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第一話 追放

「今、なんとおっしゃられましたか?」


 まだ少年と言っていい風貌の騎士が、膝をつきながら驚きの声をあげた。

 テオドール・アルベインは、改めて主君であるスヴェラート・フロンティヌス公爵を見る。スヴェラートは豪奢な椅子に座りながら、でっぷり太った腹をぼりぼりとかきながら口を開く。


「だから、言ったであろう、アルベイン。貴様の領地は没収。爵位も剥奪だ」


 さすがに想定外だった言葉に面食らってしまう。


(領地没収に爵位剥奪? 俺が?)


 謁見の間に通された時、なんとなく違和感は覚えていたのだ。

 左右に列席している家臣のなかに、懇意にしている知り合いがいなかった。

 キレ者の家宰フレドリクもいなければ、猛将グスタフもいない。並んでいるのは、いわゆるスヴェラート派閥と呼ばれるスヴェラート子飼いの重臣たちのみである。

 スヴェラートは嗜虐的な薄ら笑みを浮かべた。


「なんだ? なにも言葉はないのか? どうした、アルベイン。父上の懐剣だったのであろう?」

「……恐れ多いお言葉です。ヴォルフリート様の懐剣はフレドリク様とグスタフ様。私はお二人のもとで働いていただけにすぎません」

「……二人がいれば、この決定は覆ると言いたいのか?」


 どう答えるべきか刹那に考える。返答を誤れば、いい結果にはならないだろう。


「……いえ、スヴェラート様が熟慮の末のご決定。お二人とて反対はいたしますまい」


 テオドールの返答が、スヴェラートの予想していたものと違っていたのか、舌打ちを鳴らし、足を組み替える。


「で、どうするのだ? 貴様は余の命を受け入れるのか?」


 受け入れれば、領地没収で爵位剥奪。

 テオドールは貴族から平民へと落ち、家臣たちは路頭に迷う。公爵家に祖父の代から仕えてきたアルベイン家はついえてしまうのだ。

 普通に考えれば、受け入れるわけにはいかない命令だった。


「……理由を聞いてもよろしいでしょうか?」

「貴様は若すぎる。その年で権力を持ちすぎだ。父上は貴様に騙され、重用されていたようだが、余は騙されんぞ」


 隠し切れない敵意と侮蔑のこもった目だ。


(確かに若さを言われると、言い返すことはできないが……)


 テオドールは十歳で父を失い、強引に元服した後、妾腹の子だが家督を継ぐことになった。正妻の子である弟のアルベールが元服するまでの繋ぎの当主として。

 だが、繋ぎとは言え、武門の誉れ高いアルベイン家当主である。

 そのまま十一で初陣を果たし、それから五年間は前公爵ヴォルフリートの子飼いとして戦場を駆け回ってきた。

 今年で十六歳。普通ならば、やっと元服を経験する年齢だ。


「年齢以外で、なにか私が問題を起こしたのでしょうか?」

「開き直るか、痴れ者め!! それよ! その物言いよ! 主君を主君と思わぬ傲岸不遜さ!! 家臣が主君に物申すなど許されることではないっ!!」


 顔を真っ赤にして怒鳴っていた。


(なるほど、俺が放蕩を諫めたのが、そんなに嫌でしたか……予想どおりの反応だな……)


 スヴェラートの放蕩ぶりは有名だ。前公爵が存命の時は、おとなしくしていたが、身罷られてからは贅沢の限りを尽くしている。

 ヴォルフリートからは「愚息を頼む」と言われていたからこそ、家臣として諫言したのだ。たしかに、八歳も年下のテオドールに言われれば面白くないだろう。だからといって、いきなり領地没収はありえない。


(俺をクビにするにしても、もう少しやりようというものが……まあ、無理か……そういうお方だ……)


 とはいえ、ここで抵抗すれば、控えている騎士たちがテオドールを殺すはずだ。謁見のため、武具もなければ禁呪の腕輪で魔術も使えない。どうあがいたところで死ぬ。


(俺がここで死ねば、フレドリクのおっさんは日和るだろうが、グスタフの親父はブチギレるだろうな……最終的にフレドリクがうまいこと収めるだろうが……いや、旧ヴォルフリート派をまとめて潰すいい口実になるか……)


 貴族の政争に巻き込まれたくないと思っていたのに、責任が増えれば増えるほど、こうして厄介事に巻き込まれてしまう。


(どっちに転がってもフロンティヌス公爵家はヤバいことになるな。本当に、予想どおりの暗君だな、スヴェラート様は……)


 思わず、笑いそうになったが、必死になって笑みをかみ殺した。


 主君が言うことは絶対。

 主君が白を黒と言えば、黒なのである。

 この五年で嫌でも叩き込まれてきた思想だ。


「なにがおかしい?」

「いえ、己の愚かさに笑えてしまいました。我が忠誠心がスヴェラート様に届いていなかったことが悔やまれます」


 落ち込んだテオドールを見てスヴェラートは笑った。


「なにを言おうと貴様はもういらぬ! 逆らうならば、一族郎党、血祭にあげてやるが、どうする?」


 まるでそれが望みかのような言い草だ。


「一族郎党とおっしゃいますが、我が妻はスヴェラート様の姉上では?」

「その婚姻も許せぬのだ!! 貴様のような下劣な犬から姉上を救う!! よもや、姉上を人質に取ると言うなら、その時は……」


 そんなことするわけがない。

 テオドールがアンジェリカに手をかけるなど、想像しただけでも悪寒に襲われてしまう。


「……いえ、そのようなことはいたしませぬ。アンジェリカ様の身の安全はしかと保障いたしましょう」

「ほう、ならば、領地没収の件、おとなしく受け入れると言うのか?」

「それが主命ならば……」


 スヴェラートは汚物でも見るような蔑みの視線をテオドールへと向けてきた。


「本当に犬のような男だな、貴様は! 腐っても騎士。フロンティヌス十騎聖と呼ばれた男であろう? 騎士らしく戦って死ぬ気概もないのか!?」


 それをしたら主家が滅ぶ。

 どんな罵詈雑言を浴びせられようと、最低限の義理は果たさねばならない。この五年間、嫌というほとヴォルフリートたちに叩き込まれてきたのだ。


「……新しきフロンティヌス家を血で濡らすなど、誰も望むことではありますまい。それではヴォルフリート様に顔向けできません」


「貴様が父の名を口にするなっ!!」


 叫ばれた。

 ここまで憎まれているなら、もはや関係の修復は不可能だろう。フロンティヌス公爵家にテオドールの居場所はない。


「それでは我が領地の明け渡し準備を進めます。さがってよろしいでしょうか?」

「野良犬が!! さっさと失せよ!!」


 最後に頭を垂れてから立ち上がり、振り返る。


 左右に列席する貴族たちが、心底楽しげにテオドールを見ていた。テオドールは小さなため息だけをつき、謁見の間を後にした。



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