勢を崩したリュカへとビャクレンは踏み込む。ナイフを突き出したがリュカが反応。一瞬で火球操炎を放ってくる。


(古式魔術か……無駄だ!)


 ビャクレンに魔術は効かない。

 そのまま無視して突っこんだ瞬間、嫌な予感がした。


 瞬間的に火球をナイフで弾く。

 キンと鉄を弾く音が響いた。


(暗器を魔術で隠してきたか! 器用な女だ)


 体勢を立て直し、レイチェルのほうへと向けば、標的であるアシュレイがレイチェルの前で剣を抜いていた。どうやら熱光弾を剣で斬り払ったらしい。


「彼女たちは関係ない! 狙うなら僕を狙えっ!!」


 頭の中で標的の人物評価を上方修正した。

 ただ逃げ惑うだけの蝶ではないようだ。だが、実力の無い者の勇気は蛮勇でしかない。


 望みどおりアシュレイめがけて魔術を放とうとした瞬間、リュカが踏み込んでくる。


(やはり体術はかなり使う)


 西部の蟲が使う体術だ。一撃で敵を葬るための打ち込みは狙いがわかりやすい。


(近接戦闘で釘付けにする腹積もりか……)


 攻撃を躱しながら思う。


(……その選択はダメだ)


 打ち込みを捌いた瞬間、リュカが目を見開いた。すぐさま、離れようと地面を蹴る。だが、自分が思っていた体の動きではなかったのだろう。その隙を見逃さず、ビャクレンは踏み込みながら胸めがけてナイフを突き刺した。


 瞬間、爆発。


(……トドメを刺される前に魔術を使って体を後ろに飛ばした? 一瞬で魔術式を組むとは……とことん器用な女だ)


 かなりの使い手だと認めざるをえない。十代で女でありながら、ここまで強いのは正直驚く。


(殺すのはたやすいが、惜しい)


 ビャクレンはアシュレイめがけてナイフを投げる。そのナイフめがけて、リュカがナイフを投げて弾いてきた。


「チッ!」


 さすがにしつこかった。胸部は己の魔術で焼けただれ、負傷しながらも、ビャクレンを睨む目から力が殺がれていない。


「是が非でもアシュレイ・ボードウィンは……殺させ……ません……」


 ビャクレンは不意に好奇心を刺激された。仕事に従事するならば、会話など無駄な時間だ。


(まあ、まだ時間はある)


 仮にこの場所がわかったとしても、どれだけテオドールの移動速度が速いとしても――二分の猶予はあった。残り一分近くは時間がある。


(魔術式を組み上げる時間稼ぎにもなるか……)


「貴様が命を賭ける価値があるのか? その武、その技、同じ蟲として、貴様がどれだけの鍛錬を積んできたかは理解できる。その努力を花開かせる才もある。殺すに惜しい」

「たしかに……私のほうがアシュレイより有用です。体術も魔術も、それ以外の全ての分野において負けてるとは思いません。あなたの言うことは正しいと思います」

「なら、なぜだ? 蟲は利のために生きるものだろう?」


 リュカは軽蔑するような視線を投げてきた。


「つまらない生き方……」


 吐き捨てるように言った。


 その言葉に、己の全てを否定されたような、心の全部を見抜かれたような気がして、今までに無い苛立ちをビャクレンは覚えた。


「……なら、貴様はつまらない死に方をするだけだ」


 会話をしている内に積み上げていた魔術式を一斉に発動。

 いくつもの光線が生じ、リュカへと放たれる。とっさに相殺術式オフセットで消そうとしたのだろうが、寸でのところで光線を直角に曲げ、攻撃点をズラした。


「あぐっ!!」


 熱光奏射ライトニングは熱された細剣の如くリュカの両手両足を射抜いた。そのまま、その場に崩れ落ちるリュカを警戒しながらも、ビャクレンはアシュレイのほうへと視線を向けた。


「待て! どうしてトドメを刺さない!」

「俺はお前やお前の主と戦う気は無い」


 剣を構えるアシュレイ。その前に剣を持ちながら二人の少女が出てくる。レイチェルは一歩も退かぬという覚悟を目に宿し、リーズレットは足を震わせながらも唇をかみしめていた。


(西部の貴族令嬢というものは健気で愚かだ……)


 内心でため息をつく。


(少しは痛い目を見てもらうか。治療に専念させれば、逃げる時間を稼げる……)


 レイチェルとリーズレットの四肢にも照準を固定する。

 アシュレイは頭、首、胸、急所全てに四方から照準を合わせた。


(俺の勝ちだ。テオドール・アルベイン……)


 魔術を発動しようとした瞬間、ビャクレンはとっさに後ろへと飛ぶ。


 どうして飛んだのか? それは、もうただ嫌な予感がしたから、としか答えようが無い。


 ビャクレンがいた場所を光る何かが通り過ぎた。


 遅れて熱波が生じ、衝撃に吹き飛ばされる。遠くで着弾した光が爆発を起こす。


(これは……)


 熱波に面隠しが焼ける。目を見開きながら、嫌な予感のする方角へと視線を向けた。キラリとなにかが光る。それが槍の穂先だと気づいた瞬間、必死に躱す。


(あの夜の――!)


