第三十三話 ママ活
テオドールは常時魔力感知を使用していた。
(さすがに少し疲れてきた……)
眠っている時でも魔力感知を使用できるよう魔術式を組みなおしていた。いくらテオドールの魔力が常人と比べて桁外れに多いとはいえ、三日連続で使い続ければ、さすがに精神的疲労も蓄積してくる。
(思考がわずかにネガティブになってるのを感じる……)
魔力とは言い換えれば精神力である。そのため、魔力が枯渇すると、頭の働きは鈍くなり、活力が失われていく。最悪、希死念慮に襲われ、自ら命を絶つことさえあった。
(まあ、おかげでほぼノルマは達成したんだが……)
第一階層は、基本、魔物が狩り尽くされている。
だが、テオドールの魔力感知によって、残った魔物も容赦なく発見され、狩られていた。
(途中で合格ってわけにもいかないしな……)
合格ラインの点数を得たとしても、14日間はダンジョンにいなければならない。
そんな風にテオドールが今後の方針を熟考しているなか、アシュレイたちがダイアウルフを狩り終え、戻ってきた。
「これで、合計250点分の魔晶石は手に入れたよ」
アシュレイの言葉に「それは良かった」と微笑む。
「テオ様、これからどうなさりますか?」
レイチェルの問いかけに「第二階層の街へ行こう」と答えた。
サバイバルする上で第一階層は補給が滞ってしまう。食事や水を確保しずらいのだ。しかし、第二階層には補給ポイントが存在した。
それがダンジョン内都市である。
ダンジョンの中にも街があるのだ。
主に冒険者たちの補給地として使われ、階層によっては農業や畜産なども行われ、自給自足で暮らしている者たちもいた。
噂に聞くところによると、ダンジョンの中で国家を作った者もいるとかなんとか。
さすがにアドラステア王国内のダンジョンで、そういう場所があるとは聞いたことはないのだが。
「大丈夫ですか?」
というリュカの疑問も最もだった。
木を隠すには森であり、討ち手を隠すには人ごみが最も最適だ。
「危険は百も承知だが、仮に隠れるにしたって食糧や水が必要だろ? 街で補給をすませて、どこかに陣地を作って引きこもるしかない」
「たしかに携帯食も残り少ないわね」
リーズもうなずいていた。
「私一人で補給に行けばいいのでは?」
リュカの提案に「それはダメだ」とテオドールは首を横に振る。
「確証は持てないが、残り二人の討ち手の強さは、かなりのものだ」
電撃で意識を奪った者は、リュカと同等程度で、特殊天慶を持っていた者は、確実にリュカより強かった。さすがに「お前より強い」とは言えないが……。
「まあ、だからってリュカが絶対に勝てんとは言わんよ。やり方次第ではリュカでも倒せると思うが、相手もバカじゃない。向こうも準備をしているはずだ。となれば、最悪、お前は二人に拘束されるかもしれない」
リュカは伏し目がちに黙ってテオドールの言葉を聞いていた。
「俺はお前が人質に取られたら、行動を制限される。最悪、死ぬこともありえる。だから、そのリスクは負えない」
「……承知しました」
「誤解しないでほしいんだが、お前の実力を信じてないわけじゃない。ただ、今回はより安全な方針を選びたいんだ。理解してくれ」
「わかっています」
うなずきはするが、ショックだったようではある。
あとでフォローしなければ、と思いつつも一同を見渡した。
「もし、連中と遭遇したら、戦おうとするな。逃げることを第一に考えてほしい。特にレイとリーズ、君たちは自分が俺にとっての弱点だと理解しておいてくれ」
二人ともうなずいた。
「まあ、最悪、人質に取られても俺が助けるから、とにかく身の安全を第一に考えてくれ。そして、アシュレイ……」
とアシュレイへと視線を向ける。
