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「去年、わたくしの旦那様は落馬をしてしまいベッドから半年ほど離れられなくなりました」
姉は目を伏せて真剣な表情で語り始めた。
「し……知っています。その時の姉上のご活躍も聞いております」
姉は学園で学んだ知識を使い、義兄の代わりに領地経営を頑張ったと言う。
「ええ。旦那様の代理は楽なお仕事ではありませんでしたわ。ですが、旦那様からなんとか合格点をいただけました」
姉は旦那の言葉を思い出して目元を優しげに緩ませた。
サバラルは姉から嫁いだ公爵家の危機の際の話を黙って聞いた。
「サバラル。貴方はわたくしが領地経営を当てずっぽうでやった結果だと思っていたのですか?」
「まさかっ! そんなことは思っていません。当てずっぽうでできるほど公爵家の領地は狭くありません」
「そうよ。代行たるわたくしが甘く見られたら士官たちにも悪影響となるの。学園での勉強は簡単ではありませんでしたが、努力しておいてよかったと思いましたわ」
貴族の姉弟として部屋の行き来は少ないので、サバラルは姉が努力している姿を実際に見たわけではないが、姉と母親とのお茶会での話の中から、姉が頑張っていたことはわかっている。だが、姉が頑張っているのは社交や社交準備であると思い込んでいた。
「それとも、貴方は努力せず紳士A科の授業を受けているほどの天才ですの? だから努力がわからないの?」
「やっております! 予習も復習もやっております! そんなに簡単ではありません!」
「そうですわよね。ですが、A科の生徒は努力することは当然なのです。それが紳士科であろうと淑女科であろうと、ね。
高位貴族の権利をいただいているのですから、それに合わせた義務もあります。
淑女A科の生徒たちはできることを表立って言うことはしません。それが淑女であると習うからです」
「そう……なのですね」
「表立って『やっている』とは言いませんが、伴侶となる者に理解されないことは苦しいでしょうね。
わたくしも、もしあの時旦那様がわたくしには任せられないと仰ったら、ショックで倒れてしまったかもしれませんわ」
「義兄上は何と?」
「『領民を頼む』とわたくしに頭を下げられましたわ。わたくしを信じてくださったのですわ。あの事故からは領地経営についてわたくしにご相談していただくことも増えました。わたくしはとても嬉しく思っております」
「僕は何も知らなくて……。ですが、義兄上も紳士A科のご卒業でしたよね? それなのに、なぜ姉上が領地経営に明るいことをご存知だったのでしょうか?」
「旦那様は婚姻相手をご自身で選びたいと仰り、学園卒業までは自由恋愛を許されていたのよ」
「姉上もそうでしたね」
「ええ。わたくしたちは茶会やパーティーで顔見知りでありましたけど、たくさんお話しできたのは学園でしたわ。そこでわたくしのことに興味を持ってくださったの。学園の淑女科のお話もよく聞いてくださったわ」
「あ……僕は……」
学園に入学してからは男子同士の付き合いが楽しくてバーバラと疎遠になっていた。
「貴方は幼い頃から婚約していたからバーバラを知っているつもりになっていたのね」
あまりに的を射ていてサバラルは瞠目する。
「だけど、お母様は自由恋愛主義。貴方にもバーバラを強制していないはず。多くの令嬢から貴方がバーバラを選んだのでしょう? それはもう手を離そうともしなかったとお母様から聞いているわ」
姉の真剣な眼差しにサバラルは微動だにできなくなっていた。




