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ゼッドにはリナーテに好意があるような発言をしてしまった自覚はあるが、リナーテを娶ると宣言したのはあくまでもイードルであると思おうとする。
「旦那様がお仕事に邁進できるようにするのも妻の役目ですわ。ゼッド様は騎士団長という夢をお持ちになっておりますでしょう。
わたくしはそれをお支えできれば良いと思っていたのです」
「っ!!」
『思っていた』と過去形にされたことにゼッドは動揺した。しばらく目を泳がせてルルーシアの顔をチラリと見るとルルーシアの目から涙が一筋流れた。
ゼッドは瞠目して固まった。ルルーシアはいつも凛としていながら朗らかな笑顔で、カラーの花が咲き誇っているようであった。
そのルルーシアが少し背を丸め目を伏せゼッドの顔を見ようともしない。ゼッドはルルーシアのそんな様子は初めて見た。
ルルーシアはサッとそれをハンカチで拭う。
「早くお着替えをしなくてはなりませんね。メイドを呼んでまいります」
立ち上がったルルーシアだが、ゼッドに顔を向けることはなかった。
「待ってくれ!」
ルルーシアはゼッドの言葉に首を左右に振り廊下に出てしまった。ゼッドは動くことができずルルーシアを引き止められない。
すぐにメイドが来て立たせてもらい着替え部屋へと急いだが、すでにルルーシアは帰宅の途についてしまっており、話をすることができなかった。
『俺はこれまで何を見てきたのだ……』
ゼッドは自分の不甲斐なさに、血が滲むほど下唇を噛んだ。
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イードルは学園から淑女A科の学術カリキュラムとフェリアの成績を取り寄せた。そして、フェリアが紳士A科の生徒たちと比べても上位であることを知った。
フェリアは先日まで王子妃教育を受けていた。その上で学園の成績も上位になるほどの実力があるのだ。その実力が才能だけであるとは考えにくかった。
『王子である私でさえキツく感じる事があるのだ。フェリアはどれほど努力してきたのだろうか』
同時に淑女D科のカリキュラムも取り寄せていた。高位貴族子女たちが入学する年齢よりかなり前に学ぶような内容であることを知る。
『学園では淑女D科なんですよ。無理に決まっているじゃないですか』
リナーテの言葉を思い出してリナーテへの無理強いにも気が付いた。
フェリアの成績が書かれた紙を握りしめ、そこに頭を垂れてギュッと目を瞑った。
フェリアは苦労しているはずなのに、イードルが思い浮かべるフェリアはいつでも優しく微笑んでいた。
『女性は気楽なものだと思ってしまっていた……。
気楽な生活なら、人形のような微笑みより、リナーテ嬢のような本気の笑顔の方が良いと思ってしまった。あの笑顔を守るべきだと。
フェリアの微笑みが苦労を見せないためのものだとしたら……、その微笑みこそ守るべきなのではないのか』
イードルはテーブルを何度も何度も叩いた。
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サバラルは学園の帰り道、公爵家に嫁いだ姉に会いに行った。姉はもちろん公爵令嬢として淑女A科を卒業している。
快く迎えてくれた姉に淑女A科の勉強とそれを学ぶ女子生徒たちの心構えを聞いた。これまでのサバラルの予想と異なる話であり、昨日今日見てきた内容と合致する話である。
サバラルはパカンと半分口を開いて聞いている。その様子に姉は眉を寄せた。
「まさか淑女A科を令嬢たちの暇潰し場所だと思っていたわけではありませんわよねっ!?」
大人しいと思っていた姉の強い口調にサバラルは仰反った。
「え!? あ……それは……」
当たらずも遠からずな指摘にしどろもどろになる。