「君がもし、敵と遭遇することになったら、ひたすら防戦に努めろ。下手に逃げても、後ろからやられて終わりだ。ただし、相手は君より確実に実力が上だということを忘れるな」
「ああ、わかってる」
そこでテオドールは肩をすくめた。
「まあ、俺の近くにいれば、確実に守るから安心しろ。これでも、そこそこ強いつもりだしな」
「テオがそこそこってのが僕にはわからないよ。西部って怖いね……」
「ほんと、西部はマジで地獄だから」
と、場の空気をなごませはしたが、油断する気はなかった。
特殊天慶は使い方によっては、強さの序列を覆すことがある。特に魔術特化なテオドールにとって、魔術を打ち消す特殊天慶は相性が良くない。近接格闘で対処せざるをえないのだ。
(いかんな、考え方がネガティブになってる……)
表情には出さず、内心でため息をついた。
そのままテオドールたち一行は第一階層から第二階層へとつながるゲートの場所へと赴いた。
休憩に使える小さな建物があったり、勝手に野営し休んでいるパーティーもいる。
「こんなところで奇遇じゃないか。売女の息子」
その言葉にアシュレイが目を見開き、振り返る。襲い掛かりそうになったところをテオドールが止めた。
「放せ!」
「落ちつけ」
ドスを効かせた声音で制止した。その声にアシュレイがビクリと止まる。
「アレは今、君が気にかけるに足る存在か? それとも、その程度の覚悟なのか?」
「……ごめん」
一気に落ち込んだアシュレイの前にテオドールが出る。
「マッカーシー様、奇遇ですね。なにか御用でしょうか?」
「なに、西部の田舎者と売女の息子を見かけたからな。生きてる間に声をかけようと思っただけだ」
普段のテオドールならば、騒ぎを起こさないよう、穏便に済ませたいと考える。
今も一応、頭の中ではそうするべきだと思っている。
だが、魔術疲れのせいで、その方策を考えるのが億劫だった。
「じゃあ、もう御用はお済みですね。それでは」
「待て」
思わず舌打ちを鳴らしそうになった。めんどくさい。
「なんでしょうか?」
「貴様ら、魔晶石はどのくらい集めた? それを聞いておこうと思ってな」
「五人で二百五十点集めましたよ」
一瞬、間が空く。
「……はっ! ふざけたことを言うな。たった四日で無理に決まってるだろう!」
「いや、本当ですって。リュカ、お見せしてやれ」
リュカがボックスの中から袋を取り出し、袋を開けて見せた。
マッカーシーは驚いたような目でそれを見ている。
「貴様、まさか、あの仲間の分までかき集めたんじゃあるまいな!」
この驚きようから察するに、マッカーシーたちはまだ250点分の魔晶石を集めてはいないらしい。
「仲間ってベアルネーズたちのことですか? そんなことしませんよ。あの、いいですか? 今、クソ忙しいので」
こいつに関わっている時間が惜しい。
「待て!」
「なんなんですか? いい加減にしてください」
「今回の実習のルールは知っているな?」
「はあ、知ってますが、それが?」
マッカーシーは周りにいたパーティーメンバーに目配せする。
おそらくクロフォード学園の生徒ではないだろう。明らかに本職の冒険者かなにかだ。実習試験時に、金でプロを雇うことは珍しくない。
「パーティー同士の私闘は特に禁止されていない。要するに、それを寄越せということだ」
アシュレイが「貴様!」と食って掛かりそうになっていたので、手で制した。
「マッカーシー様、今、厄介な敵と戦闘中なんです。こちらへの攻撃は、その敵と同類だと判断しますが?」
ニヤリと笑うマッカーシーに呼応するように四人の男がテオドールを囲うように動いた。
「だったら、尚のこと好都合だ。少し強いからって調子に乗ってるみたいだが、私のパーティーメンバーはプロの冒険者だ」
