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母親が何を始めたのか理解できない弟二人は関わってはならないことを本能で悟り、慌てて食事のペースを上げる。ゼッドほどではないが食べ物については似たような好みをしている。自分たちのステーキもリスの口サイズにされてはたまらない。
ゼッドの前に何も載せられていない皿と新しいフォークが用意された。
「わたくしのペースに合わせてゼッドのお皿に載せてあげて」
「かしこまりました」
ステーキをミンチにした―一般の一口ステーキより充分に大きいが―メイドがその皿を持ってゼッドの隣に立つ。
「ワインも一杯だけですよ。年若い淑女はガブガブと飲んだりしないもの」
気を落ち着けようとワイングラスに手を伸ばした瞬間に釘を刺された。この国では十五歳で飲酒が認められている。
諦めたゼッドはパンに手を伸ばす。
「パンはいくつ食べてもいいわ。ただし、一度でも大口で食べたら、その時点で食事は終了よ」
「終了……?」
「そうよ。お肉を食べきっていなくても終了」
「っ!!」
ハッと気がついたゼッドは決して大口にしないためにパンを千切って千切って千切って千切って皿の上においていく。
予想もしていなかったゼッドの行動にさすがの侯爵夫人もツッコミを忘れそれを許してしまった。
「コホン!」
安心したかのように少しだけ微笑んだゼッドに一睨みしたが、時すでに遅し。今日のところはそのパンの山を許す他なくなっていた。
ゼッドの弟二人が立ち上がった。
「ごちそうさまでした。
母上。お先に失礼いたします。
兄上。どうぞごゆっくり」
「俺も! ごちそうさまでした!」
デザートまできっちり自分好みの大口で食べた弟二人はそそくさと食堂を出ていく。
それからゼッドの長い長い食事時間が始まった。ゼッドにとって晩餐会でもないのにこれほどの時間をかけた食事は初めてで疲れ切ってしまった。
大好きな厚切りステーキも自然な甘みのリンゴのコンポートもとても味気無い感じがした。
やっと食事が終わったゼッドは分が悪いと早々に引き揚げる算段をして立ち上がることにする。
「母上。お先に失礼します」
軽く頭を下げると頭を上げる前に冷たい声が降り注がれた。
「ゼッド。湯浴みの用意ができたようだわ。ゆっくりと楽しんでいらっしゃい」
おずおずと頭を上げたゼッドは声を震わせた。
「鍛錬の後に湯浴みは済ませました」
ゼッドの言葉を侯爵夫人はまるっと無視してメイドたちに顔を向ける。
「ゆっくりと湯浴みをしてきなさい。連れていってちょうだい」
「「「かしこまりました!」」」
侯爵夫人に恭しく礼をした執事とメイドに背を押されながら自室に向かった。
『この感じ……。今日二度目だ。
連行される犯人の気分だ』
ゼッドは中庭から着替え部屋へとメイドに引っ立てられたことを思い出した。
『だが、母上の命では反対もできぬ』
ゼッドもそして弟たちもこの家で一番エライのが誰なのかはよく知っている。
ゼッドがメイドたちに連れて来られたのはゼッドの自室の浴室だった。
「入浴くらい一人でできるっ! 俺をいくつだと思っているのだっ!」
ゼッドの家では基本的に騎士になるための教育がされる。遠征ともなれば、着替えなど自分のことは自分でしなければならない。入浴などはすべてメイド任せの家もあるが、ここでは幼い頃から自分でやっていることである。
「入浴のお時間ではございません。奥様が仰る『湯浴み』とは美容のことでございます」
「はあ??」
淡々と告げるメイド。ゼッドも観念して従う他なかった。
真っ裸で湯船に浸かるとそこから出した腕やふくらはぎが優しくマッサージされていく。
『これは……。いい。疲れが吹っ飛んでいく。鍛錬で疲れた筋肉が緩む。
母上は俺の体を気にしてくださったのか。連行されるなどと思って申し訳なかった』
ゼッドは母親を疑ったことを反省した。