 ビャクレンが負傷しながら逃げた。その背後へと放たれた大魔術。


 三度、なにかが光る。


(どうしてこの距離で狙える!?)


 あの夜より威力は落とされている。当然だ、仲間を巻き込みかねないからだ。だが、それでも莫大な魔力が込められているのはビャクレンにだってわかる。


(連射だと!?)


 躱すたびに背後の岸壁が爆発し、地形を変えていた。直撃すれば、ビャクレンの体など一瞬で貫き融解するだろう。だが、すさまじい速さと威力だからこそ、追尾能力は無い。


(俺でなければ躱せないぞ、こんなの……)


 ビャクレンが持つ特殊天慶の中に虫の報せ(ディバイン・ベル)というものがある。命に関わる危機を直観的に察知することができるのだ。


 不運から逃げられるかどうかは、本人の行動次第だが、どうにかテオドールの|万象融解す屠殺戮の焔槍ヴェーラ・アラドヴァルを躱すことはできた。いや、躱すというより狙いが正確すぎるから、動けば当たらないというだけだ。


(射線上に標的を……いや、ダメだ!)


 槍らしき飛来物を躱す。


 リュカたちを盾にはさせない意思を感じる攻撃だ。下手に動けば、その意思を気取られ貫かれる。


 間断なく放たれた攻撃が止んだ。

 ビャクレンとリュカたちの間で衝撃音が鳴り、土煙が派手に巻き上がった。


「……やってくれたな」


 土煙の中から声がする。


「こんなに焦ったのは戦場で兵站を切られた時以来だ……」


 ビャクレンはナイフを構える。土煙の中から現れた少年は稲妻を帯びた槍を握っていた。


「俺の仲間を傷つけた借りは返すぞ。生きて帰れると思うなよ」


 言葉どおりテオドールの目には明確な殺気がこもっていた。当然だろう。自分の仲間や女を傷つけられれば怒りを感じないほうがおかしい。ましてや相手は元騎士であり、貴族だ。蟲という卑しい者相手にしてやられたとなれば、その怒りもひとしおだろう。

 そこにつけ入る隙がある。感情的になれば負けだ。

 戦闘は常に冷静になった者が勝つ。


(冷静に……勝てる気がしないな……)


 虫の報せ(ディバイン・ベル)は常に警笛を鳴らしているし、経験に基づく推測、これまでの勘、全ての能力を総動員しても、五体満足で勝てる未来が想像できなかった。


(バケモノめ……)


 ビャクレンは死を覚悟しつつも、なぜか高揚している自分に気づく。そんな自分に驚きながらも、微笑を浮かべた。


「名をビャクレンと言う。貴殿は?」

「テオドール・シュタイナー」


 ビャクレンの眉間に力がこもる。


「偽名か……俺が蟲だから真名を名乗るに値しないと?」

「昔の名は捨てた。これが今の俺の名だ」


 そう言ってからテオドールは言葉を続けた。


「名乗りが不服なら、俺は騎士として貴様に決闘を挑もう」


 決闘を挑むという行為は相手を一角の騎士として認める、という意味を持つ。


「……蟲相手にか?」

「俺の元妻は蟲の出だ。家臣にも蟲の者が多くいた。出自で軽蔑などしない。それに、俺を追い込んだ貴様に少なからずの敬意は感じている」


 人の身を越えた怪物に認められたという事実に、少なからずの満足感を覚えてしまった。そんな己を愚かだとは思うが、武を修める者として圧倒的強者には敬意しかない。

 それがたとえ敵であろうとも。


「だが、俺の仲間を傷つけたことは許さん。万死に値する」


 槍の穂先をビャクレンに向けながら鋭い眼光を投げてきた。


「敬意を抱いてく殺すぞ、ビャクレン!!」

「ならば、俺も全力で応えよう、テオドール・シュタイナー!」


 ビャクレンは嗤いながら魔術式を頭の中で並べた。



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