「本当にプロなんですか?」
「四人とも中級冒険者だ。貴様らが逆立ちしたって勝てる相手じゃない。それが貴族に喧嘩を売るということだ」
「……こちらはあなたがたと事を荒立てる気は無い。必要なら頭も下げる。退いていただけませんか?」
「断る。どうしてもと言うなら、そうだな……そこの女どもをうちのメンバーに貸してくれ。それで許してやろう」
テオドールは、基本、怒らないようにしている。
怒りという感情は判断を誤らせ、頭の回転を鈍くするし、視野を狭くする。それに加えて、テオドールは他人に対して一切の期待をしていないし、自分にも期待していないので、自身に罵詈雑言を投げかけられても笑顔で「わかる」と言えた。
面の皮が厚いのだ。
そんなテオドールでも、看過できないことはある。
「彼女たちを貸せとおっしゃいましたか? まるでモノのような言い方ですね……」
「売女の子供と共にいるなら、娼婦のようなものだろう?」
西部にいた頃のテオドールなら、容赦なくマッカーシーの首を刎ね飛ばしていただろう。最悪、家同士の戦争になってもかまわない、くらいの覚悟を決めて。
だが、平民になったテオドールには、権力に抗う力が無いし、最悪、リュカたちの実家に迷惑をかけてしまう。だから、短慮な行動はしない。してはならない。
理屈ではわかるのだ。
「おい、前言を撤回するチャンスをくれてやる。今なら貴様の妄言を聞かなかったことにしてやろう。これは俺なりの慈悲であり、最大限の譲歩だ」
テオドールの口調が癪に障ったのか、マッカーシーが眉間を寄せる。
「平民が貴族に利く口ぶりではないな! 無礼討ちにしてくれる!!」
マッカーシーが剣を抜いた瞬間、テオドールも抜きつけに一閃。剣を叩き斬った。ポカンとするマッカーシーをよそにテオドールは剣を鞘に納めた。
「重ねて言わなければ頭に入らないのか? 彼女たちに対する前言を撤回しろと言っている。それと、貴様らが束になっても俺には勝てん。暴力を行使するつもりなら、それ相応の対応になる。貴様が伯爵家だから、俺も最大限の譲歩をしているぞ。だが、それもこれが限界だ」
深く息を吐いた。
「前言を撤回しろ」
静かに言うテオドールを前に、マッカーシーは顔を真っ赤にしなが叫ぶ。
「無礼な! おい、このバカを殺せっ!!」
マッカーシーがパーティーメンバーに命じた瞬間、四人の冒険者が動く。だが、すぐさま冒険者がなにも言わずに倒れてしまった。
倒れた者たちの立っていた中空には、稲光の残滓がバチバチと帯電している。
テオドールの雷霆結界が発動したのだ。
「え?」
マッカーシーは倒れた仲間を凝視した。事態を把握していないマッカーシーにテオドールは近づくと、無造作に右手で口を鷲掴みにした。
「もがっ!!」
「理性も知性も品性も無いとは……」
マッカーシーがもがいてもテオドールは微動だにしなかった。
「もう前言は撤回しなくていい。貴様の罵詈雑言は受領した。俺にとって大切な方々を貴様は娼婦と罵った。その事実を受け入れよう」
マッカーシーは怯えた表情のまま固まる。
「……理性も知性も品性も無い獣には言葉は不要だ。躾をくれてやるぞ、リアム・マッカーシー」
テオドールはニコリと微笑み、マッカーシーのつかんだまま移動を開始する。
暴れて逃げようとするマッカーシーを無視して、テオドールはリュカに「こいつをひと気の無いところで躾る。警戒は任せた」とだけ言い、建物の蔭へと連れていく。マッカーシーは「放せ」と怯えていたが、笑顔のまま無視した。
特に誰の視線も感じない物陰に来たところで、改めてマッカーシーを自分の前に立たせ、微笑みかけた。
「俺は雷を操るのが得意だ。この力は簡単に人を殺せるし、ただひたすらに痛みを与えることができる。特に脳のとある部分に稲妻を奔らせると、激痛を生み出すんだ。このようにな」
