第三十話 親友
テオドールは相対する討ち手の脅威度を上方修正した。
(推定レベルは400代……天級魔術師か特殊天慶持ち)
相殺術式であれ特殊天慶であれ、魔術を打ち消されるなら、魔術以外で仕留めねばならない。
「ボックスセレクトオープン! ナンバー01!!」
倉庫内に保存したモノを直接引き出す天慶詠唱。短槍が手元に生じる。魔術式をいくつも同時に展開。頭の中に数式の画像が並ぶ。
(身体強化、慣性操作、力学操作、空力操作、磁力操作、魔術式添付!)
テオドールは手の内にある短槍を討ち手めがけてぶん投げた。
――尽く穿ち鏖殺す天翔ける雷槍――
投げられた短槍は電撃を帯びながら、矢の如く速さで討ち手に迫る。だが、討ち手も体をひねり、短槍を躱す。その瞬間、テオドールは遠くの槍を引き戻すように腕を振った。その動きに呼応するように槍が翻り、討ち手を狙う。
尽く穿ち鏖殺す天翔ける雷槍は、とある神機を真似したオリジナルの魔槍術である。
魔術を使い、槍を高速で投擲する一撃目。初撃を躱されても、魔術によって槍を操り、標的を指し穿つまで止まらない。ある程度のコントロールをしないといけないが、距離を取りながらの戦闘において、かなりのアドバンテージを得られる。
背後から飛来する槍が討ち手の肩を貫いた。そのまま引き寄せようと腕を振るったが、槍は反応せずに止まった。
(相殺術式じゃない――)
討ち手に駆け寄りながら把握。
(――自動的に魔術を打ち消す特殊天慶!)
尽く穿ち鏖殺す天翔ける雷槍を一瞬で相殺できる魔術師ならば、既にリュカたちは殺されている。
テオドールは駆ける勢いのまま、振り返る討ち手へと剣を突き刺した。
瞬間、討ち手が両腕を交差させ、刃を受ける。
両腕を貫かれながらも、刺突が胸に至るのを止めると同時に服の下から丸い球が落ちた。背筋の毛羽立つ違和感が生じる。咄嗟に距離を取って、地面に手を添えた。
細かな調整をしている余裕が無い。デフォルトで記憶している魔術式の画像を頭の中に展開――
(土砂操作・改参!)
大地を隆起させ、壁を展開。遅れて球が爆発炎上した。
(自爆……か? なんだ、あの球……魔力を感じなかったぞ……)
直観的に逃げたから良かったが、もしあのまま敵を仕留めようとしていたら、爆発に巻き込まれていただろう。場合によっては大ケガしていたかもしれない。
状況把握より先に魔力感知を奔らせた。討ち手らしき魔力反応が高速で離脱するのを確認。負傷したリュカへと視線を向ける。
(リュカが負傷した今、暗殺対象のアシュレイを放置して敵を追うのは得策じゃない……)
わずかな逡巡。追うのは諦め、半分に折れた槍を拾う。
(魔力消費がデカいから、あまり使いたくないけど……)
槍を逆手に持って振りかぶり、改めて様々な魔術式を羅列。すぐさま槍の穂先が熱を帯び、赤く染まっていく。
(まとめて――)
――万象融解す屠殺戮の焔槍――
「吹っ飛べぇぁぁぁぁ!!」
投擲された光線は夜の森に消え、一拍遅れて空間が真円に焼き爛れ、くりぬかれる。
さらに遅れて森の奥で爆炎によって木々が舞い上がった。
「照準が甘かったか……」
魔力感知の領域から既に逃げられていたため、確実に仕留めたという感触が無かった。
(……やばい、かなり疲れた。魔力の六割くらい持ってかれたな……)
万象融解す屠殺戮の焔槍は、大型の魔物や規格外の敵、もしくは戦場を攪拌する時に使う魔槍術だった。当たればほぼ確実に殺せる技だし、着弾点が爆発粉砕されるため、戦術的にも有用である。
だが、テオドールの消耗が大きいため、多用はできなかった。
「リュカ、大丈夫か?」
その問いかけにリュカが「少々負傷しました」と言う。それ以外は無事だったようだ。左二の腕を押さえるリュカの傷に手を添え、治癒魔術を行使した。
「すまん。俺のせいで」
「テオ様のせいではありません。私が未熟だっただけです」
「これ以上、お前の体に傷は作りたくなかったんだが……」
「いいのです。傷跡を見る度にテオ様のために働けたことを思い出せるので。名誉の負傷です」
少々怖いことを嬉しそうに言っていたが、指摘するのも野暮なので、苦笑いで濁した。不意にアシュレイへと視線を向ければ、ジッと森のほうを睨んでいた。
「アシュレイ、大丈夫か?」
「あれは、もしかして……」
「わからん。とりあえず尋問要員を一人確保している。敵の正体はそのあとだ」
「……うん、そうだね」
沈痛そうな面持ちで視線を落とすアシュレイにテオドールは近づいていく。
「アシュレイ、仮にアレがお前の想像した者だとしても、問題ない。何度でも俺が倒す」
「……僕は君に頼ってばかりだな」
この瞬間だと思った。
この瞬間のためにテオドールは実習に参加したと言っても過言ではない。
「気にするな……」
心臓ががなり声をあげるなか、表面上は平素を装う。
「……俺たち、親友だろ?」
(言ってやった!! 言ってやったぞ!! ああああ!! アシュレイ、どうだ! 君の返答は!?)
「……僕には、その資格が無いよ」
「え?」
血の気が引いていく音を聞いた。
「僕はテオに助けられてばかりだ。君の親友にはふさわしくない」
なにを言っているのか、わからなかった。
「そ、そんなことないよ!!」
「そんなことあるよ。僕は君より弱い」
「弱くてもいいから!!」
「僕が嫌なんだ……」
断固たる意志を持つ拒絶だった。
「そ、そっか……まあ、そうだよな……無理強いってキモいよな……」
「別に気持ち悪くないよ。そう言ってくれて嬉しかった。でも、僕は……」
「い、いいんだ。忘れてくれ……俺が勝手に勘違いしてただけだから……」
ハハッと笑いながらも、グニャリと視界が歪む感覚に襲われた。可能なら、今すぐレイチェルかリュカの胸に飛び込んで「親友になれなかったよぅぅ!」と男泣きに泣きたい。
でも、しない。
これ以上、アシュレイの前で無様な姿をさらすわけにはいかないからだ。
「じゃ、じゃあ、その……あれ、ほら、その、あれだ。あいつ、敵一人残ってるから、ちょっと拷問してくる……」
引きつった微笑みを浮かべながら、テオドールは夜の森へと入っていく。
涙が出てきた。
(親友じゃなかったんだ……俺が……勝手に一人で……そう思ってただけなんだ……うああああああああああ!! 時間よ、戻れぇぇぇぇぇぇ!! さっきの発言、無かったことにしてくれぇぇぇえぇあああああっ!!)
意識を奪った男のもとへとダッシュしながら、声を殺して泣き叫ぶことしかテオドールにはできなかった。




