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第三十四話 イルミナド

 マッカーシーとの件を誰かに咎められるのも面倒だったので、テオドールたちは逃げるように二階層へ続くゲートへと向かった。


「結局、テオが倒しちゃうんなら僕が相手をしてもよかったんじゃないか?」


 不満そうに言うアシュレイにテオドールはため息をつく。


「いや、あの結果は俺としても不本意だったんだ。ほんと、暴力なんて何も生み出さない」

「まあ、僕はスカッとしたけどね……」


 とアシュレイが笑ったのでテオドールも微笑み返す。アシュレイが優しければ優しいほど親友宣言を拒絶されたシーンがフラッシュバックし、死にたくなってくる。

 そんな風に精神を不安定にさせたままゲートを越えた。


 黒いモヤのようなゲートを越えた先は、赤茶けた岩だらけの大地だった。

棘の生えた植物が、ところどころに生えている。赤い空が広がっており、遠くに魔物の群れと思われる影が見えた。


「リュカ、あの影がなにか探れるか?」

「試してみます……」


 と言ってしばらくしてから「少々距離がありますね」と覇気なく言う。

 しかたがないので、テオドールが魔力感知の範囲を拡げた。


(人……か?)


 数で五人ほどのパーティーだ。

 だが、なんとなく違和感があった。魔力の感覚的には人間なのだが、どうにも動きが人間的ではない。緩慢なのだ。休んでいるにせよ、直立したままというのが変だった。


(まあいい……)


 魔力感知の範囲を狭め、省エネに努める。雷霆結界を使うなど、無駄に魔力を消費しているので、これ以上の厄介事は御免だった。


(……引っかかりはする)


 だが、すぐに影響はないだろうと判断した。この判断も魔術疲れによって正しく決断できたのか自分でもわからない。


「街へ急ごう」

「いいのですか?」


 リュカの問いに「魔物じゃなくて人間のパーティーだ」とだけ答えた。その横で地図を開いていたレイチェルが口を開く。


「冒険家の街イルミナドは、ここより北東に五キロマトルだそうです」

「夜になる前に到着したい。先を急ごう」


 そのまま一行は警戒しながら歩を進めた。しばらく歩いていたら、リュカが近づいてきて、小さな声で尋ねてきた。


「……お疲れですか?」


 リュカの問いかけに、テオドールは力なく笑った。


「隠してたつもりなんだけど、バレた?」

「……レイ様も気づかれてるかと」

「魔術疲れだよ。常時、魔力感知を使ってるからな」

「……私が代わります。お休みください」

「いや、今はお前が休んでおけ。補給が済んで籠城場所が定まったら、その時は頼む」

「ですが……」

「ただ、俺の判断に誤りがあったら言ってくれ。思考が十全じゃない。頭が働いてないのが自分でもわかる」

「はい。それは理解してます」

「やはり変か?」

「なんとなくですが……」

「体感的に普段の五割から六割くらいの頭だな。魔術式の再構築にも時間がかかってるし、なによりいろいろめんどくさい、と思ってる自分がいる」


 新たな友を得られるかもしれないのに「めんどくさい」という考えが生じることが異常だった。それを客観的に理解できる程度は、まだ脳が機能しているのだろう。


「まあ、あと一日くらいは平気だとは思うが、さすがにどこかで熟睡しないと心と体がもたん」

「すみません。私が不甲斐ないばかりに……」

「別にお前を責めてないさ。不甲斐ないのは、あの時、あいつを逃がした俺だ」


 予想外なことが多すぎた。


 特に|尽く穿ち鏖殺す天翔ける雷槍ヴェーラ・ブリューナクを無効化されたのが、大きい。この天慶は一対一において、ほぼ必殺の一撃である。

 相手に突き刺さるまで槍は止まらず、突き刺さった後も槍を自在に操ることができた。そのうえ、帯電もしているため、刺されば電流で殺すなり、麻痺させるなりで動かなくすることもできるのだ。

 繰り出すために多くの魔術式を構築し、少なくない量の魔力を消費するが、使えばほぼ勝利が決する天慶だという自信があった。


「俺の雷槍が効かなかったのは初めてだ……」

「はい。驚きました。ですが、気を付けるのは特殊天慶ユニークスキルだけかと」

「まあ、素直に短槍を使えば、負けはしないと思うが、特殊天慶ユニークスキルは、いろいろ厄介だ。強制的な魔術の相殺術式オフセットだけとは思えん」


 昔、戦場で戦った転生者も特殊天慶ユニークスキルを持っていた。影繰り(シャドウテイカー)という特殊天慶で、影を自在に操るという能力だった。それだけだと、なんの役にも立たなそうに思えるが、本当に厄介な相手だった。