電流を奔らせた瞬間、マッカーシーが白目を剥き、失禁した。
「肉体が受ける情報を脳が痛みや苦しみとして知覚するんだ。だが、それが続けば、脳は自らその情報精度を落とす。痛みや苦しみを緩和させるんだよ」
電流でマッカーシーの意識を取り戻させながら話を聞かせる。
「だが、俺の雷は脳に直接痛みを感じさせる。よって、痛みの情報精度は落ちない」
痛みの電流を流す。
「だが、逆に快楽を与えることもできる。こうするとな」
マッカーシーが目を見開き体を震わせた。
「情報というのは落差が必要だ。苦痛と快楽。その揺れ幅が大きければ大きいほど……」
激痛に白目を剥かせ、覚醒させ、快楽を与える。
「……躾が効く。いわゆるアメとムチだな」
脳への直接攻撃を繰り返す。
「貴様が思っている以上に、人間は快楽と苦痛に弱い。その両方をくれてやれば、考えるのをやめた従順な犬になる」
快楽と苦痛で頭が引っ掻き回されているせいなのか、マッカーシーの黒目から光が失われていく。
「俺はもう貴様を人間扱いはしない」
しばらく躾を続けたところで、マッカーシーを放り投げた。ビクビクと痙攣しながら、地面に転がる。恍惚とした表情を浮かべ、濁った瞳で虚空を見つめていた。股間は小便と精液で汚れ、脱糞までしていた。そんな様を見ても、まだ怒りは消えていたが、これ以上の躾はかえって不快になってくる。
「また快楽を与えてほしければ、俺の犬になることだ。働き次第で躾てやる」
「は、はひぃ……」
「貴様はなんだ?」
「い、犬れふ……」
「なら、俺の靴を舐めろ」
「へ、へひ……」
這うように体をねじったマッカーシーはテオドールの靴を犬のように舐めていた。ノリで命じたけど、思っていた以上に嫌悪感を覚えたので、とりあえず顔を蹴飛ばす。「ぎゃん!」と犬のような声をあげ、のたうっていた。
「おい、犬。これからは俺に忠誠を誓い、俺のために死ね。俺の気分次第では、貴様に快楽の褒美をくれてやる」
「は、はいぃぃ……」
「せいぜい実習を生き残ることだ」
それだけ言って雷霆疾攻で意識を奪い、踵を返したら、頬を赤らめたレイチェルと目があった。
「見てた?」
「……はい」
「どこから?」
「靴をその……」
「……引いた?」
「いえ、少し……ドキドキしました……なんと申しますか……こういう厳しい感じのテオ様もいいな、と……」
それはそれで予想外な返答だったが、あえて追及するのが怖かったので「ほら、敵には容赦しないと舐めらるし」と言い訳を並べる。
「えっと……もしかして、俺、やりすぎたかな?」
「そうですね……一応、伯爵家の方ですし……」
「で、でも、完全に快楽漬けにして脳を破壊してるから大丈夫だよ。たぶん、俺の言うことならなんでも聞くと思うし……」
「その……もし、問題になるようでしたら、私のほうでどうにか丸く収めておきますね。最悪、父の名前を使えばよいので」
最悪、金と政治力で解決するより他なさそうだ。
「……もし、金が必要なら言って。払うから」
「どのように?」
その問いかけにテオドールは半泣きになりながら自分の顔を両手でおおった。
「りゅ、リュカママに借りる……」
ヒモにできるのはパトロンに泣きつくことだけだ。
「では、レイママのほうで払っておきますね」
レイチェルの優しさが、心にしみるテオドールだったが、甘えるわけにはいかない。
(ステータスの職業欄をヒモから吟遊詩人に変えるんだ。絶対に……)
ふと、最近のヒモは「ママ活」とも呼ばれるらしいとベアルネーズたちが言っていたことを思い出した。レイチェルたちのことを「ママ」と呼ばないようにしよう、と心に固く誓うテオドールだった。




