第三十一話 全員友達
アシュレイに拒絶された哀しみと怒りを、全て拷問相手にぶつけようと思った。もしくは相手が同世代だったら、拷問の末に洗脳をして、強引に親友にして、この胸の空白を埋めようと思った。
「逃げてるしっ!! ちくしょう!! 俺に友達はできないってことかよ!!」
足跡や気配を追おうかとも思ったが、相手もプロなので、諦めることにした。
へへっと虚ろな笑みを浮かべながら、爆発四散して死んだ討ち手の元へと向かった。
夜の闇の中でも肉の焦げた臭いはまだ残っていた。暗くてよく見えないため、魔術で光を灯す。暗殺者の肉片が放射状に飛び散り、木の幹に張り付いたりしていた。
なにか手がかりはないかと探ってみたが、そんなミスを犯す相手でもないだろう。
(ま、相手がプロだってことはわかった)
冒険者の中にも暗殺業に手を染める者もいるが、しょせんはアマチュアだ。任務達成不可能と悟った瞬間に自死を選んだりはしない。
今回の討ち手は、殺しを担う毒蟲の中でもかなり上位の者だろう。しかも、そのうち一人は、魔術を打ち消す特殊天慶を保持していた。
(あのレベルの毒蟲を使えるとなると、依頼人は……)
かなり地位の高い人物だと思われた。
(プロなら、また来るだろうな……)
プロの暗殺者なら、そう簡単に任務を放棄したりしない。今回の失敗を受けて、次はもっと確実な手でこちらを攻撃してくるはずだ。
(いや、待て。これは逆にチャンスかもしれない……)
アシュレイはテオドールの強さがどうとか言って、親友であることを拒絶してきた。考え方を変えれば、自分とやりあえる相手ならば、友達になってくれる可能性があるかもしれない。
(そうだよ、さっきの逃げたアイツ、強かったし、あれくらい強ければ友達になってくれるかもしれない!)
西部流の友情ならば、一度くらい殺しあってこその親友だ。
(よし! 次のタイミングで拘束して、友達にしてやる……)
もう手段や相手を選んでいる余裕は無かった。
アシュレイにまで拒絶されとなれば、もう敵でもなんでもいい。なんなら拷問の末に洗脳したっていい。
(俺は男友達が欲しいんだ……! 心の底から欲しいんだ!!)
みんなでくだらない下ネタを言い合ったり、繁華街でナンパしたり、恋愛相談を受けたり、そういう男同士の友情を経験したいだけなのだ。
そして、その経験を元に詩を作って、新進気鋭の吟遊詩人としてデビューしたいだけなのだ。そのためには手段を選んでいる余裕は無い。
(絶対、逃がさねぇぞ、暗殺者。お前たちはまとめて俺の友達にしてやるからなっ!)
ふひっ! と危うげな笑みを浮かべたところで「とはいえ」と状況を客観視する。
(アシュレイが狙われているという状況的に、ダンジョン実習どころの話じゃないんだよな……)
野営地に向かって歩きながら考える。
(アシュレイには親友じゃないって言われたけど、俺は、まだ友達だと思ってるし……いいじゃん。別に俺が勝手にそう思ってるだけでもさ……友情は見返りを求めないものだって青春小説にも書いてあったし……)
フラれたとはいえ、それで友情が失われるわけではないのだ。今もテオドールにとってアシュレイは大切な友人である。
(相手の戦略目標はダンジョン実習中に事故死に見せかけたアシュレイの暗殺。それを潰すだけなら、実習を棄権するだけでいい。アシュレイの身の安全を最優先するならば、それが一番だ)
などと考えながら野営地につけば、リュカたちが焚火を囲んで話し合っていた。リュカによる状況説明が終わっているようだ。
テオドールは四人に近づいてからため息をついた。
「敵の情報はなにもない。逃げられていた。相手はプロだ。たぶん次もある」
その言葉にリーズレットの顔に不安の蔭がよぎった。レイチェルとリュカは静かに覚悟を決めたように口をつぐむ。
(たしかに男友達は欲しい。だが、俺の個人的な目的のためにアシュレイを危険にさらすわけにはいかない)
そもそも討ち手が男だと決まったわけではないのだ。
「今回の実習は棄権すべきだ」
「それは、ダメだよ」
アシュレイの言葉に「君の身が危険だ」と答える。
「……わかってるよ。でも、僕は冒険者にならなきゃいけないんだ」
「次の実習でいいだろ?」
「……棄権したって事実が残る。僕はこれ以上、失敗するわけにはいかない……」
「王になるためにか?」
