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イードルとサバラルとゼッドがそれぞれ自分に充てがわれた席の脇に来た。
サバラルが椅子の背もたれに手をかけて座ろうとした。
『ズルッ!』『ベッタン!』『ゴチン!』
パニエのせいでお尻が椅子から滑り落ち、床に尻もちをついて、後頭部を椅子の座面の前面に打ち付けた。
「くっふっ」
頭を抱え込んで痛がる。
「「「「んっ!!!!」」」」
様子を見ていた他の女子生徒たちは笑いを堪える。
サバラルのミスを理解したゼッドが椅子に深く座った。
『バッターン!!!!』
ゼッドが少し背もたれに寄りかかった瞬間、後ろに椅子ごと倒れた。
『クルリッ』『スッテーン!』
見事な後方回転! だが、回りすぎて着地失敗。床にお尻をついてしまった。ちょっと残念だがさすがに騎士団家! ドレスを着てこの動きである。運動神経抜群だ。
ゼッドは机も蹴り上げた。それを予想していたメイドは前の席の女子生徒に怪我をさせることなく蹴られた机を防いだ。
ゼッドが倒れたことより机が女子生徒にぶつかることを防いだメイドへの感嘆の気持ちが勝り、笑いは出ない。
が、目線がメイドに向かってしまったため、ゼッドの運動神経の良さへの称賛もなかった。これまた残念。
「どうやって座れというのだっ!」
イードルは怒鳴るほどではないが、必死な形相で声は少し大きめだった。
「イードル殿下。声は荒らげないでくださいませ。それと、みなさまは座っていらっしゃいますわ」
淑女A科一組は二十名。フェリアとバーバラとルルーシア以外の者はすでに着席してこちらを注目している。
「すまない……」
フェリアの『殿下』呼びと素直すぎる謝罪の言葉に情報処理能力が高く敏い淑女A科一組のメンバーはピクリと眉を動かすが騒ぎたてたりはしない。
『『『イードル殿下は余程フェリア様を怒らせてしまったようですわね』』』
淑女を舐めたような発言をされたことはこのクラス内でもすでに周知されているので、誰もイードルたちを擁護するような気持ちにならない。
「仕方ありませんわね。メイドに手伝ってもらいましょう」
イードルとサバラルとゼッドは椅子の前につく。メイドが脇に一人と背もたれの後ろに一人ついた。
「パニエを少し持ち上げて椅子の前方三分の一ほどに座りますのよ」
パニエを持ち上げるのをメイドが手伝ってくれてなんとか座る。三人がなんとか座れると机もメイドがいい位置にしてくれた。
フェリアとバーバラとルルーシアはそれぞれの婚約者――イードルとフェリアはまだ婚約解消は成立していない――の隣の席へ行き、自分で座り椅子と机の位置を自分で直す。本当にできるものなのだと男三人は目をしばたかせる。
それからほんの数分。
「ちっとも休まらん……」
「ゼッド様。お教室はご休憩所ではありませんわ」
「でも、これじゃ授業に集中できないよ」
「サバラル様。わたくしどもは常からこれですわよ?」
「ノートへの書き取りはどうするんだ?」
「イードル殿下。当然いたしますわ。授業ですもの」
イードルたちはノートへ書く練習を試みた。だが、コルセットのせいで前方へ腕が伸びない。腕を伸ばそうとしたり、背を正そうとするたびによろけてメイドがずっと世話をしている。
「背を伸ばして腰からではなくお尻から前方に傾き、腹筋で耐えますのよ」
普段の鍛え方の違うゼッドはなんとかできたが、イードルとサバラルには無理そうだった。
「ノートの下方部だけお使いなさいませ。ページはいくら使っても問題ありませんわ」
ルルーシアの助言に二人は小さく頷いた。