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メイド長と入れ替えに側近の一人が入室し、休む間もなく机に向かわされた。
必要なことがほぼ終わったタイミングで夕食だと声がかけられた。当たり前のようにイードルの前にハイヒールを並べるメイド。イードルはチラリと側近を見るがいつもの執務時無表情で書類の整理をしている。
『私がハイヒールを履くことがここまで周知されているか……』
イードルは側近を呆然と見ていたが再び促されて、嫌嫌立ち上がった。
「どうして何も言わないんだ」
「何をですか?」
「これだよ。普通指摘するところだろう? 当たり前のように見られるなら笑われた方がマシだ」
イードルは右足を軽く浮かせてプラプラと振る。
「王妃陛下のご指示を笑うようなマネはいたしません」
当然の回答にイードルは渋顔をした。
「淑女の皆様の反感を買うなど……。そう考えるとその程度で済んでよかったですね」
「皆様……?」
「そうですよ。王妃陛下は淑女の代表です。今更知ったのですか?」
イードルは食事をする気分を害したが、王妃陛下からの命を無視はできない。
「いってくる」
項垂れたイードルは肩を落として、メイドに支えられながら歩き出した。
「王妃陛下とのお食事をお楽しみください」
側近が今までには無いようなことを言った。イードルは尚更気落ちして部屋を後にする。
食堂の前に王妃陛下が待っていた。否、待ち構えていた。
「あら? 本当に情けない歩き方ね」
王妃陛下がサッと扇を取り出す。
「膝を伸ばす」『パチリ』
扇でイードルの膝を打つ。
「ほら、今度は腰が曲がったわ」『パチリ』
「胸は反らさない」『パチリ』
「お尻は上げない」『パチリ』
「膝がまた曲がったわよ」『パチリ』
「顎を上げない」
扇の先でイードルの顎を押す。
「立ち姿も醜いなんて淑女として信じられないわ。姿勢って、筋力も体力も使うでしょう?」
優雅な笑顔に引きつり顔で答えるイードル。
「はい……。そうですね」
「日頃の鍛錬が足りないのではなくって?」
見下すようにイードルを見遣り、食堂へと入っていった。イードルはまた膝を曲げてメイドに支えられながらついていく。
『楽しい食事とは言えないものになりそうだ』
イードルがため息をつくと王妃陛下が振り向いて睨む……睨んではいない。美しい笑顔だ。
それなのに、イードルには睨まれたようにしか感じられなかった。
「笑顔でいなさい。笑顔を続けることも鍛錬の一つなのよ。それが王女の仕事です」
微笑みながら静かに、だが、威厳のある声にイードルが立ちすくむ。
「おっ! おっ! 王女!??」
「ええ、そうよ。明日からはドレスも着てもらいますからね」
王妃陛下はお手本のような美しい笑顔のままで踵を返し、テーブルへ向かった。イードルはしばらくの間動けず、母親に促されるまで母親の背中を見つめていた。
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サバラルが帰宅すると母親の公爵夫人から早速お茶の誘いを受けた。
サバラルはいつものようにゆったりとソファに座り紅茶を取ると香りを楽しむ。紳士としては洗練されていて大変優雅な仕草である。
紅茶を一口飲んで左手のソーサーに戻す。
「ダメですよ。サバラル」
「は? はい?」
笑顔を向ける母親にサバラルは首を傾げた。
「わたくしをご覧なさい。背を背もたれに付けていますか?」
サバラルは顔を青くして、お茶をテーブルに置いた。
『立ち座りに時間がかかるのは困りますから。それは後ほど練習なさっておいてくださいね。お茶会などでは必要なテクニックですよ』
サバラルは教室での姿勢と、教師の言葉を思い出した。そして母親がすでにそれを知っているという事実を目の当たりにした。