特殊天慶ユニークスキルは応用が効く。本人の認識次第で拡大解釈して能力が進化することもあるしな。ほんと厄介なんだよ。あいつら、戦闘中に覚醒したりもするし……」


 転生者との殺し合いを思い出し、背筋がぞっとした。


(ニホンからやってきたただのコウコウセイだとか言っていたが、あんなのがいっぱいいるとか、マジで異世界って地獄だな……)


 この世界も大概ひどいとは思うが、あんな怪物がゴロゴロいるようなニホンという異世界にだけは絶対に行きたくなかった。


「使う度に効果が変わるかもしれない切り札をいっぱい持ってるみたいなもんだ。転生者的に言うとチートというらしいぞ」

「魔術が効かないのは厄介でしたね」

「そのくせ身体強化は使ってたしな。自分の魔術や天慶スキルは使えるっぽい。卑怯だよな、マジで……」

「向こうもテオ様に同じ感想を抱いていると思いますが……」

「なんでだよ? 俺は普通に努力した結果だが?」

「人に真似できない魔術使ってる時点で、ほぼ特殊天慶ユニークスキルじゃないですか……」


 |尽く穿ち鏖殺す天翔ける雷槍ヴェーラ・ブリューナク雷霆結界レヴィン・グレイヴのことを言っているのだろう。やり方を教えても「理屈はわかるが、できるのがおかしい」と言われてしまう。たしかに自分の魔力量が多いのは理解できるが、それならそれで省エネできる術式にしたらいい。などと言えば「やっぱりおかしい」と言われてしまう。


 どうやら、一般的に複雑な魔術式の構築は、途方もない時間がかかるらしいのだ。


 だが、そう説明されても、テオドールにとって「複雑な魔術式」という概念が理解できなかった。「武術においても複雑な技はあるが、一回教われば使えるだろ?」と言い返せば、もうなにを言っても無駄だ、という顔をされてしまう。


「でも、俺の雷槍だって、天慶スキル化しちゃえば他の奴にも贈与できるし……」


 魔術や技術は本人の中で天慶スキル化さえしてしまえば、同じ神を報じる信者間でのみ、贈与をすることができる。ただ、テオドール的には複雑な魔術式も全て映像や絵として、ほぼ一瞬で組み立てられるので天慶スキル化はしていない。


「テオ様が使うような天慶スキルを私が使った瞬間、魔力枯渇で死にますよ」

「そんな大げさな……」

「テオ様って、その辺の認識、少し歪んでますよね?」


 とか言われてしまった。


「魔術疲れもあるのでしょうが、少々構えすぎかと。もう少し、緊張を解くべきだと具申いたします。あと十日、それでもちますか?」

「……敵が厄介なのは事実だ。警戒しすぎくらいでいい。ぶっちゃけ、あの二人相手にまともに戦えるのは俺とお前だけだ」


 と更に声を落として言う。


「お前とレイチェルの命が最優先だ。リーズレット様とアシュレイは俺のほうで受け持つ」

「かしこまりました。レイ様はお任せください」

「頼りにしてるぞ」

「……はい。以前の失態は必ずや働きで返してみせます」

「無茶はするなよ。お前が死んだら俺は二度と立ち直れない。それだけ俺はお前を大切に想っている」

「はい……」


 うなずきつつも覚悟を決めたような顔をしていた。

 こういうところが危ういのだ。忠誠心のために喜んで死を選ぶ人間特有の雰囲気を帯びている。そして、その手の人間には口で言っても通じない。


(ま、俺のほうでリュカのことを守ればいいだけか……)


 などと考えつつ歩いていく。

 イルミナドへ向かう道中、魔力感知に引っかかった魔物をテオドールの雷霆結界レヴィン・グレイヴで鏖殺し、魔晶石を拾うだけの旅となった。

 イルミナドが見えてきた頃には魔晶石も溜まり、空は薄紫色に変わっていた。

 どうやら夜になるらしい。


「あの街がイルミナド?」


 リーズの言葉にレイチェルが「はい、そうだと思います」とうなずき、そのままテオドールへと振り返ってきた。


「テオ様、今夜はどうしますか? 野宿にしますか? それとも街の宿に泊まりますか?」

「迎撃しやすい部屋があればな……」


 レイチェルたちは口にはしないが、ここ数日の野宿生活で疲労が溜まっている。邸宅のベッドほどではないにせよ、固い地面以外で眠らせてはやりたい。


(残り十日もあるのだから、休める時に休ませておきたい……)


 などと考えつつ街の中へと入っていった。



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