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まさかリナーテに断られるなどと思っていなかったイードルは固まっている。
「リナーテ嬢。殿下の申し出をお断りするのかい?」
リナーテの脇にいた眼鏡に長い黒髪紫の瞳の少し神経質そうだが、こちらもまた眉目秀麗で高価な服を着た青年が、この場を何とかしようとリナーテに話しかけた。
「サバラル様……。当然ではないですか? 貴方様こそ正気ですか?」
リナーテに呆れたと言わんばかりに視線を目を細められ、その青年はあからさまにたじろいだ。神経質というよりは貧弱に見えるのは隣の大男にも起因する。
さらにその青年の隣にいた大男の青年が野太くデカい声で信じられないと言わんばかりに声を出した。
「なぜだ?!」
青年は、大変長身で精悍な顔つきのこれまた美青年で短く揃えられた赤茶色の髪に手を当て、オレンジ色の瞳を歪ませている。
「ゼッド様……。わかっていますか? 殿下と婚約って、未来の王妃になるんですよっ?!
私が?? 無理無理無理無理無理!!」
リナーテはヘーゼルの瞳の前でブンブンと右手を振っている。
断られた理由が嫌われているわけではないと考えたイードルも幾分か復活し、イードルとサバラルとゼッドは声を揃えてリナーテを説得する言葉を吐いた。
「「「リナーテ嬢ならできるっ!!」」」
「はぁ~~」
リナーテは遠慮もなく大きくため息をつき肩を落とした。
三人はリナーテに畳み掛ける。
「君の明るさで私を支えてほしい」
イードルが乞う。
「僕が貴女が目指す国にしていくよ」
未来の宰相を目指しているサバラルが優しく笑った。サバラルは公爵令息で父親は宰相を務めている。
「俺はお前を守る」
未来の騎士団長を目指しているゼッドが真面目な顔で頷く。ゼッドは侯爵令息で父親は騎士団長である。
渋った顔をしたリナーテが三人を見遣る。
「私、男爵家の娘で、学園では淑女D科なんですよ。無理に決まっているじゃないですか」
渋った顔も可愛らしいリナーテに三人はデレッとした。
「「「今からでも大丈夫だっ!」」」
イードルとサバラルとゼッドはにこやかに答えた。
リナーテなら今からでも特級淑女教育を履修できると宣言したイードルとサバラルとゼッドだった。
だが、その意見にはフェリアだけでなく、女子生徒の殆どが頬を引き攣らせた。実際に顔を引き攣らせたのは制服組であり、ドレス組は扇で隠すなりポーカーフェイスを貫くなりしている。
「本気で言ってます?」
「「「もちろんっ!!!」」」
「私は最後のチャンスをあげましたからね……」
リナーテは小さく呟いた。
「「「ん?」」」
残念ながら三人には聞こえなかった。聞こえたからといって意見を変えるとは思えないが。
「そうですかぁ……」
リナーテは暫し思案し、…………ているふりをした。そして、顔を上げて三人に向き合うように立ち位置を変え、ニカッと野菊のような可愛らしい笑顔を見せた。
「わかりましたっ! では、お三方が淑女A科の授業に三ヶ月耐えて特級淑女になってください。お三方が特級淑女になれたら、私もキチンと考えてみます」
「「「は???」」」
イードルとサバラルとゼッドは口を大きく開ける。
「だってっ! 私がこれから特級淑女になれるって思っているのですよね? それなら、先にお手本を見せてくださいよ」
イードルたちは目をしばたかせた。
「淑女D科の私にできるって思うなら、紳士A科のお三方なら『かぁんたんっ!』ですよ」
笑顔満点のリナーテは誰もが認めるほど可愛らしい少女である。




