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イードルたちには背もたれのない丸椅子が用意されていた。食事の時くらいはゆっくりさせてあげたいというフェリアたちの優しさだった。
「この場には母上がいない。どうか許してほしい」
ゼッドは皆に許しを得ると、肉をガシガシと大口で咀嚼する食べ方をする。食べ終わるときには満足気な表情でお茶を飲んでいた。
その後、イードルたちはメイドを伴ってトイレへ向かう。
その間にフェリアたちはサバラルが転んだ時のことを話していた。
「サバラル様が刺繍を施したプレゼントについて改めてお礼を言ってくださいましたの」
バーバラは頬を染めた。
「イードル様も『あのテーブルクロスは素晴らしいものだな』と、以前差し上げたものを褒めてくださいましたわ」
嬉しそうなフェリアは『イードル様』と言っていた自分に気が付かなかった。気が付いたバーバラとルルーシアは目を合わせて微笑んだ。
「ふふふ。ゼッド様はわたくしが刺繍をしたハンカチはもう鍛錬場には持っていかずにお部屋で使うそうですわ。汚したくないとおっしゃっていましたの。ふふふ」
これまで見向きもされなかったプレゼントを認めてもらいフェリアたちは嬉しそうに笑っていた。
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午後は学術の授業が二時限あった。
「ルルーシア……」
授業が終了すると一番廊下側に座るルルーシアにゼッドが話しかけた。
その様子を見たメイドたちが目配せをして、フェリアたちを先に着替え部屋へと誘った。ゼッドに付くべきメイドは廊下に待機した。
四人が教室を後にすることを見送りゼッドは首をルルーシアに向けた。体ごと向かせることはまだできない。
「学術は紳士A科と遜色のないレベルのものなのだな……」
紳士A科は高位貴族子息の中でも後継者または後継者のスペア、または役職高官を目指す者が学んでいる。
ゼッドはもちろんイードルとサバラルも淑女A科の学術の授業の内容は今日まで知らなかった。
「そうですわね」
「お前は知っていたのか……。女性がここまで学ぶ必要があるのか?」
「淑女A科に通う者たちは多くが高位貴族令息様に嫁ぐことになります。その場合、もし旦那様が領地に携われないことになった時には、代行して領地経営をせねばなりません」
「もし?」
「例えば、旦那様が役職高官であり王城から離れられない状況で、管理を任せている者に何かあるかもしれません」
「なるほど」
「例えば、領地の東側で何かあり旦那様がそちらに赴いている間に、領地の西側で違う問題がおこるやも知れません」
「うん」
「高位貴族として広い領地と多くの国民を国王様からお預かりしているのです。『旦那様の不在』を理由に領地問題を先送りさせるわけにはいかないのです」
「そうだな」
ゼッドはルルーシアの言葉を神妙に聞いている。
「特にゼッド様は将来騎士団に入団なさり、騎士団長をお務めになるお方。今は平和であっても、ゼッド様のご時世に戦争がないとは言えません。ゼッド様が数年に渡り領地に戻れないこともあるやもしれないのです」
「……」
ゼッドは今日まで領地についてそこまで考えてはいなかった。ルルーシアがゼッドの領地の将来まで考えていてくれたことに心が温かくなる。
「わたくしはこれでも学術はクラスで三位ですのよ。二位はバーバラ様ですの。王太子妃となられるおつもりであったフェリア様、そして宰相夫人を目指しておられたバーバラ様には勝てませんが。うふふ」
「すごいな。頑張っているのだな」
ゼッドは、ルルーシアの言葉に引っ掛かりを感じたが『つもりであった』のはフェリアとバーバラのことだと自分に言い聞かせた。