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サバラルが改めて母親の姿勢を確認すると本当に姿勢を正して背もたれを使っていなかった。これまで気にしたことはなかったが、今目の前でお茶を飲む母親の姿は見慣れたものなので、つまり母親はいつでも椅子の背もたれは使っていなかったのだろう。
「お部屋でいただくお茶と応接室やサロンでいただくお茶は違います。
部屋を一歩出ればそこには誰かの目があると思い行動しなければなりません。
美しく、気品を持って、優雅に。
そしてそれを自然に」
サバラルにはもうお茶の香りがしなくなっていた。
「練習もせずにできることではないのよ。
はい。お立ちなさい」
公爵夫人はにこやかに命じていく。
「そんなに急いで行動しない。優雅さがないわ」
だが、ゆっくりと立ち座りする方が難しい。
「お座りなさい。下を見ない。姿勢はシャンとして。微笑みが消えていますよ」
それから三十回ほど淑女の立ち座りの練習をさせられた。ハイヒールでない分は楽であったはずだが、椅子より座面の低いソファであったので、疲労困憊となった。
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ゼッドは帰宅するとまずは自宅の鍛錬場で剣の鍛錬をする。それから湯浴みをし、学園の課題を済ます頃、食事の時間となる。
いつものようにメイドに声をかけられて食堂へと赴く。
いつもなら座った順から食べ始めるはずが、弟二人は食事を始めていたが、母親である侯爵夫人は皿に手付かずであった。
「ゼッド。待っていたのよ。早くお座りなさい」
「母上。お待たせしていたとは知らずに、申し訳ありません」
ゼッドはいつもの席についた。
「では、いただきましょう」
ゼッドの前にはいつものようにぶ厚いステーキが置かれる。侯爵夫人の優に三倍はあるようなステーキだ。それをナイフで五分の一ほどのところで切りフォークを口に運ぶ。
ゼッドが大口サイズのステーキを口に入れようとした瞬間、母親の侯爵夫人から声がかかった。
「ゼッド。それはとてもはしたないわ。フォークを置きなさい」
「え?」
「ゼッドのお皿を下げて」
「かしこまりました」
メイドが固まるゼッドの左手から大きな肉が刺さったままのフォークを取り上げ皿を下げる。しかし、台所まで下げるのではなく侯爵夫人の近くの空き席へとその皿を置いた。
「ゼッド。淑女はそのような大きな口を開けて食事はいたしません。我が家は侯爵家です。淑女の教育が足りないと思われることは許されません」
「淑女の教育? ですか?」
「そうよ。今日から貴方は淑女となるのでしょう?」
「あ、いや、それは、その……」
「特級淑女になるお手本になるのよね?」
母親の妖艶な微笑みにゼッドの首は小刻みに震えた。
「わたくしも、貴方が特級淑女になれるよう、ぜ、ん、りょ、く、で、応援するわ」
ゼッドは頭を抱えて肘をテーブルについた。
「肘をつくのははしたないわ。ステーキを没収されたいのかしら?」
優しく諭す声に背筋がピンと伸びる。
「ステーキはわたくしと同じくらいが理想だけど、今日のところはわたくしの二倍くらいの大きさで許してあげるわ」
「かしこまりました」
メイドがステーキを切っていく。ゼッドは状況把握ができずに口を半開きにして自分のステーキを凝視した。ゼッドからするとまるでミンチにされていくような大きさにカットされている。肉汁が皿に出ていく。
ゼッドの好みは、大きな肉塊を口に入れて咀嚼して肉汁を楽しむ食べ方なのだ。
『そ、それはっ! リスが食べるような大きさではないかっ!
あああ! 美味い肉汁が逃げているぅぅぅ』
ゼッドは心で泣きながら自分の分のステーキから母親へと視線を移したが、母親は優雅にワインを飲んでいた。