テオドールの問いかけにアシュレイは口をつぐんだ。
「……それが僕の使命だから」
「命を賭ける価値があるのか?」
アシュレイはしばらく黙って考えてから「ああ」と小さく答えた。
「わかってるよ、僕のエゴだってことくらい。でも、僕には、それしか無いんだ……」
テオドールには権威や権力に執着するという感覚が理解できなかった。
昇りつめて王になりたい、などと思ったことは一度として無い。
充分、資産はあったから、もっと豊かになりたいと思ったことは無いし、美女を娶りたいと望まずとも、周りが勝手に妻を用意した。それが恵まれているとは理解していたが、だからこそ自分に自由は無いこともわかっていた。
テオドールが真の意味で自ら決めたことは「貴族をやめる」ということだけだ。
それ以外は全て周囲から望まれたことを、やってみたらできた程度でしかない。そんなゴミクズを積み上げていった先で得るモノになど、なんの価値も見いだせなかった。
だから、アシュレイが言っていることを本当の意味で理解できない。したいとも思わない。
(そうか……アシュレイは俺という友など最初から眼中に無かったのだな……)
己の目的のために生きている。だからこそ、友になりたいと思ったのかもしれない。
「……アシュレイの言いたいことは理解した。そのうえで問う。君は俺にどうしてほしいんだ?」
「一緒に実習を合格してほしいよ」
テオドールは「そうか」と言ってからリュカへと視線を流した。
「リュカ、お前はどう考える?」
「テオ様が棄権するということは、マッカーシー様との賭けに負けるということです。自ら命をお捨てになるのですか?」
「そういえば、そんな約束もしていたな……」
最悪、全てを捨てて逃げればいいくらいに思っているが、それを口にすればリュカは怒るだろう。そのままレイチェルへと視線を向けた。
「レイ、君はどう思う?」
「アシュレイさんがいいとおっしゃるのでしたら問題ないかと思います。私としてもテオ様がマッカーシー様との勝負に負けるのは……」
「……わかった。リュカとレイの気持ちは理解したよ」
そのままテオドールはリーズレットへと視線を向ける。
「ペンローズ様は……」
「リーズ」
と呼べと言いたいらしい。
「……リーズ、あなたはどう考えますか?」
「タメ口」
「……リーズ、君はどう考える?」
「逃げるなんてダメよ、そんなのテオらしくないもの」
「そうかな? 俺はけっこう逃げると思うけど……」
「戦略的に必要なことなら、でしょ? 自分の命がかかってるなら、戦うべきよ」
なんだかんだで西部の女性は好戦的である。
「みんな、あぶないってわかってるのか?」
「テオ様、西部の頃に比べれば、たかが数名の暗殺者などわけないかと。私も次は遅れを取りません。あの者の技は見切りました」
リュカが冷たい視線で虚空を見ていた。復讐の決意が固まっているらしい。
「リュカ様には届きませんが、必要最低限の護身術は修めています。最悪、逃げ切ることくらいはできます」
そんなレイチェルの言葉にリーズレットもうなずいた。
「私だって何度殺されかけたかわからないもの。暗殺未遂なんて日常茶飯事よ」
その言葉にアシュレイが少しばかり引いていたが、西部で政治をするということは、そういうことである。
(みんな腹据わり過ぎなんだよな……)
深いため息をつき、テオドールも覚悟を決めた。
「わかった。こうなったらしかたがない。実習を続けよう。ただし、状況が更に悪化する場合は容赦なく棄権を選ぶ」
そう言ってアシュレイを見つめた。
「この命に代えても、俺が君を守るよ、アシュレイ」
たとえアシュレイがテオドールのことを見ていないとしても、友情を貫きたかった。
(討ち手もしばいて、アシュレイも守って、全員友達にしてしまえば、一石三鳥。そうだ、これでいこう……)
などと考えているテオドールをアシュレイは驚いたように凝視してから、切なそうに目をそらした。隠れた拒絶の意図を察し、テオドールの胸がかすかに痛んだが、それを誤魔化すような微笑を浮かべる。
そんな二人を見ながらリュカは「やっぱり」とつぶやき、レイチェルはニコニコ笑顔を貼り付け、リーズレットが「やっぱりってどういうこと? そういうアレなの?」とリュカに尋ねていた。
どういうアレなのかわからないが、とりあえずやるしかない、とテオドールは腹をくくった。




