第四十一話 家臣として
テオドールがガリウスと戦っている最中、リュカたちも部屋に籠城しながら窓から冒険者たちを迎撃していた。
「足を狙ってください。可能な限り殺害しないように!」
リュカの言葉にレイチェルたちは魔術や弓で迫りくる冒険者の足を射抜いていく。せまりくる冒険者たちは、その場に倒れ、それに引っかかり転ぶ者も生じる。
「なんだ、あいつら……動きが……」
アシュレイの言葉に「細かいことは考えないでください」と叱咤する。
(冒険者は殺してもいい。問題はクロフォード学園の生徒……)
中には貴族の子息がいる。
もし、殺害してしまえば、この場は生き残れても、後々厄介なことになりかねなかった。
(最悪、町ごと燃やせば証拠は残らないでしょうが……)
自分とテオドール以外、悪辣な方法を受け入れられないだろう、と思った。リュカだって、そんなことはしたくないし、レイチェルやリーズレットに酷薄な自分を見せたくはない。
(私たちの穏やかな暮らしを壊すわけにはいかない……)
そもそもの火種であるアシュレイに視線が向いてしまう。
かすかな殺気を帯びてはいたが、アシュレイは気づかず、矢を放っていた。
(この場で死んでもらったほうが都合はいい)
しかし、それをテオドールが許すわけなかった。もし、この衝動のままアシュレイを死なせたとしても、それがバレた時のことを考えるのが辛い。
妻としてなら許してはくれるだろう。だが、家臣としての信用を失ってしまう。そんな事態だけは絶対に避けたかった。
だから守るのだ。
アシュレイが気に入らなくても。
目の前から消えて欲しいと思っていても。
「危ない!」
不意に飛んできた魔術。リュカはアシュレイの首根っこをつかみ、後ろへ放り投げた。
「あ、ありがとう……」
「敵の狙いはあなたです。攻撃に集中するより、自分の身を守ることに専念してください」
「ご、ごめん……」
(どうしてこんな足手まといを私が守らないといけない……)
自分より弱く無能なくせにテオドールの寵愛を受けていることが許せなかった。テオドールがアシュレイを性的な対象として見ているなら、看過できた。
だが、友として見ている。
そこは昔から自分の場所なのに。
(……テオ様のバカ。私がいなければレイ様もリーズ様も、この足手まといだって守れないのに)
そんなことを考えながら、リュカも魔術で迫りくる冒険者や学生たちを射抜き続ける。
不意に魔術の狙撃。しかも、レイチェルを狙っていた。とっさにレイチェルを横から押し倒す。
「つっ!」
相殺術式が間に合わず、背中に被弾。
「リュカ様!」
押し倒したままのレイチェルを無視して、振り返る。
「リーズ様! 伏せて!」
リュカはリーズレットを引き倒した。瞬間、魔弾が撃ち込まれた。
(私以外、魔術に対応できないとバレた……)
単純に弱点を突いてきたのだろう。
「リュカ! 傷が!!」
「今、治癒魔術を使います!!」
リーズレットとレイチェルの声。痛みに歯を食いしばる。背中なので傷を見れてはいないが、かなり深そうだ。テオドールが戻ってくれば、完治してくれるだろう。
(この程度で倒れていては、テオドール・アルベインの家臣とは言えない……)
どうにか立ち上がったところで、顔を布で隠した男が窓から入ってきた。すぐさまナイフを投げながら牽制。レイチェルたちを守れるように位置を取る。
男はリュカを無視してアシュレイへと魔術を放つ。その動きを読んでいたリュカはアシュレイを蹴飛ばしながら男へナイフを投げた。
「器用だな……」
ポツリと男がつぶやく。そういう本人がナイフを指で挟んで止めていた。
「嫌味にしか聞こえませんね」
あえて会話に乗ってやる。
負傷している今、自分で相手を倒そうとは考えていない。一秒でも長く時間を稼ぎ、テオドールが来るのを待つべきだ。
「時間稼ぎか……俺に勝てないと思ったのか? ふむ、なら、これ以上の警戒は不要だな」
瞬間、男の前にパチリと小さな稲妻が生じる。次の瞬間、雷鳴が轟いた。
「がっ!」
男が倒れる。
「そうですね。警戒は不要です。あなたが警戒すべきは我が主ですから」
この男だけは殺すべきだと思い、魔術式を頭の中で奔らせる。
次の瞬間、男が動いた。
「そのとおりだ……」
嫌な予感がした。すぐさま背後にいる三人を遠ざけるために、腕を広げながら背後に跳ぶ。
「使うぞ、ジルギ……」
次の瞬間、景色が変わった。
宿の部屋にいたはずなのに、荒野に倒れてこんでいた。
(転移!? 特殊天慶……!?)
「ここ、どこ?」
アシュレイの言葉。どうやらレイチェルにリーズレットもいるらしい。
「警戒を解かないでください。おそらく、特殊天慶で空間移動させられました」
転移の魔術は存在しない。
魔術では実現不可能とされているからだ。だが、ダンジョンにゲートがあるように、再現不可能な技術として存在はしている。
遅れて討ち手の男も現れた。
リュカはナイフを構えながら男を見据える。
「ここは?」
男は答えない。
「あなたの特殊天慶は魔術の強制解除ではないのですか?」
男が口を開く。
「……こちらの目的はアシュレイ・ボードウィンの排除だ」
その言葉にアシュレイが唾を飲み込んだ。
「余計な戦闘は避けたい。お前の主人とも敵対はしたくない。大人しく差し出すならば、他の者は見逃してやる」
嘘を言っているようには思えなかった。
なぜなら、相手はテオドールの正体に気づいている節がある。それに付随してリュカの正体まで把握しているかもしれない。
いくら闇から闇に葬るのが蟲の在り方とは言え、同業者を敵に回す気は無いだろう。
(この申し出に乗っかることができれば楽なのに……)
アシュレイのことなどどうでもいい。
死んでほしいとさえ思う。
それでも……。
「私はテオドール様の家臣です。主が守れと言うならば、命を賭して命令を遂行します」
男はため息をついた。
「……最初から期待はしていなかったよ、蟲の姫君」
瞬間、男はレイチェルめがけて光弾を放った。




