16
フェリアたちは改めてイードルたちへ笑顔で近づいた。
「遅いぞっ!」
イードルは再び口にする。
「イードル殿下。わたくしたちは時間通りですわ。わたくしどももお支度がございますもの。わたくしどもは出立の二時間前より起床しておりますわよ。
毎日! ですわ」
「「「ぐっ!!」」」
女子生徒が毎日こんなに早起きしているとは知らなかったイードルたちは言葉につまる。男子生徒は出立時間の一時間前に起床する者がほとんどである。
フェリアたちは女子生徒全員が二時間前に起きているわけではないことを知っている。
『制服のみなさまは女性でも一時間前にご起床なさいますけどね。特に寮生のみなさまは登校時間がございませんから、イードル様より遅いご起床時間ですわね』
フェリアたちはあえてそれは言わない。
朝は馬車寄せが混雑するため、通学時間は近めの生徒でさえ乗り降りを含めれば一時間はかかる。寮からなら学校まで二分、教室まで五分だ。
「それよりっ! これを見ろっ! 私がこんなことまでする必要があるのかっ!?」
イードルはスカートを捲りあげるとすね毛の一本も生えていないキレイな足が晒された。
「僕もっ!」「俺もだっ!」
「お三人とも美しいスネですわねっ!」
フェリアは驚嘆の声を上げた。
「見えないところなんだよ。僕たちはしなくてもいいところだよね?」
「淑女にとっては必要不可欠なことですわ」
チロリと睨むサバラルをバーバラは笑顔で躱す。
「地獄の痛みだった……」
「週に一度だけですわ」
眉を寄せて床を睨みつけるゼッドをルルーシアがいなす。
「私はマッサージまでされたぞ」
「ふふふ。みなさま、お肌がツルツルですものね」
「あんなにしなくてはダメなの?」
サバラルはツルツルと言われて自分の頬を撫でてみた。確かにツルツルだが、男としてはツルツルになりたいわけではない。
「気持ちいいものでしょう? クセになりますわよね。白磁の肌を保つためには週に三回ほどマッサージが必要ですわ」
「地獄が週三……。毛剃は週一……」
悲痛な顔持ちでつぶやくゼッド。
「美を保つことも淑女として大切なことですわよ。ゼッド様」
ルルーシアは輝く笑顔で答えた。
『美を保つため。細い足首……細いウエスト』
ゼッドが頬を染めたがその意味をルルーシアが知ることなない。
「「「淑女たるものとして当然の嗜みですわっ!」」」
フェリアたちの勢いにイードルたちはたじろいだ。
「そろそろお教室へ行かなくては。
参りましょう」
六人と支えてくれるメイドたちとで廊下へ出ると楽しみに待っていた生徒たちから黄色い声が湧き上がった。
「素敵ですわぁ!」
「男性ですのになんと美しいのでしょう!」
「羨ましいですわぁ!」
「で、殿下……。お付き合いしたい……」
「サバラルさんは可憐だ……お守りしたい……」
「ゼッドさん……踏んでください……」
感嘆の声はあれど、馬鹿にする声は一つもなかった。
〰️
今日の午前中の淑女学授業は刺繍だ。裁縫室へ赴き、グループで丸テーブルに座る。そこに用意されていたのは背もたれのない丸椅子だった。
「化粧をしているときに思ったのだが、全てこのような椅子にすれば楽なのではないか?」
背もたれのない丸椅子ならパニエを気にせず深めに座れるので楽なのだ。刺繍を刺す作業において浅座りで行っては作業が捗らないし雑になる。家で刺繍をするような時はワンピースに近いドレスでありパニエは使用しないので安定して座ることができる。