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「どわぁ!」
王子殿下が膝をついた。
「ひぇぇぇ」
宰相子息が卒倒した。
「うっぎゃー!!!」
騎士団長子息が頭を抱えた。
それぞれがそれぞれの自室で絶叫して苦悶した。
ことの発端は三ヶ月前、学園の中庭でのことである。
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春麗らかな学園の中庭で、大変美しい者たちが集っている。一人を除いて貴族らしい衣装の者たちという不思議な集まりである。
学生らしいシャツに贅沢なほどの刺繍がほどこされたウエストコートを華麗に着こなしている青年が声をあげた。
「フェリア。すまない。私と君との婚約を考え直したい」
「すまない」と言いながら頭を下げるつもりもない青年はそれが許される立場だ。
「婚約を考え直し? ですか? つまり、どうしたいということですの?」
煮えきらない美男子の言葉にフェリアと呼ばれた美少女は小首を傾げる。
「だから……。つまり……。あれだ……」
「婚約解消ですわねっ?!」
「あ、いや……。まあ……そうかな?」
「それで? 解消していかがなさいますの?」
フェリアと呼ばれたハニーブロンドを靡かせ若葉色の瞳が麗しい少女が顔色も変えずに返答する。フェリアの着ているドレスは学生として相応しく、派手過ぎず清楚でそれでいて彼女の美しさを充分に引き立てていた。スカートが貴族らしく膨らんでいるプリンセスラインのドレスだ。
それにしても、婚約解消の理由ではなく、その後のことを質問している。
「えっと……そうだ! 私は真実の愛を見つけてしまったのだ」
金髪碧眼眉目秀麗な青年が開き直って、右手の力拳を胸に当て顔を上に上げて目を瞑る。完全に自分に酔っている。
だが、フェリアの質問の答えには全くなっていない。
「イードル殿下。それでは答えになっておりません。理由などお聞きしておりませんわ。見つけたから、何ですの?
こぉれぇかぁらぁ…… いかがなさいますの?」
フェリアの様子は苛立ってはいない。幼き子供をあやす様にイードルに話しかけている。イードル『殿下』と婚約しているフェリアは公爵令嬢である。
「よくぞ聞いてくれたっ! 私はここにいるリナーテ・デボラード男爵令嬢と婚約するっ!」
イードルは隣にいるミルクティー色の髪とヘーゼルの瞳の少女の手を握った。リナーテはこの学園の制服を着ている。
リナーテの傍らにいる二人の青年も嬉しそうにリナーテを見ていた。二人の青年の装いも派手ではないが見るからに高価そうな私服であった。
「お断りしますっ!」
リナーテの大きな声でその場は静まり返った。
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ここバーリドア王国の王都にある貴族学園は、十六歳から十八歳までの貴族子女が通う三年制の学園である。強制入学ではないが、人脈や教養のため入学する者は多い。希望者には寮もある。
学園では、服装は自由であるが、お金のない下位貴族のために制服は用意されている。下位貴族の他、外見に拘らない高位貴族にもこの制服は重宝されている。
多くの高位貴族子息たちは戯れに制服を着ることもあるが、立場を理解している彼らは私服を着ていることが多い。服装一つであってもコンテンツであることは間違いないのだから。
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この学園は九月から七月までを一年間としている。今日は春休みを終えたばかりの四月の麗らかな日。その昼休みであった。長い昼休みをのんびり過ごそうと中庭には多くの生徒がいた。
その中で繰り広げられた告白劇は、『殿下』の告白を『男爵令嬢』が断るという異様な状態で止まっていた。