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イードルは花言葉に関する感想を述べる。
「知らないことばかりでびっくりしました。意味も考えずに贈ってしまうと相手を傷つけることもあるのですね」
イードルは昔、病気をした侍女にお見舞いだと王宮の庭園で花束を作ってそれを渡した。その後その侍女が異様にイードルにベタベタしてきて、その侍女は間もなくしてクビになった。イードルにとってお見舞いとしての意味しかなかったから花束の中身の内容を覚えていないが、もしかしたら『愛』を意味するものを贈っていたのかもしれない。
「そのためのお勉強ですよ。質問することは悪いことではありません。
それに贈り物だけではありませんよ。みなさんが使っている家紋にも意味があるものが多いのです。
ゼッドさん。貴方のお家の家紋には何が使われていますか? そして、その意味をご存知?」
「え? あ、リンドウが模されています。意味は考えたことが……ないですね」
「リンドウの花言葉は『正義』です。代々騎士団に携わるお家らしい家紋ですね。
パーティーなどで、ゼッドさんもゼッドさんのお家もご存知なくとも、カフスなどの家紋を見れば武道に携わるお家の方だとわかりますね」
イードルとサバラルとゼッドはノートに書くことも忘れて教師の言葉に聞き入った。
「それからお花を模したアクセサリーに意味を持たせる方もいらっしゃいます」
「「「え?!!」」」
イードルたちは驚いたが、淑女たちの間では有名な話らしく、女子生徒たちに驚きの色はない。
「ある高位貴族のご夫人は初めてお呼ばれしたお茶会には必ずゼフィランサスのブローチをなさります。『期待しています』という意味を込めて。
そして、お帰りの際、そのブローチをお着けになったままか、外しているかで評価がわかり、その後のお茶会に影響があると言われています」
「「「こわっ!!!」」」
イードルたちは仰け反った。いや、仰け反ろうとしが、メイドたちに押さえられた。仰け反ったら椅子ごと倒れていたに違いない。
「ですが、そうして落とすだけではないのですよ。不合格とされた方をご自分のお茶会へお招きしてお茶会のお手本をお見せしたり、お手本となるお茶菓子を贈って差し上げたりなさいます。そして、三度まではその方のお茶会へ参加されるのです。三度目までにブローチを外されなければ、合格というわけです」
「「「ふかっ!!!」」」
「花言葉を知らずに、お茶会の内容を変えないままそのご夫人をご招待していた伯爵夫人は社交界で友人がいなくなってしまいましたわ」
三人がブルリと震えた。
「ですが、伯爵のご子息の妻となった女性が知識もあり探究心もある方でしたので、なんとかご夫人から合格をいただき、社交界での地位も上がったそうですわ」
三人は『よかったよかった』とばかりにコクコクと頭を縦に振っている。
こうして午後の授業は終わった。
「では、お着替えのお部屋へ参りましょう」
イードルたちはメイドの助けを借りながら立ち上がる。
「いたたた……」
「くぅ……」
「…………つっ!」
「いかがいたしましたの?」
「腰が……」
「「「まあ! 情けないっ!」」」
お婆さんのように腰を曲げている三人に容赦なく冷たい視線を送る。フェリアたちの様子も相まってクラスのメンバーはクスクスと笑っている。
それを咎める余裕は三人にはない。
「僕はもう歩けない……。すまないが靴を持ってくれるかい? 僕は裸足でいい」
サバラルは早々に諦めた。自分を正確に分析できている。バーバラがメイドにコクリと頷く。
「かしこまりました」
メイドがどでかいハイヒールを手に持った。
イードルとゼッドは何とか歩き始めたが、共同棟辺りまで来るとギブアップして靴を脱いだ。