22
ルルーシアの涙を見て動揺し困惑しているゼッドは鍛錬場にも行かず執事を通して母親に謁見願いをした。すぐに承諾され着替えを済ませた後、家族用サロンのソファでお茶をすることになった。
「貴方からの誘いとは珍しいわね」
「実は……。俺にはどうしたらいいかわからなくて……」
ゼッドはルルーシアと話したことをしどろもどろに伝えた。
恐ろしくて母親の顔は見ることはできない。母親の膝あたりをジッと見つめた状態で話を進めた。
話も終盤になり、ゼッドはすでにテーブルしか見えないほど項垂れながら話していた。
「それで、ルルーシアが涙を流しまして……。俺には理由もわから……」
『バキッ!!!!』
ゼッドが話している途中に前の席から物凄い破壊音がした。びっくりして頭を上げると無表情の母親の手元の扇が真っ二つに折られていた。
「わたくしの可愛いルルーシアを泣かせたの?」
「はへ?」
「な・か・せ・た・の・?」
「わたくしの??」
ゼッドはビビりながらも疑問を投げる。
「そうよ。ルルーシアはね、お前が鍛錬だと言って騎士団に行っている間もここに通い騎士団に深く携わる家の者になるべく勉強をしていたの。
知っていたでしょう?」
目を細めて凄みを増させる。
「………………………………い……え…………」
ゼッドは小刻みに震えて答える。
「はあ?」
無表情が鬼の形相に変わった。
「何度も何度も『ルルーシアが来るわよ』と伝えたわよね?」
「執事に断るようにと……」
勢いよく母親が立ち上がった。折れた扇でゼッドを指差す。
「あんたに会いに来るわけじゃないわよっ! 我が家の嫁として頑張ろうとしてくれていたのっ! そんなこともわからないような奴にルルーシアはもったいないわっ!
あっ! 今はゼルーシアだったわねっ!」
母親はゼッドを睨みつけたまま執事に指示する。
「あれを持ってきてちょうだい」
「ここに」
執事は言われるより先に其の物をゼッドの前に置いた。
「さすがねぇ。気が利くわ」
母親は淑女に戻りスッと座った。
「ゼルーシア。侯爵家の息女として恥ずかしくない仕草を身に付けなさい。
中央階段の上り下り百回。
いってらっしゃい」
母親はヒラヒラと手を振った。
ゼッドの前には執事によって置かれたどデカいハイヒールがある。ゼッドは目をしばたかせる。
「素敵でしょう? 王妃陛下に作ったお店を教えてもらってもう一足あつらえたの。役に立ってよかったわ。
早く始めないと寝る時間がなくなるわよ」
ゼッドは呆然としていて執事に促されるままハイヒールを履きサロンを出ていった。
母親侯爵夫人の前に新しく芳しい紅茶が置かれる。淑女らしくそれを取り口に運んだ。
「久しぶりに取り乱してしまったわ」
「奥様は本当にルルーシア様がお好きですね」
優しげに声をかけてきた年配のメイドは侯爵夫人が幼い頃から仕えていて嫁ぎ先であるこの侯爵家にもついてきてくれた気の置けない者である。侯爵夫人は家族用のサロンであることもあいまり、ソファに寄りかかった。
「ええ。あの嫋やかさの中にある凛とした姿。優しさと優雅さと芯の強さのバランス。まさにあの方のお嬢様だわぁ」
侯爵夫人はうっとりと思い浮かべるとメイドはクスクスと笑った。
「奥様は学生時代から侯爵夫人のファンですものね」
「そうよ。わたくしたちは同じ伯爵令嬢という立場だったけど、彼女は輝いていたわぁ。彼女はファンから『カラーの乙女』って呼ばれていたのよ。
緑の御髪に白い肌。伸ばされた背筋に浮かべる微笑。優しげな笑い声とスッと耳に届く話し声。どんなこともきちんと意見を持っていてそれを述べる胆力と知識。しかしそれらを押し付けることもなく、他の者への配慮や耳を傾けることも疎かにしない。
本当に素晴らしい方なの」
侯爵夫人は学生時代に戻った乙女のように瞳を輝かせた。




